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比翼連理

 砕けた岩の槍の欠片が、背中に幾つも乗っていた。

 余程の威力を持った何かが叩きつけられたのだろう。一つ一つの欠片は拳にも満たないほどの大きさになっていて、魔力が抜けたせいかボロボロと崩れ落ち始めていた。


「な、何なんだ。いったい――」


 一輝は顔を上げて、目の前に広がる惨状に絶句した。

 ダンジョンの通路の左右に走る一本の線。そして、ダンジョンの出口へと向かうための通路の終点にして、通過点である部屋へと至る出入口は崩れた瓦礫で半分以上が塞がれてしまっている。


「おや、先程、人形が同じ技を見せたはずだよ。もうお忘れかな?」


 ねっとりとした耳にこびり付くような声に、一輝はぞっとした。慌てて、振り返ると岩の槍のあった場所の手前に、スカベンジャーが立っていた。


「やはり魔法剣は良い。離れた所でもこの切れ味。風の魔法を好む吾輩とは相性ぴったりだ」


 スカベンジャーの指は魔法剣ではなく、岩の槍だったものをなぞっていた。

 横一閃で真っ二つに斬られた岩の槍の断面が、よほど綺麗だったのだろう。何度も指を往復させて、愉悦に満ちた表情を浮かべている。


「あなた、あの爆発の中を無傷で……!?」


 レイアも意識を保っていたようで、素早く膝立ちになる。そこで一輝も這いつくばった状態から上半身を起こした。


「かなり驚かされたのは事実さ。でも、少しばかり浅慮だったのは否めないね。あの人形と違って、吾輩には他の魔道具もあるのだから」


 そう告げたスカベンジャーは、マントをずらして己の首元を露出させる。そこにはスパルトイにはなかったネックレスがかかっていた。


「火除けのアミュレットさ。ここで君たちがゴブリンに追われていた時に、火球を使っていたのは見ていたから、用意しておいて正解だった」

「――まさか、私がゴブリンたちに追われたのは!?」

「そうさ。君の想像通り、吾輩が用意した魔物寄せの香の能力だとも。アレで君が倒れていれば、友人を巻き込まなくて済んだのだがね」


 愉快そうに笑うスカベンジャーに対し、レイラの顔は怒りに染まっていた。

 一輝もまた木刀を握りしめ、目の前のスカベンジャーにどう叩き込んでやればいいかを考え始める。だが、次のスカベンジャーの言葉に一輝もレイラも思考が停止してしまった。


「いや、実に残念だよ。せっかくの魔法剣もそれでは使い物にならないからね」

「……そんな!?」


 レイラの視線の先にあったのは、魔法剣の切先にまで広がった罅。これで何かを斬ろうなどとは思えないほどの損傷具合に、レイラの顔が真っ青になる。

 そんな中、岩の槍に籠っていた魔力が霧散してしまったらしい。一輝たちとスカベンジャーを遮っていた一メートルにも満たない壁が崩れていく。


「これではタダ働きに、無駄死に。双方、得られる物は何もなかった――いや、その木剣はダンジョン産ではないが、やはり試し切りに貰っておこうか」

「くっ、誰がお前なんかに」

「拒否するのは構わないよ。死体にしてから奪うか、奪ってから死体にするかの違いだからね」


 一輝たちのことを虫を見るような目で見下ろすスカベンジャー。事実、彼の目には魔道具以外は、みな等しく無価値に映っているのだろう。

 スカベンジャーの右手の剣はレイラに、左手の剣は一輝へと向けられる。当然、一輝たちの反撃を警戒してか。武器が届く距離の一歩手前で立ち止まっていた。


「さて、どちらから殺して欲しい?」

「……本当に、良い性格してるな。あんた」

「誉め言葉として受け取っておこう。さぁ、選ぶと良い。木剣の担い手の君に選ばせてやろう。君から先にあの世に旅立つか、それとも彼女から先に旅立つか――」


 スカベンジャーが最後まで言い終えたかに思えた瞬間、スカベンジャーの腹に岩の槍が勢いよく突き刺さった。


「――代わりに僕が答えてやる。この二人を倒すのは僕だから、部外者はすっこんでろ!」


 空中に持ち上げられたスカベンジャーだが、リアムの攻撃はそれで止まらなかった。天井からも岩の槍が発動し、今度はスカベンジャーを地面へと叩き落す。


「がはっ!?」

「流石に全ての物理攻撃と魔法攻撃を防げるわけじゃないみたいだ。恐らく、防具の隙間には物理攻撃は通るし、ああやって叩きつけられるような衝撃までは吸収しきれないと見た。それに君たちの武器は破格の性能だ。防具を壊した上でアレに止めを差せる可能性がある」


