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魔王様と16人のヨメ物語  作者: 九重七六八
覚醒モード
10/139

夏と側室戦争~前哨戦

第10部 登場人物

ファナ・ド・マウグリッツ…元魔王の側室No.8 女夏を倒して正室の座を狙う野心家 魔槍ロジェアールの使い手

メディア・レイヴァーン…元魔王の側室No.13 ファナに誘われて側室戦争に加わる。双剣のクリスナイフの使い手

ドミトル・ラ・ツエッペリ伯爵…魔界の過激派 ファナの暴挙に便乗して女夏の命を狙いに来たが根っからの女好きなので、魔王から夏を寝取ることにしたいけ好かないキモイケメン。

「我が名はファナ・ド・マウグリッツ、側室ナンバー8、次期御台様にうらみはないが、我、戦いを望む。いざ、下克上たらん。」


ブルーのドレスの貴婦人がどこから出した?という長い槍を振りかざして夏に迫る。

突き出された槍の先がわずかに届かず、のけぞった俺の顔ぎりぎりで止まった。


(危ないじゃなか!冗談抜きで死ぬ!!)


今は女夏が体を動かしている。この女の運動神経だと第2撃は絶対かわせない。


(いや~・・夏・・死んじゃいます~)

(バカ・・竦んでいないで逃げろ!)

(だって、ドレスが邪魔で・・。)


周りはバトル空間で時が止まっている。人間には時間が止まっている異空間。ここで例え大爆発が起こってもまったく気づかれないだろう。この空間で動けるのは・・。


(そう)


「御台様を守れ!イージスの盾!!」


その動けるリィの叫びとともに、自分の目の前にガラスのような大きな盾が現れた。ファナと名乗った女性の第2撃が弾かれる。


「くっ・・リィ・アスモデウス。魔王の側室たる私の邪魔をするのか」


赤いドレスのド派手なリィが、夏とファナの間に立つ。


「側室様とは申せ、前魔王様の任期が切れた今は失業の身でいっらしゃると存ずるが」


「だからこそ、この側室戦争で勝つためにここへ来たのだ。その正室候補を倒せば、私は側室どころか、正室の地位を得られる」


「ふん。側室戦争か。確かに正室候補を倒せば、それに代わることができるというルールもあるが、長い魔界の歴史でそういうケースは一度も起こったことはない」


リィはこれまたどこから取り出したか分らない、大きな金色のハンマーを振りかざした。


「それは私のような有能な護衛がいるからだ!」


懇親の力を込めてハンマーを地面に叩きつける。ものすごい地震が起きてファナも夏も地面に倒れる。そのショックで俺に主導権が帰ってきた。


(ちょっと待て!このピンチに俺が対処するの??勘弁してくれ~)


「くっ・・。あらゆる物理的な攻撃を封じるイージスの盾が展開されたなら、今度はこちらの攻撃か」


ファナは両手の手の平を向けると目を閉じてすばやく呪文を唱える。3本の光の矢が現れ、ターゲットを夏に向けた。


「魔法の攻撃はイージスの盾では防げまい。貫け!マジックミサイル!!」


光の矢がこちらに向ってくる。


「魔法は無効化される!モーリュの盾」


今度は七色に光る盾が自分の前に展開される。4本の光の矢が弾かれた。


「さすが、アスモデウス家のご令嬢というところか・・。有能な護衛ということは認めよう。だが、所詮はお前も私の前ではそこの小娘の正室候補と同様に小娘に過ぎん」


「小娘かどうか、私の力を見てからおしゃっていただきたい。アスモデウス家直伝のイージス、モーリュの盾が展開されては、いかに側室様とて御台様に触れることすらできない。」


