比翼の羽ばたき
スタンとの話を終え、一輝とレイラは魔法学園に繋がる王城の門を潜り抜ける。
雲一つない快晴。どこまでも広がる青い空を、今だけは暑いから引っ込んでてくれと一輝は目を細めた。叙勲をするには絶好のハレの日だったのだろうが、外を歩く者にとっては少しばかり勘弁願いたい日差しが降り注ぐ。
「何か、どっと疲れたな」
「それは私の台詞よ。あなたの家族が見つかったと思ったら、宮廷魔術師として王宮勤めだったなんて。こんなことなら、あの金貨の時点で気付くべきだったわね」
前国王の即位記念金貨。それを貰う時点で宮廷での役職がある何者か、という想像は簡単にできたはずだった。それを見落としていたことに気付いたレイラは、大きく肩を落としてジト目で一輝を睨む。
「仕方ないだろう。俺だって、知らなかったんだから。むしろ、わかってたなら苦労は――いや、しただろうな。いきなり面会しようとしても無理だろうし」
「それよりも、カズキ。あなたこれからどうするつもりなの?」
レイラの質問に一輝は何度も目を瞬きさせる。
特に何かする予定はないのだが、何か忘れていることでもあったかを一輝は考え始める。だが、どんなに脳内のフォルダを掻き分けても、それらしい情報は出てこない。もしや、レイラと何か約束を交わしていたかと焦り始めると、彼女は呆れた表情で両手を腰に当てる。
「あのね、一輝がこの世界に来た目的は何?」
「何って、ひい爺ちゃんの伝言を伝えにスタンさんと会うことだけど……」
「そうね。でも、それは今さっき終わってしまったわ。これから、何を目的に生きていくつもりなのかしら?」
レイラの問いかけは、一輝の思考回路を完全にショートさせる。
とりあえず、様々な魔法を使ってみたい。自分の世界にはない食べ物を食べてみたい。魔法関連の道具をニコイチでランクアップさせてみたい。
やってみたいことは色々あるのだが、最大の目的を達成してしまったがために、次の目的と言われると途端に思いつかない。あくまで出てくるのは、今日は何をして過ごしたいのか程度のものしかなかった。
「カズキって、時々、すごいのか、そうでないのかがわからなくなるわね」
「わ、悪かったな。ちょっと変わった、ただの凡人だよ」
「あなたのような凡人がそこら辺にいたら困るでしょ」
レイラは苦笑いしながら一輝の前へと出ると、腕を組んで正面から翡翠色の瞳で見つめて来た。少し顔が赤く見えるのは日差しのせいだろうか。
「ダンジョンで、私が言ったこと覚えてる? どちらに貸しがあるかって話」
「何だ、まだその話にこだわってたのか? 最初に会った時にはお互い命を助け合ったんだから、差し引きゼロだ。むしろ、王都に入る時に金を払ってくれたり、男の俺を部屋に泊めてくれたりした時点で、俺の方が受けた恩が多いと思うぞ」
「えぇ。でも、私の魔法剣を直すばかりか、ランクアップまでさせたのは、お金で解決できることではないと思うのだけど?」
レイラの腰にある一本の剣。それはスカベンジャーを倒す時にニコイチで作ったものだった。
修復するために二本の魔法剣の無事な部分を合わせ、ついでとばかりに優れた部分を置換したのだが、それでもランクアップの条件を満たしてしまったらしい。
「(いや、違う。多分、こっちの世界に来て、俺のニコイチ魔法の練度が上がった結果だろうな。俺の世界にはない物も――特に魔力が宿っている物が多かったし)」
理論ではなく、感覚でそれを一輝は理解していた。恐らく、今ならば失敗したポーションのランクアップも可能な気がする。
「わかったよ。じゃあ、俺の貸し一つってことで納得してくれるか?」
「あら、意外と素直に受け入れてくれるじゃない。どういう風の吹き回し?」
「別に。俺としては何かを要求するつもりはさらさらないからさ。それなら、頷いておいた方が丸く収まる」
特段、困っていることは無いのだから要求も無い。あるとするならば、先程の「何を目的に生きるのか」ということだろう。
その内、この国で生きていく中で何か目的が見つかるかもしれない。そんな軽い気持ちでいると、レイラの向こう側に見慣れた三人の姿があった。
「おーい、カズキン。お偉いさんとの話は終わったー?」
「あぁ、無事にな。おかげさまで、有意義な時間が過ごせたよ」
大きく手を振るエミリーに一輝は手を振り返す。するとエミリーは一層大きく手を振り、横にいるリアムに当たりそうになっていた。明らかに不機嫌な顔になるリアムだが、エミリーはそれに気付いていない。
このままだと、ずっとエミリーは手を振り続けかねない。苦笑しながら一輝は手を下ろして歩き出そうとすると、目の前にいたレイラと視線が合った。
「――そうだ。良いこと思いついたわ」
唐突にレイラが、一輝の下ろしかけた手を掴む。
「な、なんだよ。急に」
「まだ、カズキはこっちの世界に来たばかり。それなら、私がこの世界の面白いものを教えてあげるわ。まぁ、それで釣り合うとは思っていないけど、あなたの生きる目的探しには役立ちそうだしね」
想定していなかった答えに一輝は目を丸くする。それを見たレイラは、満面の笑みを浮かべた。
一輝の手首を握る手に力が籠る。
「それじゃあ、さっそく行きましょう。まずは学園の案内からどう? まだ全然見て回れていないでしょう?」
「なるほどね。確かにそれは魅力的だ」
「ちょうど、エミリーやオリビア、ついでにリアムもいることだし、みんなで案内してあげるわ!」
そう告げると、レイラはエミリーたちのいる所に向かって駆け出す。手首を掴まれている一輝は前のめりになりながらも、何とか転ばずにレイラについていく。
レイラの手の温もりに気恥ずかしさを感じながらも、どこかこれからの生活に胸を高鳴らせる自分がいることに一輝は気付いた。体勢を立て直した一輝が見上げた空には、大きな虹がかかっている。
――まるで、これから異世界で歩み始める一輝を祝福するかのように。
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