黒幕
「学生如きにここまで破壊されるとはね。失望したよ、スパルトイ」
曲がり角から姿を現したのは、スパルトイと同じ防具を身に纏った男だった。ただし、首から上には包帯が無く、オールバックの金髪に琥珀色の目をしたスパルトイと同じ顔の特徴をしている。
一輝は即座に、その男がスパルトイの言った主であると理解した。
男の両手には細い剣が握られており、明らかに一輝たちを敵とみなしているのが感じられる。
「お前が、こいつの主か?」
「あぁ、そして、君たちの――いや、レイラ・フローレンスに指定依頼を出した雇い主でもある。そして、巷で騒がれているスカベンジャーとは私のことだ」
真のスカベンジャーは、そう告げると片方の剣を目の前の草を刈るように振り払った。直後、スパルトイの頭部が真横に両断される。
「あんた。自分の為に動いていた魔道具を――!」
「たかが魔道具だよ? しかも、主の言いつけすら守れず、傷のついた動かぬ人形に何の価値があると言うのかな? もはや、吾輩のコレクションに加わる価値もない骨董品以下。おまけに吾輩の顔を複製してしまっているせいで、何かの証拠になりかねない足手纏いを処分して何が悪い」
「狂っているだけじゃなく、外道か。最低だな」
「何とでも言うがいい。どうせ、君たちはここで倒れる。――いや、先程のニコイチという魔法は有用だ。君さえよければ、吾輩と手を組まないか?」
親指で剣を保持したまま、左手の掌を上に向けて一輝を誘うスカベンジャー。対して、一輝は目の前の男を観察する。
(こいつの防具もさっきの奴と同じタイプか。多分、俺の木刀ならば切り裂くことはできる。でも、それができたのは不意打ちが効果的だったのと、ニコイチを使った剣を擦り抜ける技が知られていなかったからだ)
一輝はスカベンジャーの両手の剣に視線を移していた。ニコイチ魔法を使い続けて来た勘が、その剣もまた魔法剣であり、レイラが持っている物と同ランクだと囁く。八割くらいの力で叩きつければ欠けさせることは可能だろう。しかし、スカベンジャーが一輝よりも剣の扱いに長けていた場合、大きな隙になる可能性も否めない。
気付けば一輝の掌は汗にまみれ、柄の部分が濡れていた。
勝機がないわけではない。しかし、相手の情報が全く不明な中で挑もうとするには、あまりにも対人の実戦経験が不足している。
「カズキ……」
不安そうな表情でレイラが呟く。
もしも一輝が命欲しさにスカベンジャーと手を組めば、レイラたちの死は決定したも同然。だが、一輝にそのような気は一片たりとも存在していなかった。
「当然、断る」
最初から最後まで、己の中で考え抜いていたのは目の前の敵を打ち破る手段のみ。
力強い視線を受けたスカベンジャーは、ただ一言。
「そうか。では、死――」
魔法剣を横に一閃――しようとして、バランスを崩す。地中から急に円錐状の岩の塊が飛び出し、スカベンジャーの腹目掛けて突き出されたからだ。
「岩の槍!? エミリー、いつのまに中級魔法を無詠唱で!?」
「ち、違うよ。あたし、そんなことはまだ出来ないって!」
音が出そうな勢いでエミリーは首を横に振る。そもそも彼女は、ロープでスパルトイを縛った後だったので杖すら持っていない。魔法発動体無しでの無詠唱魔法など、出来るはずがなかった。
「――まったく、次から次へと問題を起こすのが得意だな。僕がいなかったらどうするつもりだったんだい?」
「り、リアムっち!?」
入り口側の通路から向かって来たのはリアム。そして、その背後に隠れるようにしてついてきているオリビアだった。
一輝たちはスカベンジャーから距離を取るようにリアムへと駆け寄ると、彼は髪をかき上げながら眉根を寄せる。
「彼女に言われて来てみれば、ボロボロのまま逃げて来る学園の後輩に出会うわ、不審な男に襲われているわで混乱の極みだよ。あぁ、安心してくれ。逃げて来た彼は、先に入口に向かったよ」
「お前。やっぱり良い奴じゃん」
「うるさい。オリビアに言われて仕方なくだ。誰が好きでこんな所まで来るものか!」
一輝が満面の笑みで近寄ると、リアムは本気で嫌そうに表情を歪めて距離を取った。
