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決闘騒ぎ

 リアムが案内したのは、四方を石の壁で囲まれた平地だった。

 壁の上は数段ではあるが、座れる場所がある。勝負をすると言って案内されたことから、魔法の試し撃ちができて観客席のある鍛錬場。或いは運動場と言ったところか。小さな体育館程度の広さはあるので、二人が戦うには少しばかり広すぎるようにも感じられる。


「……本当について来たか。生意気な召使いだな。おい、黒髪。名前は?」

「一輝だ。そっちは言わなくていいぞ、レイラから聞いたからな」


 リアムはわずかに表情を強張らせる。


(大方、勝ちの決まった試合だと思って、自分の名を高らかに宣言するつもりだったんだろうな。むしろ、名乗らせないのは俺の優しさだけど……)


 むしろ、一輝の方こそ、リアムに勝つ気しかないと余裕であった。


「ルールの確認だが、その前に使える魔法を確認しておこう。僕は全属性の中級汎用魔法までを習得していて、土属性は上級まで使える。安心しろ、召使い程度相手には上級魔法など出さないからな」

「俺は初級魔法とニコイチ魔法だ」

「……ニコ――何だって?」


 一輝の宣言に、リアムだけでなく周りにいた者たちもざわつき始める。そのような魔法は聞いたことがない、と。


「別に難しい魔法じゃない。『二つの物を一つにする』魔法だ」


 一輝は合わせることで質や強度が上がることを伏せ、見た目の変化だけを伝えた。相伝の魔法の内容を対戦相手に話すほど優しくする義務はない。


「――は、はは、何だよ、それ? そんな意味のない魔法を習得して、何に使えるんだよ!? 君も、君にその魔法を教えた奴も、とんだ大馬鹿野郎だな」


 リアムだけではない。レイラを除く、生徒たちが一輝の発言を聞いて、大笑いをし始めた。

 言葉だけを捉えれば、彼らの反応も無理はない。どうして、わざわざ二つある物をわざわざ一つにしなければいけないのか。デメリットしかないではないか、と。その反応に一輝は無視を決め込み、リアムを睨みつけた。


「見たこともない魔法を笑うのは、そちらの勝手だ。でも、魔法使いとしての底が知れたな」


 曾祖父から受け継いだ相伝の魔法自体を笑うのは仕方がないと一輝は聞き流す。しかし、その曾祖父自体を馬鹿にしたリアムは、少しばかり許せなかった。

 曾祖父は終戦から十数年経過した日本に転移。自らの名を捨てて双代理合(りあい)と名乗り、苦労して戸籍を得ることも叶った。愛する人と子を儲け、自動車メーカーの修理工として生計を立てていた。

 そんな理合は一輝に時折、零していた言葉がある。故郷においてきた兄が心配だ、と。一人ではすぐにミスをするような人だったから、最後まで支えてあげたかった、と。元の世界に戻る為、統合魔法の応用による転移を研究していた理合の心の叫びは、一輝の心奥深くに刻まれている。

 死ぬ直前まで魔法を研究していた理合を、たかが十数年しか生きていない一介の学生如きに馬鹿にされるいわれはない。そんな静かな怒りが一輝の胸中を満たす。


「安い挑発だな。それこそ、君の程度が知れる。さて、ルールについてだけど、有って無いようなものだ。魔法あり、武器あり、何でもありだ。相手に参ったと言わせれば勝ち。そちらが負けたら、レイラと僕の決闘に口出ししない。こちらが負けたら決闘はせずに、レイラの方が上だと認めよう。召使いなんてやってるような庶民でも、わかりやすいルールだろう?」