ファナ・ド・マウグリッツは右手の甲をで口元を隠し、高らかに笑い声を上げた。


「フォーホホホ・・。まだ、小娘ちゃんですわ。私の側室ナンバーは8。シングルナンバーにお前程度の防御魔法は通用しない。」


ファナの持つ槍が青白く輝き始めた。ファナの全身も青いオーラに包まれる。


「触れるものには死を与えるダイヤモンドの魔槍、ロジェアール・・。全ての防御に死を与えん・・」


青い光が一閃となって、夏の前に展開されたイージスの盾とモーリュの盾が風船が割れるように弾けとんだ


「バカな・・絶対物理防御と絶対魔法防御が破られるわけが・・」


「絶対といってもそれは術者の力量しだいアル。シングルナンバーの側室に守り一辺倒では歯がたたないアル!出でよ、すべての魔を滅する槍、ゲイ・ボルク」


二人の戦いに割って入ったランジェの頭上に光り輝く槍が出現する。それは猛スピードでファナに襲い掛かるか、ファナは華麗に手を広げ、後ろへ宙返りをして避ける。だが、ゲイ・ボルクは消えるとその着地地点に3方向から現れ突き刺す。


が一瞬でファナは消え去り、右手に瞬間移動する。さらに追撃するゲイ・ボルクの槍を手にしたダイヤモンドの槍ロジェアールで弾き飛ばすと息も荒げず、


「魔界と天界の小娘でようやく、私と対等に戦えるというわけか。おもしろい。正室を倒す前にまずはお前たちだ」


にらみ合う3人。目をはずさず、リィは夏に叫んだ。


「御台様・・お逃げください。ここは私たちが引き受けます・・」


「バトル空間で動けるのは戦闘可能な魔界か天界の関係者のみアル。普通の人間は触れることすらかなわぬアル。動ける奴らには気をつけるアル。」


ランジェの忠告を聞きつつ、俺は走った。ドレスがひらひらして邪魔だからすそをビリリ・・と破って右太ももが露わになったが、死ぬよりはマシだ。


「冗談じゃない・・なんでラブコメの展開からバトルモードになるんだ。」


(魔王様の妻になるための試練じゃないの。)


この状況でのん気なことをつぶやく女夏。こいつは天然娘か?


(じゃあ、代わってやる。お前が主導権を握ってあいつと戦えよ。正室なら秘密の技とかで叩きのめすことができるんだろ。)


(やだあ・・そんなはしたないこと夏には無理ですう・・。)


だめだこりゃ・・。この運動神経ニブチンの女が主導したら、たちまち八つ裂きにされてしまう。それなら俺の方がまだマシだ。バトル空間では人間は見えるが存在しないことになっている。パーティ会場にいるお客や隆介に元馬、めぐる、イヅルもその場で立っているものの、幻影みたいなもので触れても突き抜けるだけ。3Dの映像に過ぎない。清楚な和服で決めている立松寺にも触れられない。


(ちくしょ~・・ここで殺されたら立松寺と会えないじゃないか!)


すると前方の左手からこれまたブラックのゴスロリファッションのドレスを着た女が夏を見つけて突進してくる。


「見つけたぞ!我が名はメディア・レイヴァーン。側室ナンバー13。いざ、参る」


両手に短剣を持って襲い掛かってくる。(やばい!)


すぐ右の通路に飛び込んで逃げる。2人目の刺客に捕まったら今度こそジ・エンドである。だが、相手は魔界の住人(見た目は美しい美女ではあるが)走って逃げたところでいつかは捕まるに違いない。


「リィの奴、護衛とか何とか言って役に立たないじゃないか!」


そう悪態をつくが、リィとランジェが手強い敵と自分のために死力を尽くして戦っていることは事実であり、彼女たちのためにも捕まるわけにはいかない。廊下を曲がり、十字路を今度は左に足を進める。だが、曲がったとたんにグイッと右腕を掴まれ、部屋に引っ張り込まれた。思わず叫びそうになったが、口を手で押さえられた。


