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宿を共に

 石の螺旋階段を上った先にあったのは、長い廊下だった。

 それを見た一輝は首を傾げる。どうにも外から見た長さと実際の廊下の長さが一致しない。


「どうしたの? そんなところで立ち止まって」

「いや、この廊下長すぎじゃないか? それにさっきの階段も結構な長さで、上にもまだあるんだろ?」


 一輝は人差し指で天井を指し示した。ここに来るまでに同じような廊下がある階が最低でも五つはあったと記憶している。

 レイラは「寝床くらいは用意できる」と言っていた。それから想像するに、目の前に並ぶ多くの扉は、宿泊できる部屋へと繋がっていることが推測できた。一つの階だけでも左右に五十ずつあるように見える。一輝の知る高級ホテルであったとしても、ここまで広く、部屋数のあるものはないだろう。


「そりゃあ、魔法学園の全生徒が寝泊まりできるように部屋が用意されているのだから、その分だけ必要でしょう?」

「いや、必要なのはわかる。どうやっても、こんな広い空間が、あの外観から想像できるわけないじゃないか!」


 心なしか廊下に声が響いた気がした。

 レイラは、あぁ、と納得したような表情を浮かべ、奥へとひたすらに伸びる廊下へ視線を投げかける。


「昔の宮廷錬金術師と魔術師が色々とやったらしい、ってことは聞いたことがあるわ。何でも空間を歪めてるとか何とか……」

「凄いな、その魔法技術。その内、何でも入る鞄とか作れるんじゃ?」

「そんな物を作れたら、歴史に名を残せるわね。少なくとも、高位の冒険者たちが一つ残らず買い占めるはずよ」


 そう告げたレイラは、ある扉の前で足を止めた。灰色一色の廊下において、唯一の茶色の存在である扉だったが、その存在感は意外にも大きかった。部屋に表札などは存在せず、ただ扉に刻まれた数字だけが、その部屋の主が誰かを認識させるようになっている。


「六二六番。しっかりと覚えておいて。間違えて開けたら、あなた――殺されても文句は言えないわ」


 そう告げて、レイラは鈍い光を放つ金のドアノブに手をかけた。

 入ると同時に魔法石が輝きを放ち始め、室内を明るく照らす。目の前に広がった光景に一輝は目を見開いた。

 広さは一人部屋にするには広く、二人部屋にするにはやや狭い程度。正面の窓際にセミダブルのベッド。その脇に洋服を入れるだろうクローゼット。右に視線を移していけば、人が三、四人並んで座れそうなソファに茶菓子を置けそうなテーブル。それとは別に壁際に書物が置かれた机と椅子がある。床には赤い絨毯が引かれており、それがあるだけで彩りが生まれ、部屋の中の印象を大きく変えていた。

 扉の脇には鍛錬用の木剣が幾つも立てかけられており、普段からレイラが剣の素振りを行っているのが窺える。逆に部屋の奥まったところにあるスペースには様々な道具が置かれている。一輝がぱっと見でわかるだけで、ロープやランタンといった冒険のお供になりそうな道具たちだ。


「へぇ、綺麗な部屋だな。一人一部屋なんだろうけど、しっかり整頓されてる」

「当たり前でしょう。一人で済むのだから、生活しやすいように整頓するのは――そこのソファだけは、私の管理外だけどね。友人が勝手に運び込んだ物だから」


 そう告げた彼女の視線の先には、一輝の目を引いた大きなソファがあった。


「――とはいえ、部屋の一部を占有しているのは事実。それならば、私がどのように使うかくらいは決める権利があるということ、よね?」

「よね、と言われても、置いた友達に聞いてくれとしか言いようがないな」


 一輝は困惑の表情を浮かべながらもソファに視線を移す。見るからにふかふかで、座ったら気持ちがいいことは確定に違いない。ここまで歩きっぱなしだったこともあり、少し疲れていたところだ。荷物を下ろして座りたい衝動に駆られる。


「で、俺の部屋を用意してくれるってことだよな。これから、どうすればいいんだ?」

「そこ」

「へ?」

「だから、そこよ」


 レイラはソファを指差す。

 一輝はレイラとソファを交互に見た後、彼女が言っていることを理解しようと考えを巡らせた。


「――ここ、レイラの部屋だよな?」

「えぇ、そうよ」

「同じ部屋で、俺はソファ使っていいのか?」

「さっきから、そう言ってるでしょ」


 一輝は念押しする様にレイラへと問いかける。そして、返って来る言葉は常に肯定であった。


(貴族の娘さんと同じ部屋で寝るって、それバレたらいろいろとヤバくないか?)


