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比翼の呪い

 リアムの敗北宣言に、周囲は上を下への大騒ぎだ。何しろ、リアムは一対一での戦闘において負けなし。唯一、レイラとの勝負で引き分けるという魔法の腕だ。

 将来は王城の警備に士官し、いずれは彼が率いる部隊も創設されると噂されるほどの実力の持ち主。それが、まさか異国の名も知れぬ少年に打ち倒されたとなれば、混乱するのも無理はないだろう。

 木刀を納め、手を振る一輝にレイラは黙って近づいていく。


「レイラ、これで決闘しなくても――」


 笑顔で出迎える一輝の胸倉をレイラは両手で掴んで引き寄せた。


「あなた、自分がどれだけ危険なことをしたかわかってるの!? 魔法の中を潜り抜けるだなんて、下手したら大火傷じゃ済まないわよ!」


 恐らく、リアムも本気で当てるために火柱を放ったわけではないだろう。レイラが考えるに、あの火柱は一輝がリアムに木刀を突きつけた行為と同じだ。無詠唱で相手の動きを封じ、決め手を放ち、降参を促す。誤算だったのは、それが一輝にとっては掻き消すことのできる魔法だったことだろう。

 打ち消したとはいえ、それが存在していた空間は高熱だ。飛びこめば火傷なんてものでは済まないのは必然。それは身体強化を施していても免れようがない。しかし、火傷覚悟で掴みかかったレイラの手に返って来たのは、予想に反して普通の衣服と同じ感触だった。


「まぁ、一応、大丈夫かどうかは昔試したことがあるから」

「……どれだけスパルタなのよ。あなたに魔法を教えた人は」


 一輝の言い分にあきれ果てるレイラ。

 少なくとも、この時点でレイラは一輝の認識を「少し強い、変わった魔法剣士」から「だいぶ強い、とても変わった魔法剣士」へと改めた。

 本当に無傷なことを確認し、レイラは手を離して腰に手を当てる。まだ怒りと心配がごちゃ混ぜになった感覚があるが、どう言語化していいかレイラ自身わかっていなかった。


「いや、俺のいた所より、こっちの方が全然面白いな。本気で魔法を使えるのも問題ないし、このまま行けるところまで成り上がってみるのもいいかも」

「上には上がいる、って言いたいところだけど、あなたの場合、本当にできそうな気がしてくるのよね。何でかしら」


 レイラが首を傾げていると、遠くの方から大きな声で近づいて来る声が聞こえて来た。


「おーい、何をやっとるか!?」

「うわっ、学園長だ。逃げろ、逃げろ!」


 紫色のローブを身に纏った白髪の老人が歩いて来ていた。観客席にいた生徒たちは、その剣幕に怒られると思ったのだろう。蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく。リアムに付き従っていた二人も、座り込んだままの彼を放って行ってしまった。

 そんな中、学園長と呼ばれた男は一直線にレイラたちの元へと歩いてきた。


「まったく、いつものいざこざかと放っておいたら、何だ、あの火柱は!? 流石にアレは見逃せん。リアム君、レイラ君。二人ともついてきなさい」

「え? 二人ですか?」


 学園長の言葉に思わずレイラが疑問を投げかける。

 それも当然だろう。この話の中心人物は自身とリアム、そして一輝の三人だからだ。普段からリアムとは言葉で応酬する場面が多々あり、教員間でも噂になったり、呼び出しがかかったりということはあった。今回の件もそれで疑われてレイラが呼ばれたことに逆らうつもりは一切なく、むしろ、一輝に押し付けてしまった原因は自分にあると思っている。

