カンネの戦い 前編 その3
ああ我れらのファナ様の孤軍奮闘。
ファナ様~がんばれ!
「我が方の損害は甚大です。魔界軍の兵力を削り取る前にこちらの方が全滅します」
カオスの前線を指揮する将軍アグニが、本陣のフレスベルク大将軍にそう報告に来ていた。これまでのところ、少ない魔界軍が善戦している。
「やつらはモグラのように有利な地形に立てこもっているが、それは全軍のバランスが成り立ってこそである」
フレスベルクは激しい戦いの北西方面に比べて、ほぼ動きのない南西方面に目をやった。罠だと思っていた南西方面は一切動きがない。今のこう着状態を何とかするには、この南西方面の孤立した一隊を駆逐すれば劇的に戦況を変えられるだろう。南方面の山の麓と頂に天界軍、魔界軍の連合軍がとどまっているのは腑に落ちないが、例え罠でも今は仕掛けるべきだと当初の判断を変えることにした。
敵はせいぜい1万2千。この方面のカオス軍は10万である。北西方面の攻撃を一端中止し、そこから兵力を引き抜いてさらに10万を投入するよう指示した。
カンネの戦いの第2幕が開幕した。
ファナは全軍に突撃を命じた。孤立している以上、攻撃の手を緩めれば包囲殲滅されてしまう。前進して敵指揮官を倒し、一気に敵部隊を沈黙させる。力のある限り戦うしかなかった。だが、ファナ隊の戦いは絶望とは縁遠い戦いぶりであった。
後にこのカンネの戦いで勇者を挙げろと言われれば、後の歴史家は10人が10人、ファナの名を挙げたと言われる。魔槍ロジェアールを引っ提げた第4側室ファナ・マウグリッツがその二つ名の通り、「狂乱」のごとくの働きをする。2万のカオス軍を指揮するカレラ将軍を一撃で倒して、軍を沈黙させると、さらに援軍で現れたカイエン上将軍と一騎打ちを行う。
カオス軍のカイエンは、魔界の側室…女将軍を初めて戦場で見た。戦友のカレラが一撃で倒されたと聞いて、どんな猛者かと思ったが、目に前にいるのは槍と可憐な戦闘ドレス(カオス兵の返り血で真っ赤に染まっていたが)に身を包んだ美女である。
「お前が、魔王の側室か?」
「第4側室ファナ・マウグリッツである。我がロジェアール前に死せよ!上将軍」
上将軍を倒せば、5万近くのカオス兵を消滅させることができる。ファナにとっては負けられない戦いだ。
「我は上将軍カイエンである。お前の名は知っている。だが、お前が本当に噂の通り強いのかお手並み拝見といこうか!」
カイエンは青い焔に包まれた大剣を振りかざし、ファナに切りかかる。重量級の一撃。
だが、ファナはロジェアールでその切っ先を弾き、カイエンに向かって魔槍ロジェアールを突き立ってる。最強の硬度を誇こるダイヤモンドにファナの魔力が込められているその攻撃に耐えられる防具は存在しない。カイエンの分厚い盾を粉砕し、さらに左肩の防具パーツまで同様にする。
「ちっ…なんという武器だ!」
カイエンはファナとの戦いに戦慄を覚えた。この女との戦いに守りなどは無用で、圧倒的な攻撃力で押し切らねば、確実に打ち取られるだろう。カイエンは大剣を振り回し、同時に魔法による攻撃を行う。
左手から炎の弾丸を無数に打ち出す。ファナは後ろへ下がり、マシンガンのように打ち出される炎の弾丸を避ける。それを追撃するカイエン。ジグザグに後退したファナは、切り替えし、今度は弾丸を避けつつ、前進する。時折、弾丸がファナの体をかすめるがそれはお構いなしだ。
至近距離に近づかれたカイエンは、大剣と魔法による必殺技を来りだす。それは大剣による十連続攻撃と炎の弾百発による同時攻撃。
「この攻撃を避けたものは過去にはいない!ここで散るがいい、第4側室!」
ファナの体がふわりと舞う。カイエンを中心に空中で円を描くように動いた。空中では足場がなく、こんな動きはできないはずだが、左から上空、右へと一回転する。
(バカな…こんなバカなことがあるものか…)
カイエンは自分の大剣がわずかにファナの左肩の防具に食い込んだのを見た。炎の弾丸も2,3発は受けたはずだ。だが、次に自分の体を見ると不気味に輝くダイヤモンドの槍が心臓を貫いていた。
「ファナ・マウグリッツ、敵将カイエンを討ち取ったり!」
その場に崩れ落ちる上将軍を見て、ファナ隊の兵士の士気が上がる。
「ファナ様!」
「ファナ様、万歳!」
「ファナ様に我らの力を見せようぞ!」
1万2千の寡兵が阿修羅のごとく、カオス兵を殲滅していく。ファナはその光景を見て、槍を地面に突き刺し、激しい呼吸を整えた。
(さすが、上将軍ね…左肩、肋骨2本持ってかれた…)
兵士に悟られないようにファナはそっと右手を左肩と胸に当てた。左肩はかろうじて防いだ大剣の打撃によるもの。肋骨は避けそこなって浴びた炎の弾丸の着弾によるものだ。他にも軽傷の火傷等があるが、このダメージは今後の戦いに影響しそうだ。