 ここは魔法学園の寮だ。当然、それがバレたら学園側からはもちろん、周囲の生徒からも何を言われるか分かったものではない。

 一輝はこの寮に向かう棟へと足を踏み入れた際に、近くの人たちがどよめく声を思い出した。


「あの、まさか、とは思いますが……、この寮――この階に住んでいる人たちって、まさか女性だけ?」

「この棟はそうなるわ。隣が男子寮の棟よ。安心して、何か変なことをしない限りは、学園側も文句言ってこないから」

「何でそんなことがわかるのさ!?」

「だって、この前、彼氏を連れ込んでた女生徒が呼び出された理由が、『男女の行為を部屋でやった』って、理由だから。逆に言えば、連れ込むところまではセーフってこと」

「良いのか。教育機関がそんなので……」


 普通は、そういうことを防ぐために警備員を雇ったりするものだ。

 せっかくガーゴイルと言う名の優れた二十四時間年中無休の警備員がいるのだから、それを導入するべきだろう。


「一応、ここって貴族の子女の出会いの場でもあるの。だから、婚前交渉よりも前の行為ならば多めに見られるってこと。その反応を見るに、本当に知らなかったのね。言っておくけど、私に手を出したら、命の恩人と言えど――」

「みなまで言うな。そんな人でなしじゃないからさ。むしろ、こうやってしてくれただけでも感謝だよ。ただ、やり方は他にもあったんじゃないか? 例えば、お金を貸して一先ず今日だけは宿屋に泊らせる、とか」

「私、基本的にはお金の貸し借りはしない主義なの。例え親しい友人であってもね。さっきの街に入る時のお金は……いずれ清算してもらうから」


 なるほど、と一輝はレイラの意見に一定の理解を示す。

 金の貸し借りは一輝も小さい頃から、両親にしないようにと口うるさく言われていたので、その考えは理解できる。今回ばかりは特例だと思っていた一輝だが、レイラのおかげで、しっかりと稼いで返さなければいけないという気持ちが湧いて来た。

 そして、同時に金銭の貸し借りの代わりに多少のリスクを背負っても、部屋に泊めてくれるレイラへ報いなければという使命感も抱く。ただでさえ、剣に傷をつけてしまった負い目があるのだから、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。


「そうか、わかったよ。それで、俺は明日から薬草を採取して金を返せばいいんだな?」

「え? いや、それは宿泊費に回せば――」

「それで、後は魔法剣を直すために、もう一本の同じタイプの魔法剣を手に入れればいい。時間はかかるかもしれないけど、金で買えるだろうしな」


 一輝はソファの横に鞄を下ろし、腕を回す。

 いくら身体強化を使えるとはいえ、体は疲れるものだ。まだ若いはずの体から鈍い音が響く。


「……そうね。薬草はこの学園内でも集めることができるから、明日の午前中に少し頑張れば十分費用は稼げるはずよ」



***



 レイラは目の前で鞄の中身を取り出して整理していく一輝を見て、己の馬鹿さ加減に呆れていた。

 一輝は街に入る費用を返さなければいけないと思っているようだが、その点に関してはレイラは不要だと考えていた。むしろ、魔法剣に罅を入れられたことも含めた上で、金を渡すのは自分自身の方だと思っているくらいだ。


(あの時、カズキに出会っていなければ、私は確実に死んでいた――いいえ、ただ殺されていただけならば運がいい方に違いないわね)


 敵のほとんどがゴブリンやオークといった魔物の集団だった。

 そんな連中に無抵抗な状態になれば、女性の場合、待っているのは凌辱と言う名の精処理奴隷だ。ダンジョン内で出現した魔物であろうとも、生殖を行う魔物は存在する。そして、その中でも特に異質なのがゴブリンだ。何せ、人間相手に妊娠させることができる。その為、多くが女性たちからは嫌悪されている。

