「婚約破棄して聖女と婚約する!」 聖女召喚したら座敷わらしでした
「シャーローン・アイゼル公爵令嬢! 君との婚約を破棄する!」
王宮の貴族が集められた場所で、第二王子であるルチアノ王子の声が響いた。
何事かと周囲が響めく。
突然婚約破棄宣言された公爵令嬢シャーローンは、ズキっと頭に痛みを感じながら、ルチアノ王子を見返りた。
(婚約破棄? ……でも、真実の愛の相手はどこ? ……真実の愛?)
ズキズキとした頭痛の中、シャーローンの脳裏には記憶の断片のようなものが次々に浮かんできた。こんな場でには、胸の大きな男爵令嬢とかを伴っているものではないのか、などと、よく分からない「定番」の考えが浮かぶ。それが、「前世」の記憶だということが何となく理解できた頃、ルチアノ王子の声が再び響く。
シャーローンが何も応えなかったからか、ルチアノ王子は、広間の中央を指差しながら続けた。
「見よ! この王宮魔導師達が総力を上げて描いた魔法陣を! 今、ここにこの国を救う聖女を呼び寄せる! 俺は聖女と婚約するのだ!」
言われてみると、広間の中央には囲いがしてあり、人が立ち入れないようになっている。
(ええ? 王家が聖女と縁を結ぶと言っても、他にも王子殿下がいらっしゃるのに? 第三王子は婚約者がいなかったのだから、婚約するとしても、第三王子が順当では?)
何気ない風を装って、周囲を見回すと、第三王子のアレフレッド王子が苦々しい顔。もしかして、ルチアノ王子の暴走か?
(国王陛下がいらしたら、絞られるんじゃないの?)
その日の集まりは、国王陛下も顔を出す予定だ。舞踏会などではなく、王家から発表があるという事で貴族家当主達が集まっていた。シャーローンは当主ではないが、ルチアノ王子の婚約者として出席していた。当然、シャーローンの両親も当主夫妻として出席していた。
(婚約破棄なんて、されえ両親はショックなのでは……。あ、怒ってる!」
シャーローンは、両親の気配を背後に感じて、少しだけ焦った。父、アイゼル公爵がメラメラ燃え尽きそうな位怒っているのがわかった。暴走しだしそうな父を母が諌めている。
(殿下を殴ったりしたら、罪に問われちゃうものね。お父様、ごめんなさい)
突然の事態にシャーローンは心の中で父に謝った。考えが他所に行ったからか、気持ちが落ち着いてきた。
つまり、この王子は、まだ姿も見ていない聖女と婚約する為に、予め、シャーローンとの婚約を破棄してフリーになっておきたいのだ。
聖女召喚を近々するのではないかという噂は貴族間で多少流れ出ていた。しかし、まさか、その現場に集められ、さらに公開で婚約破棄をされるとは。
想定外の出来事に当惑したが、この機会に婚約解消できるなら、と、シャーローンはカーテシーをして王子だ。
「婚約破棄、確かに承りました」
「ふ、ふん! 物分かりが良いではないか。 それなら、お前にも、後に我が伴侶となる聖女に会わせてやろう!」
ルチアノ王子は、機嫌良くなり、広間の中央に描かれた魔法陣を囲っているロープをまたいだ。
「あ、兄上!! やめてください! まだ準備が整って……」
「ふん! 俺は使い方を覚えたぞ!」
第三王子の制止も効かず、ルチアノ王子は、台座のクッションの上に置かれていた水晶玉を、水晶の側に置かれた足のある台の上に置き換える。
そして水晶の上に手を置いた。
途端にパァーッと水晶が光り始める。
「わわっ? なんだこれ? 手が離れない! うわおお!」
ルチアノ王子が苦しそうな声を上げる中、床に描かれた円と円の内側の幾何学模様が輝き始めた。
呆然と様子を見ていた周囲の貴族達から騒めきが聞こえる。
「何事か!」
国王が登場した。
「父上! 助けてください!」
「ルチアノ!? この、愚か者目が! ……魔導師! サポートせよ!」
国王が命じると儀式用の豪奢なロープ姿の重大なが広間に入ってきた。
