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異世界統合魔法伝「何でもランクアップで下剋上」~受け継いだ魔法は、両手に持った同じ物を融合するニコイチ魔法~  作者: 一文字 心
比翼連理の魔法剣

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指名依頼

 翌日、レイラは一輝と共に授業に出ていた。

 本来、部外者は授業に参加することはできないのだが、事情が事情なので、学園長が聴講生という立場を一輝に認めてくれたからだった。


「……本当に魔法が好きなのね」

「当たり前だろ。そうじゃなきゃ、誰も見てくれない、見せられない魔法を一人で練習なんてしないさ」


 レイラは一輝の言葉に一定の理解を示す。

 魔法という存在そのものが空想として扱われ、公に存在しないものと思われている世界。そこで魔法が使える曾祖父に師事し、誰かに決して使っているところを見られないようにしなければいけない生活を送る。


(それって、ただの無駄じゃない……。私なら、大っぴらに魔法を使うか、どこかで諦めて堕落していくかってところかしら)


 一輝が置かれていたであろう状況に自分自身を置き換えてみたレイラは、上手くやっていけないと結論付けた。ましてや、自分の今までの生活と家族を捨て、見たこともない世界へと一人で旅立つなど絶対に無理だ。

 目を輝かせながら教師の話に耳を傾ける一輝を横目で見る。

 自分の力のみで魔法を磨き、武器を作り上げた一輝。魔法の腕を磨いたことに関しては、レイラも自信をもっている。だが、魔法剣を手に入れたのは本当にただの偶然だ。ダンジョンの中で偶然に宝箱を見つけ、偶然にも魔法剣が出て来てしまった。


(外付けの強さ、か)


 リアムがよく絡んでくる理由も薄々はわかっていた。

 自らの力で兄を越えようと学年で最も優れた魔法使いになろうとしている。そこに生徒には不釣り合いな装備を持ち込んで成績の上位に喰い込む者がいれば、面白くないのは当然だろう。リアム以外にも同じような考えを持っている者は少なくない。

 そこに噂や伝聞が重なりに重なって、尾ひれがつくどころか背びれも胸びれもついてしまった。おかげで学園の一部の生徒には、相当な悪女として認識されている。リアムと一輝の決闘の際に人が大勢集まったのも、それが原因だろう。

 不幸中の幸いか、エミリーやオリビアのおかげで下らない話を信じない人たちもいる。ただ、それでもレイラの交友関係はあまり広いとは言えない。


「――――さて、今日の授業はここまでとする。もうすぐ夏休みが始まるからと言って、気を抜かないように。しっかり鍛錬に励み、十階層に到達できる実力をつけなさい」


 教授が本を閉じて部屋を出ていくと、生徒たちが一斉に椅子から立ち上がる。

 ある者は背伸びをし、ある者は友人に近寄っていく。昼飯時と言うこともあってか、多くの生徒は、すぐに扉から出て行ってしまう。


「レイラ。昼飯はどうする?」

「そうね。このまま、学食に行っても混んでそうだし、ここはギルドの二階の食堂に行ってみる? 何か依頼が出ていないか確認して、なければ魔術師ギルドでポーションのランクアップをすればいいでしょ」

「あそこの食堂、一度見た時から興味があったんだ。何が食べられるんだ?」

「行ってみてのお楽しみよ」


 かつて、自分がしていたであろう表情をする一輝に、自然とレイラも笑みが浮かぶ。他の生徒たちと同様に、レイラは一輝を連れて教室を出た。


***



 ギルドに着いたレイラだったが、依頼掲示板を見終わってため息をつく。


「いつも通り――よりも少し下かしら。薬草採取の依頼はあるけれど、魔物の討伐依頼も最小限。正直、はずれね」

「言い方を変えれば平和だってことだろ? 冒険者や城の騎士の人が頑張ってる証拠じゃないか」

「そうだけど……どこかに魅力的な依頼が転がってればいいのに」


 ゴブリンの討伐は週に一度くらい張り出されることもある。ダンジョンではなく野生の魔物として現れる方のゴブリンのような魔物は、どこで繁殖をしているのかは不明だが、定期的に間引かないと集団になって襲い掛かってくることがある。