 ただ、火柱を放ったのはリアム。それを火球で吹き飛ばし、さらに大きな火柱にしたのは一輝だ。その点において、学園長が気にしている火柱を放った人物は一輝である。

 そんな考えがレイラの疑問に繋がったのだろうが、口に出してから彼女は、しまった、と後悔した。

 ただでさえ助けてくれた恩人を売るような真似をしてしまったことに気付く。


「何だね? ついに下らん論争に決着をつけようと決闘をしたのではなかったのかね?」

「戦ったのは、俺とこの人ですよ」


 一輝がリアムを指差して、申し出る。

 当然、学園長の視線は一輝に注がれた。真っ先に向いたのは、この国では目立つ黒い髪。途端に学園長の目が鋭くなる。


「君のような生徒を招き入れた覚えはないのだが、冒険者かな?」

「はい。昨日、この街に来て冒険者登録を済ませました。一輝と言います」

「ふむ、元気な自己紹介だね。結構、結構。それで、本校の生徒と戦ったと言ったような気がしたが、詳しい話を聞かせてもらっても良いかな?」


 細身で一輝よりも低い身長だが、モノクル越しの鋭い視線を見て、レイラはこの場から逃げ出したい気持ちに駆られる。

 既に引退した身だが、学園長は軍の上層部だったこともある。今でこそ丸くなっているが、レイラの父は学園長をオーガと例えるほどに恐れていると聞いたことがあるくらいだ。


「はい、もちろんです」

「いいだろう。三人ともついてきなさい。流石にこんなところでは説教するつもりにもなれん」


 踵を返した学園長の後をついていく一輝。

 肩越しに座り込んだリアムにレイラは、声をかける。


「立てるわよね?」

「あ、当たり前だ。ちょっと、暑さで休んでただけだ。君に心配されるほど僕はやわじゃない!」


 すぐさまリアムは立ち上がると、お尻の土を払ってレイラを追い抜かしていく。

 これから叱責を受けるのに元気な奴だ、と呆れながら、レイラも足を踏み出した。



***



 いくつもの廊下と階段を上った末に辿り着いた学園長室で、一輝は学園長の鋭い視線を受け止めていた。


「気を悪くしないで欲しい。一応、部外者となると、こちらも警戒せねばならないのでな」

「いえ、仰る通りです。生徒を預かる立場としては当然のお考えかと」


 それを事も無げに、涼しげな表情を一輝は続けていた。

 その横顔を見て、レイラは呆気にとられる。いくら学園長の正体を知らないからとはいえ、そこまで平然としていられるのは少しばかり異常だ。


「出身は?」

「名もない村です。ここからずっと西にある。冒険者ギルドで登録した際も、出身地が不明と出ましたので、俺にもどう説明すればいいか……」

「なぜ、この学園に?」

「路銀が尽きそうだったので、魔物でも狩って、それを売ろうと思ってたんです。そしたら、近くにダンジョンがあると聞いて、何かお宝でも発見できたらと潜ったところ、レイラさんと出会いまして。そこで薬草採取依頼のお手伝いをしてもらってたんです」


 一輝は淀みなく学園長へと説明をする。

 リアムにどのように絡まれたか、どのような戦闘が行われたのかを簡潔にまとめている。その一方で、レイラの部屋に泊ったことや、ニコイチ魔法のことは伏せて伝えていた。真実を曲げることなく伝えながらも、不都合なものは話さない。その徹底した話し方に、レイラは上流貴族の子息たちを思い出した。


(彼らは言葉の一つ一つが自分の人生を左右することを幼い時から叩き込まれている。だけど、彼は何? 異世界から来たというけど、彼もまたそういう身分なのかしら?)


 レイラは一輝の様子に推測を加速させる。

 そもそもニコイチと称する統一魔法も疑問が残る。曾祖父から受け継いだ相伝の魔法と一輝は言っていたが、その魔法を生み出すだけの知識と技術を考えるに、曾祖父はこちらの世界での貴族だった可能性があった。


「――なるほど。とりあえず、君に悪気がないことは理解した。ただ、この国や施設にも定められた法や決まりがある。この学園において、決闘紛いの模擬戦は余程のことがない限り禁止されている。次はこのようなことがないように注意してほしい」

「わかりました」


 一輝と学園長の話が一段落し、学園長の視線はリアムへと向けられる。

 その視線にわずかに肩を揺らしたリアムだったが、意外にもその目はまっすぐに学園長を見返していた。


「君とレイラ君の話は以前より私も耳にしている。二人とも優秀な生徒であるとな。同学年の授業における模擬戦では向かうところ敵なし。お互いの戦績は全て引き分けている、と」


 学園長の言葉は間違いではない。レイラもリアムも学園の模擬戦では無敗。互いの試合は時間切れによる引き分けだ。

 ただレイラからすれば、防戦一方に近い試合運びをされていることが多いので、判定があればリアムに軍配が上がるだろうと思っている。


「しかし、だ。いくら決着をつけたいからと言って、私闘はまずい。ましてや君は次男とはいえ、リトロー伯爵家の生まれだ。能力の序列は重要かもしれないが、それと同じくらい品位も大切だと私は考えるのだが?」

「――今回は性急すぎました。次の授業まで待てなかった己の未熟さを噛み締めています」

「探求心や向上心は悪ではない。だが、その方法は時に悪になり得る。優秀な君ならば、それは理解できるな?」


 若干の苛立ちを含んだリアムの視線が、一輝へと一瞬だけ向けられる。しかし、レイラはリアムが変なところで正直者であることは知っていた。

 やろうと思えば陰湿ないじめをすることで精神的にダメージを与えることもできるだろうに、そのような手段は一切取らない。どんな時も、真正面から意見を叩きつけ、文句があるならば言ってみろと反撃の機会すら与えるほどだ。

 その点においては、レイラも一定の評価はしていた。

 それを証明するかのように、リアムは反論することなく頷いた。


「よろしい。では、君は先に出て行きたまえ」

「はい、失礼いたします」


 リアムは淡々と言葉を紡ぎ、学園長室を出て行った。

 扉が完全に閉まった音が響いた後、数秒ほど学園長は沈黙する。


「さて、問題が一つ残っているのだが、何か心当たりはあるかな? レイラ君」

「えっと、さっきの決闘騒ぎについてですか?」

「それとは別の話だ。昨日から今日までにおいて、君たちの間にあった出来事で、問題があると私は考えているのだよ」


 レイラが一輝を見ると、一輝もまた彼女を見返していた。

 その二人の考えていることは奇しくも同じであった。すなわち――


(私の部屋に泊めたことがバレてる?)


