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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

彼のPSP

掲載日:2026/04/23

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 むう、ここのところ体重が増え気味だなあ。めちゃ太りってわけでもないが、じわじわと目盛りが振れていくこの感覚。体重計使うたびに緊張の一瞬だなあ。

 デジタルならデジタルで、確定するまでに微妙に数値が前後するあの時間もハラハラするけれどね。結果が出てほしくもあり、出てほしくなくもあり……どちらつかずって、不安でもあるが安心もある。成功、失敗のどちらでもないから、その結果による責任がのしかかることもないからね。

 ケリをつける、というのは責任を負うことにもなる。成功にせよ失敗にせよ、それに挑んで結果を示したものは、何もやらなかったとか、そのうえ文句や非難するだけのものよりずっと素晴らしいんじゃないかと僕は思っているんだ。

 ひとつ、僕の友達で「結果」を出すことに力を入れた子の話、聞いてみないかい?


 彼にとって結果を出すことは、必ずしも良い結果を残すという意味ばかりではなかった。

 現状で何が起こっているかを確かめ、判断を下し、行動することが肝要。だから、ときに周りの人には理解しがたい行動をとることもある。

 これから話すのは、覚えている彼の奇行の中でも最大クラスのもの。彼自身は、PSPの一環だと話していた。

 ここでいうPSPは、Patient Support Program。すなわち、患者支援プログラムのことだ。医療や製薬分野に携わる人なら、よくご存じのことかと思う。

 しかし、展開するのは知れ渡ったシステムにのっとったものじゃない。彼の彼による彼のためのプログラム。患者とは彼の目や気をとめたものなら、誰でもなりえるものだったんだ。


「は~い、それじゃ、そこの野良猫くんに患者になってもらいま~す」


 一緒の学校帰りに、彼がブロック塀の上に寝転ぶ黒猫を見定めるや、そのようなことを言い放った。

 唐突におかしな振る舞いをするのは珍しいことじゃなかったが、お医者さんごっこらしきことは、これまで行われたケースがない。

 猫本人はというと、友達の宣言を聞いているのかいないのか。いまだ腹を塀のてっぺんへ覆いかぶせるようにぐったりとしたままだ。僕の目からも、お疲れめに思えるから患者という表現も的外れではないのかな……などと思っていると。


 彼がポケットに手を突っ込むや、中から光るものを取り出して、猫へ投げつける。

 無警戒だったこともあり、それが何なのかは満足にとらえられなかった。が、その光源は猫の喉元へ吸い込まれていく、ほどなく猫自身も、より塀へぐったりと寝そべってダウンしてしまう。

「なにやっちゃってんの!?」と突っ込む間に、友達は今度は同じくポケットから小ぶりのカッターを取り出し、刃をせり出しながら、猫目掛けて跳躍。その背中へ向けて一閃させた。

 僕のほうへ降ってきたのは、幾筋かの黒い毛たちのみ。一方の友達はというと、ブロック塀のかすかなへこみにつま先を引っかけて、そこを足場に塀のてっぺんへ乗り移るという軽業を披露。ぐったりした猫の背後を取った。

 まるで着ぐるみをいじるかのごとく、先ほど一閃した背中をカッターの先でもってつついたり、いじったりしていく友達。


「うん、異状なし! 平和で何よりだよ」


 そういいながら、今度はカッターを先ほどとは逆方向に走らせたあと、猫を抱えて塀から飛び降りる。僕がその猫の背中を見ると、かすかな毛の乱れと、肌がのぞく部分はあれど、想像していたような傷痕は開いていなかった。

 そこで彼は例のPSPのことについて話したんだよ。これから自分は患者を診ていくことにするって。

 先の一部始終で、彼のやっていることが普通のドクターがやるような「それ」とは思えなくなっている。なにをやらかしてくれるのか……と考えると、背筋が寒くなったよ。


 それからも彼は、少し時間を見つけては様々な生き物を患者と称して、その支援プログラムを実行していった。

 猫はあくまで一例にすぎず、小さいものはバッタなどまで、大きいものはおそらく……人間までだ。

 体育の時間に男子同士で着替えるときに見た。幾人かは背骨のあたりのみが赤く染まって筋になっている。ひとり、ふたりなら偶然もあり得たかもだが、クラスの男子の大半で同じことが起こっているのを見ては、疑いはやまない。

 あのカッターの一閃を思い出すたび、背中がむずむずする。彼の動きはあまりに手慣れ過ぎていて、ためらいがなかった。もし自分が同じことをされたら……と思うとどうにもたまらず、自分の背中に畳んだ新聞紙などを仕込むほどになっていたよ。


 そして、そのときはきてしまう。

 学校帰りではない、休みの外出しているタイミング。ひと気のない道を歩いているときに。

 ぐっと、歩いている足が急に止まった。体中が、いっぺんに言うことをきかなくなってしまったんだ。

 間髪おかずに、背中をこすられる気配。「ん」と漏らされる息。


「仕込みがあったのかあ。用心してるなあ。じゃあ、もうちょっと深く……」


 紛れもない、例の友達の声。

 続いて、今度こそ背中がカッと熱くなるほどの摩擦を覚え、それがまたすぐ引っ込んでしまう。あの猫たちがやられたのと同じようなことを、自分がされたのだろう……とつい想像してしまったよ。

 やがて、身体も動くようになる。彼はすぐ後ろにたたずんでいて、徹底的に詰問してやろうと思ったけれど、その手に握られていたものを見て絶句しちゃったよ。


 ザリガニと蛇の合いの子のようだった。

 下半身は縄を思わせる一本の長い胴体だったが、上半身はハサミをふたつ携え、甲殻を背負うエビに似た体の持ち主。その体は赤く濡れていた。


「目星はつけてたんだけど、こいつはビビらないとなかなか浮かんでこないからね。ようやく確証が持てたから実行に移したんだ。悪いね」


 友達の話だと、こいつは他の動物に寄生する生き物のひとつ。その中でも脳まで冒すヤバいものとのこと。

 普段は身体の奥へ潜んでいるが、友達がやったような施術の気配を寄生した主ごしに見せると、恐怖を覚えて体の表面に浮き上がってくるのだという。もっとも、知識を持たない者には判断のつかないほど、わずかなものだが。

 僕はそれにつかれていたらしく、うまいこと友達に対処してもらった形になるようだ。

 この点は感謝すべきだろうが、ほかの彼の奇行にも何か理由があるのかと思うと、離れ離れになるまで気が休まらなかったんだよねえ。

 彼はそれからもPSPと称して、責任を負っていったんだろうか。

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― 新着の感想 ―
確かに、危険人物と紙一重なところがあって見てて不安になるところもあるけど、またよからぬものに寄生されたらと思うと、彼がいないのもちょっと困るかも。
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