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親戚を探しに異世界へ

 ダンジョンから外に出ると、太陽は中天を通り過ぎたばかりだった。

 レイラは鞘に仕舞った剣の柄をなぞりながら何度もため息をついている。


「ところで、いつまでついて来るの?」

「いや、俺、ここに来たの初めてだから、街まで一緒に行かないと困るっていう……」


 最悪、魔物がいる中で野宿を強いられる。せめて、安全な食べ物と寝床は確保しなければマズイ。その為には、街に向かうのが一番だ。


「あまり、この辺りじゃ見ない姿だけど、どこの人?」

「えーっと、多分、言っても信じてくれないと思うけど――俺はこの世界の人間じゃないんだよね」

「……はぁ、そう」


 心ここにあらずと言った様子のレイラは、肩を落として歩き続ける。


「俺のひい爺ちゃんが、こっちの世界出身らしくてさ。親戚がいたら、人生を全うしたことを伝えて欲しいって言ったまま亡くなったから、俺が来たって感じ」

「カズキ、あなた若いでしょう。いいの? そんな簡単にこっちの世界に来て。お爺様が自分で来なかったってことは、行き来する条件が厳しいからじゃない?」

「まぁ、そうだな。特定の条件下じゃないと発動できないし、魔力も相当消費するっぽいから……多分、一年以上は準備が必要だと思う」


 そう告げた一輝は、亡くなった曾祖父のことを思い出す。

 自分自身とは似ても似つかない白髪のオールバックの髪に、高い鼻。身長も遥かに自分より上を行く。そんな曾祖父が残した魔導書を幼少時からずっと読んでいた一輝は、いつか曾祖父が生まれた世界に行ってみたいと夢見ていた。

 この世界で生きるのに必須と言われる生活魔法や基本の攻撃魔法だけでなく、祖父の家が受け継いできた魔法やそれを利用して世界を渡る魔法までが全て書き記された魔導書。それらを全て学び終えた一輝は、曾祖父の一周忌を機にこちらの世界に渡ることを決意した。


「それは羨ましいわね。その年で相伝の魔法を習得するなんて」

「そうでもないさ。何せ、俺の世界では一般的に魔法なんて存在しないと思われているからね。使っているのがバレたら大変だよ」

「あなたが持っている木剣も、何か魔法を?」


 レイラの問いに一輝は己の腰のベルトに挟んだ鞘の中の木刀に目を向ける。

 彼女の言う通り、これは曾祖父の家に伝わる魔法によって、文字通り生まれ変わった木刀だ。


「俺のひい爺ちゃんが受け継いでいた魔法は『統合魔法』って言ってね。通称、ニコイチ。『二つの同じ物を一つにする魔法』なんだ」

「二つの物を一つに? でも、それってただの木の剣……よね?」


 レイラが首を傾げる。それを見て、一輝は嬉しそうに首を横に振った。


「同じ物体に統合魔法をかけると、元の状態よりも強くなるんだ。それこそ、何度も重ね掛けすると金属製の剣と同じかそれ以上にね」


 一輝は少しだけ木刀を引き抜いて、それを見せる。

 本来の木刀ならば刃部分は丸みを帯びているはずだが、一輝の物は鎬の高い刀といった様相を呈していた。


「……それで私の魔法剣が、欠けたの? その()()()()相手に?」

「えっと、逆に言えばだけどさ。もう一本あれば、前より強い状態にして渡すことも可能だけど……」

「ダンジョン産の魔法剣が、そう簡単に手に入ったら苦労はしないわよ」


 再びため息と共に肩を落とすレイラ。

 そんな彼女に一輝は申し訳なさそうに告げる。


「うーん。とりあえず、俺は生活基盤を固めるのが最優先だけど、流石に悪いから何とかして剣は元に戻せるよう努力するよ」

「えぇ、ぜひ、そうしてくれると嬉しいわ。ほら、王都が見えて来たわよ」


 緑色の平原の真っただ中、褐色の一本の道の先には白銀に輝く城壁が見える。到着するには十分ほどかかるだろう。

 初めて見る異世界の街の外観に心躍らせる一輝だったが、それを落ち込んでいるレイラの横で出すわけにもいかない。深呼吸して、レイラの事情も聞くことにした。


「それでレイラはどうしてダンジョンに?」

「魔法学園の試験の一環でね。最終試験は学園内に存在するダンジョンに潜るんだけど、毎日そこに潜ってたら勘が鈍るから」

「勘が鈍る?」


 試験のダンジョンならば、何度も挑む方がむしろ良いのではないか。そう一輝が考えていると、レイラは気怠そうに告げる。


「あー、魔法学園のダンジョンはね。致命傷を負いそうになると入口に強制的に戻されるようになっているの。だから、安全が確保されていない外のダンジョンで、緊張感を持ち続ける自己鍛錬の一環ってとこね」

