カンネの戦い 前夜 その4
魔界とカオスの一大決戦がいよいよ始まります。
イレギュラーの魔王こと土緒夏は、第4側室のファナの陣を訪れますが…
遠くデビルパレスで天智の魔王こと橘隆介は、序列第13位の三ツ矢加奈子と第15位の中村杏子と次にあるであろう暴虐の魔王との戦争の作戦を立案していた。この2人は序列は低いとはいえ、加奈子は卓越した情報収集能力、杏子は後方支援能力で天智の魔王を支えるブレーンであった。
「陛下、やはり、遠征軍にはメグルさんを行かせた方がよろしかったのでは?」
ふとまもなく行われるであろうカンネの会戦を思って杏子は、そう隆介に話しかけた。このことは、カンネ平原での戦いの作戦立案中に何度も同じことを言ったのだが、隆介はメグルではなく、エセルを指名したのだった。
「敵の総大将はフレスベルク大将軍。彼はエセル様にとっては因縁があると聞いています。彼女が暴走を起こすと戦線に悪影響が起きる可能性があります」
そう加奈子も付け加えた。
「俺もそう思わなくはないが…。先生…いや、エセルの姉に対するかたき討ちの気持ちもかなえさせてやりたいし、その執念が戦いを有利にする可能性にかける」
「確かにモチベーションは大きいでしょうが…」
それ以上は杏子は言わなかった。今更言っても選のないことだ。エセルの軍の暴走はあるだろうが、それが敗因になる可能性が高いわけでもない。この戦い、ちゃんと作戦通りに動けば、魔界軍の勝利はかなりある。
(だが、作戦通りいかないのが戦争なのだけど…)
17万を超える軍隊の補給計画を一手に引き受け、自らも補給地点への視察に出立する中村杏子としては、そろそろ準備にかからなくてはならない。加奈子も宗治とその一党の動きを偵察しなくてはならない。
「せめて、戦場につくまでエセル様には相手の名前を伏せておいたのですが、そろそろ存在を知ったころでしょうね」
そう加奈子ははるか北の戦場を見るかのように外を見た。
激熱の魔王の左翼陣地を任せられたエセル・バールは敵の総大将が、フレスベルクであることを斥候兵から聞いた。
「な…なんですって…フレスベルク大将軍」
いつも冷静な指揮官であったが、そう思う側近も驚くほどエセルは怒り心頭ではるか前方のカオス本陣にその端正な顔を向けた。
(お姉様の仇…ついに果たす時が…)
そう先の大戦でカオスの四天王と言われたバジリスク大将軍と一騎打ちし、見事に討ち果たした姉であったが、その直後、卑怯にも矢で攻撃してきたもう一人の大将軍に命を奪われた。すべての力を出し切ってかろうじて地面に突き刺した剣で立っていた姉は避けることができず、胸を射抜かれて帰らぬ人となった。
(本来は名乗りを上げて一騎打ちを挑むのが戦いのルール。それを無視したフレスベルクの奴は許さない。この私が奴を討ち果たします)
エセルは明日の戦闘で敵本陣に突入して、フレスベルクを倒すために特別部隊を選抜するよう部下に命じた。敵を突き崩したところで一気に敵の大将を葬り去るのだ。
「ファナ様、天界軍5万、未だに動きがありません」
「どうしますか、ファナ様」
「正面の敵は20万を越えます。我が軍だけでは防ぎきれません」
「ジークフリート卿にすぐ移動するよう使者を出しますか」
ファナは両手をテーブルに叩きつけ、立ち上がると魔槍ロジェアールをテーブルに突き刺した。正面に位置したカオス軍の駒が破壊される。
「うろたえるな!バカ者。お前たちはわらわファナ・マウグリッツの信頼を裏切るつもりか!」
「は、ははっ~」
幕僚たちが立ち上がり最敬礼をする。みな前大戦でファナと戦ったものたちだ。
「このような状況は先の大戦で幾度もあった。カオス兵の10万や20万でビビるほどわらわの軍は弱体化したというのか!」
「いえ、ファナ様。我々はあなた様の期待に応えるべく、ここにいるのです」
「ならよい。二度とそのような泣き言は申すな!」
