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 魔術師ギルドの職員から聞いた情報をまとめると以下の通りだ。

 現在、王都内のポーションが劇的に不足している。市場に出回るポーションは下級と中級のポーションで、それぞれの中にもさらにグレード分けがされている。一般的にルーキーから中堅の冒険者が使うのは下級で、中堅の上位層からベテランは中級一択。特に活躍する冒険者になると上級を一本持ち歩くと言われている。

 それが不足している原因は、需要と供給のバランスが崩れたことが原因だった。


「貴族の間で中級ポーションを風呂に入れるというものが流行し始めておりまして。中級ポーションを買えない冒険者の方が下級ポーションを買い始めた結果、生産が追い付かず――」


 なるほど、と一輝は頷いた。

 急に生産を増やせと言われても、工場のように生産速度を上げるわけにもいかず、生産ラインを増やす場所も魔術師ギルド内には存在しない。できることといえば、二十四時間交代で作り続けるくらいだ。


「その……大変なんですね」


 三交代制で眠る時間が確保されているだけ、ブラック企業よりはマシだが、検査官である彼女たちからすれば、そのようなことをする為にギルド職員になったわけではないだろう。

 本業の検査と資料の整理、そして、魔法や呪いへの対策ができない。或いは同時並行でしなければいけないのは、相当な苦痛を伴っているように一輝には見えた。


「まぁ、ギルドは国の機関とは独立した存在とはいえ、半ば公務員みたいなものだからね。公共の利益の為にこういうことが起こるのは珍しい話ではないけれど、魔術師ギルドでというのは初耳かも」


 あまり頻繁に起きている事態ではないと知り、少しだけ安心する一輝。だが、現状、魔術師ギルドが困っているのは事実。そこで自分に何ができるのかを、一輝は検査官たちに問うと、彼女らは声をそろえて叫んだ。


「一番グレードが低い下級ポーションの在庫を何とかしてください!」


 彼女たちの意見は、至って簡単だった。

 現在不足しているのは下級ポーションの三段階のグレードの内の上位二つ。最低品質が消費されるのはルーキーが買うか、薬草採取依頼の成功報酬くらいらしい。それも慣れて来た冒険者たちは受け取ろうとすらしないという。

 それならば、その在庫を一輝の魔法で不足するグレードに向上してしまえば良いという判断だ。


「とりあえず、やってみるだけやってみようか。在庫のある場所に案内してもらっても――」

「ちょっと待った。あなた、さっきから話を聞いてたけど、人が良すぎるわよ」


 検査官たちに一輝が頷こうとすると、レイラが割って入って来た。ご丁寧に頷けないよう顎の下に手を差し出して。


「良いですか? こういうのを無償で手伝うと、私も、これも、と際限が無くなるのよ。もちろん、何かしらの報酬は提示していただけるのよね? あと、彼の諸々の保証をギルド長はしてくれるのかしら?」

「す、すぐにギルド長に確認してきます!」


 レイラの問いかけと鋭い視線を受けて、検査官の一人が大慌てで退室する。土煙を上げんばかりの勢いに一輝が唖然としていると、その額に軽くチョップが入れられた。


「誰かを手伝おうとする気持ちは素晴らしいけど、時にはそれが自分の価値の投げ売りに繋がることを覚えておくと良いわ。あなたのお爺様から受け継いだ魔法は、そう安くはないはずよ」

「でも、それで誰かが助けられるなら――」

「努力すれば何とかなる範囲の人を助けるのと、どうにもならない人を助けるのとでは重みが違う。そして、今回の場合は、彼女たちに給料が出ている仕事を、あなたは無料で行うということになりかねない。不公平は黙って見てられないの。おまけに、それを許せば彼女たち自身の首が締まることにもつながる。それがわかる?」

「えっと、まぁ……はい」


 一輝はレイラの言いたいことを理解して、顔を縦に振る。

 よく日本のスポーツ選手はロッカーを綺麗にして去って行くが、ある国では清掃する人の仕事を奪ってはならないとほったらかしにしていくこともあるという。一輝が無償で手伝うということは、彼女たちやポーション作りに従事する人たちに悪影響を及ぼす。


「上手く仕事が回らない時は、大体、人手が足りないのが一番の原因よ。領地経営していた時に、父もよく言っていたわ」


 レイラはどこか寂し気に告げる。

 どう返事をしたものかと戸惑っていると、騒がしい足音が部屋の外から響いて来た。


「お待たせしました。これでいかがでしょう!」


 血走った目で差し出されたのは羊皮紙だった。

 書かれている言葉を読もうとしていると、レイラがそれを奪い取る。


「魔術師ギルド長って、学園長が兼任してるのよね? よくあの部屋まですぐ行って帰って来れたわね」

「私、箒飛行免許一級持ちなんです!」

「……流石、魔術師ギルド。とんでもない資格持ちがしれっといるのには恐れ入るわ」


 一輝は何のことかはわからないが、レイラが本気で尊敬の眼差しを送っていることだけは理解できた。どうも箒で空を飛べることは、かなりすごいことらしい。


「グレードが一つ上がると、単純計算でポーションの価値が二・五倍。その上昇分の二割を報酬ね。まぁ、商会ギルドじゃないし、妥当なところかしら。あなたの魔力消費量次第だけど、どう?」