 リアムの言葉に一輝は腹をくくる。ここでスカベンジャーを倒すしかない、と。

 だが、近接戦闘を挑むには一人では心許ない。スカベンジャーの魔法剣は一輝の木刀にやや劣るが二本ある。魔法剣一本を犠牲に止められたら、反撃を喰らう可能性が高い。せめて、同ランクの魔法剣を持つレイラが一緒に戦えればと一輝は横目で様子を窺う。

 立ち上がりこそしていたが、レイラのもつ魔法剣は戦える状態にない。一合でも打ち合えば砕け散る未来が見える。


「(そうだ。さっきのスパルトイが使っていた魔法剣! あれが手に入れば――でも、さっきの爆発で無事か!?)」


 リアムの展開した岩の槍が崩れ落ちていく向こう側。瓦礫の雨の隙間から一輝はスパルトイがいた場所に目を向ける。


「あいつっ!?」


 一輝は自分の視界に入った光景に、目を疑いそうになった。

 死の間際、魔法剣に手が届かずに縛り上げられたスパルトイの亡骸。それがどういうわけか魔法剣に覆い被さるようにして倒れていた。まるで、二人の爆発の魔法から魔法剣を庇うかのように。


「リアム! あの倒れた人型魔道具の下にレイラの持つ魔法剣と同じやつがある。岩の槍でここまで弾き飛ばせるか!?」

「できるかどうかじゃなくて、やるしかないんだろ? やってみせるさ! 僕に任せろ!」


 即座にリアムが岩の槍を発動させる。

 スパルトイの体が空中に投げ出され、回転する。その腕から魔法剣が勢いよく零れ落ちた。


「くっ、吾輩の魔法剣を奪うとは――万死に値する!」


 慌てた表情でスカベンジャーが加速を開始する。そこにエミリーの火球魔法と石礫魔法が交互に殺到した。


「ぐっ!?」

「確かに魔道具相手には効かないだろうけどね。時間を稼ぐだけなら、これで十分なんだよ!」


 石礫魔法が地面を抉り、火球魔法が爆発で視界を塞ぐと共に、破片を弾き飛ばす。多少の切り傷を作ることには成功するだろうが、本命はあくまで時間稼ぎ。

 ただでさえ洞窟の地面は土の中から岩が飛び出ていて不安定なのに、エミリーの魔法によって抉れ、全力で走ろうものなら足首を挫きかねない。明らかにスカベンジャーの動きがもたつく。その横数メートルの所を魔法剣が勢いよく通り抜けて行った。


「くっ、こうも無詠唱で中級魔法を連発すると魔力がっ――」


 リアムが苦し気に呻きながらも杖を振るう。その動きに合わせて、岩の槍が飛び出し、さらに魔法剣を弾いた。

 それと同時に魔力を使い果たしたのか。リアムが倒れ込む。


「させるかっ!」

「まずい! あの遠距離攻撃が来るっ!」


 風の刃を魔法剣の能力で増幅させた一撃。その狙いは一輝たちではなく、魔法剣に向けられていた。

 魔法剣を叩き折るか、はたまた必要以上に弾き飛ばして時間を稼ぐか。いずれにしても、その攻撃を通せば、一輝たちの元に魔法剣は届かない。だが、魔法対策で全身を固めているスカベンジャーの行動を止める術は、リアムの倒れた今となっては皆無だった。

