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我流魔剣術

 片や真剣、片や木刀。

 言葉だけ捉えてみれば、優劣など比べる間でもない。だが、二つの武器の間に響いた音は、甲高く、金属質であった。


「何と、吾輩の魔法剣を受け止めて無傷とは!?」


 限界までスカベンジャーの目が見開かれ、琥珀色の瞳が輝く。子供のような無邪気さを感じさせるのに、その奥にはそれ以上の残酷さと狂気が見え隠れしている。


「悪いな。レイラの魔法剣を欠けさせたのは、俺の木刀なんだよ!」


 力任せに一輝が木刀を振ると、スカベンジャーはその反動を利用して飛び退いた。そして、すぐに構えるでもなく、自身の魔法剣に傷がないかを確認し始める。

 幸か不幸か。傷は見つからなかったようで、スカベンジャーは包帯越しに笑みを浮かべた。肌に張り付いた包帯が横に大きく引き伸ばされ、気色悪い口の形を浮かび上がらせる。


「なるほど、金属の――しかも、この魔法剣を受け止めることができる木剣とは、非常に珍しい。ダンジョン産ではないが、驚愕に値する」

「そいつは、どうも。ダンジョン武器のコレクター様にお褒めいただき恐悦至極だよ」


 一輝は一瞬だけ後方の様子を見た後、すぐに視線を戻した。

 どうやら、エミリーは男子生徒を一人逃がして残ったようだ。レイラは比翼の呪縛で一輝と行動を共にするしかない。つまり、一輝たち三人とスカベンジャーによる命を懸けた戦いが始まることを意味していた。

 せめて、男子生徒が逃げる時間を稼ぐためにも一輝は言葉を続ける。


「だけど、あんたからすれば価値がない。何せ、俺みたいな若造に造れてしまう程度の物だ。今まで通り、神様から与えられたダンジョン産の武器を追っかける方が性に合っているんじゃないのか?」

「断然、その通り。人の手によって作られた物など神の前には塵芥も同然だよ。だからこそ、その武器を破壊しがいがあるというもの。さぁ、少年。存分に斬りかかってくると良い。神の力で、捻じ伏せてくれよう」

「ダメね。どうあっても見逃してくれる気はないみたい。何とかして、こいつを倒さないと」

 

 レイラの諦めと覚悟を決めた声に、一輝は木刀を握り直す。

 魔法の詠唱では終える前に攻撃を受ける。相手の剣を防ぎながら詠唱するのも難しく、仮にできたとしても初級魔法程度では効果が無いのは証明済み。それならば、狙うべきは防具の隙間や装備のない頭部のみ。


(連続強盗殺人犯とはいえ、俺に人を殺せるか?)


 初めて会ったゴブリンやオークは人型だったが、見るからに魔物で人に害を為すつもりがあったので忌避感なく殺すことができた。だが、目の前の生きた人間を相手に殺し合い出来るのか。対峙しながらも、己の中の冷静な部分が一輝に問いかけていた。


(いや、やらなければやられるんだ。こんなところで自分のいた世界の倫理観なんて、考えている場合じゃない!)


 木刀を右肩の上まで振り上げ、いつでも斬りつけられるようにして構える。対して、スカベンジャーは余裕綽々といった様子で自身の勝ちを疑っていないようであった。

 魔法剣の切っ先は横に並んだ一輝とレイラのちょうど間の地面へと向けられ、いつでもかかって来いと言わんばかりだ。


「レイラ、エミリー。何でもいい。あいつの注意を惹き付けてくれ。そうしたら、俺が確実に仕留めて見せる」

「何か策があるの?」

「あぁ、相手が防御に回ったら、確実に勝てる奥の手がな」


 一輝は挑発するようにスカベンジャーへと視線を投げかける。

 するとスカベンジャーは不愉快そうに目を細めた。魔法剣を両手に握り替え、一輝へと正対する。


「吾輩は冗談を言うのも苦手だが、聞くのも苦手でな。聞くに堪えん冗談は、首を斬り落として話せないようにすることにしている」

「十分に冗談が上手い方だと思うぞ。何せ一人で国を建てるって言ってんだからさ。国って言うのは人が集まってできるもので、一人でつくる物じゃねえんだよ」

「言わせておけば――っ!?」


 スカベンジャーが一歩踏み出そうとした瞬間、後方からレイラのさらに横側に飛び出たエミリーが大きく杖を振った。

 無詠唱で放たれたのは、土属性初級汎用魔法。ダイヤのマークを立体にしたような石礫がスカベンジャーの頭部に向かって射出される。たかが石礫だと侮ると痛い目を見ることになる。何せ、ただの石ころでさえ当たり所が悪ければ頭蓋骨が割れる。それを突き刺さるような形状で、魔力を籠めて威力を増し、時速百キロ以上で放つ。そんなものを無防備に喰らえば、頭の一部がザクロのように弾け飛ぶだろう。