「ファナ様、是非、兵士にもファナ様のお言葉を…」
「うむ」
(10万や20万か…)
明日の対戦はそれ以上の大軍が襲ってくることは確実であろう。強固な陣地を構築し、一体となって待ち構えている激熱の魔王の軍よりも孤立した自分を壊滅させ、魔界軍にくさびを入れて分断することは明白だ。ということは、自分が支えれば支えるだけ、魔界軍は勝利を掴むことにつながるのだ。
ファナは兵士たちの前に立った。崇拝する美しい女性指揮官の前に兵士たちは先ほどまでの戦いへの恐怖を忘れていくのが分かった。
「わが親愛なる兵士諸君。明日は我々にとって最良の日になる。明日、諸君らは前大戦の英雄であるわらわと共にカオスを打ち倒し、魔界の歴史に名を刻むだろう。ファナ・マウグリッツとこのカンネの地にいたということは、諸君の子や孫に諸君らが英雄であると同義語となる日なのだ。何も心配するな。わらわの魔槍ロジェアールに誓い、諸君に勝利を約束する」
もはや、兵士にとってファナはカリスマであり、ファナ様万歳の叫びは夜のカンネ平原にこだました。
演説を終え、兵士を鼓舞したファナは本陣のテントに戻ってきた。ファナ自体も興奮状態が覚めなかったが、本当のところはファナ自身も怖かった。明日対戦する敵指揮官は、10数名はくだらないだろう。いくら自分でもそれだけの人数と連戦して勝てる保証はなかった。テントに入ると急に震えがとまらなくなる。
その時だ、ふいにファナは後ろから優しく抱擁された。ファナは抵抗しない。感触で誰かは分かっている。自分が信愛する男である。
「ファナ、お前の演説しびれたぜ」
俺はファナの腰に手を回し、耳元でささやいた。
「殿下…来てくださったのですか」
「何だかファナのことが気になってな。美国ちゃんに教えられて山を下ってきた」
獣道を下ってきたので、大雨と泥で全身ずぶ濡れであったが、兵士に対するファナの演説を聞いて俺自身も励まされた。
「殿下、お召し物を変えてください。急ぎ、用意させましょう」
「いや、いい。服は脱ぐから」
「殿下…」
ファナと熱い接吻をする。ファナは俺のシャツのボタンを巧みに外す。俺もファナの戦闘ドレスの紐を解き、その生の肉体を自分の体に密着させる。
「殿下、わらわは怖い。震えが止まらない」
「あんなに勇ましい言葉を吐いていたのに、本当は怖かったのか?ファナ。狂乱のファナと呼ばれる猛将が、こんなか弱いこと言っていいのかな」
「あん、殿下のい・じ・わ・る。わらわは魔王様の前ではか弱い女なのです」
「こんな姿、兵士に見られても…」
「あん、だめ…だめだよ、魔王様」
俺はファナの形よい生乳を鷲掴みのして、その先端をつまむと彼女を抱き上げて、ベッドに横たわらせる。
「あん、だめ、兵士たちには見せられない」
かわいいことを言うファナと先ほどの勇敢な言葉をはくファナのギャップに頭がしびれる。
俺は明かりを消して、ファナと熱い時間をしばし過ごした。
ファナを後ろから抱きしめながら、俺は彼女の長い髪を右手の指でいじりながら、
「ファナ…明日の戦い、絶対死ぬなよ」
と思わずつぶやいた。嫌な予感を吹き飛ばすための言葉だ。ファナはいつもの力強いファナに戻っていた。
「魔王様の情けを戴いて、わらわが負けるはずはありませんわ。明日の戦い、勝利の暁には…また、可愛がってくださいませ。リィやランジェの元にはいかないでね。ファナの戦功に対する魔王様のご褒美ですわ」
「ああ。約束する」
俺は体を起こした。外は大雨から小雨に変わっている。夜中の山道をそっと本陣まで戻る。今頃はロレックス嬢たちが自分を探しているかもしれない。
あと数時間後に雨は上がり、このカンネの地に朝日が昇るだろう。魔界の運命を決める一戦が行われる日だ。
ファナ様に死亡フラグが立ちつつあります?
う~ん…魔王の愛ですべてたたき折りそうですが、この人は…。