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あと十分で時計の針が天辺を向く。
いつもの時間、いつもの通勤路。
「あ~~……仕事辞めてぇ……」
そしていつもの呟き。
「つか、異世界とかしがらみの無いところでのんびりくらして~!!」
親族経営の中小企業に職業選択の自由とかどこ吹く風で放り込まれ、安い給料でこき使われてはや五年。
素敵な出会いでもあれば別だが、年の近い女性は皆従姉妹だったり再従兄弟だったりで全員血縁。
しかも親が五つ子だったので呆れるほど皆同じ顔。新鮮味も糞もない。
これではロマンスなんぞ生まれようも無い。
まともな休みでもとれたら、出会いを求めて出掛けたりもするのだが、人手不足すぎて定期的に休めず、仮に休めても普段の疲れとストレスで家から出る気になれず、ネットで動画みたり、小説読んだり……
「マジで家出でもしないと、オレの人生、家の為に潰されてしまう……」
『その願い、かなえて上げよう、そうしよう!』
あ?
と声を上げる間もなく、それまでの夜道が消え失せ、見たこともない密林の中に放り出された。
『ポケットを探れ』
再び響く謎の声。
言われるがままにポケットを漁ると身に覚えの無い豪奢な封筒。ご丁寧に封蝋までされている。
開封すると、香水でも掛けられていたのか、仄かに甘い香りが漂う。
契約者どの
古の習わしにより、貴兄にこの世界で生きていくために必要な基礎知識を授ける。会話や読み書きで困ることはないので安心するように。
また、貴兄の世界には無かった魔法などの力をスキルと言うと形で与える。以下にそのリストを添付してあるので、リストの中から有用だと思うものを十個選ぶがよろし。
なお、この手紙は開封から40秒で焼失するので、燃え尽きる前にスキルを選ぶように。 じゃ、健闘を祈る。
「40秒!? って、今何秒たった!? うわぁ、手紙の端が焦げ始めてるっ!!」
オレは慌てて二枚目捲る。と、そこには目茶苦茶小さな字で、魔法名だか技名が、パッと見二百個以上羅列されている。しかも、名前はあるが解説がない。
ブキワンテとか書かれてても、どんなスキルなのか見当もつかない。
「くそったれ、いじめか!! って、うわぁ!! もう火が出てるじゃないか!!!」
リストの端から火が燃え上がり、あと数秒で燃え尽きる。真面目に読んでる暇はないし、読んだところで意味がわからん!
このままではスキル無しで異世界に放り出される!
「ええぃ、クソっ、なんか都合の良い回復魔法と、あとえと、む、無尽蔵の魔力! あと、攻撃にも使える便利な何か!!!」
叫び終わったところで、手紙が燃え尽きた。
「なんだったんだ、いったい……」
慌てて答えたものの、スキルリストはまともに読めていない。とりあえずなんか言っとけと言う感じで思いついたものを口にしただけだ。
果たしてスキルは貰えるのか……
「にしても……」
本当に異世界なんだろうか……確かに回りを取り囲む木々に見覚えはない。杉や松、くぬぎや銀杏などの見慣れたものとは違い、淡い黄色の花を付けた木が鬱蒼と繁っているだけだった。
「さてどうしたものか……」
山などで遭難した場合、迂闊に動かない方が良いとされているが、現状、救助の当てはなく、動かないと事態は打開されそうにない。
とは言うものの右も左もわからない状態でどこへ向かったものか……
出来れば人のいるところが望ましいのだが、四方どこを向いても森ばかり。
スキルとやらが貰えてるのであればまだ多少の無茶も可能なのだろうが、正直、オレを此処に送った何者かは、素直にのんびりチート暮らしをさせてくれそうにない。
つか、スキルどうした?
ピンポーン
不意にどこからかジングルが鳴る。
『お待たせ致しました。担当を引き継ぎました○✕∇□と申します』
引き継ぎ?
『前任者が職務放棄し逃亡致しましたので』
職務放棄!?
『早速本題に入らせて頂きますが、お名前は寿崎当分……様で宜しいですね?』
「え? あ、はい、合ってます……」
『では寿崎様、ご要望のスキルですが該当するものがごさいません。ですが、寿崎様の居た世界の創造主様との契約により、何も与えないと言うわけにもいかず、苦肉の策として、とても便利な治癒能力を授けます。スキルと言うよりギフトに近いものになるため詠唱等は不要です。ご要望通り、寿崎様に都合の良い能力となっておりますのでご自由にお使いください。ただ、当初贈呈予定だった十個の能力より遥かに強力な力となっておりますので、寿崎様にお与えする能力はこれだけになります。この世界でも希な能力になりますので、迂闊に使うと悪意ある”もの”に便利に使われる可能性があるのでご注意を」
スキルじゃなくギフト?
違いがわからんがとりあえず治癒能力は貰えたと。でも一つだけか……知らん世界で生きていくには心許ないな。
『次に無尽蔵の魔力ですが……本来なら論外な要望なのですが、寿崎様の居た世界の創造主様に確認したところ、寧ろ望むところだ! との回答を頂きましたので、そのままご要望通りなっております。厳密に申しますと、寿崎様の世界に溢れかえっている魔力を自由に使える蛇口のような能力とお考えください』
蛇口……自分の中に溜め込んでる物じゃなくて、外部電源的な何かと考えれは良いのかな?
『なお、寿崎様の治癒能力には魔力は使われませんので、割りと無駄な能力のようにも思われます。と言いますか、魔法も使えないのに無尽蔵の魔力を求めるだなんてなに考えてたんですか?』
うぐ……そんな責めるような言い方しないでも……異世界なら魔法くらい使えるだろうと安易に思いついたものを口にしただけだです。時間無かったんです。深く突っ込まないで下さい。
『最後に、攻撃に"も"使える便利な何か、ですが』
ポンと立ち上る煙と共に1本のナイフが目の前に現れ、そのまま地面に落ちた。
拾い上げてみると、凝った装飾はあるものの、なんの変哲もない古びたナイフだった。
『こちら、この階層に落ちてたナイフです。研ぎ直せばまだ使えるでしょう。以上が寿崎様にお渡しできる全てになります。特殊な能力を授かったからと言って、安易に無双しようなどと考えず、地道に真面目に生きて行くことをお薦めします。過ぎた力は身を滅ぼすと言うこを────』
その後四時間ほどアドバイスだか愚痴だかわからん説教を垂れ流した後、声の主は去っていった。
◇◇◇
眠い……仕事帰りに転生させられたので、現在元の世界の時間でAM4時過ぎ。
どこかで寝たいが、ここはどことも知れぬ森の中……仮に寝るにしても、せめてもう少し安全そうな場所が良い。
オレは、民家か山小屋の灯りでも見えないかと四方を見渡す。が、人口の灯かりどころか夜空の星すら見えない。
「そんな都合よくは無いか……や、まて。よく考えたら、この場所にはさっきの声の主……の前任者が送ってきたんじゃないか! もっと良い場所にも送れたんじゃないのか!? ちくしょう! やる気のない公務員みたいな真似しやがって____」
ヴヴ……ヴヴヴ……ヴヴ……ヴ……
「ん? なんだ?」
ヴ……ヴ………
なんか呻き声? みたいなのが聞こえる……
行く当ても無いので音の方に向かうことにした。人の生活の形跡でもあればめっけものである。
しばらく進むといきなり森が開け、そこに______
「うぷ……」
そこには夥しい数の死体が転がっていた。
ポケットダンジョン放浪記再開の為のリハビリ作品になります。
長編にはならないと思うのですが、楽しんで頂けたら幸いです。