ゾロゾロと中央の魔法陣に近づいていく。
水晶が置かれた台の向かい側に三人立つ。頷き合うと、一人が水晶に手を伸ばし、他の二人は一人が水晶に触れている手の上に、手を重ねた。光が増す魔法陣。暫く立つと、手を重ねていた魔導師が手を挙げた。もう一人も手を挙げる。
すると、ローブを着た他の人物達がやってきて交代した。
それを見たルチアノ王子が叫ぶ。
「おい! 俺も、こ、交代させろ!」
「なりません」
先程からローブの男達に指示を与えていたスキンヘッドの男が口を開いた。
「水晶に触れたものは、儀式が終わるまで水晶から手を離す事は出来ません」
「ええ?」
「今は、我々もサポートしておりますから、ご辛抱を」
スキンヘッドの男の言葉の後、また手を重ねる魔導師が交代していく。
「ちょっ、俺の方に魔力補助はないのか!」
水晶に手を乗せている者の手に、別の者が手を重ねているのは、ルチアノ王子が言うように魔力補助の為だった。しかし、魔力補助を行うのは容易ではなかった。
「魔力補助を受けるには訓練が必要です。訓練を重ねても、短時間で多くの魔力を消耗する方法は身体に負担がかかるのです」
「良いから! お、俺にも魔力補助を! 早く!」
スキンヘッドの男は、困ったように眉を歪め、判断を仰ぐように国王をみた。国王が静かに頷く。
「……それでは、今から魔導師が魔力補助を行いますが、非常に痛みを伴います。お覚悟を」
「え……?……イダダダダダ!! イダ!! イダイイ!!」
「ですから、痛みを伴うと」
「い、いだすぎだろ……。ふあああ………」
魔法陣の中心に光の柱のようなものが現れた。
「み、見ろ! 召喚成功だ!」
光の柱に人影のようなものが見えてきた。広間の人々はざわめいた。
「お、俺の魔力で召喚したんだ……、聖女……」
荒い息をしながら、ルチアノ王子がうっとりと、光の柱を見つめる。
「俺の聖女……」
口にした途端、光の柱が消え、魔法陣の中央にはちょこんと幼い女の子が座っていた。
五歳位でおかっぱ。赤い着物を着て正座している。
「俺の……、だ、だ、誰だお前は!?」
やっと水晶から手を離す事ができたルチアノ王子は、バランスを崩して転倒した。起き上がりながら、幼女を指差す。
「こんな子供、呼んでないぞ!! なんだ! この召喚は! 失敗じゃないか! なんだこの魔法陣は!!」
シラーッとした空気が広間に広がる。魔導師達は役割を一応終えて、どんよりした様子だ。
考えられる最悪のケースは、魔法陣が爆発するか、魔獣や悪魔の召喚だった。だから、ルチアノ王子への配慮は最小限にして召喚自体が無事に終わるように努めた。もし、魔導師達が何もせずに放っていたら、ルチアノ王子は魔力枯渇で倒れていたはずだ。命に関わる話でも、あった。
だが、ルチアノ王子はふらつきながらも怒鳴る元気があるではないか。
魔導師達は国王の指示のもと、長い時間をかけて召喚の準備をしてきたのである。それを実行タイミングなど無視して強行したのはルチアノ王子だ。
魔法陣のせいにして欲しくない。そんな気持ちでモヤモヤしていると、国王がゆっくり口を開いた。
「ルチアノよ」
「は、はいっ」
「誰の許可を得て、召喚の魔法陣を起動させたのだ」
「許可……? お、俺はこの国の王子です。許可など不要では?」
「……召喚魔法陣を使って行う召喚儀式は、大量に魔力を必要とするリスクを伴う儀式だ。関係者に実行タイミングを確認する必要がある」
「そ、そうですか……。えーと……」
「詳細は後だ」
「は、はい」
ルチアノ王子は後で説教をされるらしい。
「以上だ。儀式は仕切り直しとする!」
国王は、マントを翻し立ち去っていく。足取りが覚束ないルチアノ王子は、騎士達に支えられているのか、連行されているのか分からない状態で引き摺られていった。
(え? 国王陛下、婚約破棄へのフォローなし?)
