私の王子様 その2
リィ様にとっての王子様って誰?
そりゃきまっている。ツンデレ姫には俺しかいないぜ!
カテルの作戦はリィにも分かった。だが、一騎打ちを避けて逃げたところで、近衛騎兵の追撃を受け、逃げ切れないのは明白であった。ここでカテルを討てれば、500の兵も四散するはずだ。リィは決心を固めた。
「来たれ!我がウェポン…フィン・マークル!」
リィの右手に魔槍が召還される。フィン・マークルは魔界の5本槍に数えられる武器で、ランジェのゲイ・ボルクは分身から繰り出されるオールレンジ攻撃、満天のグングニルは神速と言われる高速攻撃、ファナのロジェアールはどんな防御も突き破る攻撃、スバルのドラゴンランスは進路上の敵をすべてなぎ倒す時間限定の無敵能力があった。フィン・マークルは圧倒的な破壊力が売りであった。
「おりゃあ!」
リィが先に動く。剣よりも槍の方が間合いが遠い。その分有利ではあるが、懐に飛び込まれると逆にその射程の長さがあだとなる。カテルはそれを狙って、隙あらば近づこうとする。時折、魔法のマジックミサイルを絡め、陽動しながら隙を伺う。
リィはリィで、モーリィの盾の魔法でカテルのマジックミサイルを跳ね返し、槍を振り回して近づけさせない。
「くらえ!フルティングの剣の特殊能力、ブラッディ・クロス…」
こう着状態を打破しようと、カテルが必殺技を繰り出した。血が剣から滴り落ち、それを振り回すと、飛び散った血が集まって十字架になった。剣を振るとその十字架がリィに向かっていく。
(これは!魔法か?物理攻撃か?)
リィは一瞬迷ったが、物理攻撃と判断し、短く言葉を発し、物理攻撃無効化魔法、イージスの盾を展開する。だが、
「無駄だ!ブラッディ・クロスは防御無効」
カテルが叫ぶと、血の十字架は絶対防御のはずのイージスの盾を溶かし、突き破るとリィに向かって液体となって飛び散った。左腕の盾と肩あてで受けたリィだったが、触れたとたんに溶け落ちる。
「うあああああっ…」
飛び散ったしずくがリィの戦闘ドレスに穴をあける。
「ブラッディ・クロスは防御無視の防具破壊が可能。惜しむべきは体へのダメージが小さいことだが、敵の防具を失わせれば戦いは勝ったも同然」
防具も服も溶けてボロボロになったリィは、ちょっと霰もない姿になってしまった。
「ちっ…ブラッディ・クロスとか大した名を付けるわりには、破廉恥な技じゃないか」
「ふん。貴様のそんな姿に喜ぶのはイレギュラーの魔王ぐらいだろうが」
カテルはとどめとばかりに、剣を振り上げて前進する、確かに防具による防御力を失ったリィが不利なのは間違いない。だが、この戦いに近衛騎兵の牽制をかいくぐって、イズルが割って入った。
「カテル殿、すみません。喜ぶのはイレギュラーの魔王だけではないようです」
イズルは剣でカテルのフルティングの剣を受けるとバターのように溶かされていく。
だが、左手に持った閃光弾を地面に投げつける。ものすごい光で一瞬、カテルも近衛騎兵も目をつむった。その隙にイズルはリィの手を引いて馬に乗せ、二人乗りでその場を逃げ出す。
「くっ…悪あがきを!追え!」
カテルは再び、追撃を命ずる。
「イズル殿、逃げたところでいずれ追いつかれるぞ」
イズルの背中にくっついて、後方を見たリィは、カテルとその一隊が土煙を上げて近づいてくるのが見えていた。
「ああでもしなければ、あの場であなたは捕まっていましたよ。いや、殺されていたかもしれません。それに…」
「それに…?」
リィは問い直した。
「あなたのあられもない姿をこれ以上、連中に見せたくなかったのです」
そうイズルにまじめに言われて、リィは改めて自分の姿を見た。カテルのブラッディ・クロスを受けて、ボロボロの戦闘ドレスからは片乳ははみ出しているは、腰の破れたところからはパンツは見えているわ…確かにこれは恥ずかしい。イズルは自分のマントをそっと取ってリィに渡す。
「リィ様、私も無策ではありません。この草原を越え、あの森を抜けたところに部隊を配置しています。そこまで行けば、カテル殿の追撃を防げるかもしれません」
「部隊の人数はどれくらいだ」
「1個中隊…」
「500ってところか、それならカテルの軍と同数。もう一度、立て直せるかもしれない」
だが、森を抜けた2人は、絶望的な光景を見ることになった。
天界の1個中隊がすべてその場で倒されていた。代わりに黒地に赤い太陽が描かれた旗と同じく黒地に金色の蝶の模様の旗。
「あれは、カルマと蝶子…先回りしていたか」
序列第6位の物部カルマと序列11位の藤野蝶子が、待ち構えていた。2人とも混乱の中での兵士動員だったので、カルマは100人前後、蝶子も100人未満であったが、500人の天界軍の殲滅を見れば、力は圧倒的であった。この程度の兵力差では、指揮官の強さで決まる。カルマや蝶子相手では、天界の中隊長では瞬殺であったろう。
「ほほほっ…リィ・アスモデウス、降伏しなさい。もはや、あなたに勝ち目はないですわ」
蝶子が鎖鎌グレイプニルを召還する。あれに捕らわれると、いかにリィでも簡単には脱出できない。それに序列6位のカルマの森羅万象による弓矢の攻撃をかわしながら、カテルと戦うのは無理な話だ。
「このアサヒ・イズル…計画がこうも崩れるとは予想外でした」
「イズル殿、計画などはうまくいかないものだ。だが、さすがの私も絶体絶命だな」
まもなく、カテルも追いつく。近衛騎兵500にカルマと蝶子の兵士200、そして3人の側室。こちらは、リィとイズルのみ。
「まあ、ここは私が引き受けます。リィ様は森に駆け込んで隠れてください。闇夜に紛れればあるいわ」
「イズル殿、それは男としての意地か?」
「美しい女性を守るのが男の務めですから」
「ふふふ…そういうセリフを聞くのは女としては悪くない。だが、私はイレギュラーの魔王、序列第1位の側室だ。魔王様以外に守られたとあっては、魔王様にお仕えする資格がない」
リィはフィン・マークルを召還する。
「ここで虜囚の辱めを受けるよりも潔く散るのも側室の務めだ」
「リィ殿…」