「感謝するわ。あなたが来ていなかったら、どうなっていたかと」
「礼を言うのはまだ早いぞ。あの不審者。まだこちらとやり合うようだからな。何かわかっていることは?」
見ればリアムの杖は岩の槍を放った方向に突き出しながらも、わずかに震えていた。
それは岩の槍の向こう側でスカベンジャーが耐えているからだろうか。リアムの表情が険しいのは、何も一輝が近付いたからだけではなかったらしい。
「全身ダンジョン産の防具に武器よ。普通の武器や魔法じゃ相手にならないかも」
「多分、武器はレイラの魔法剣と同ランク。その二刀流だ」
一輝とレイラの情報提供を受け、リアムがさらに顔をしかめる。出来ることならば、その情報は聞きたくなかったと言いたげだ。
「面倒な奴だな。だが、それなら、この抵抗も頷ける。この感触からするに、二本の剣で押し返してきているっぽいからね。何者だい?」
「最近、冒険者を殺して装備を奪いまくってるスカベンジャーよ。私の魔法剣が狙いだったらしいわ」
「はっ、君みたいな奴を狙ったのは運が無かった――と言ってやりたいところだけど、実力はあるみたいだ。正直、岩の槍がもちそうにない」
リアムは開いた方の手で自らの手首を固定しながら笑みを浮かべる。その額には汗が噴き出ており、かなりの魔力を追加で岩の槍へと送り込んでいることが窺えた。
このままでは、スカベンジャーが追いかけて来る。すぐに一輝は倒すための手段を考える。
「こうなったら、みんなで魔法を撃って撃って撃ちまくれば、倒せるんじゃないかな? いくらダンジョンから産出された防具とはいえ、攻撃全部を無効化できるわけじゃなさそうだし」
「へぇ、たまにはいいこと言うじゃないか。下手に考えるよりもこの人数さだ。魔法でごり押した方が案外行ける可能性がありそうだ」
真っ先に案を提示したのはエミリーだった。
それを聞いた一輝はすぐにここにいるメンバーが、無詠唱魔法と魔法の威力を増幅させられる使い手が二人ずついることに気付く。これならば、足止めと決定打の役割をちょうどよく分配できる。
「リアムとエミリーで弾幕を張り続ける。レイラがスカベンジャーに収束の魔法を掛ければはずすこともないよな。そうしたら、その間に俺たち二人が一気に魔法を全力で叩きこむ。オリビアさんは、俺たちが攻撃を放った後の衝撃を防ぐために岩の槍で壁を作って欲しい。これでどうだ?」
「頭の回転が早いな。今は時間も魔力も惜しい。それで行こう」
「えぇ、私がみんなの盾を!?」
不安そうにするオリビアだったが、一輝たちが何も言わずにスカベンジャーの方へと向き直ったのを見て、慌てて杖を握りしめた。
「三秒後に魔法を解除する。そしたら、わかってるな?」
「まっかせてー、魔力全部を出し尽くすつもりでやるよ!」
リアムの問いかけに、エミリーはポーションを飲み干して答える。
一拍置いて、リアムが魔法を解除すると同時に岩の槍にバツ印の切れ込みが入った。
「いっけえ!」
リアムの火球が機関銃のように連射される。剣を振り切った状態のスカベンジャーは、避けることなく真正面からそれを喰らった。
爆発が起き、姿が見えなくなろうともエミリーは火球を放ち続ける。そこにリアムは石礫魔法を突きのモーションと共に連続で放った。
「今の内にさっさと準備するんだ!」
リアムの声に急かされながらも一輝とレイラは詠唱を始める。
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一八条の閃光なり』」
一輝の周囲に八つの火球が浮かぶ。その内の二つに手をかざしてランクアップした火球を一つ作り、空中に滞空させる。それを三度繰り返した後に、今度はランクアップさせた者同士にニコイチを発動。二度ランクアップさせた物を二つに。そして、その二つにもニコイチを発動させて、三度ランクアップさせた火球を生み出した。
その結果は一目瞭然で炎の色に現れていた。火球の色は白味がかった黄色になっており、色温度換算で最低でも約三千五百度を超えていた。
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』」
