カンネの戦い 後編
ついに美国ちゃんの部隊が戦場に到着します。伝説のウサギの笛の秘められた力が爆発!?いや、イレギュラーの魔王様、あとで立松寺さんに殺されなければよいのですが…。
ファナ隊の奮戦がカンネの戦いの前半の話題になるなら、後半はイレギュラーの魔王と第16側室部隊の参戦が後に語られる話題になる。わずか800人足らずのこの小部隊がこの戦いを左右したという後の魔界戦史家もいれば、一種のお笑いだと切り捨てる者もいて、賛否両論であったが、これにより戦況が動いたことは誰もが認めることであった。
昨晩、雨の中を下って行った獣道を800人の美国隊と俺の小隊が降りていく。はじめ、自分のハーレム小隊は連れて行くつもりはなかったが、俺の出立を聞いて慌てて駆けつけてきたロレックス嬢らが、
「私たちを連れて行ってくれなければ、全員、この場で自刃いたします!」
などと言って剣を胸に突こうとするから、やむを得ず連れて行くことにした。
(こんなか弱い子たちを連れていったら、全員、カオスにやられちゃうぞ)
と内心思ったが、自刃されては元も子もない。
「私、魔王様を見直しました」
そう俺の傍らで一緒に歩くロレックス嬢がつぶやいた。獣道でとても狭いため、二人並んで(かなりくっついてだが)歩くのが精一杯であるから、全員徒歩で下っている。
「え?見直したって?」
「ええ、正直なところ、魔王様は女好きで、あんなご立派な奥様がいらっしゃるのに、リィ様やファナ
様やエトランジェ様やカミラ様や美国様に鼻の下を伸ばしていらっしゃるどうしようもない方と思っていましたが、今は危険を顧みず、その中のお一人に命をかけるなんて…」
(俺はそんなふうに思われていたのか…)
まあ、今朝のラクロアちゃんやピアジェちゃんの態度を見て、なんとなくそうは思っていたが。
「で、魔王様は下に降りたら何やら秘策はあるのでしょうね」
後ろからオメガ次席侍女が俺にたずねた。
「も…もちろん…」
俺は答えたが、実のところ、何も考えてはいなかった。一応、この女の子小隊は山の麓に隠して(作戦だからここにいろとでも言おう)、美国ちゃんのおっさん部隊で何とかファナの元へ行こうとしか考えていなかった。
(もしかしたら、俺って死ににいくようなもの?)
冷静に考えれば、自殺行為である。だが、魔王としてどうしても動かなければならないのだと自分に言い聞かせた。
まもなく、山の麓に到着する。まだ戦場ではないところで陣形を整える。
「先輩、着きましたが、ライオネル3世が先輩に何か言いたいそうです」
そう美国ちゃんがやって来た。肩にちょこんとタキシードを着たウサギ精霊、ライオネル三世が立っている。
「魔王陛下、このままではあなた死にますよ。顔に出てます!」
「はあ?」
俺はこの胡散臭い、うさぎ精霊を見た。すでにロレックス嬢には作戦だからと麓の山陰に姿を隠すように言ってあるが、「死にます」と言われるとちょっとむかつく。
「このままでは…ということは何か作戦があるのか?」
「ありますとも…」
俺はこのウサギ精霊の提案を聞いて、思案したが、結論は受け入れることにした。何もしなくても確かに800人で10万を超える敵の中に打って出るのはさすがに自殺行為であるからだ。
(これが吉と出るか…)
ファナは痛む胸を抑えながら、激しい呼吸をしてかろうじて自分のウェポン、ロジェアールにしがみついて体を支えた。先ほど、カオスの将軍を倒したばかりなのだ。ファナには一騎打ちでは勝てないと判断した敵将は、もう一人の将軍と同時にファナに襲い掛かってきたが、第4側室の「狂乱のファナ」の敵ではなかった。2人ともすべてを突き通す魔槍ロジェアールの前に貫かれ、カンネの地に屍をさらしただけであった。
だが、さすがにファナも無傷ではなかった。負傷して動きにいつものキレが欠けてきたファナはいくつかの打撃を受けて、数か所のダメージを負い、そこから血が流れていた。すぐさま救護兵が回復魔法で血止めをしてくれるが、体はますます重くなり、痛みと疲労で精神もむしばまれていた。
「はあはあ…これで、3将軍、1上将軍を討ち取った…前大戦のイセル・バールの記録に並ぶペースだな…」
ふとファナは前時代の英雄であった第1側室の名を思い出した。ファナは第8位だったので、イセルとは言葉を交わしたことはほとんどなかったが、自分がめざす理想像であったことは間違いない。そのイセルの記録は、3将軍、2上将軍+1大将軍であった。ただ、この記録は彼女の壮絶な戦死の上に輝く記録ではあったが。
「ファナ様、敵の上将軍、コアトルの軍勢、5万が来ます!」
「そうか…我が軍はどれだけ残っている」
付き人の兵士は答えにくそうにファナに言った。
「およそ…4000…」
1万2千のファナの軍が3分の1になっていた。みなファナに心酔する兵たちだ。逃げ散った者はいない。数が減った分はすべて戦死と考えていい。ファナはぐっと涙をこらえた。
「まだ4000もいるのか…みな物好きよなあ…わらわの兵士たちは…。他の魔界軍はどうなっている?ジークフリートの天界軍は?」
「敵に阻まれているものの、積極的に出ようとしていません。エトランジェ様やリィ様は天界軍が動かないせいで戦場に出られません」
「我が隊だけで対処するしか打開策はないようだ。激熱の魔王の軍もあの大軍では手一杯で我が方に援軍を送るのは無理だろう」
「ファナ様、ジークフリート卿に援軍を要請しては?ファナ様が懇願したらあるいは?」
ファナは悲しそうな表情を浮かべ、そう進言する副官に、
「わらわが懇願すれば動くかもしれぬ。だが、それで魔界の誇り、わらわのプライド、我が軍団の尊厳が失われる。ジークフリートに助けられたら、死んでいった者たちに申し訳がたたないではないか。我が兵士はあの男の前に屈服し、へつらうわらわの姿は絶対に見たくはないだろう」
「おっしゃるとおりです」
副官は進言を恥じた。誇り高きファナだからこそ、自分たちはここまでの戦いとこれからの戦いに臨む気力が湧くのだ。だが、指揮官のファナを見ても、その力の限界が近づきつつあることは理解していた。
ああ…ファナ様が戦場に散るか?間に合え、イレギュラーの魔王。