 スカベンジャーは剣を振り上げて、石礫を防ぐ盾にする。そこに合わせるように、武器屋で購入したレイラの剣が投げつけられた。いくら早いとはいえ質量の軽い石礫。それに対して、剣は金属で重く、大きさも十数倍ある。ある意味ではエミリーの魔法よりも危険かもしれない。


「くっ、武器を投げつけるとは、何事か!? いかに低品質な武器とはいえ、正しい使い方を――」


 ただ、それ以上にスカベンジャーは剣を剣として扱わなかったレイラに憤慨しているようだった。叩きつけるように振り下ろした魔法剣によって、空中を回転しながら飛んでいた剣は地面へと叩き落される。剣の横腹は大きくへこみ、武器としての寿命は尽きたも同然だった。


「うおらっ!」


 そんな中で一輝は迷うことなくスカベンジャーに向けて駆けて行く。

 スカベンジャーが追い縋ったほどの速度はないが、その構えは少なくとも十分に様になっていた。

 斜めに振り下ろされる木刀。スカベンジャーの左の首あたりから右脇腹までを一直線に切り裂く袈裟斬り。素人でも真っ先に思い浮かぶ太刀筋を、全力で一輝は振り下ろす。木刀が風を切り、甲高い音を鳴り響かせながらスカベンジャーの肩口に吸い込まれるようにして叩き込まれ――


「――あと一歩、というところかな?」


 それでもスカベンジャーには余裕で止められてしまっていた。


「この体は魔力が通りやすくてね。身体強化の効果が高いのだ。普通の人間ならば間に合わずに切られていただろうが……。惜しかったな、少年」

「カズキ!」


 徐々に押し返される木刀を見て、レイラが魔法剣を手に駆け寄ろうとする。しかし、その足は一歩踏み出したところで止まってしまった。


「――ははっ」

「何がおかしい」


 不敵に笑う一輝。その姿にスカベンジャーも弾き飛ばそうとした腕の動きが止まった。

 一輝は木刀から左手を離すと、まるで見えない木刀を握っているかのように前へとずらす。


「悪いな。俺の得意な魔法ニコイチって言って、二つの物を一つにするってものなんだけどさ。()()()()()()()こともできるんだよ!」

「な、にっ!?」


 一輝の左手に木刀がもう一振り現れ、スカベンジャーの首筋に当てられる。


「そうか! レイラの収束と拡散みたいに、表裏一体の魔法なんだ!」

「まぁね。ただし、二個に増やすのはニコイチで一つにしたものだけ。おまけにランクもダウンするからデメリットもあるんだけど、防御に回った相手の武器をすり抜けることにはこれで十分。我流魔剣術ってところだ」


 スカベンジャーの皮膚に木刀の刃がめり込む。あと少しでも力を加えれば、皮膚を破り、筋肉を断ち、血管を切り裂くだろう。


「ふっ、なるほどな。面白い魔法だ。二個の物体を合成し、より優れた物体へと昇華する。聞いたことのない魔法からするに、どこぞの家に伝わる相伝の魔法かな?」

「あぁ、俺のひい爺ちゃんから教えてもらった魔法さ」

「しかし、君が言ったようにデメリットが大きかったようだ。吾輩の体を覆う包帯は、物理耐性の能力がある。吾輩の魔法剣クラスの武器ならば突破できたのだろうが、果たして、今の状態で切り裂くことはできるかな?」


 今度はスカベンジャーが一輝を挑発する。事実、一輝の左手に返って来る感触には弾力のような物があり、このまま力を籠めても斬れない感覚があった。加えて、右手の木刀は重さは変わっていないのに、魔法剣からの動きにいとも容易くぐらついてしまっている。

 そんな中、一輝はそれでも笑みを引っ込めなかった。


「瘦せ我慢の笑みかい? ハッタリは吾輩には通じないよ」

「あんたが少しだけ生き延びるチャンスをやるよ。武器を捨てて大人しく捕まれば、裁判を受けて刑を受けるだけにしてやる。でも、ここで抵抗するなら容赦はしない」

「面白いことを言う。もう何人も殺して装備を奪った吾輩が捕まれば、死刑以外の選択肢は無いに決まっている。それで抵抗をしないと思うのかな? いや、そもそも、君の木剣では吾輩の体に傷一つ――」