 もちろん、ダンジョンの魔物も討伐せずに放っておくとダンジョン外に溢れ出してしまう氾濫(オーバーフロー)を引き起こしてしまう。だが、こちらはどこから、どれだけの量が襲い掛かって来るかがわかるだけ幾分かマシだ。野生の場合は気付いた時には村が一つ滅びていたなどと言うこともあり得るほどに静かに、しかし、凄惨に襲撃は起こる。その為、依頼で魔物を間引く行為は重要なものになっており、どこの小さな村でも必ず行われていた。

 だからこそ、そのような依頼もない暇な状態というのは、かなり珍しい状況であると言わざるを得ない。

 複雑な表情で両手を腰に当てたまま、羊皮紙が増えるでもないのに、掲示板を見ているレイラ。そんな彼女に背後から声がかかった。


「おや、レイラさんですか。今日はどうされましたか?」


 一輝の冒険者登録で出会う前から、何度かお世話になっている受付嬢のコルンが立っていた。その両腕に丸められた羊皮紙が抱えられており、レイラの目が光る。


「今、良い依頼が出ていないか見に来たんですよ。何かありませんか?」

「ちょうど、良かったです。レイラさんに指名依頼が入っていたので、どこかのタイミングでお話しできればと思っていたんですよ」


 コルンが微笑を浮かべて、頭頂部の耳を小刻みに動かす。

 その耳に手を伸ばしたくなる衝動にレイラは普段から何気なく襲われることがあったのだが、今回ばかりはそれよりもコルンの言葉に惹きつけられた。


「私に、指名依頼? 何かの冗談では?」

「いえ、確かに依頼を承っています。『魔法学園のレイラ様へ』と」


 その指名の仕方にレイラは違和感を覚えた。

 指名依頼の様式を見たことなどないが、少なくとも依頼において人物を指名する場合は間違い防止の為にフルネームで書かれるはずだ。しかし、ギルドが正式に受理している以上、そこに間違いがあるはずはなく、魔法学園にレイラの名をもつ生徒はいなかったと、彼女自身は記憶している。


「因みにどんな内容ですか?」

「えっと、少しお待ちくださいね。私も内容自体は読んでいなかったので――」


 他の受付嬢が受理した物を渡されただけだったようで、コルンは羊皮紙を開いて読み進める。

 数秒後、コルンは怪訝な顔をしつつも、その内容を口にした。


「『隠し階層ダンジョンに出現する魔物を可能な限り狩って欲しい。ゴブリン十体ごとに大銀貨一枚。オーク一体ごとに大銀貨五枚。その他の魔物については応相談――』」

「上限が設定されていない魔物討伐依頼ですか? それ何かの間違いでは? こちらが嘘をついたら、いくらでも毟り取れますよ?」


 ダンジョンの氾濫時など、特定の場合を除いて討伐依頼には討伐数が指定されることが多い。その理由は今日のように他の冒険者が依頼を受けられなくなることが一つ。もう一つは主な依頼主であるギルド側の資産が大きく減らないようにするためだ。


「その点に関しては、依頼主から魔道具が貸し出されるらしいです。何でも倒した魔物の数をカウントするものだとか。手に収まる程度の大きさの水晶玉らしいですね」

「それ、むしろギルド側が買い取りたい魔道具なんじゃないんですか? 毎回、討伐を証明する部位を持って来るとか大変ですし」


 一輝がコルンへと問いかける。

 レイラは冒険者登録をして以来、討伐依頼を受けていない一輝が、しっかりと討伐証明のことについて理解していたことに思わず笑みが浮かんだ。どうやら、しっかりとギルドから渡された冊子に目を通しているようだ。


「そうですね。流石に私たちも好きで血生臭い革袋に手を突っ込んでいるわけではありませんので」

「あ、やっぱりそうなんですね」

「えぇ、終わったら即座に生活魔法による洗浄です。正直、日替わりの当番とはいえ、受付嬢にそこまでやらせるのはどうかと思っています。できれば、もう少し人員を増やして討伐証明の確認窓口を作っていただきたいです」


 ギルド長が首を縦に振らない。

 その一言にレイラは申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。隣を見れば、自分が討伐証明部位を数える想像でもしたのだろうか。一輝がげんなりした顔で肩を落としていた。


