カンネの戦い 後編 その4
「どうやら勝ち戦になりそうだ。それを決定できる場面だな」
ジークフリートはやっと重い腰を上げた。あと少しであの小生意気なファナが戦場に散るはずだったのに、いつのまにか第16側室の軍が割って入って救ってしまった。そして魔界の援軍が到着した今、この方面の勝利は確定した、ここは少々早かったが予定通り、敵の側背を突き、カオス軍全体の崩壊を演出することにした。
「そろそろ動くぞ」
副官に命じて配下の各隊の部隊長に命令をする。
「して、攻める方向は?」
「無論、まっすぐだ」
5万の天界軍は備えで陣を構えていた同数のカオス軍をなんなく葬ると、立松寺の援軍とともに、ファナ隊にとどめをさそうと戦場に出てきた上将軍の5万を挟撃することに成功した。
天界軍が移動したことで、後方でなす術もなかったエトランジェとリィの軍もカンネ平原に降り立った。総数は約3万。すぐさま、フレスベルク大将軍のいる本陣に向かって攻撃を開始する。
「激熱の魔王様…敵が崩れました。南西方面で敵は総崩れです。我が方のカオス軍も浮き足立っています」
「よし。よくがまんした。満天、アレクに連絡。敵に打って出て、指揮官を討ち取れと」
「はっ」
「そして、スバル隊に連絡」
「はっ」
源満天とアレクサンドラが正面の軍の将軍を一騎打ちで仕留め、さらに後方の上将軍に肉薄したころ、スバルはドラゴンランスを振りかざし、兵士と一丸になって突入した。立ちはだかるものはすべてなぎ倒す突撃。北西から南東に向かって駆け抜けるスバル隊に次々と将軍や上将軍が倒され、カオス軍は大混乱に陥った。もはや組織的な戦いができない。
その状況を見たエセル・バールこと桃花先生は、決心した。
(今こそ、姉の仇をとる!)
エセルは選抜隊とともにフレスベルクの本陣へ向かった。逃げ惑うカオス兵など無視してひたすら本陣に向かう。
フレスベルクは信じられない光景を目の当たりにして立ち尽くすのみであった。60万を動員したカオスの精鋭が崩壊しつつある。10人いた上将軍はすでに7人が打ち取られ、将軍にいたっては20名を超える損失であった。いずれも魔王の側室に打ち取られてである。南西方面の孤立した1隊に実に20万を超える軍団をぶつけ、結果的にすべて撃破されてしまったことが敗因である。敵のわずか17分の1の兵力に味方の3分の1が倒されたのだ。ありえない結果に夢でも見ているのか?と自問をしてしまう。
さらにありえないのは、南西方面から突撃してくる軍団が、一人は槍を超巨大に変えて、3万の兵と共に上将軍を一撃で倒したり(リィのフィン・マークルの攻撃)、すばやい動きで四方八方からのオールレンジ攻撃で2人の将軍を一瞬で仕留めたり(ランジェのゲイ・ボルクの攻撃)で追加で投入した兵力が溶けるようになくなっていくことだった。
「バカな…今回の魔王の側室は化け物か…」
「こちら前衛部隊、敵の攻撃が苛烈、退却の許可を」
そう前衛のアグニ将軍から伝令が来たが、次の伝令は第3側室源満天のグングニルの前にアグニ将軍自身が戦死したという知らせであった。左翼が崩壊し、中央軍が押され、そして右翼は北西から突入してきた5千ほどの部隊になす術なくなぎ倒され、大きく風穴をあけられ、カオス軍は統制がとれないほど混乱し、ますます被害を大きくしていくのだった。
「もはや、これまでだ」
フレスベルグは、この戦は負けだと判断した。王に厳罰をくらう可能性はあったが、ここで引けば、まだ20万少々の軍勢は救えるのは確かである。それには自分が無事に帰還することがもっとも重要であった。一人ぐらい、相手の側室なり、魔将軍なりを倒して体裁を整えることも考えたが、一人ならともかく、複数の側室を相手にして勝てるほど、フレスベルクも己の力を過信してはいなかった。
だが、大将軍の決意に反して、炎に包まれた魔剣「レーヴァティン」を引っ提げた桃花先生こと、エセル・バールが現れた。
「見つけたわ!フレスベルク大将軍」
「お前は?」
フレスベルクは目の前に現れた美女を見て、大剣を抜き放った。カオスの王より授かれし、魔剣ハースニールである。
「私の名は、エセル・バール」
「その名、聞いたことがある。かつて我が倒せし、側室の名とよく似ている。確かあの女は、イセル…そう、イセル・バールであった」
「イセル・バールは我が姉。お前に不意打ちされてこの世を去った」
「それでお前はわたしを倒して、姉の仇をとろうとか?」
「そうだ」
フレスベルクはエセルのつま先から頭までを舐めるように見る。そして下品な笑いとともにエセルを侮辱した。
「クククク…あの魔王の売女を殺そうが、犯そうが、カオスの大将軍であるこのフレスベルクの思いのままである。お前はあの女の妹か?仇をとるために、また魔王に体を売ったのか?はっはは…。かかってくるがよい。女なぞにこのわたしが倒せるものか!」
「言わせておけば!」
エセルは怒りに身を任せてレーヴァティンを振りかざす。するどい斬撃と突きをお見舞いする。だが、フレスベルクは大剣でそれをはじく。
「剣技は互角。だが、女よ、パワーはわたしの方が上だ!」
フレスベルクの斬撃でエセルはレーヴァティンごと20mほど吹きとばされる。さらにフレスベルクは跳躍し、エセルめがけて突き刺す。
「くっ…」
寸前で転がり、かわすエセル。すぐさま立ち上がり、バックステップすると一気に前に跳んだ。レーヴァティンを両手で支えて渾身の突きである。だが、フレスベルクはそれを受け流す。
(このままでは…奴は倒せない。ここは一か八か…)
エセルはウェポンに秘められた特殊な能力を開放するしかないと決意した。それは一度きりの発動であり、使えば体中のエネルギーを消耗する。回復するまでに数週間は要するだろう。当然、戦場で使うにはリスクが大きいが、今は魔界軍が勝利しつつあり、ここで自分が離脱しても戦況には影響はないはずだ。
(奴さえ倒せれば…それでよい)