「そうか。それだったら、ここで倒れろ!」


 その瞬間、一輝が重心を落とすと同時に右手から木刀が消えた。同時に左手の木刀の峰に手が添えられ、スカベンジャーの肩口に木刀が喰い込む。


「だから、無意味だと――!?」


 鼻で笑うスカベンジャーだったが、すぐにその包帯の歪んた皺が固まり、目が開かれた。

 見れば包帯が斬れている。


「言ったよな。俺の得意な魔法はニコイチだって。何度も挑戦した愛刀へのニコイチ。無詠唱なんて当然できるし、消費魔力もほとんどないも同然なんだよ!」


 一輝が全体重をかけて木刀を振り抜くと、レザーアーマーなどないかのように右脇腹までを切り裂いた。

 スカベンジャーの右手からは魔法剣が滑り落ち、その左手は一輝の木刀を求めるように伸ばされる。しかし、その手が木刀に届くことはなく、あっけないほどにスカベンジャーは地面へと倒れ込んだ。

 緊張が抜け、一輝は思わずその場に手をついて深呼吸をする。


「よし! とりあえず、装備を剥がして、手足を縛ったら、ポーションを――って、あれ?」


 エミリーが喜んで駆け寄って来て魔法剣を蹴飛ばす。指輪や腕輪をしていないので、魔力発動体は魔法剣のみ。従って、それさえなければ大した威力の魔法は使えない。手足さえ使えなくなれば身体強化も意味はないので、エミリーが登攀用のロープを取り出す。しかし、いざ、スカベンジャーを縛ろうと見下ろした瞬間、彼女の表情が凍り付いた。


「この人、血が出てない!」

「いえ、違うわ。そもそも、人ですらない。これは――人形!?」


 呼吸を整えていた一輝もレイラとエミリーの発言を聞いて、慌てて立ち上がる。

 見下ろしたスカベンジャーの傷口は明らかに人間の体ではなかった。表面は一見すると普通の肌なのだが、斬り裂かれた断面は白一色。血管どころか、骨も筋肉もない。


「ゴーレム、じゃあないわね。まさかとは思うけど、これ自身が魔道具?」

「その、通り。吾輩は、主の為に、うご、く、魔道具、スパル、トイ」

「スパルトイ? 竜の牙から作られたって言われる戦闘人形!?」


 レイラは唖然とした表情でスパルトイと名乗るスカベンジャーを見つめる。もはや、武器を構えることも忘れて、レイラはスパルトイの言葉に耳を傾けていた。


「魔道具の、魔道具による、魔道具の、為の、国。その夢が――」


 エミリーに蹴飛ばされた魔法剣へと視線を注ぐスパルトイ。その顔を隠していた包帯はほつれ、その下にあるやつれた表情をした男の顔を露にする。最後の力を振り絞ったのだろう。震える手を何とか魔法剣へと伸ばそうとしていた。しかし、その手は届くことなく、空中で一瞬だけ停止した後に地面へと落ちた。琥珀色の瞳は魔法剣を見たまま動かない。


「……死んじゃったのかな?」

「どうでしょうね。そもそも、生きていたかどうかも怪しい魔道具だから。それを語るのは哲学者にでも任せておきましょう。ほら、さっきの生徒を追いかけて脱出しないと。ギルドにスカベンジャーのことを話しておかないと、後が面倒そうだしね」


 レイラは大きくため息をついて、魔法剣を納める。

 エミリーは、それでも心配だったようで、スパルトイをひっくり返し、後ろ手に縛り上げた。


「よし、早く王都に戻りましょう。それにしても、本当に迷惑な魔道具ね」

「本当だな。どこの主が命令したのか知らないけど、首輪くらいしっかりつけておいてもらわないと」


 一輝は木刀を肩に担いで天井を見上げた。思わずため息が漏れる。

 まさか、人形が人を殺して、装備を奪っているとは想像していなかった。ギルドの人たちが、いったいこれをどのように処理するつもりなのかは想像つかないが、ややこしいことになるのは間違いない。

 エミリーもまた、両手を腰に当てて一輝同様、大きくため息をついている。ただ、気になることがあるのか。じっとスパルトイの体を見下ろして首を傾げていた。


「エミリー、何か気になることでもあるの?」

「いやぁ、この依頼って、ギルド経由で受けてるんだよね? レイラに指定依頼が来てて、さっきの男子生徒も依頼を受けてるから、そこは間違いないはずなんだけどさ。誰がギルドで手続きをしたのかなー?」

「誰って、魔道具が――」


 レイラの言葉が途中で止まる。それは明らかにスパルトイにはギルドでの手続きができないという気付きから来るものだろう。


「ギルドでの依頼のやり取りにはギルドカードが必要。どんなことをしても、ギルドカードの捏造だけは受付で誤魔化すことができないって言われてるくらいに厳重なはず。人間じゃない魔道具が登録できないことを前提にすると、誰か協力者がいるはずよ」

「もしかして、それがさっき言っていた主って奴のことじゃない?」


 エミリーが緊張した面持ちで呟く。すると、一輝たちが今まで逃げて来た道の脇から、何者かが歩いてくる音が聞こえた。

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