主従はどちら?
冒険者ギルドに薬草を納品するよりも先に、レイラに引っ張られて一輝は魔術師ギルドへと連れ込まれた。
冒険者ギルドはあくまで各ギルドの仲介、まとめ役であり、ギルド自体は様々なものが存在している。魔術師ギルドもその一つで、正確には「魔術師・錬金術師共同ギルド」が正式名称なのだが、基本的には錬金術も魔法の一種と扱われているので、魔術師ギルドと短縮されている。
このギルドの目的は有用な魔法や素材についての知識を補完し、後世へと伝えること。いわゆる、「研究所」兼「資料館」兼「図書館」といったところだろうか。それに加えて、何かしらの魔法の解呪や治療も行うことが多い。レイラが一輝を連れて来たのも、比翼の呪縛を解く為であった。
「はぁ、呪いの解除なら教会ギルドの方が良いのでは?」
「それが、私の魔法の暴走が原因かもしれないので、こちらの方が良いと思いまして」
「そうですか。とりあえず、検査の方を受けていただくということでよろしいですね?」
「ぜひ、お願い、します!」
一方、連れて来られた一輝は、魔術師ギルドの中を見回して目を輝かせていた。
「すごっ……。ここから見えるやつ、全部、魔導書か?」
冒険者ギルドの二階は食事処になっていたが、魔術師ギルドでは、そこが図書館になっている。並び立つ書架の森は、一つ一つに年季を感じさせる色合いがあり、そこに入っている本たちもそれ相応に価値のある物が多いのだろう。
もちろん、真に貴重な物や危険な物は一定のランク以上がないと見られないように制限が掛けられている。
「えぇ、そう言えば、あなたのお爺様も魔導書を書いてたのよね? もしかすると、それがあれば、ここの禁書庫に入ったかもしれないわ」
「うーん。一応、他の人には見せるなって言われてたからなぁ。流石にこういうところには寄贈できない」
「それもそうね。あぁ、そうだ。どうせ薬草を持って来たなら、ここで納品するといいんじゃない? 冒険者ギルドに納品された物は、ここに運び込まれるから」
冒険者ギルドに運び込まれるのは、ただ単純に街の入り口から冒険者ギルドが近いからだ。
無理矢理一輝を連れて来たレイラだったが、彼が宿泊や飲食をする為の金銭を必要としていることを忘れてはいなかった。いや、正確にはさっさと比翼とやらの呪縛を解いて、別の場所に移動してほしいという想いの方が強い。
いくら命の恩人とはいえ、これからずっと同じ部屋に住むというのは、流石に限界がある。せめて、他の部屋に出来ないかを学園長に進言してみたレイアだったが、空間系の魔法が寮内全体にかかっている為、基本的に同じ部屋にいないと危険であるという判断が下された。
「へぇ、これだけ集めると銀貨が何枚か貰えるのか。一日の食費と宿泊代だとどれくらい必要なんだ?」
「泊まるところとあなたの胃袋の大きさにもよるけど、十枚あれば贅沢できると思うわ」
「……って、ことは薬草を千本くらい採取する必要があるのか。出来ると思うけど、腰を悪くしそうだな」
「何を年寄りみたいなことを言ってるの? そんなもの身体強化で耐えられるでしょう?」
魔力を体内に巡らせるだけで、瞬発力や持久力を大幅に上昇させる効果がある。戦闘に置いての基本技能の一つ。それを使えることを過去の二回の戦闘を見ているレイラは見抜いていた。
「いや、ニコイチをいつ使うことになるかわからないし、できるだけ魔力は温存しておきたいんだよね」
「そんなに消費量が多いの?」
「一定以上の質に上げる時は、結構消費するんだ。触ってみないと何とも言えないけど」
一輝は薬草を入れた革袋を受付へと提出し、手続きを始めてもらっている。
初めての納品ということもあり、受付嬢は全て中身を確認しているが、その表情からすると問題は無さそうだった。銀貨をもらい受けた一輝は嬉しそうにそれをポケットへと無造作に入れる。
「あなた、財布くらいは持っていた方がいいわよ。そうでなくても、入れるための袋とか」
「そういうのも全部こっちで買わないとなぁ。服とかも生活魔法で綺麗にできるけど、こっちの服でそろえておきたいし」
「じゃあ、お金が貯まったら少しずつ買っていけばいいわ。一気に何かをしようとすると、また金欠になるだろうから優先順位を今のうちに――」
レイラは一輝にアドバイスをしようとしたが、その矢先に別の受付から声がかかった。
「検査でお待ちのレイラ様、カズキ様はいらっしゃいますか?」
「準備ができたみたいね。いきましょう」
ポニーテールを揺らし、レイラは呼ばれた方へと歩いていく。後ろをついて来る一輝を肩越しに観察すると、やはり物珍しそうにあちこちに視線を移していた。
まるで田舎から都会に出て来た人を見ているようで、微笑ましくも思える。反面、レイラは一緒にいる自分が同類だと思われるのが嫌で、ただひたすら真っ直ぐ前を向くことにした。
