カンネの戦い 後編 その5
エセルは炎の剣レーヴァティンを天にかざした。序列9位の自分がこのような武器を手にできたこと自体奇跡のようなもので、これは魔王を殺せる武器の一つである。8位の新堂ひかるも7位のメグルも6位のカルマすら与えられなかったレベルの武器である。姉の仇をとるために亡き姉が授けてくれたとエセルは思った。
「焼き尽くせ!レーヴァティン」
すさまじい炎の嵐が剣を包み込み、それがフレスベルクめがけて襲い掛かる。
「グオオオオオオッ~」
フレスベルクが炎に包まれ、斬られた数か所から血が噴き出す。思わず片膝をついてかろうじて大剣ハースニールで体を支えるのが精一杯であった。だが、エセルの攻撃はそれで終わりではなかった。炎の攻撃と10連撃のコンビネーション、斬られた個所は瞬時に炎で焼かれるというダメージ付の凶悪な攻撃法は前座で、とどめは動きの止まった敵を上空から串刺しにする技。エセルは上空から一直線にフレスベルクに襲い掛かる。
「くっ…殺される(とられる)」
「うおおおおおおおっ…」
(お姉様の仇、今、エセルが果たします!)
99.9%間違いなくエセルの願いは成就するはずであった。だが、レーヴァティンがフレスベルクを串刺しにする瞬間、横からすさまじい体当たりを食らってエセルは吹き飛ばされた。地面にたたきつけられ、その衝撃のエネルギーが消化されるまで転がり続けた。
「バ…バカな…この状況で…」
エセルは一人の上将軍が割って入ったのを目撃した。
「すまぬ。戦いの礼儀には反するが、今、この状況で大将たる大将軍を失うわけにはいかないのでな。私の名はラプラス…。恨むなら私を恨むがいい」
いつぞや、人間界で夏妃をさらおうとしたラプラスの姿がそこにあった。人間界では序列8位の新堂ひかるに圧倒されたラプラスであったが、力の制限がある人間界ではなく、この世界では次期大将軍と言われる実力の持ち主であった。
「くそ、その女、殺さねばわたしの気が収まらない!」
ラプラスに危ういところを救われ、全身の業火が消えたフレスベルクは、ぼろ雑巾のように倒れているエセルに攻撃を加えようと立ち上がったが、ラプラスが制した。
「閣下、すぐこの戦場を離脱しませんと、お命の保証をしかねます。第1側室と第2側室の軍が迫っています。今、彼女らに見つかれば、我らここが終焉の地となりましょう」
フレスベルクは今にも本陣に迫ってくる金の双頭の蛇の旗と白の天使の翼の旗を見て、ラプラスの意見を承服するしかなかった。確かに救われた命を一時の感情で失うわけにはいかない。
「私は戦場を離脱する。ラプラス上将軍、殿を命ずる」
「はっ…。残りのカオス軍、何とか救って見せます」
ラプラスはフレスベルクに2将軍の護衛を付けて落ち延びさせると、自分は本陣後方に配置してあった予備軍3万を率いて、魔界軍に反撃をする。雨あられのように矢を撃たせ、出足の止まった魔界兵にどっと押しかける。特に指揮官不在のエセル隊が混乱し、秩序ある攻撃どころか、総崩れになり突破される。その混乱を利用して、さらに魔将軍セエレ子爵の軍に襲い掛かり、これを敗走させる。
「いかん…アレクと満天に連絡。一時、後退せよ」
元馬は総崩れと見られたカオス軍が最終局面で油断している魔界軍の混乱に乗じることを恐れた。もはや勝利は確定している。ここで手痛い反撃を食らっては無駄な犠牲を出すことになる。元馬はエセル隊とセエレ隊が崩れた今、包囲ができない状況から完全勝利をあきらめた。それに合わせてラプラスも兵を引かせる。
(激熱の魔王の軍からは逃れられたが…ここからはカオスにとっては正念場だ…)
敗残兵を終結させ、南西方面から撤退するには、5万の天界軍とリィ、エトランジェ、立松寺の魔界軍の追撃をかわす必要がある。この困難な作戦をラプラスはやってのけた。天界軍と魔界軍の連携の悪さを看破したラプラスは、その間をついて突破を図る。魔界軍はまだ20万は残っているカオス兵の多さと逃げながらも組織的反撃を加えつつ、じりじりと後退していくカオスの残党をついには取り逃がす結果となった。
逃げ行くカオス兵を見つつ、リィ・アスモデウスは、持っていた魔槍フィン・マークルを何度も振り回し、悔しさを紛らわせる。そして、ラプラス上将軍の旗が視界から消えた時に、
「もはや、追撃は無用。者ども勝ちどきを挙げよ!」
と命じた。
60万対17万のこのカンネ会戦は、魔界軍の辛勝で幕を閉じた。辛勝としたのは、カオス軍の3分の2を撃破する大戦果ではあったが、魔界兵の消耗も多く、混乱の中、魔将軍セエレ子爵が戦死、第4側室のファナ・マウグリッツと第9側室のエセル・バールが重傷で長期の戦線離脱を余儀なくされたからでもあった。