「一人で?」

「えぇ、王国一の魔法剣士になるのが私の夢なの。これくらい一人で乗り越えられなくて、どうするって話よ」


 先程までの落ち込んだ姿はどこへやら。背筋を伸ばして、まっすぐに街を見つめる彼女の翡翠色の瞳は、芽吹いたばかりの新緑を思わせる光を放っていた。


「仲間を頼るのも一つの手だとは思うけどな」

「そうじゃないわよ。魔法を使う友人たちを守る前衛として、誰も後ろに通さない気概の表れってこと。流石に何十体も一斉に襲い掛かられるのは想定していないんだから!」


 なるほど、と一輝は納得する。

 どうもレイラと言う少女は、自分で背負い込み過ぎる真面目な性格らしい。余計に魔法剣を欠けさせてしまったことが罪悪感となって一輝に圧し掛かって来る。事故的な側面はあるが、どうにかして助けてあげられないか、と。


「特殊な能力が付与された魔法発動体となる剣、か。斬れやすい剣ってだけなら、何とか出来そうなんだけどな……」

「あなたの能力でなら、能力が付与されていない魔法剣は簡単に作れるのでしょうね」

「実際に、この世界の物体でやったことがないから、何とも言えないけど……。ひい爺ちゃんがこの世界の出身だっていうなら、きっとできるはずだ」


 魔導書だけでなく、曾祖父の武勇伝を御伽噺のように聞いて育った一輝には、この異世界が初めて訪れたような気がしなかった。

 今も少しずつ近付いてきている城壁は、魔法を無効化するミスリルの原石が隙間なく組み合わさっており、太陽の光を浴びると時折、鏡のように反射するという。その先には、王の住む城まで続く真っ直ぐな二本の大通り。その途中には第二の城壁と一体となった魔法学園の城があると聞いていた。


「あなたのお爺様の名前を聞いてもいい?」

「双代理合(りあい)。身長は俺よりも高くて、白髪のオールバック。歳は八十六だ」

「ダメね。明らかに、この国の人の名前じゃないもの。隣国の聖教国は、こっちと同じ名前の人が多いから、蓮華国の可能性が高いわね。あっちはあなたと同じような顔立ちもしているし、髪や目の色も近い」


 レイラが言うには、この国の東側にある大国に、一輝と似たような人種が多いという。ただレイラの推測には一つ、勘違いがあった。


「いや、俺のひい爺ちゃんは――」

「あ、今日はそんなに混んでないみたい。すぐに入れそう」


 レイラが少しばかり早足になる。彼女が向かう先には、街の中に入る門があった。広い幅の堀に橋がかかっていて、数名の騎士が通る人や馬車を確認している。近づいていくと、騎士の一人が振り返った。