召喚儀式の衝撃で、シャーローン自身、婚約破棄の事が念頭からはずれそうだったが、それでよいのか?と疑問に思う。
「……シャーローン、婚約の事は、私達が話してくるから、お前は屋敷に帰ってなさい」
父が、近づいてきて落ち着いた口調でシャーローンに話しかけた。
(ああ、他の貴族の前でこれ以上話さない方が良いのか)
シャーローンとルチアノ王子の婚約破棄問題は、先程の召喚で、目立たなくなったが、皆、興味津々になる話題だ。今は、「ルチアノ王子のやらかし」の印象が強いから、変に皆の前で蒸し返さずに、ルチアノ王子有責の形で解消と言う話に持っていくのが良いのだろう。
シャーローン的には親として息子のヤラカシについて、一言謝罪が欲しいところだが……。
集められていた貴族達は、国王が終会を告げて立ち去って行ったので、ざわめきながら、徐々に帰っていく。
「魔導師長、この子どうしましょう」
シャーローンも、帰路に就こうと足を踏み出しかけたが、チラリと、魔導師達の話声が聞こえた。
「お嬢さん? 何処から来たの?」
『……知らない……』
「魔導師長! この子が言っている言葉分かりません!」
「何処から連れてきてしまったんだ……」
魔導師が2人ほど赤い着物の女の子の側にしゃがみ込んで話しかけていた。スキンヘッドの魔導師長が頭を抱えている。
「……召喚は失敗したのだ。恐らく移民の子が引き寄せられてしまったのだろう。だが、親を探す余裕は我々にはない。孤児院にでも預けておけ」
「承知しました!」
赤い着物の女の子が孤児院に預けられると聞いて、シャーローンは引き返した。魔導師達がいる方に歩いて行き、話しかけた。
「宜しければ、こちらで対応しましょうか? お忙しいでしょう?」
「あ! 助かります!」
魔導師達は、赤い着物の女の子をあっさりとシャーローンに引き渡した。彼らにとって赤い着物の女の子は、ルチアノ王子の暴走の副産物でしかなかった。
孤児院に連れて行くにしても、連れて行く孤児院に当てがあるわけでもなかった。
「どうぞ」と物のように、赤い着物の女の子を引き渡す。女の子の意思も確認しない。
『……』
赤い着物の女の子は小さい赤い唇を引き結んでいた。少し不満げに見えた。
シャーローンは、身を眺め、赤い着物の女の子の耳元で囁いた。
『行きましょう。とりあえず、美味しいお菓子でも食べない?』
『……行く』
日本語である。先程、赤い着物の女の子がボソリと呟いた言葉が聞こえたので、シャーローンは、前世の記憶の中にあった言葉で話しかけたのだ。
赤い着物の女の子は同意してコクンと頷いた。
シャーローンが手を差し出すと、女の子がその手を取った。
シャーローンは、一旦、女の子を連れて、王都にあるアイゼル公爵家のタウンハウスに戻ってきた。しかし、早々に、アイゼル公爵領に居を移そうと考える。
婚約についての話を両親が国王とつけたら直ぐに移動できるようにしようと、早速ドレスなどをまとめるように使用人に指示をだした。
そして、約束通り、赤い着物の女の子とお茶をする。お菓子はクリームたっぷりの物は食べ付けないかもと、小さいパンケーキにジャムを挟んだどら焼き風の物をシェフに焼いて貰った。
「シャーローンお嬢様。リシャール・ジャンセン様から、先触れです。早急にお会いしたいと」
「あら。早急なのに、先触れとは律儀ね。了承して構わないわ」
リシャール・ジャンセン伯爵子息は、シャーローンの再従兄弟で幼馴染でもある。 恐らく、王宮での出来事を心配しているのだろう。
シャーローンが面会を承諾して四半刻後には、リシャールがアイゼル公爵家のタウンハウスに訪れた。もう、すぐ近くで待機していたのではと思う速さだ。
「アイゼル公爵令嬢、大丈夫かい? 大変だったね!」
「……来てくれてありがとう。ジャンセン伯爵令息。名前で呼んで構わないわよ……」
「あ……、では、シャーローン。僕の事もリシャールと……」
「ええ、リシャール。……ふふ。こう呼ぶのは久しぶりね」
「君が、第二王子と婚約する前までだからね」
ルチアノ王子とシャーローンの婚約が決まってから、それまで名前呼びをしていたのをお互い封印したのだった。しかし、今や婚約はほぼ正式になくなったと言ってよいと判断した。
久々に名前を呼んで、ちょっと照れる2人。
モグモグ
クピクピ
コトッ
暫し黙っていた2人から少し離れた位置でお菓子を平らげ、薄めの紅茶を飲み干してカップを置く女の子。
いつの間にここに?