「あぁ、俺は構わない。そっちが宣言したルールだ。後悔するなよ?」

「それと、だ。いくら何でも殺しはマズイ。致命傷や四肢の欠損などの取り返しのつかない攻撃は禁止だ。それを行った時点で負けとする」


 あくまでこれは模擬戦の形をとった決闘である、とリアムは強調する。だが、次の言葉に一輝は耳を疑った。


「それと終わった後のことだが、骨折程度ならば治せる奴を紹介しよう。安心しろ。費用は全て僕が持つ」

「どういう風の吹き回しだ?」

「庶民を相手に大人げなく全力で攻撃した、などと言われるのは心外だからね。それにどこかの誰かと違って、金銭の出し惜しみはしない主義だ」


 リアムの視線はレイラに向けられていた。恐らくは、金の貸し借りを良しとしないレイラへの当てつけだろう。

 肩越しに振り返れば、レイラが拳を握り、震わせていた。


「さて、他に聞いておきたいことは? それとも、念の為に遺書でも書いておくかい? それくらいの準備は許そうじゃないか」


 わざとらしい口調で一輝へと問いかけるリアムだが、その瞳に油断の色はない。

 一輝は己の中の魔力をゆっくりと回し、調子を確かめた。

 身体強化による運動性能、魔力抵抗の底上げは問題なし。魔力量はほぼ満タン。魔法発動体となる指輪も異常は見られない。


「いや、さっさとやろう。合図は誰が出す?」

「レイラ、君が言うと良い。こちらが選んだ人物で、何か裏で示し合わせていたなんて言われたくはない」


 指名されたレイラの目が見開かれる。だが、すぐに彼女は毅然とした表情に戻ると、一輝の隣に並んだ。


「あいつは強いが、卑怯な手は使わない。正々堂々、真正面から叩き潰すつもりであなたを攻撃してくるわ」

「そりゃあ、良かった。こっちの人の魔法も見てみたいと思ってたんだ」

「もう一度、言っておくけど――彼、本当に強いわよ。無詠唱で魔法を連発できるくらいにはね」

「大丈夫。これでも結構鍛えてるからさ」


 一輝はレイラに気にしないよう目配せする。

 レイラは困惑の色を浮かべることなく、唇を真一文字に固く閉ざし、二人の中間地点に足を進めた。どこからか騒ぎを聞きつけたのか、さらに増えた生徒たちの歓声が大きくなる。特に男子は血気盛んな者が多いようで、過激な言葉が投げかけられた。

 リアムは不機嫌そうな顔で観客席を一瞥した後、杖をフェンシングのように構え、笑みを引っ込める。

 先程までは油断したところを倒してやろうと思っていた一輝だが、意外にもリアムは初対面の相手にそのようなつもりは毛頭ないらしい。


「おいおい、さっきは全力でやるのが大人げないって言ってなかったか?」

「全力は出さないさ。限られた手の中で本気を出す。そうでなければ、失礼だろう? ほら、さっさと構えるといいさ」


 リアムの催促に、一輝は一度納めていた木刀の柄に手をかけ――そのまま、両手を下ろした。


「何のつもりだい?」

「いや、最初は魔法で戦おうと思ってね。そうじゃなきゃ、フェアじゃないだろ?」


 リアムは魔法しか使わない杖で、一輝は魔法を使う指輪と白兵戦ができる刀。単純な選択肢としては、確かに一輝の方が多い。だが、それで有利かどうかと言われれば、疑問に思わざるを得ない。むしろ、その発言はリアムへの挑発に近かった。


「両者、準備は良いわね? これより、リアムとカズキの試合開始を宣言する」


 レイラが一瞬のためらいの後、上げていた右手を大きく振り下ろした。


「馬鹿がっ!」


 次の瞬間、リアムが杖を高速で何度も突き出す。

 詠唱を一言も口からは出さず、その一突きの動作の度に杖先から炎の球が飛び出た。半身になった構えから腕を出し、右に引き絞る。また突き出しては左に引き絞る。身体強化でより高速の連続突きに昇華された技に、観客席から感嘆の声が漏れる。


「武器を使おうが、使わまいが、近付けさせなければ怖くはない! どうだ、威力は抑えてあるとはいえ、この攻撃を――」

「いやぁ、スゴイな。あえて単発で撃つことで一つ一つの精度を高めてるのか!」

「なっ!?」


 一輝はわずか五秒の間に撃ち出された火球、およそ十数発をものともせずに立っていた。


「おまけに最初の一発目は目晦まし。二発目と三発目は地面に当てて爆風で砂利を吹き飛ばすことで相手を足止め、そこに残りの攻撃を一気に叩き込む――強いんだな、お前」

「おい、何で今ので平気で立ってるんだ?」


 リアムを含め、誰もが目の前で起きていることを理解できなかったのだろう。先程まで響いていた声は鳴りを潜め、火球の爆発した煙をさらっていく風の音だけが耳を撫でる。


「さて、何でだろうね? さっきみたいに笑ったらどうだ?」


 一輝の習得した統合魔法が使われているのは何も木刀だけではない。服に使っても強度は上がり、対刃防護服のような頑丈さを手に入れることができる。爆風で吹き飛んだ砂利程度ではダメージなど与えられるはずもない。わずかに肌を覗かせている顔や手も、身体強化によって無傷だ。