 結果、無情にもスカベンジャーの魔法剣の一振りは放たれてしまう。


「はっ! 所詮は学生の浅知恵。吾輩の偉大なる魔道具の前には無力!」


 薄緑に発光する風の刃が、回転する魔法剣へと迫る。それを見て、勝利の雄叫びのように叫ぶスカベンジャー。彼の琥珀色の目に、白銀の刃が緑の刃に弾く光景が映り――


「させないっ!」

「なぁっ!?」


 ――天井から突き出た岩の槍が、さらに魔法剣を弾き出す光景に塗りつぶされた。


「オリ、ビア……!? まさか、岩の槍を無詠唱で?」

「ま、魔力制御で一番簡単なのは土属性。水属性で出来ていた私ならって、思ってやってみたら――出来ちゃった」


 リアムが呆然と見つめる中、オリビアも放心状態で自分の杖を持ったまま固まっている。

 弾き飛ばされた魔法剣は床に勢いよくぶつかり、滑った後、一輝の足元で停止した。それを一輝は拾い上げる。


「ふ、ふふふ、あはははっ! 素晴らしい。学生にしては良い力の持ち主だ。そこらの冒険者なんかよりも、優れた技術と胆力があるね。しかし、だ――」


 スカベンジャーは言葉を区切った後、口の端を限界まで持ち上げて首をわずかに傾けた。


「若さ故というやつかな? 力加減というものを理解していなかったようだね? 先程の爆発に、岩の槍の衝撃。流石の魔法剣も耐え切れなかったらしい」


 レイラの持つ魔法剣ほどではないが、一カ所が大きく欠けていた。


「吾輩も魔道具のコレクターである前に、一介の魔法使いだ。推測するに、君の二つの物を一つにする魔法とやらは、損壊がある場合、同一の物と認識できず不発になるのではないのかな?」

「…………」


 一輝はスカベンジャーの言葉に何も答えない。両手を広げて、エミリーの魔法などお構いなしに、ゆっくりとスカベンジャーは歩いて来る。


「吾輩の魔法剣が失われたのは非常に残念だが、それは君たちの命で償って――」

「あんた、ニコイチって意味わかるか?」


 愉快そうに笑みを浮かべていたスカベンジャーの表情が胡乱気なものに変わる。目を細め、一輝を凝視した。


「絶望で頭がおかしくなったのかね? それは先程、君が説明したではないか。二つの物を一つにする、と」

「あぁ、確かにそう言ったさ。でもな、ニコイチという言葉の本来の意味は、『壊れた二つの物の部品を組み合わせて、一つの物として再生させること』を言うんだよ」


 一輝はそう告げると、右手にスパルトイの魔法剣を持ち替え、左手をレイラの魔法剣に添えた。


「『――ニコイチ!』」


 破損部位を照合し、それぞれの正常な部分のみを組み合わせる。さらにより魔力が通っている部分を不足している部分に取り換え、より強く、より優れた物へと置き換える。

 右腕から右肩へ、右肩から左肩へ、左肩から左腕へ。良質な物を送り込み、逆のルートで劣化した部分を放棄する。

 右手の魔法剣は輝きを失い、罅割れ、欠けて行く。それと同時に、レイラの持っていた魔法剣は自ら白銀の光を放ち、かつての美しい姿を取り戻していた。


「レイラ。行けるか?」

「……えぇ、今まで情けない格好を見せて悪かったわ。でも、それもここまでよ」


 赤いポニーテールを揺らして立ち上がったレイラは、体の輪郭が歪むほど魔力を滾らせていた。

 それを見て、一輝も身体強化に残った魔力を注ぎ込む。


「なぁ、レイラ。比翼の呪縛ってあったけど、その言葉には続きがあるって知ってるか?」

「知らないわ。何ていうの?」

「比翼連理って言うんだ。連理は別々の木が互いに絡み合って一本の木になること。俺の木刀みたいにね。比翼は前も言った通り、片翼片目の鳥が二匹で互いを助けて飛ぶこと」

「へー、それで?」


 不敵な笑みを浮かべるレイラに、一輝もまた同じような笑みで返す。


「色々あったけど、今ほど協力するべき状況はない。まさにこんな時の為にある言葉だったとは思わないか?」

「その通りね。私とあなたの翼という名の剣で、あのいけ好かない男を倒してあげましょう!」


 そう告げると、二人は示し合わせたかのように右肩と左肩の上に剣を構える。

 スカベンジャーがそれを見て、腹立たし気に歯を食いしばった。二つの魔法剣を握る手に力が入り、地面を砕きかねない勢いで足を踏み出す。


「良いだろう。まずは君たちから始末してやろう」


 互いの距離は十メートル弱。身体強化を施した者同士の加速ならば一秒と掛からずに互いの剣が打ち合う距離だった。

 静かに待つ一輝とレイラ。対して、止まる理由などないとばかりに足を踏み出すスカベンジャー。

 そんな最中、レイラが笑みを浮かべた。


「ところで、互いに助けて飛ぶのは良いけど、別に二人一組じゃなければいけない理由はないわよね?」

「何だと?」


 スカベンジャーの目がわずかに泳ぐ。一輝とレイラ以外のリアム、エミリー、オリビアへと向けられた。

 三人とも無詠唱で魔法を放つことができる。それはスカベンジャーにとって、直接の脅威にはならなくとも、一輝とレイラを前に隙を見せるきっかけになり得る存在であることを意味していた。

