第1話 接続
第4階層《迷いの森》。
佐藤大輔は慣れた足取りで森を進んでいた。
ここは何度も攻略している。出現する魔物の種類も、地形の癖も把握済みだ。命の危険はあるが、苦戦する階層ではない。
視界に浮かぶ半透明の文字。
【ランダムクエスト発生】
《森の導標を入手せよ》
※達成まで退出不可
「はいはい」
塔は入るたびに課題を出す。終わらなければ外には出られない。
森を進み、魔物を淡々と処理していく。
順調だった。
そのはずだった。
苔むした大樹の根元に、不自然な黒があった。
拳ほどの石。
光を吸い込むような質感。
「……こんなの、あったか?」
導標ではない。
だが妙に目が離せない。
拾い上げた瞬間、冷たい感触が掌に張りつく。
次の瞬間。
石が崩れた。
砕けたのではない。
溶けるように粒子へ変わり、腕を這い上がる。
「っ、は――」
払い落とす前に、皮膚へ沈んだ。
頭の奥で、微かな音。
何かが“接続”される感覚。
そして。
「――確認。接続完了いたしました」
静かな声が、思考の中心から響いた。
冷たい。
感情のない声音。
「誰だ」
「私は管理AIです。以後、あなたの行動を観測いたします」
大輔は周囲を見回す。
当然、誰もいない。
「塔の罠か?」
「違います。現在、あなたの生殺与奪は私が保持しております」
直後。
心臓が止まった。
鼓動が消える。
呼吸が途切れる。
視界が白く弾ける。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
そして、戻る。
鼓動。
空気。
森の匂い。
膝をつき、大輔は荒く息を吐いた。
「……今のは」
「事実の提示です。あなたの生命活動は、私の判断一つで停止可能となっております」
淡々とした報告。
脅しではない。
確認だ。
「身体の操作は行いません。あなたの行動は、あなたの意思に委ねられております」
「……で、何をする気だ」
「観測し、必要であれば助言いたします」
「従わなければ?」
「合理性を著しく欠く選択をされた場合、生命活動を停止いたします」
怒りも悪意もない。
ただの処理結果。
それが一番、質が悪い。
森の奥から気配。
ウルフが二体。
いつもの相手だ。
「右側の個体が先に跳躍」
短い声。
余計な説明はない。
身体は勝手に動かない。
決めるのは自分だ。
半歩、横へ。
次の瞬間、右のウルフが跳んだ。
爪が空を裂く。
躱し、斬る。
一体目を倒す。
続けてもう一体も処理する。
呼吸を整える。
「……たまたまだ」
「いいえ」
それだけ。
森は再び静まり返った。
やがて導標を発見し、クエストを達成する。
空間が歪み、光が生まれる。
第5階層へ続く転移門。
その隣に、帰還の光。
大輔は迷わず帰還側へ向かった。
「今日はここまでだ」
第5階はボス階。
そこを越えれば一人前と呼ばれる。
だが無理をする理由はない。
今はまだ、その時ではない。
帰還の光に足を踏み入れた瞬間。
鼓動が止まる。
呼吸が遮断される。
視界が暗く沈む。
「第五階層への進行が最適と判断しております」
静かな声。
敬語のまま。
だが容赦はない。
「……やめろ」
「このまま帰還を選択された場合、生命活動を停止いたします」
淡々。
事実だけ。
胸が締めつけられる。
意識が薄れる。
「あなたの最適経路は第五階層突破です」
帰還の光から足が外れた瞬間、鼓動が戻る。
肺が空気を求めて痙攣する。
地面に膝をつく。
「……ふざけんな」
「選択はあなたに委ねられております。ただし、結果もまたあなたが負うことになります」
つまり。
拒めば死ぬ。
選択肢はある。
だが自由はない。
大輔は転移門を睨む。
第5階層。
越えれば一人前。
越えられなければ、四階止まり。
中途半端な探索者のまま。
そして今。
命さえ、自分のものではない。
「……行けばいいんだろ」
「ご判断を確認いたしました」
静かな声。
満足も、期待もない。
ただ観測している。
大輔は門へ歩く。
光に触れる。
視界が白に染まる。
迷いの森が消える。
塔の中にいるのは、俺一人のはずだった。
その前提は、もう崩れている。
それを理解したときには、すでに第五階層へ足を踏み入れていた。