 その焦りが表情に出たのだろう。学園長が小さなため息をつく。


「一応、君の父上であるアブルフェーダ子爵は私の部下だった。そんな彼の娘である君を学園で預かることに、私は非常に喜びを感じていた。ただ、昨日、彼を同じ部屋に入れたことに関しては、学園長としても、君の父上を知る者としても注意するべきだと思っている」

「その、カズキは泊まる場所が……」

「知っているとも。ガーゴイルの報告では、本当に同室で過ごしただけで、男女としての関係は無かったと聞いている。――あぁ、安心したまえ。ガーゴイルの報告は、一定条件を満たした時のみだ。常日頃、私たち教員が寮の中を覗き見ているなどと思わないでくれ」


 慌てて、学園長が手を横に振る。特にレイラは思っていることは無かったのだが、一輝が目を見開いたことで、学園長も部外者である彼が思ったことに察しがついたのだろう。


「つまり、彼を放りだせ、と?」

「そこまでは言っていない。ただ、薬草採取の依頼で、宿代はすぐに確保できるはずだ。可能な限り早く、同室での解消を――」


 そこまで告げた学園長が、唐突に動きを止めた。

 何度も視線を一輝とレイラの間を行ったり来たりさせ、怪訝な表情を浮かべ始める。


「あの、学園長? どうかなさいましたか?」

「あ、いや、その……何だ。少しばかり、ガーゴイル経由で変な情報が寄せられてね。そちらに気を取られてしまったんだ……。何でも、冒険者ギルドの登録に関することらしいのだが……」


 学園長の声は次第に尻蕾になって行き、二人を見る目が信じられない物を見ているかのように見開かれていく。ちょうどリアムと同じような色の灰色の瞳が、二人の顔を映し出していた。


「――困ったことになった。どうやら、君たち二人を引き剥がすのには、当分、時間がかかるらしい」

「えっと、話が見えないのですが……」


 レイラが首を傾げると、長く大きなため息をつきながら、学園長は手の指を組んで顎を乗せた。


「レイラ君。君の習得している相伝魔法に『収束』と『拡散』があったと記憶している」

「はい。父に数年前に教えていただいて、使えるようになりました」

「その魔法が暴走している、という可能性はあるかな?」

「は? 暴走、ですか?」


 レイラは何度か瞬きして、学園長の言葉の意味を理解しようとする。しかし、父に魔法を習った時も、そのような注意点は一度として聞いたことがない。


「ギルドからの連絡によると、だ。カズキ君の登録時に『比翼』という状態が示されていたという。調査の結果、その状態は『必ず二人一組同時に発現する』呪縛のような異常らしい」

「はぁ、それで、どのような異常が出るのですか?」


 レイラは自分の魔法と比翼という異常に関連性が見い出せず、学園長に説明を求める。

 ただ二人一組で、しかも同時という条件を考えると、この世界に来たばかりの一輝と関係性がある人物は限られる。特に一番最初に出会ったのはレイラで、登録時に近くにいたのもレイラだ。何も関係がないと証明するのは難しい。


「その、非常に言いにくいのだがね。過去に同じ状態になった者たちの記録が残っていたらしい」

「その状態になると、どうなるのですか?」

「離れられなくなる」

「……え?」

「離れられなくなる。その時の記録では、半径十メートルから最大百メートルと状況によって変化したらしい」


 学園長の気の毒そうな視線を受けて、レイラはようやく自分の置かれた状況を理解した。


 ――比翼の呪縛が解除されない限り、ずっと一輝と一緒に居なければならないのだ、と。


 レイラは夢ではないかと、何度か首を横に振るが、目の前にいる学園長と一輝は勿論、部屋の様子も変化はない。まぎれもない現実であると理解するしかなかった。

 そんな時、あぁ、と一輝が思い出したように声を上げる。


「比翼って確か、男女の仲が良いことの例えで使われるらしいんですよ。元は二匹で一匹の鳥、みたいな意味だったとかで。もしかして、その時の方も男女のペアでした?」

「う、うむ。先程は説明を省いたが、君らくらいの年頃の男女が、そのような状態になったと聞いている」


 その瞬間、レイラの脳裏に一輝と出会った瞬間が蘇った。


(ゴブリンたちに追われて、前を向いた瞬間にカズキと衝突して――あの時!?)


 二人はもつれあい、気付いた時には口づけをしていた。当然、唇同士のキスは愛し合う者同士の間で行われる行為だ。

 一輝とのキスを思い出し、顔を真っ赤にしたレイラの鼓動がどんどん大きく、早くなっていく。


(もしかして、あの時、慌ててから……。無意識の内に収束魔法を暴走させていた!?)


 収束魔法はフローレンス家に伝わる魔法だ。放った魔法の軌道を変えたり、特定の場所に誘導したりする為に使うものだと父に習った。

 それが暴走した結果、魔法ではなくレイラと一輝の物理的距離を収束させる方向に作用してしまったのだとしたら――


「う、嘘でしょー!?」


 それは「比翼」を解除しない限り、二人は離れることなく生活を共にしなければいけないことを示していた。

【読者の皆様へのお願い】

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