「先輩・・静かに・・」


聞き覚えのある声。冷静に頭を整理すると後輩の新堂ひかるであることが検索された。


「ひかるくん・・あなた動けるの?」


後から考えれば妙な質問であったが、その時はそんな言葉しか出てこない。


「先輩、まずは隠れましょう。」


ひかるは部屋に備え付けられていた大きなクローゼットの扉を開けると一緒にその中に入った。たくさんの服が2段に収納されており、奥にもぐりこめば姿が見えないようにできそうである。ひかるは夏を奥の壁に押し付け、自分がそこに覆いかぶさるように体を寄せ、夏の頭を右手でそっと押さえる。


「静かにしてください・・。どうやら、部屋に入ってきたようです」


耳を澄ますと確かにドアが開かれ、部屋に侵入してきたらしい足音が聞こえてきた。


「くそ・・こちらに逃げたことは間違いないが・・どこに隠れた?」


そう言って、部屋の隅々を探している気配を感じた。しかも、だんだんクローゼットに近づいてくる・・。ギー・・と扉が開けられる。夏の両肩を掴んだひかるの両手に力が入り、ぎゅうっと、夏を抱きしめる。ひかるの心臓がトクントクンと鳴るのが聞こえる。いつも使いパシリをさせていた後輩が思いがけず頼もしく感じる。


扉は開けられてほんの2,3秒でバタン・・と閉められた。廊下の物音に気づいたメディアは、大急ぎで部屋を出て追跡を開始したようだった。


静寂が戻りつつあったが、まだ自分を抱きしめる後輩の男の子の力強い抱擁は続いていた。

こんなに力があるようには思っていなかったが、やはり男子である。女子である自分よりも力が強いことをあらためて感じてしまう。


「痛いよ・・ひかるくん・・」


思わずか弱い声でそうつぶやいてしまった俺。この可憐な声が草食系と思われた後輩の男子の野生を目ざめさせてしまった。


「ごめんなさい・・先輩・・」


と言いつつ、少しだけ体を離したひかるだったが、急に思い直したのかグッと夏の体を引き寄せて強く抱きしめる。


(えっ・・ちょっと・・ちょっと・・)


思わぬ展開に戸惑う俺。女夏が、


(このバトル空間時に動けるのは、魔界か天界の関係者よ・・もしかしたら、ひかるくんが魔王様??)


(じゃあ、動けない隆介や元馬は魔王じゃないのか?)


(覚醒前の魔王様なら人間と同じように動けないと思うけれど、逆に人間であるひかるくんが動けること自体おかしいわ。)


(そりゃそうだが・・。)


上目づかいでちょっとだけ背の高い後輩を見る。すると真剣な眼差しで自分のことを見つめているではないか。


「先輩・・ぼくは・・前から、先輩のことが・・大好きです!」


(えええええええっ・・・うそ!)


心の中で叫ぶ俺。女夏は冷静にネクタイを外したひかるの首もとのを見た。そこには8の字に見えるアザがあった。


(数字のアザを持つ人間は魔王である・・とランジェは言ったけれど、少なくともこの空間で動けるということは、魔界か天界の人間であるということ・・)


ひかるが顔を近づけてくる。体は押さえつけられているので逃げることができない。顔を背いて拒否の意思を示すこともできたが、混乱してしまって目を見開くだけで固まってしまった・・・。そっと重ねられる唇・・。


(うあああああああああ・・・。)


男とファーストキス・・いや、幸いファーストは立松寺としたから、セカンドキスだ。

だが、重なると同時にまばゆい光がひかるの心臓から放たれ、その場にうずくまってしまった。光はさらに強くなる。


「ちょっと・・ひかるくん・・どうしたの!」


思わず大きな声を上げてしまう。だが、この声に先ほど部屋を出て行ったメディアに気づかれた。足音が近づいてくる。俺は急いでクローゼットから飛び出る。ひかるはクローゼットの中でうずくまっている。


(魔王として覚醒するのか?)