通された部屋に特に何もなく、何人かの魔法使いが大きな杖や虫メガネのような物を持って立っていた。
「魔法の発動体となる物は、こちらの籠の中へ。服はそのままで構いません」
レイラが女性であることに配慮したのだろう。検査官たちはみな女性であった。その点のおいて、一輝は男性を用意するべきなのだろうが、二人同時に検査をするという都合上、仕方のないことだろう。尤も、一輝本人は、そのことを何も気にしていないようだが。
「では、検査を開始したいと思います。過去に何件か症例のある『比翼の呪縛』だとか?」
「えぇ、本当にそれなのか。他に異常はないのかを確認してください。症例を残すのも、そちらとしては大切でしょう」
「ご協力に感謝します。では、契約術式、隷属術式の二つの方面から、まずは確認していきますね? はい、二人とも向かい合って、立っていてください」
検査官の杖が掲げられると、二人の体がほんのりと白く輝き出す。細かい粒子が湧き出ると、蛍のように空間を飛び交い始めた。
特定の条件下において魔力を可視化する魔法。本来、人間の魔力は無色で、属性の魔法を使う際にのみ固有の色を発光させる。それに対して、現在起きている現象は、微弱な魔力をぶつけて、発光させるというものだ。魔法使いでも、そう何人も使えるようなものではなく、汎用魔法とは一線を画す魔術師ギルドの検査担当官が学ぶ特殊魔法。
レイラはそれを目の当たりにし、方向性は違えども、高いレベルまでに磨き上げられた魔法に一輝と同様に目を輝かせた。
「うーん。もう少し、強めに……。そうそう、それくらいで――えっ?」
虫メガネでレイラと一輝の間を観察していた検査官が、唐突に戸惑いの声を発する。
当然、他の検査官もレイラたちも何事かと視線を送った。
「どうしました?」
「いえ、その……過去の症例だと、どちらかが強制的に隷属されているような状態になっているのですが……」
何度も虫眼鏡を振って、二人の間を見る検査官。だが、想定していた結果と違うものが見えているのか、首を傾げている。
「えっと、今はどういう状態なんですか?」
痺れを切らした一輝が検査官へと問いかけると、困惑した表情で辺りを見回し始める。どうやら、他の検査状態の結果がどうなるかを見ているようだ。
すると、今度はギルドと同じように水晶玉と羊皮紙を用意していた検査官が、羊皮紙を水晶玉の下から引き出して顔をしかめた。
「うーん。これは検査が間違っているとは、思えないですね……」
不安になる一言を告げながら、羊皮紙を他の検査官へと回覧させる。
見る人たちが難しそうな表情で羊皮紙を眺めているが、レイラとしては早くわかった事実を教えて欲しい気持ちが溢れ出そうだった。
「あの、覚悟はできているので、結果を教えていただいても?」
「……お二人の状態ですが、レイラ様は一輝様の主人であり、奴隷という状態でして」
「……はぁ?」
あまりにも馬鹿げた内容に、レイラは間抜けな声が口から漏れ出てしまった。
「そして、同様に一輝様はレイラ様の主人であり、奴隷でもあるという結果が出ました」
意味が、わからない。
レイラは崩れ落ちそうになる体を何とか留め、検査官の言葉を理解しようと努めた。あまりにも簡単な言葉の裏に、何か深い意味があるのだろうと考えずにはいられない。そうでなければ、子爵令嬢である自分が奴隷などという現実に耐えられなかった。
「そ、それは、本当に奴隷契約が結ばれていると?」
「いえ、今のは便宜上の表現です。真に奴隷契約が結ばれていると、互いの体にその紋様が刻まれる他、ギルドカードにもその内容が明記されます。しかし、預からせていただいたギルドカードには、そのような記述もありませんし、お二人も自分の体に紋様が刻まれた記憶はないでしょう? 刻まれる際には一瞬とはいえ痛みが走りますから、必ずわかるはずです」
レイラは検査官の言葉に、一輝と出会ってからギルドに向かうまでのことを思い出してみる。しかし、そんな痛みを感じた覚えはないし、見える範囲で紋様が浮かび上がっているようにも見えない。
「まさか――!?」
嫌な予感がして、一輝に背を向ける。
一輝と激突した際に、キスをしていた。その時に刻まれていたとしたら、気付かなかった可能性がある。
レイラは自分が来ている服をたくし上げる。腹、胸には見当たらず、スカートを捲り上げて、内腿まで確認するが異常はない。流石にこの場では下着をずらすわけにもいかないので、レイラは頬を痙攣させながら身だしなみを整えた。
「そ、それで、魔術師ギルドの見解としては、どうなるんですか?」
「端的に申し上げますと、まず解除は非常に難しいと思われます。片方が主人で、片方が奴隷という状態ならば、少しは対応ができるのですが、こんな特殊な状況は初めてで――」
