自分にとっての幸せを発見する方法
高校一年生の春、私は「将来の夢」を聞かれるのが嫌いだった。
「何になりたいの?」
先生がそう聞くと、教室のあちこちから手が上がる。
「医者!」
「美容師!」
「保育士!」
私は下を向いた。
なりたいものがないわけではない。
ただ、「これが私の人生です」と言えるほどのものが、まだ見つかっていなかった。
「夢がないって、ダメなのかな」
帰り道、友達に聞いてみた。
「そんなことないよ。でも、やりたいことはあったほうがいいんじゃない?」
友達はそう言った。
たぶん、その通りなのだろう。
でも私は、ずっと小さな違和感を抱えていた。
みんなが「幸せ」と呼ぶものが、本当に自分にとっても幸せなのか。
いい大学。
いい会社。
たくさんの友達。
恋人。
結婚。
大きな家。
高い車。
私はそれらを否定したいわけではなかった。
ただ、
「私は、それが欲しいのかな」
と思っていた。
***
夏休みのある日、私は祖母の家に行った。
祖母は縁側で麦茶を飲みながら、庭を眺めていた。
「おばあちゃん、何してるの?」
「何もしてないよ」
「暇じゃないの?」
「全然」
祖母は笑った。
庭には小さな花が咲いていた。
「毎朝ね、ここに座って花を見るのが好きなの」
「それが幸せ?」
「そうねえ。今の私はね」
私はその言葉が少し気になった。
「今の?」
「幸せって、ずっと同じじゃないもの」
祖母は麦茶を一口飲んだ。
「若い頃は、また違ったわ。仕事が楽しかったし、友達と旅行するのも好きだった。子どもが小さい頃は、家の中が賑やかなのが幸せだった」
「じゃあ、幸せって人によって違うの?」
「もちろん。それに、同じ人でも変わるわよ」
私は庭を見た。
「じゃあ、どうやって自分の幸せを見つけるの?」
祖母は少し考えてから言った。
「自分の気持ちを、ちゃんと観察することじゃないかしら」
「観察?」
「何をしているときに嬉しいか。何をしているときに疲れるか。何をしているときに、自分らしくいられるか」
祖母は笑った。
「幸せって、突然見つかる宝物じゃないのよ」
***
その日から、私は小さなノートを持ち歩くことにした。
表紙には、
『私の幸せを探すノート』
と書いた。
最初のページに、祖母の言葉を書いた。
「心地よかったことを覚えておく。嫌だったことを無視しない。」
そして、その日の出来事を書いた。
『クラスでみんなの前で発表した。すごく疲れた』
『放課後、親友と二人で話した。楽しかった』
『テストでいい点を取った。嬉しいけど、順位を競うのは疲れる』
『一人で音楽を聴きながら帰った。気持ちよかった』
『知らない人がたくさんいる場所は苦手』
『海を見ていたら、時間を忘れた』
書いているうちに、私は不思議なことに気づいた。
「私、思っていたより、静かな時間が好きなんだ」
そして、
「たくさんの人に認められることより、安心できる人と過ごすほうが好きなんだ」
ということにも気づいた。
***
冬になった。
私は進路について、また悩んでいた。
先生から、
「将来のために、もっと難しい大学を目指したら?」
と言われた。
以前なら、きっとその言葉に従おうとした。
でも、その日はノートを開いた。
そこには、私の半年間の記録があった。
楽しかったこと。
疲れたこと。
嬉しかったこと。
苦しかったこと。
私は考えた。
「私は、どんな毎日を送りたいんだろう」
その答えは、意外と地味だった。
朝、慌てずに起きる。
好きな仕事をする。
気の合う人と話す。
帰ったら安心できる家がある。
休日には好きな場所へ行く。
たまには一人で過ごす。
大切な人と笑う。
それだけだった。
でも、
「それがいい」
と思った。
初めて、自分の人生に自分で丸をつけられた気がした。
***
高校を卒業する頃には、私は「幸せ」という言葉をあまり怖がらなくなっていた。
誰かが、
「この大学に行けば幸せ」
と言っても、
「その人にとっては、そうなんだろうな」
と思えるようになった。
友達が、
「絶対結婚したい!」
と言っても、
「素敵だね」
と思えた。
そして私は、自分に問いかける。
「私はどうだろう?」
答えがすぐ出なくてもいい。
分からなければ、分からないままでいい。
これから生きていく中で、きっとまた変わる。
だから私は、これからも自分を観察していこうと思う。
嬉しかったことを覚えておこう。
嫌だったことをなかったことにしないようにしよう。
「みんなが好きだから」ではなく、
「私は好き?」
と聞いてみよう。
「みんなが幸せだから」ではなく、
「私は幸せ?」
と考えてみよう。
幸せは、誰かが答えを教えてくれるものではない。
たぶん、自分の毎日の中に、小さなヒントが散らばっている。
笑ってしまった瞬間。
ほっとした瞬間。
時間を忘れた瞬間。
「もうやりたくない」と思った瞬間。
「またやりたい」と思った瞬間。
その一つひとつを拾い集めていけば、
いつか、
「これが私の幸せなんだ」
と思える日が来るのかもしれない。
春になった。
新しい道を歩きながら、私はふと思った。
人生の正解を見つけたわけではない。
夢が全部決まったわけでもない。
それでも、不思議と怖くなかった。
だって私はもう知っている。
幸せは、最初から用意された答えではない。
自分で感じて、自分で考えて、自分で選びながら、少しずつ作っていくものなのだ。
私は歩きながら、空を見上げた。
今日の空は、きれいだった。
ノートを開く。
そして一行だけ書いた。
『今日、私はこの空を見て、幸せだと思った。』




