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殺風景な自衛団の仮眠室のベッドに横たわりながら、外の賑やかな喧騒にうんざりといった表情を浮かべる青年が一人。切り出した翡翠を思わせる瞳は様々理由から来る苛立ちを露わにし、女性的でもある美貌に棘を加えていた。
青年は形ばかり羽織っていた毛布を顔まで引き上げて音を遮断しようとする。だがその程度で静かに思えるならここまで不機嫌になる必要はなく、季節柄薄くなった毛布で防げるものではなかった。
「くそっ、………夜勤と重なるとは」
自衛団の夜回り担当はちょうど祭りの前夜、ハメを外す住人の数が仕事の数、故郷の街を駆け回ったのはつい先程の様に感じていた。疲労と寝不足で悲鳴を上げる体に連れられて機嫌が悪くなっても仕方ない事だった。
もっとも昨夜は当番でなくとも青年は一日中眉間にシワを寄せていただろうが。
「アーデルハイド、お前はいつまで国に居座る気だ」
息苦しさも限界に達し毛布から顔を出す。寝返りシワの刻まれたシーツを掴み、新たなシワが増える。若々しい張りのある低い声は喧騒に溶けて深い意味を生み出しはしなかった。
そんな中一階から仮眠室へ通じる廊下を渡る気配に気が付いた瞬間、控えめなノックの後に一人の少女が部屋へ入って来た。
少女の肩まで伸ばした栗色の髪が揺れる。赤味を帯びた茶色の眼が二段ベッドの並ぶ仮眠室を見回し、探し人を見つけたらしく嬉しそうに瞬く。
「兄さん、お祭りに行かないの?」
「………リーザか。友人と行けばいいだろ」
膝丈の白いワンピースはあまり綺麗とは言えない仮眠室に不釣り合いで、ルカはその白さに目を奪われる。
祭の熱気は一ヶ月後にやってくる夏の盛りを一足早く連れてきたかの様に暑く、純白に混ざる淡いミント色の模様がより涼やかに映える。そしてワンピースは思春期の健康的な白い肌を程よく晒す、あくまで上品なデザインだった。
幼なじみの可愛らしい姿を見て機嫌が良くなる程度にルカは若い男だった。祭には行かないと言いながら上体を起こすのが何よりの証拠だ。
「ルカ兄さんがアーデルハイド様の事を嫌っているのは分かるけれど、お祭りに罪はないの………」
「行きたいなら友人と………」
「ルカ兄さんとが………」
「あんな奴の誕生日を祝う義理は………」
相手の言葉を遮り合い袋小路の問答を繰り返す。飽きる事なくたっぷり五分は話していただろう。
話すのを苦に思わないリーザと違い、ルカは他人と話す事がやや苦手だった。自衛団の会議では相手の矛盾を容赦なく突きつける彼も、自分を兄と呼ぶ位慕ってくれる幼なじみを加減せず論破する訳にもいかず。
「たまたま遊ぶ日がアデル様の誕生日と重なっただけで………」
「わかった。着替えるから出ててくれ」
妥協を選んだ。
嬉々として仮眠室を出るリーザの後ろ姿に、ルカはなんとなく女の強かさを見た気になっていた。