返ってきた言葉に肩を落とすレイラ。
己の魔法が原因の可能性があるとはいえ、流石にこんなことは想定外だ。
「お互いが離れられないのは過去の症例から一つ推測できることがありましてですね。その状態に陥る直前の二人の距離が大きく関わっている様なんです。具体的に言えば、近ければ近いほど、制限される距離も短くなるというか……。今の見え方だと、ほぼ零距離。触れた状態で呪縛がかかった感じですね」
「なっ!?」
レイラは顔が熱くなった。
それはつまり、一輝とキスをした時以外ありえないことが確定してしまったことを意味している。逆に言えば、その時くらいしか自身の魔法を暴走させる瞬間が思いつかないという、レイラの自信の表れでもあった。
何とか深呼吸して、気持ちを落ち着かせるレイラ。鼓動がようやく普通に戻って来たので、周りを見る余裕ができた。
「――っ!?」
しかし、一輝を視界に納めた瞬間、再び心臓が大きく動き出す。心なしか、一輝もレイラの顔を――いや、唇を凝視しているように見えた。
(ば、バカね。私がこんなに動揺するなんてことあるはずがないわ。こんなの初めて国王陛下の前に出た時以来――。っていうか、何であなたも顔を赤らめてるのよ。あんなのキスに入らないわ。ノーカウントに決まってるでしょ! もう!)
レイラは思いきり顔を横に振るが、一向に顔の熱は冷める気配がない。むしろ、どんどんと酷くなっているようだった。
「あの、それとは別件で伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「あ、はい。なんですか?」
検査官の一人が虫眼鏡を持ったまま一輝に尋ねる。
「その、あなたの着ている服やそちらの籠に置いた武器。なにか特別だったりします? 何か魔法を掛けているとか?」
「一応、頑丈になる魔法を使ってまして。二つの物を一つにするっていう魔法なんですけど、そういう魔法の使い手は、御存知ないですか?」
ここに来て、一輝がチャンスとばかりに親戚の情報を集め始めた。その姿を見て、レイラは急に熱が引いていくのを自覚する。
レイラ・フローレンスという個人ではなく、魔法を扱う者としての感覚が、一輝の行動に忌避感を抱いてしまったからだ。
(バカね。いくら人を探すためとはいえ、相伝の魔法の内容を簡単に話すなんて。さっきはリアムと戦うために内容を制限していたようだけど、魔術師ギルドだからって安心するのは大間違いよ)
開発した魔法はそう簡単には人にばらさない。そこから新しい発展した魔法を発見されたら、自分の努力が水の泡になってしまうからだ。特に貴族には、そういう考えの者が多い。逆に言えば、その魔法を奪ってやろうと狙っている者もいるということである。
レイラも二つの相伝魔法があるが、それは絶対に解析されない自信があるため、かなり前の代から能力自体は開示されている。
「うーん。わからないですね。逆に分解しちゃうとか、破壊しちゃう人ならいっぱいいるんですけどね――って、待ってください。二つの物を一つにして、『頑丈にする』って言いました?」
「はい。何か、変なこと言いました?」
「その頑丈にするというのは、具体的にどういう感じですか? まさか品質が向上しているとか?」
「えぇ、そうですね。俺の木刀なんて、思い切り振り抜けば鉄の棒くらい両断できますよ」
その言葉を聞いた検査官たちが顔を見合わせる。すると、何人もの検査官が一輝に詰め寄った。
「その魔法! 他の物体にも使えるんですか!? 例えば薬草とか、ポーションとか!」
「や、やったことがないので何とも言えませんが、同じ物があればできるかと……」
壁を背に詰め寄られている一輝を見て、レイラはため息をつきながら、検査官たちを引き剥がす。
「ちょっと、魔術師ギルドの職員だからといって、固有の魔法にがっつき過ぎじゃないんですか?」
「仕方ないじゃないですか。今、魔術師ギルドは人手不足なんですよ! ポーションの生産が追い付かなくて、検査官の私たちも、この後すぐに手伝いに行かなきゃいけないんです! 助けが必要なのは、私たちだって一緒なんですって」
その余りの悲痛な叫びに、レイラはただ事ではないと察する。
魔術師ギルドの職員がここまで言うのだから、話だけでも聞いてあげた方が良い。そう一輝に伝えようとしたレイラだったが、それを口にする前に一輝が進み出た。
「わかりました。俺に出来るかどうかはわかりませんが、力になります。詳しい話を教えていただいてでもよいですか?」
レイラは魔法使いとして呆れるよりも先に、一輝の行動にどうしてか笑みを浮かべてしまった。
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