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散らかる物がない、小屋の中はひたすら殺風景だった。小さなキッチンとこじんまりとした衣装箪笥、食器棚と二人掛けのテーブル、建て付けの戸棚がいくつか。左手奥にあるロフトは恐らく寝室代わりだろう。
がアーデルハイドが大人しかったのは先程の一瞬だけ、ルカは爛々と輝く目の迫力に負け、気が付いたらテーブルに着いていた。どうしてこうなったと頭の中で唱え、井戸水を沸かすアーデルハイドの後ろ姿を見る。
太股の半ばまで伸びた一つ縛りの髪が左右に揺れる。この姿だけを見ると世話好きの青年だが左頬を子鹿の血が赤く彩っている。子鹿は近くの木に吊されて血抜きの真っ最中、その時に付いた血だろう。
「拭けよ」
「ん、ー。なに」
「いや別に」
「そうか、ユンヨン、チャーいるか?」
「ゆん? 癖が強すぎないなら」
楽しそうな返事をして戸棚からユンヨンチャー作りに使う茶葉等を取り出す。揺れる茶髪から視線を外しテーブルの木目をなぞる。
初めて見た時の怖気にルカの魔術師が慣れたのか、首の後ろをくすぐっていた不快感よりもアーデルハイドへの嫌悪感が勝っていた。そこに毒気の無さ過ぎる態度への不信感があり、今は言うべきでない事も苛立ちを加速させる要因だった。
思考に耽るルカの前にカフェオレの様な飲み物の入ったマグカップが置かれた。顔を上げると同じマグカップを持ったアーデルハイドがにっこりと笑っている。そして彼は向かい側へ座った。
「じゃ、話。あと名前」
「俺はマルカーニャ・バルディだ。コーネリアス・バルディの息子、と言えば分かるか?」
「カーネル、カーネルのか! 本当に街に帰れるのか」
「ああ帰れるぞ。ただでは無いがな」
まるでアーデルハイドへの当て付けの様に意識して浮かべた笑顔は、恐らくルカの人生で一番見事なものだろう。明るい黄色をした毒を流し込んだ湖の様に澄んだアーデルハイドの目が、怯えた事が何よりの証明だ。