「――とはいえ、思っていたよりも常識人なんだな。今の、かなり手加減してくれたんだろ? でも、遠慮することはない。ほら、他の属性の魔法とか見せてくれよ!」

「な、舐めるなよ。召使い風情がっ!」


 リアムは激昂すると、同じように火球を放ち始める。しかし、それとは別に彼の口からは詠唱が紡がれる。


「『天に灯る明かりを以て、その意を示せ――』」


 その詠唱を聞いて、レイラが叫ぶ。


「カズキ! 火属性の中級魔法よ! 下級魔法の威力とは比べ物にならないわ!」


 火属性中級汎用魔法。その効果は、一定の範囲に火柱を出現させる範囲攻撃魔法だ。ゴブリンのような群れる魔物には効果覿面であるが、それを一人の敵に対して使うというのは、相手がオークのように大きい場合か、素早くて攻撃が当てにくい場合になる。


「『――すべてを焼き尽くす、大火の御柱よ!』」


 リアムと一輝。二人の間に二十数メートルまで立ち上る火柱が出現する。半径はおよそ五メートルほどだろうか。それが一輝に向けて徐々に移動を始める。


「さぁ、流石にこれを喰らって平気なはずがないだろう? 降参するなら今の内だ!」


 リアムが火柱越しに一輝に杖を突きつけて叫ぶ。対して一輝は、その声を聞きながら腕を広げ、両方の掌を天に向けて詠唱を開始した。


「『燃え上がり、爆ぜよ。汝等、何者も寄せ付けぬ二条の閃光なり』」


 静かに、しかし、はっきりと唱えられた詠唱は、火属性初級汎用魔法だった。無詠唱でリアムが連続で放つ火球をたった二つ。大きな火柱を前に一輝が出した魔法を見て、生徒たちが嘲るような笑い声をあげる。

 それを一輝は無視して、両手に魔力を回した。もはや、何百、何千と繰り返した行為に詠唱など必要なかった。


「悪いな。無詠唱で魔法が使えるのは、お前だけじゃないんだ」


 その瞬間、左手の上にあった火球が忽然と消えた。それに気付いたのは、統合魔法の真価を知っているレイラのみ。他の者は見ていたとしても、魔法の失敗か何かと勘違いしていることだろう。

 そのような中、一輝は迫りくる火柱の根元へと掌を向けた。


「魔法の発動には、魔力が必須。なら、その魔力ごと吹き飛ばしてやればいい」


 誰かの背中を押すような小さな動作だった。それにもかかわらず、火球は矢のように勢いよく地面に着弾すると、リアムの放った火柱を覆い尽くす、さらに大きな火柱となって爆発を起こした。

 爆風が頬を叩き、レイラの髪を揺らす。離れているレイラですら、この有様だ。当然、より近い位置にいるリアムは腕で顔を庇い、頬を引き攣らせていた。


「な、なななっ!?」


 己の放った火柱が上から塗りつぶされた。その現実を受け止めきれなかったようで、腕がだらりと下がってしまっている。

 数秒で火柱は掻き消え、白煙が舞い上がる。まだ熱は残っているようで、空気がかすかに歪んで見えていた――その中を一輝は物ともせずに突っ切って、姿を現した。


「んなっ!?」


 リアムが慌てて杖を一輝へと向けようと右手を動かす。

 無詠唱による火球の一撃。至近距離で自分を巻き込むかもしれないのに、リアムは迷うことなく魔法を使うことを選んだようだった。しかし、その杖を納刀したままの木刀の柄が横へと弾き飛ばす。

 硬い音を立てて宙を杖が舞い、遅れて杖先から火球が一つ、観客席の下の壁へと放たれた。次いで起こる爆発音と悲鳴。それらを背景に、一輝とリアムは互いに視線を交錯させたまま動きを止めていた。


「まだ、やるか?」

「ま、参った……」


 一輝の木刀がいつの間にか抜き放たれ、リアムの首筋へと突き付けられていた。

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