シャーローンは一瞬だけ驚いたが直ぐに、そう言うものかもと考え直した。
「……あれ? ……この子は、もしかしてあの時の……? 連れて帰ってきたの?」
「ええ……。孤児院に入れるなんていうんですもの」
「それじゃあ、あんまりだね。勝手に連れてこられてしまったのだから。親探しとか、何か協力出来る事があったら言って」
「ありがとう」
『……』
女の子の口の端が少し持ち上がったように見えた。
リシャールは、女の子に優しい目線を向けた後、少し考えこむように俯いてからゆっくり顔を上げた。
「……こんなタイミングで言うの、無遠慮だとは思うけど、遠慮すると先を越されてしまうかもしれないから言うね。
僕との婚約、改めて考えてくれないかな」
「リシャール……」
シャーローンは目を見開いた。シャーローンはアイゼル公爵家の長女で跡継ぎだ。ルチアノ王子は、婿入り予定だった。ルチアノ王子との婚約が決まる前には、リシャールとの縁談話があったのだが、王家からルチアノ王子との縁談の打診があり断る事が出来なかったのだ。
あの時、早々に婚約手続きを済ませておけば、とリシャールはずっと悔しい気持ちを引き摺っていた。だからまた、先を越されないように、無遠慮を承知で速攻訪問を決行したのだ。
トンっと、女の子がソファから降りた。トコトコとシャーローンの方に歩いてくる。
何だろうと見ていると、シャーローンとリシャールが向き合って座っている間に立って、2人の手を取った。
『……良いと思う……』
『あ、ありがとう!』
「シャーローンはこの子の言うこと分かるの?なんて言ってたの?」
「この子も祝福してくれるって!」
赤い着物の女の子に背中を押された形で、シャーローンとリシャールの婚約は最速で結ばれた。王都で婚約申請の書類が受理された翌日、アイゼル公爵領に向かう準備を進めていると、なんと、王家から第三王子との婚約の打診の通知が届いた。
「はあ⁈ ふざっけんな…って感じですわよ」
言葉が悪くなったので、取り繕おうとしたが、あまり取り繕えていない。
しかし、今回は既にリシャールとの婚約申請が受理されているので、正々堂々と断りを入れる事ができた。しかし、第二王子があれだけやらかしたのに、結局ほぼ謝罪なく、今度は第三王子の婿入り先として打診するとは、かなり、舐められているし、執着されている気がした。
王太子である第一王子に男児が生まれて、第二王子、第三王子のスペアとしての価値が下がったことが要因なのだろうとシャーローンは推測した。
ルチアノ王子の暴走も、今後ヘの不安感で自分の価値を上げようとしたと言うことかもしれない。結果すべて打ち壊したわけだが。
シャーローンの下には、5歳年下の妹がいる。シャーローンがアイゼル公爵家を継ぐ予定だから、妹と婚約しても将来公爵の配偶者になれるわけではないが、王家の態度からすると、妹も婚約者を決めておいた方が良いかもしれない。
父と話しておこう。
シャーローンの考えを、リシャールに話したら、リシャールはシャーローンの手を取って真剣な眼差しで言った。
「それなら、僕たちの事も、より確かなものにしておかないかい?」
リシャールの背後にいつの間にか赤い着物の女の子が居て頷いていた。
シャーローンとリシャールは、アイゼル公爵領に旅立つ前に婚姻届を提出した。
公爵領についてから、ゆっくりと結婚式の準備を始めた。家族は、婚姻届を出すまで急ぎすぎではと少し思ったが、ルチアノ王子との縁談話の時に、苦い思いをしていたので、王家から邪魔されたくない気持ちは一緒だった。
だから、妹のマリエルの婚約者も王都に居るうちに決めた。アイゼル公爵家の様子に感化されて、娘の婚約者探しを急いだ高位貴族は少なくない。
公爵領に戻ってきてから、シャーローンは次期公爵として、領地経営の実践を始めたのだが、最初から驚くほど順調だった。
日照り続きで、農作物の成長が不安視されていたのが、シャーローン達がアイゼル公爵領に到着した翌日から、シトシトと雨が降り出した。
次期領主がまるで恵みの雨をもたらしたように見え、領民達の評判も良い。