「レイラの嬢ちゃんじゃないか。もうダンジョンに潜るのはやめたのかい?」

「えぇ、ちょっと大量の魔物に追われたから、疲れちゃって。一応、薬草の採取依頼もしてあるから、そのまま入ってもいい?」

「あぁ、依頼書を確認させてくれれば問題ない。いつも通り、依頼の出入りはタダだからな――って、そっちの奴は見ない顔だな。知り合いか?」


 騎士の一人が鋭い視線を一輝へ送る。まだ声すら発していないのに警戒する当たり、流石、本職と言ったところだろうか。


「安心して、ダンジョンで助けてもらったの。遠くからここまで一人旅をしてきたらしいわ」

「なるほど、その年で一人旅とは大変だったろうに。一応、入るにはお金がかかるが、大丈夫か?」


 レイラの言葉で一瞬にして、感心した雰囲気を纏う騎士。隠そうにも隠し切れない人の良さが滲み出ている。

 一輝は荷物を降ろすと中から財布を取り出しながら、鞄の中身が見えるように騎士へと差し出した。


「中身は?」

「着替えと食料。後は亡くなった家族の写し――絵くらいですかね」

「入都の目的は?」

「旅をするお金が尽きそうなので、ここで稼ぎながら泊まろうかと。野宿も大変ですから」


 事前に考えていた言葉を淀みなく告げていく。もう一人の鎧を纏っていない騎士らしき人物が寄って来ると、鞄の中に手を突っ込んで中を調べ始めた。


「なぜ、旅をしてるんだ?」

「曾祖父は兄弟と生き別れてしまっていて、最後に自分がどう人生を全うしたかを伝えて欲しい、と」

「なるほど、それで旅を……大変だったろうに」


 騎士が頷いている中、一輝は心苦しい気持ちでいっぱいだった。まだ旅が始まってから半日も経っていない、と。そんな中、鞄の調査が終わったようで、調べていた騎士が後ろに戻って行く。


「よし、問題なかったようだな。では、入都料である銀貨を一枚頂こうか」

「すいません。この国の金貨一枚しかないのですが、大丈夫ですか?」

「それは大金だな。よく今までスリや盗賊の餌食にならなかったものだ。両替は構わない。出してくれ」


 一輝は曾祖父が残してくれた金貨を騎士の手に乗せる。それを指で摘まんだ騎士は怪訝な顔をした後、見る見るうちに顔を蒼褪めさせていった。


「ぜ、前国王の即位記念硬貨、だと!?」

(……何か猛烈に嫌な予感がするなぁ)


 一輝の記憶では金貨一枚が十万円の価値があると聞いていた。これを使えば数週間は生活に困らないはずだったのだが、反応からするに貴重な硬貨のようだ。


「い、いかんいかん。こんな貴重なものを気軽に出したら……。嬢ちゃん、彼の為に立て替えてやったらどうだ? っていうか、立て替えてくれ。これを受け取って保管するなんて、心臓が痛くなるし、釣り合うような両替用の硬貨も無い!」

「わ、わかったわ。とりあえず、私が払っておくから……。とりあえず、カズキ! それ、早くしまって!」


 幸い、周囲に人は少なかったが、カズキはすぐに金貨を財布の中へと入れて、鞄を背負った。


「いや、心臓が止まるかと思った。いいかい? その硬貨は城に勤める一部の関係者しか手にすることができない貴重なものだ。私だったら家宝にしているだろうね。必要なら、冒険者ギルドに預けておくのも良いだろう」

「安心して、彼をそこに今から連れて行こうと思ってたの」

「そりゃ、良かった。では、初めての入都者には行っておかないとな――『ようこそ、王都オアシスへ。我々は君を歓迎する』」


 親戚捜し頑張れよ、と騎士は一輝の肩を叩き、街の中へと送り出した。

 レイラの後に続き、門を潜りぬける。すると、そこには曾祖父に聞かされていた通りの――元の世界ではテーマパークでしか見られないような――街並みが広がっていた。

 中央を一直線に城まで続く水路。その両側を通るメインストリート。緑色の街灯の先には魔法石が嵌り、夜になればそれらが輝いて道を照らすのだろう。

 並んでいる店は飲食店や書店を始め、中には魔法を扱うための杖の専門店や空を飛ぶ箒など、現実にはあり得ない店がいくつもあった。


「でも、良かったわね」

「え、何が?」

「さっきの硬貨を持ってるってことは、確実にお爺様はこちらの世界――しかも、この国の関係者ということが判明したんだから」


 メインストリートを歩きながらレイラは微笑んだ。意外と早く目的の人物は見つかりそうだ、と。


「でも、それを探すのは後回し。まずは身分を証明できるものを用意して、依頼を受けて金を稼げるようにしないと」

「あぁ、そういえば、ダンジョンを出る時に言ってたな。ギルドカードが身分証明書の代わりになるとかなんとか?」


 この世界に生まれた記録がないのに、身分証明書に代わる物を手に入れられるのか。それはある意味では、今後の一輝の生活を左右する重要な要因の一つに違いない。

 しばらく歩いていると、レイラが足を止めた。その視線の先には、立派な建物の入り口があった。その屋根には様々な武器や道具を持った人々の石像が並んでいる。


「ここが冒険者ギルド。いろいろなギルドを纏める調整役で、私たちのような人間が一番お世話になるところ。まぁ、簡単に言えば依頼斡旋の司令塔かしら」

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