 故に、一輝とレイラがその一瞬の隙をついて、足を踏み出したことに反応が遅れる。


「――っ! 不意打ちとは卑怯な!?」


 スカベンジャーの両方の肩口に喰い込まんと迫る木刀と魔法剣。まともに喰らえば、鎧を引き裂いて体にまで刃が届くのはスパルトイで証明済みだった。

 思わず後ろに下がろうとするスカベンジャーだが、唐突にその背が固いものに触れる。


「逃がす、かっ!」

「この、クソガキ共がー!」


 最後の最後までリアムが絞りつくした魔力による岩の槍。それを攻撃ではなく、退路を塞ぐために出現させた。結果、スカベンジャーに残された選択肢は二つ。

 前に進み出て攻撃を躱すか、その場で攻撃を受け止めるか。


「吾輩の魔道具が、負けるはずないっ!」


 スカベンジャーは迷うことなく魔法剣で迫り来る攻撃を迎撃することを選んだ。

 甲高い音が洞窟内に響き渡る。


「ぐっ……」


 二刀流のデメリットは、片手それぞれで一本の剣を操る腕力が必要になること。そして、敵の攻撃をその一本で受けようとすると、同じく片手のみで押し返さなければいけないことだ。しかし、それでもスカベンジャーの右手はレイラと、左手は一輝と拮抗していた。

 互いの武器が交差し、小さな金属音を立てたまま振動する。一輝たちもスカベンジャーも最後の一押しが不足していた。


「あんた。ここで引く気はないんだな?」

「どこに吾輩が引く要素がある? 確かにこの状態ならば無詠唱魔法に力を割いた瞬間、押し切られるだろう。だが、それは君たちも同じだ。それにここまで接近していたら、後ろからの援護も期待できない。先程の魔法を放って魔力の少ない君たちと、魔道具のおかげでまだ魔力が残っている吾輩。有利なのは依然として変わらんよ!」


 表情は強張っているもののスカベンジャーは勝利したも同然とばかりに言い放つ。それを前にして、一輝は笑みを浮かべた。


「なるほど、持久戦に持ち込めば俺たちに勝てると思ってるのか。だったら、この勝負。俺たちの勝ちだ!」

「何だとっ!?」


 スカベンジャーの目が驚愕に見開かれる。何故ならば、この拮抗状態において、一輝が木刀から手を離したからだ。

 当然、スカベンジャーの左手の魔法剣は押し合っていた相手が消えて、空を切る。しかし、スカベンジャーも愚かではない。すぐに左手をひいて、何も持たない一輝へと魔法剣を振るう。


「まずは一人目!」


 迫りくる魔法剣の刃を前に、一輝は()()()()()()()()()()


「『ニコイチ!』」


 一輝へと迫っていた魔法剣がスカベンジャーの手から消える。あろうことか、一輝はスカベンジャーの右手の魔法剣にも触れて、ニコイチ魔法で一本の剣にランクアップさせた。

 その事実を認識したのか。スカベンジャーの顔が喜色に染まる。


「何という僥倖! やはり、素晴らしい魔道具は、吾輩の手に収まるべきだったか! 大儀だったぞ、少年。礼に苦痛なく、あの世へ――」

「『ニコイチ、解除!』」

「――――――は?」


 スカベンジャーの表情は一転。何が起こったかわからない、という表情になった。それもそのはず、いつの間にか一輝の手に、自分の持っていた魔法剣と同じ物が現れたのだから。


「対二刀流専用・無刀取り、ってね――そんでもって、さらに『ニコイチ!』」

「なっ――があああああああっ!?」


 次の瞬間、今度は右手の魔法剣が消失。拮抗していたレイラの魔法剣がスカベンジャーの二の腕を深々と切り裂いた。

【読者の皆様へのお願い】

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