そして、1ヶ月後には、新しい鉱山が発見された。
アイゼル公爵家が経営する商会の売り上げも、どんどん上がっている。
「怖いほど順調だね……」
帳簿を見て、リシャールは安堵の息を吐いた。
「まだ安心は出来ないわ。鉱山の発見や天候に恵まれても、上手くいくかどうかは私達の采配次第よ」
シャーローンはキリッとした目つきでそう答えたが満足そうだった。
二人の様子を赤い着物の女の子は、モグモグとオヤツを食べながら眺めていた。
二人がアイゼル公爵領に戻った頃から、王都では、徐々に不穏な空気が、流れ始めた。
十日間続く土砂降り。川の氾濫。疫病が流行り始めた時には公爵夫妻は、シャーローンの妹マリエルの婚約申請手続きを終え、領地に向かって出発した所であったから、ギリギリ疫病の影響を受けなかった。妹の婚約者一家も親睦の為に一緒に王都を出たので、難を逃れた。
川の氾濫で増水した水が、王都の主要食物庫にも浸水した。上部に配置していた食糧はぶじだったが三分の一程の小麦がダメになった。
王都の民は密かに噂を始めた。
第二王子が聖女召喚に失敗したから、反動で豊穣の女神に見放されたのでは、と。
第二王子が召喚を試みた時、周囲には貴族しかいなかったから、噂の出所は貴族であろう。しかし、今や、噂の出所が何処かと追求している余裕もない。
「お願いです! 父上! もう一度聖女召喚をさせてください! 今度こそ必ず成功させますから!」
「馬鹿者! あの召喚陣には、魔導師達が長期間魔力を貯めた魔石を埋め込んでいたのだ。次に召喚ができるのは、最短でも一年後だ」
「そんなああああ!」
元々、国全体で天候不良が続き、国民の間に不安が高まっている状況を打開する為、豊穣の女神の加護を受けた聖女を召喚する目論見があった。
それを第二王子が台無しにしてしまったわけだが、そもそも、農作物の不作が続いていたところに、食糧庫の浸水、連続する大雨による農作物への影響など、大打撃である。
国王は、第二王子には責任を取らせて罰を与えたいところであったが、
想定外に災害が起き、今、第二王子をあからさまに罰すると、新たな災害まで、第二王子の行いの影響と捉えられかねないと考え、今のところは謹慎させているのみだ。
そもそも、天候不良は、第二王子を罰しても解決しない。
第二王子の処遇を考えている余裕はなかった。
天候不良は王都に留まらず、王都中心に国中に広がりつつあった。アイゼル公爵領と隣接するいくつかの貴族領を除いて。
リシャールの実家の伯爵領も、妹の婚約者の実家もアイゼル公爵領に近く、天候不良や災害の影響を受けて居なかった。
やがて、アイゼル公爵の派閥に入れば、天候に恵まれるようになるのでは、などと噂になっていき、アイゼル公爵と手を結ぶ事を希望する貴族家が殺到した。酷い場合には、シャーローン達の子が生まれたら婚約したいなどと、予約してこようとするものまで現れた。
『……ダメだね』
モグモグ
オヤツを食べながら赤い着物の女の子がボソリとコメントする。
『そうよね。ありがとう』
赤い着物の女の子の意見は的確で、「ダメ」と断定された相手は後に何処かでトラブルを起こしたなどと伝え聞いた。逆に『良いね』と言われた相手とは期待以上の何かを得られた。
しかし、シャーローンは、全ての判断を赤い着物の女の子に頼ると自分で判断できなくなると考え、自分一人または、リシャールと意見をまとめてから、女の子の意見に耳を澄ますようにしていた。
「この間『良いね』って言ってもらえた魔獣羊の毛織物、隣国で大人気だってさ」
「ふふ、さすが、座敷わらしちゃんね」
シャーローンは赤い着物の女の子を初めて見た時に、前世の記憶から「座敷わらしだ」と直感した。それで連れ帰ってきたのだが、座敷わらしちゃんは何処からともなく現れ、オヤツをモグモグし、気まぐれに助言して去っていく。公爵家の使用人達も、幸運を呼ぶ妖精みたいなもの、と言う認識で、いつ現れても良いように、今日もたっぷりのオヤツを用意しているのだった。




