左肩に痣を持つ男
軍が接収したのはサニーアで一番大きなホテル。上から数えた方が早いランクの部屋を与えられた男は窓から街を心配そうに眺めている。
彼の階級は大尉とそこそこ高いのだが、首都から逃れてきた高級将校らが使用するランク。勿論他の大尉は一つ二つランクの低い部屋に泊まっている。
一人で過ごすには広すぎる部屋を彼の溜息が満たす。若くして妻を亡くした彼の家族は息子が一人、その息子はもうすぐで来る筈だが仕事中に変わりはない。
「まさかハイジャックに逢うとは、な。可哀相に」
勿論息子の身は心配だし彼が連れ帰って来る友人も心配で、だが溜息の理由はそこではない。二人が乗る列車を襲ったハイジャック犯が不憫に思えるのだ。それは軍人として不適切な情だが、事情を知ったなら他の者も同じ感想を抱くだろう。
彼の一人息子も彼が呼び寄せた友人も客車程度なら簡単に破壊出来る魔術師なのだから。
「エーレンベルグ大尉、失礼します」
後方の扉を叩く音の後、伝令と思われる兵士が入ってきた。赤を基調とした軍服に着られている感のある、今年入隊した新兵だろう。
エーレンベルグはゆっくりと振り返り、要件を話すよう促す。
「アーデルハイド少佐とエーレンベルグ准尉の乗った列車が到着したそうです」
「思うより早い到着だね。では向かえに行かねば」
アーデルハイドのかつての階級を知る男としては少佐と云う地位が皮肉か嫌味にしか思えないのだ。他人の口を通して聞けば尚の事。不意に笑い出すエーレンベルグを伝令は不思議そうに見つめる。
「君は彼の英雄をどう思うのかな」
「自分がでありますか? ………国で最も尊敬され、誰よりも強い方と思っております」
「ならばもう一つ、彼と歯に布着せぬ友人になれそうかね」
意地の悪い質問とエーレンベルグは自覚していた。答えに詰まる伝令に下がるよう伝える。
締まりの悪い顔でそさくさと部屋を後にした新兵を扉越しに見続け。
「可哀相なアデル。お前はやっぱり一人だ」
左肩の薄らいだ契約印に魔力が満ちるのを感じ、エーレンベルグの姿はその部屋から消えた。