少し気になったが、今はメディアが戻ってくることの方が重要である。彼女の狙いが自分であるなら、自分がこの部屋を出ればとりあえず、ひかるに害が及ぶことはないだろうと思い、部屋を飛び出した。


予想どおり、メディアはヒラヒラのゴスロリ服をものともせず、自分を追いかけてくる。

急いで廊下を左に曲がり、正面の階段を上る。が、急に追跡の足音が途絶えた。

階段を上って後ろを振り返ったが、追ってくる気配はない。


(いったい、どうしたんだ・・。)

(追跡をやめたみたいね・・。)


女夏がのん気なことを言う。こっちは走りすぎて息が上がっているというのにだ。ちくしょう・・。だが、自分にさらなるピンチが待っているとは。


ヒタヒタと這いよる複数の生物が近づきつつあったのだ。


メディアはターゲットである正室候補の追跡をやめた。これは千載一遇のチャンスであった。上位のファナに誘われて側室戦争に加担したものの、自分が上位のファナに勝てるはずもなく、いい様に利用されるだけだと思っていた。


だが、前魔王の側室として優雅に暮らしてきたのに100日後には人間界にただの人間として生まれ変わることになるのは嫌であった。それを免れるには、正室候補を倒して成り上がるか、それとも新たな魔王の側室になるかである。後者の場合、新しい側室候補に勝てばいいのだ。正室候補にはファナをぶつけ、自分は側室候補を狙おうと考えていた。利用するのは自分の方である・・とメディアは勝手に考えていた。


ところが、思わぬチャンスで正室候補が自分の前に出てきたので、つい欲張って狙ってみたのだが、通りかかった部屋のドアの隙間から漏れ出る光を見て冷静になった。


(危ない危ない・・私はナンバー13。分をわきまえねば・・。正室候補はまだ覚醒していないとはいえ、13番程度がどうのできるなんて思わないほうがいい。過去に成り上がった前側室はいないというし、それよりも前例がある新しい側室候補を倒す方が確実。)


メディアは部屋のドアを強く開け放ち、光輝くクローゼットに歩み寄った。


「ふふふ・・。あなたも運がないわね・・。正室候補に覚醒されて自分を取り戻した直後にまた殺されるなんて。心配ないわ・・。殺すといっても魔界に住むための魂が死ぬだけ。

私の双極の短剣クリスナイフによって、もう一度、人間に生まれかわらせてあげるわ」


両手に持った短剣が青い光を放ち始める。そしてクローゼットのドアめがけてXの字に振り下ろすとドアが切り刻まれて吹き飛び、さらに吊り下げられたおびただしい服の向こうにいるターゲットめがけて2本の短剣を突き刺した。


「くくく・・」


服の中からくぐもった笑い声が聞こえてきた。突き刺したはずの短剣には突き刺した感触がなく、代わりに先端を掴まれて自由にならない。手を横に振ってもがこうとしたとたんに強烈な蹴りを腹部に受けて部屋の壁まで吹き飛んだ。


壁が崩れ、体が壁にめりこむ。人間だったら大怪我で気を失うところだが、メディアはつい最近まで魔王の側室として君臨してきた魔界の住人である。この程度のダメージでは戦闘不能にはならない。だが、あきらかに誤算であった。覚醒したての側室候補ならなんとかできると思ったが、そんなに甘いわけがなかった。


「13番ふぜいが、私に勝てると思っているのか・・」


クローゼットの前に立つ新しい側室候補。


(先ほど、正室候補によって覚醒されたばかりというのにこの力。)


メディアはその候補の首すじに「8」の数字を見て目を見開いた・・。一粒の冷たい汗が頬をつたう・・。


「ナンバー8・・私よりも上位の側室だな」


側室の強さはナンバーで決定される。1つ2つなら番狂わせもあろうが、5ランクも違えば勝つことは不可能である。だが、その口調にはあきらめのエッセンスは一滴もはいっていなかった。