「みなさん、大変なんですね……」

「でも、結構楽しいですよ。新米冒険者が巣立っていくところを見ると、やり切った感があります」


 コルンが片手を強く握り込む。あまり感情を表に出すことがない彼女が、そんなことを想っているとレイラは知らなかった。

 だからだろうか、いつの間にか彼女が持っていた羊皮紙に片手を伸ばしていた。


「これ、受けることにします。期限は決まってますか?」

「受領から二日間です。後、報酬に関する内容の最後をよく読んでください。『三百体以上の討伐に成功した場合は、魔法剣も報酬とする』とありますから」


 その言葉を聞いた瞬間、レイラと一輝が絶句した。

 急いでレイラは羊皮紙を受け取り、その部分へと目を走らせる。すると、確かにコルンの言う文章が見つかった。心臓が大きく跳ね、手汗が滲み出る。

 そんなレイラに一輝が声を潜めて呟いた。


「……なぁ、怪しくないか? こんな条件の良すぎる依頼が、都合よく出てくるなんて」

「そうね。私も欲に目が眩んで即決しそうになったわ。でもね、こういう指名依頼の報酬はそもそも高く設定されることが多いし、ギルドに前もって預けられているのよ。それが確認できれば、問題なさそうじゃない?」

「全部ゴブリンだったとして、金貨三枚。そこに魔法剣なんて付けたら、赤字も大赤字だろ。本当に預けられていたとしても、何かの罠だったらどうするんだ?」

「罠って、例えば?」


 レイラが首を傾げると、一輝は逡巡した後に口を開く。


「たとえば、違約金の設定がされているとか。『条件を満たさなかったら逆に払え』みたいな」

「ぱっと見はないし、そんな依頼はまず受付嬢が受理しないでしょ。そうですよね? コルンさん」


 片や疑念の籠った眼差し、片や希望を見出した眼差し。二種類の視線を同時に浴びたコルンは、慌てることなく、確認をしに戻って行った。


「レイラ、絶対にやめておいた方が良いって」

「魔法剣が手に入れば、私の魔法剣は元に戻るどころか、さらに強い状態で復活するのよ。それにこれが詐欺か何かだっていうなら、それこそ放っておけないわ。カズキもそう思わない?」

「……せめて、行くならメンバーを増やしたいところだな。一人か二人くらい」


 渋々と言った様子で一輝は条件を提示した。内心、レイラはほっとする。


(これで魔法剣を得られれば、命を助けられた借りは返したことになるわ。そうすれば、私も肩の荷が下りるっ!)


 一輝はレイラに借りがあると考えているようだが、実際のところ、レイラからすれば借りがあるのは自身の方だと考えていた。その為、この指名依頼は借りを返す千載一遇のチャンス。レイラは以前と同じか、それ以上の武器を手に入れることができ、一輝は負い目を感じることも無くなる。どちらにとっても、悪い話ではないはずだ。


「じゃあ、エミリーに声をかけてみるわ。オリビアは――流石にリアムが黙っていないだろうから、今回はやめておこうかしら」

「そうだな。でも、一応声だけはかけておいた方がいいと思う。後になって仲間外れにされたとか、変な誤解を受けるのも面倒だろ? 主にリアムが勘違いして言ってきそうだしな」

「あら、この短期間で彼のことがよくわかってるじゃない。戦って男同士の友情にでも芽生えた?」

「次の面倒ごとに巻き込まれたくないだけだよ。オリビアさんにも迷惑かけることになるからな」


 レイラは一輝らしい、と思いながらため息をつく。

 ポテンシャルが高い一方で、一輝の慎重さは宝の持ち腐れに近い――


(――何で、私が一輝の心配をしてるのよ。借りを返したらそれまでの関係なのに)


 不意に湧いて出た疑問に、レイラは動きを止める。視線だけ一輝へと向けるが、そこで答えが出てくるわけもなく、胸に何かがつっかえた気分に不快感がこみあげて来た。


「お待たせしました。確認をしたところ、大銀貨三十枚が既に預けられています。ただ、魔法剣の方はありませんでした」

「ありがとうございます、コルンさん。とりあえず、今日は用事があるので、その依頼は保留でいいですか?」

「わかりました。こちらで保管しておきますので、声をかけてください」


 レイラは満足気に頷くと、一輝を二階へと案内する。

 晴れやかな表情を浮かべるレイラだったが、その後に続く一輝は逆に表情は曇っていた。

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