第6話 制御移行
闇を裂いて振り下ろされた巨爪が、佐藤大輔の視界を覆い尽くす。
回避不能と判断した瞬間、彼は迷わずスキル2を発動した。
全身の感覚が爆発的に拡張し、鼓動と同調するように世界が鮮明に分解される。
巨爪の軌道がわずかに緩やかに見え、その隙間を縫うように身体を滑り込ませると、背後で地面が粉砕され衝撃が荒野を揺らした。
速い。
だが、今なら追える。
地面を蹴った瞬間、常人の限界を超えた速度で側面へ回り込み、再生が始まる前の筋繊維へ正確に槍を射出する。
光が肉を貫き、巨体がわずかに揺らぐ。
影が波打つ。
召喚の兆し。
歪みを捉え、出現と同時に撃ち抜き、本体へ二射目、三射目を重ねる。
削れている。
再生が追いついていない。
いける――そう思った瞬間、巨大な狼の速度が一段階引き上げられた。
視界を横切る残像。
次の瞬間には背後から圧倒的な質量が迫る。
反転。
回避は紙一重。
しかし追撃の薙ぎ払いが空間ごと抉り取り、衝撃が肋骨を軋ませる。
スキル2の残り時間が減少していく。
焦りを押し殺し、踏み込む。
全力で槍を連射する。
だが決定打には届かない。
そして――強化が途切れた。
身体が急激に重くなる。
世界の速度が戻る。
そこへ振り下ろされる巨爪。
直撃。
大輔の身体が荒野を転がり、肺から空気が抜ける。
立ち上がろうとするが、脚が震える。
槍の生成がわずかに遅れる。
巨大な狼がゆっくりと近づく。
【完全制御を推奨】
静かな声。
勝率98%。
ここで使えば生存できる。
だが踏み込むことになる。
それでも――死ぬわけにはいかない。
「……承認」
痛みが消える。
荒れていた呼吸が整い、視界の揺れが完全に止まる。
恐怖が切り離され、思考が澄み渡る。
制御が移行する。
巨大な狼が跳躍する。
だがその軌道はすでに解析済みだった。
最短距離での回避。
同時に生成された槍が、これまでとは明らかに異なる密度と出力で射出される。
一本ではない。
多重生成。
光が空間を覆い、前脚、肩、腹部、再生の起点となる部位を正確に穿つ。
巨体が初めて大きくよろめいた。
影が膨張する。
召喚数増加。
一体、三体、五体。
包囲。
だが次の瞬間には崩れていた。
出現直後を同時に撃ち抜かれ、最小動作で処理され、戦況に影響を与えることなく霧散する。
槍の生成速度がさらに上昇する。
出力が跳ね上がる。
再生が追いつかない。
前脚が深く穿たれ、後脚に連続して光が突き刺さり、胴体には幾重もの亀裂が走る。
巨体が膝をつく。
それでも再生を試みる。
だが、そのすべてを上回る速度で槍が撃ち込まれる。
一射。
二射。
十射。
数えきれない光が狼の全身を貫き、巨体はもはや原形を保てないほどに穿たれていく。
荒野に立つのは、感情を持たない戦闘機構。
その視線が、静かに“終点”を見定める。
巨大な狼は、無数の槍に縫い止められたまま、それでも咆哮を上げる。
再生は、限界に近い。
あと一手。
あと一撃で終わる。
戦場は、完全に支配された。
とどめを刺すだけの状態で、時間が止まったように張り詰める。
次の瞬間が、終焉になる。