(ナンバー8のシングルランクとはいえ、まだ生まれ変わったばかりで、力も100%出せるわけではないだろう。側室の証であるウェポンすら持っていないようだ。


自分には双極の短剣「クリスナイフ」がある。そしてそれを扱う技能と身体能力。


「今、ここで下克上たらん」


だが、メディアは生まれたばかりのその側室の手が光り、折れ曲がった鎌のようなものが浮かび上がったのを目にした。


(バカな・・覚醒したばかりでウェポンの召喚などできるはずが・・。)


クリスナイフの青く透き通る刀身がバラバラに砕け、メディアの倒れた体に降りかかった。


「先輩もこれで魔界から解放されて新しい人生を生き直せるよ。死ぬわけじゃない。」


ひかるはそうつぶやくと扉をそっと閉めた。側室戦争で敗れたものは魔王の側室から解放されて、人間として生まれ変わる。メディアもこれまでの記憶を一切忘れて人として生きるのだ。ひかるは廊下に出てスカートを翻し歩きながら重要なことを思い出した。


「そういえば、夏姉さま、大丈夫かしら?」



「だ・・大丈夫じゃない!」


その頃の俺はというと大ピンチであった。ヒタヒタと歩く黒いベタベタした奴らが俺を追いかけてくる。そいつらの歩みは大して速くはないが、数十匹で通路をふさぐように迫ってくるからだんだん追い詰められて、ついには3階のバルコニーに出てしまった。そこは、小さな噴水とベンチがあり、小さな公園のようなたたずまいだが、もはや逃げ場がないことは一目瞭然であった。


(あなた、男でしょ!やっつけてよ!)


心の中で女夏が無茶なことを言う。バカヤロー!精神は男だが、体は非力な女なんだから戦うこと自体無理な話だ。それに迫ってくる黒い化け物は見るからに汚らしくていくらなんでも触るのも気味が悪い。だが、追い詰められた以上、そうも言ってられない。


俺は覚悟を決めて化け物たちに正対した。両手を構える。(といっても空手や柔道の心得はまったくない。体育で柔道の真似事をやった程度)一番に近づいてきた奴に強烈な蹴りをかます。さらに2番目に回しゲリ!!スカートが広がり、走りやすくするために破いた切れ目からレースのパンツがちらりと見えたが、恥ずかしがっている暇はない。


蹴られた化け物は、ピキー・・・キー・・とか変な叫び声を上げて後ろへ倒れて後続の化け物とともに将棋倒しになったが、数が多いからさらにそれを乗り越えて迫ってくる。辺りを見回すと使用人が忘れていたと思われるほうきが目に入った!!


(ありがとう!メイドさん)


ほうきを握り締めると近くの化け物を滅多打ちにする。2,3発で先端が折れてしまったが、これ幸いにその鋭角な部分で突き刺す、叩くの大暴れ。可憐なドーナッツちゃんがバーサーク状態である。ドーナッツファンがみたら百年の恋も冷めるか?いや、あいつらのことだから、それも「萌え~」とか言ってくるだろう。


 しばらく奮闘していると化け物たちの前進が止まった。そして両側に分かれる。道ができてその先に一人のタキシードに身を包んだ男が立っているのが見えた。胸に白いバラ。白いタキシードに漆黒のマントという派手な格好。近づくにつれてその派手な野郎は、かなり色白のイケメン野郎であることが分かってきた。


年恰好は2,3歳上に見えるが若い。ただ、身のこなしはダンディな中年オヤジを思い出させ、ご丁寧にも胸の白いバラを取って口に加えてきやがる。黒い化け物よりも背中に冷たいものが走る気持ち悪さだ。


「ふふふ・・さすがは魔王様の正室であらせられる」


「あ・・あなたは誰?」


「お初にお目にかかります。わたくしは、ドミトル・ラ・ツエッペリ伯と申します。魔界の貴族です」


「ふーん。ということは、リィの言っていた反魔王の過激派でしょ」


そう、この状況で味方であるはずがなく、当然の答えである。


「さすがは御台様。察しがいいですな。私どもとしましては、新魔王様の復活は何としてでも避けたいことでして。そのためには魔王様を復活させることができる人間の姫の方を何とかする方がラクなことが分かりまして」