一方、レイラの方も一輝に負けていなかった。限界まで魔力を注ぎ込み、魔法剣の能力でその力を増幅させる。元の威力が底上げされた分、魔法剣の能力も大きく作用するのだろう。切先の前に展開された火球は、奇しくも一輝の用意した火球と同じような色になっていた。
「オリビア、行ける!?」
「た、多分、大丈夫です! 岩の槍の展開準備、終わりました!」
目尻に涙を浮かべながらも、しっかりと詠唱できていたオリビア。両手で握りしめた杖を目の前に突き出したまま固まっていたが、自分の出番が回って来たということで、頬が痙攣を起こしている。そんな彼女の手にリアムは片手を添えていた。
「レイラ、一気に決めるぞ!」
「任せて! 私の魔法の全力。ここで見せてあげる!」
一輝とレイラが頷く中、爆炎を剣で切り裂きスカベンジャーが姿を現した。
無数の魔法攻撃を剣だけでは裁ききれず、腕や足に着弾しているが、怯む様子は全く見られない。むしろ、煙の中から出て来てからは、剣を顔の前でクロスしたまま歩いて近付いていた。
「「喰らえっ!」」
一輝とレイラの叫び声が重なり、二つの火球が流れ星となって洞窟内を駆け抜けた。スカベンジャーに着弾するまでの時間は一秒もかからず、即座に爆風と爆炎が吹き荒ぶ。
オリビアの岩の槍が二人の前に出現したのも束の間、リアムがさらに追加で岩の槍を幾つも作りだして壁を増設する。
「くっ! できるだけ集まれ!」
壁の向こう側を通り過ぎていく紅蓮の炎。すぐにそれは白い土煙に変わり、熱気が体を包み込んだ。
一輝は片方の手でレイラを抱き寄せ、もう片方の手の袖で自身の口を塞ぐ。そんな中、オリビアが水の膜を生み出し、一輝たちがいる空間を包み込んだ。
「み、水の魔力制御は得意なので……」
魔法で生み出した水に魔力を通し、呪文を使わずともそれを動かす技術。生活魔法で体を清める際に頭頂部から足まで移動させることに慣れている人は多くとも、実戦で咄嗟に展開できる者は多くない。それはオリビアが普段から水の魔法を鍛錬して来た証でもあった。
「ふぅ、助かったよ。オリビア。流石にこれだけの威力。多少のダメージがあると期待したいな。でも、念には念を、だ。警戒するに越したことはない」
「そうだな。とりあえず、もう一つくらい魔力回復用にポーションを飲んでおこう」
一輝は魔術師ギルドで貰ったポーションを二つ取り出し、肩で息をするレイラへと一つ渡す。
オリビア以外がポーションを飲み干す中、水の膜の向こう側で白煙が収まり始める。真っ先にレイラは膝立ちになると声を潜めて全員に声を掛けた。
「スカベンジャーにそこまで効いていない可能性があるわ。ここからでは状況が見えないから、岩の槍から距離を取りましょう」
「あ、あれだけの爆発を喰らって平気なはずがないよ。そんなに警戒しなくても……」
「ダンジョン産の武器が規格外なのは、私の魔法剣で知ってるはずよ。警戒しておいて、何もなかったなら大丈夫だけど、何かあった後では遅いの!」
レイラの言葉を受け、エミリーは面倒くさそうに立ち上がる。それに一輝やリアムも続くと、オリビアが水の膜を解除した。
熱気が再び押し寄せるが、幸いにも呼吸に問題はなく、焦げ付いた臭いがする程度。一輝は木刀を片手で持ちながら、岩の槍の向こう側を覗き込む。しかし、その先はまだ土煙が立ち込めており、どういう状態になっているかを把握できない。
「何も見えないな。とりあえず、あっちを見たまま、少しずつ下がるか」
「そうね。土煙が晴れて、スカベンジャーが倒れているのが見えたら、リアムが土魔法で拘束してギルドに引き渡せばいいわ。そうでないなら――」
唐突にレイラが口を閉じた。彼女の赤い髪が風に煽られてたなびく。直後、目の色を変えてレイラは叫んだ。
「みんな! 伏せて!」
すごい剣幕で叫んだレイラに気圧され、低い姿勢だった一輝たちは、彼女の言葉に従って地面に伏せる。一拍、オリビアが遅れそうになったが、すぐにリアムが彼女の腕をとって、引寄せた。
その一秒後、一輝たちの真上を暴風が音を置き去りにして駆け抜けた。
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