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突如として現れる開けた空間、古いもののそれなりに手入れのなされた小屋が中央に。その左側には井戸が掘られた、一人位なら生活出来そうな機能が揃っていた。
「誰か、誰かいるか」
建て付けの悪そうな扉を軽く叩き、返事を待つ。外観に生活感は漂っているものの、中に人のいる気配がしない。もう一度扉を叩き、やはり返事がない。
「アーデルハイド、おい、どこだ」
「ひと………」
声の方を向くと、子鹿を抱えた長い茶髪の男がルカの視界に入った。彫りの深い目鼻立ちで痩せ型、歳は二十台後半だろうか。黄色の色水を満たした様に透明感のある目は驚きで見開かれ、ルカを正面に捉えている。
首都でもそう見ない位整った美丈夫だがルカはその男の顔を見た瞬間、身の内の魔術師が悲鳴を上げるのを聞いた。幼くすら見える面の皮を一枚剥いだ下で蠢く魔力を感じ取り脅えているのだ。
「お前がアー」
「人ーーーーー!!!」
意を決し喉から絞り出した声は掠れた叫び声に掻き消される。驚いて固まった瞬間男の手が無遠慮に手が伸びてきて顔を触られる。目を開けようにもささくれ痩せた指が目に入ってしまいそうで固く閉じたまま。挙句の果てに首の後ろの辺りムズムズした不快感まで覚え始めていた。
「人、本物だ、ほんと、ひさしぶり」
「おま、おい、口止めろ目も止めろ手を離せ」
放っておくといつまでも触れていそうな手を掴んで顔から引き剥がす。掴んだ手首は森で暮らしているにも関わらす細く痩せていた。ルカがここまで強く言う理由を理解した顔など一片も浮かべていないが男は手の力を抜いて数歩下がる。左腕で抱えていた子鹿を両手で抱え直した所でルカが再び口を開く。
「お前は誰だ。名を教えてくれ」
「アーデルハイド。もう、街のほ、うに帰れるのか?」
喋り方を半ば忘れたように言葉に詰まりながら男は笑った。