「そりゃまあ、そうですわね。もっと早く気がつけばよかったのに」


「今回の御台様は物分かりがよい方で助かりました。それでは遠慮なく・・」


男の目が赤く光る。すると急に体の力が抜けてしまったではないか。フラフラとする体をそっと支えるキザ野郎のドミトル。どさくさにまぎれておっぱいを触りやがったが、キャーとも手を跳ね除けることもおっくうになってしまって何もできない俺。


「おや、思ったよりチャームの魔法のかかりが悪いようですね。普通の女性なら私に抱きついてくるはずなのですが」


「わ・・わ・・わたしは・・・お・・と・・」


(私は男じゃあ!)と叫びたかったが、心の中の女夏はふにゃふにゃで目がハートになっているし、自分はその影響か力が思うようにはいらないから声にならない。だが、自分がピンチであることは自覚していた。しかも絶体絶命の部類だろう。こういうときには、助けを呼ぶものだ。


「だ・・だれ・・か・・・た・・す・・けて・・」


かろうじて声をふりしぼる俺。ドミトルはにやりと笑っただけで、俺の上体を起し、長い髪をたくしあげてすっきりしたうなじを露出させた。


「御台さま・・当初の予定ではお命をいただこうと思っておりましたが、御台さまは、なかなか私好みの女性でいっらしゃいます。そこでわたくしが血を吸って差し上げます。そうすれば、御台さまはわたくしの虜となりましょう。魔王様も復活できず。めでたし、めでたし・・わたくしもあなたのような美人と恋に落ち、めでたし、めでたし・・。」


そういって、口を大きく開く。赤い舌と2本の牙が月夜に光った。


(もうだめ!!)そう思ったとき、電光石火のごとく黒いかげがドミトルを突き飛ばした。


「だ・・だれだ?お前は?グール共、そいつを排除しろ!」


突き飛ばされたドミトルが叫ぶ。グールと呼ばれた黒い化け物たちがノタリノタリ・・と動き出したが、その黒い影の人物は取り出した木刀でなぎ払うとまるでバターが溶けるように黒い化け物は消えていく。


「そ・・その木刀・・ただの木刀ではないな」


「ふん。古来よりおまえたちのような人外の化け物を祓うため高僧が祈りをささげ、神木にて作られた刀。名を毘沙門という」


その人物に抱きかかえられ、意識が戻った俺は思わず目の前の出来事に目をまんまるくした。心の中の女夏は腑抜け状態であるが、俺の方は正気に返りつつある。


(すげえ・・魔界の住人を楽勝で消せる武器があるなんて。ちょっと待てよ?俺もそういえば、ランジェの奴からなにかもらっていなかったっけ?)


そうだ、思い出した。俺は首にかかっていたペンダントをそっと出す。女夏は知らない武器だ。彼女はチャームとやらでへべれけだから、これを使ってもばれないだろう。俺はペンダントを握るとそっと言葉をつぶやいた。白く輝き、右手に短剣が具現化する。


魔王の魂を砕く「アンスウェラーの短剣」である。その輝きを見てドミトルは、


「二人がかりの魔法の武器で私を脅すとは無粋な。まあ、今回は邪魔も入ったことですし、また、いいことも思いつきましたから、退散するとしましょう。御台さま」


ドミトル伯はマントを翻すとグールたちとともに消えてしまった。同時にバトルエリアも解除されたようだ。パーティのにぎやかな音が聞こえてくる。時が動き出したのだ。


「これはどういうことだ。俺は夢でも見ていたのか?」


そうつぶやく男性、自分を助けてくれた人物を見る。男夏も見覚えがあるその顔。


「そ・・・宗治先輩じゃないですか!」


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