「まずは物を見てからですね。案内をお願いしても良いですか?」


 すぐに検査官たちが踵を返して歩き出す。早く状況を好転させたいという気持ちの表れか、早歩き気味だ。

 普通の冒険者が誰一人としていない通路を歩き続けていると、次第に青臭い匂いがしてくる。眉を顰めていると扉が見えて来た。検査官たちがそこを開けて中に入るよう促す。


「マジかよ……」


 てっきり大釜で煮詰めている部屋にでも通されるかと思っていた一輝だったが、並んでいたのは既に瓶詰にされようとしている最終工程の部屋だったようだ。

 既に湯気が収まった釜から職員が掬っている。杖で中身を指し示し、そこから一瓶分の量を魔法で宙に浮かせて瓶に入れる。

 傍から見ると楽なように見えるが、その作業に従事している人たちの顔色はお世辞にも良いとは言えない。


「隣の部屋では大釜十個を常に使っている状態です。今、完成した釜二つ分の中身を移し替えているんですけど、あの状態でできますか?」

「やってみます」


 一輝は快諾すると、駆け足で二つの釜の間に立つ。


「な、なんだ、君は!? ここは一般人は進入禁止の区画だぞ!?」

「ギルド長からは許可を取りました。少し皆さんは待っていてください! 後、品質検査の準備を!」


 検査官の一人が、声を張り上げる。

 流石にギルド長の肩書を出されては、下手に逆らう訳にもいかない。突然、現れた一輝に奇異の視線を送りながらも、職員たちは杖を握った手を下ろした。

 釜の大きさは思っていたほど大きくはない。災害の被災地で見るような炊き出しの物より幾分か大きいくらいか。

 一輝はその釜の上に手をかざす。触れているのが一番効率がいいのだが、魔力が届けば十数センチは誤差だ。流石に一メートル以上離れるとなると、魔力が届いても発動条件を満たさないのだが、今回の場合は気にしなくて済む。


「……いけそうだな。詠唱もしなくていいだろ」


 詠唱をしようものなら、レイラから何を言われるかわからない。

 内心、ほっとしながら一輝は手に魔力を集中させる。そのままポーション全体に魔力が通るように注ぎ込む。これだけの量が成功すれば、四桁分の瓶くらいは一気に生産できたことになるだろう。おまけに移し替える作業も半分で済むので、かなり楽になるはずだ。


「じゃあ、やってみます。ニコイチ発動っと!」


 気軽に駆けた声とは裏腹に、ポーション全体が一瞬、光を放った。目が眩むほどの物ではないが、その場にいた誰もが肩をビクつかせる程度には驚く光景だっただろう。


「え、もう終わり?」

「うん、終わり。出来る時には呆気なくできる。品質向上とは言っても、俺の木刀みたいに異質な向上でなければ魔力消費も少ない。正直、これくらいならあと何回かはできそうかな」


 釜の近くから一度退いて、一輝はポーションが変化したかどうかの確認を待つ。尤も、魔法を行使した当人としては、手応えがあったので失敗はしていないはずだ。初めての異世界の物質でのニコイチ魔法だったが、すんなりできたことには一輝も驚いている。


「何だ。そんなに大したことなかったな。あとは、職員の人が納得して――」


 そこまで言って、一輝は絶句した。

 職員たちがポーションの入っている方の釜を取り囲んで涙を流していたからだ。


(まさか、失敗した!? でも、さっきの感触は間違いなく成功だったはず!?)


 何か見落としをしていたか。

 そんな焦りが一輝の心を満たしていく中、部屋の中に職員たちの大きな声が響き渡る。


「やったー!」

「……え?」


 ある者は両手を天に届かせんとばかりに突き上げ、またある者は隣の者と抱き合って喜んでいる。


「良かった。これでこの仕事からやっと解放される!」

「もう、この臭いに悩まされずに済むんですね」

「やっと、対策用の魔法開発に取り組める……」

「今日は家に帰って寝るぞー!」


 各々の心の叫びを聞き、一輝は複雑な表情を浮かべることしかできない。

 そんな一輝だが、職員たちはやる気に満ち溢れているらしく、次々と行動を起こし始めた。

 完成した大釜の中身を急いで移し替えると、次々に最低品質のポーションを二つの空になった大釜に注いでいく。なみなみと注がれた大釜が完成すれば、期待の眼差しが一輝へと突き刺さった。


「あぁ、はいはい。やりますよ。因みに、これ一回でどれくらい貰えるんですか?」

「およそ大銀貨二枚分ですね」

「……ごめんなさい。この国の貨幣価値がわからないので、何日くらい過ごせるか教えていただいても?」


 早速、片手間にニコイチ魔法を発動させながら問うと、検査官の女性はすぐに答えてくれた。


「多分、二日間は余裕で過ごせますね。なので、これで大銀貨四枚になったから、このペースなら一週間は余裕で大丈夫だと思います」

「……マジですか」


 一輝はフリーズしかけた頭で、何とか稼いだ額を日本円に換算してみる。

 一泊の宿を朝夕付きで安く見積もって八千円。昼飯を外食したとして合わせて一万円程度。それが十日間分だと考えると、金貨一枚十万円だ。


(え、秒給二万円!?)


 実際は大釜の中にポーションが貯まる時間や、ニコイチ魔法が発動するまでの時間があるので、盛っている感が半端ない。だが、一瞬で二万円を手に入れたという事実には変わりがないので、一輝が受けた衝撃は大きかった。


「……ほら、言ったでしょう。それだけの価値があるって」


 レイラは最初から分かっていたとでもいうかのように肩を竦めた。

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