 殺さずにいれば女性を慰み者にして増え、殺し尽くしてもどこからともなく湧いて来る。それは正にゴキブリと同等レベルと言っていい。人によっては、ゴキブリの方がまだマシだという人もいるくらいだ。

 ダンジョンを出た時、そんな魔の手から逃れられた時の安心感をレイラはまだ覚えている。腰が抜けて立てなくなりそうだったのを何とか誤魔化していた自分を思い出すと、何事も無かったかのようにしていた一輝と比べてしまって恥ずかしくなる。


(私にできることは、カズキに負い目なく、この世界で生きていけるようにすること。その為には、彼氏を連れ込んだなどという下らない噂が流れようが気にするものですか)


 女子寮に入る前に聞いたどよめきから、既に多くの人に男を連れ込んだと広まっているだろう。

 レイラの父は子爵で下級貴族になる。その為、気に食わないことがあれば弄ろうとする輩は出てくるに違いない。事実、レイラは既にその人物が一人思い浮かんでいた。

 伯爵家の次男坊。口の悪い嫌味な男だが、魔法の腕はレイラ自身も一目置くほどの使い手だ。魔法剣を手に入れて有名になったレイラが気に食わないらしく、ことあるごとにつっかかってくる。


(明日、そいつに絡まれなければいいんだけど……)


 いつもは負け犬の遠吠えとばかりに聞き流しているレイラだが、魔法剣に罅が入ったことで弱気になっている自分を自覚していた。

 陰鬱になりかけた気分を振り払うため、軽く首を振って気持ちを切り替える。そんなレイラの前に一輝が何かを差し出していた。


「あ、これ食べてみる? 俺の世界の食べ物なんだけど」

「嬉しいけど、今から夕食――」


 そこまで口にしてレイラは、はっとした。お金が使えない一輝は、薬草依頼を達成するまでは夕食も食べに行くことができないのだと。


「私が貰っても大丈夫なの?」

「数に限りはあるけど、念のためにいっぱい持って来たからな。少し零しやすいのとパサパサしてるから、食べる時には気を付けて」


 そう告げて袋を破いて半分取り出されたスティック状の物がレイラの手に渡される。

 小麦粉を練り固めて焼いたような褐色の物体。一輝が「栄養調整食品」だと説明するが、レイラからすれば得体のしれない未知の食べ物だ。一輝にわからないように匂いを確認した後、一口にも満たない大きさになるよう齧りつく。


「……おいしい」


 一輝の言う通り、口の中の水分を持っていかれるが、甘さもあって食べやすい。異世界に来ることがわかっていて一輝が準備した食べ物なので、長期間の保存に優れた食べ物だと推測できる。保存食で味も良く、加熱無しで食べられるのはレイラにとって衝撃的だった。

 気付けば二口目をさらに大きく齧りついていた。零れ落ちる欠片を手を添えて受け止め、口の中へと放り込む。


「噛めば噛むほど甘味と香りが広がる。触感も悪くはない……。これを売ったら、それだけでお金がたくさん手に入るわよ?」

「あー。一応、俺たちの世界の物は、可能な限り広めないようにしようと思ってるんだ。だから、これは基本的には俺が食べるよ」

「そう……勿体ないわね」


 一輝がお金に出来ないことではなく、レイラがそれを食べられなくなるという事実に落胆する。商会ギルドに持ち込んで、誰かに開発させたい気持ちが芽生えてしまう。


「これだけだとお腹が膨れないから、他にもいくつかどうぞ」

「いいわね。今日の夕ご飯は、異世界の食べ物品評会といきましょうか」

「ふふふ、俺の国は食べることにうるさいからな。味の保証は折り紙付きだ――多分な」


 微妙な自信と共にテーブルの上に食べ物を並べる一輝。レイラはそれを見ながら一輝の横へと座る。

 王族ですら味わうことができない異世界の食べ物。それを前にして、レイラは気付いてしまう。


(もしかして、私。また一つ借りを作っているのでは……?)


 そうは言いながらも興味を惹く数々の食べ物に、レイラの思考は停止してしまった。

【読者の皆様へのお願い】

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