それぞれの事情
第五階層の水晶に触れて帰還した五人だったが、すぐにリアムは一人で歩いていってしまう。
オリビアが引き留めようとするが、「別の用がある」と言って足を止める気配すらなかった。
「ちょっと、あなた『報酬』は?」
「そんな端金なんぞ、もらっても迷惑だ。勝手に売って、美味い飯でも食え」
そんな言葉を残してリアムは姿を消す。
レイラは困った表情で握っていた手を開く。そこには小さいが、薄い赤色のルビーがあった。いわゆる、戦利品というものだ。
崩れて消えて行くゴーレムの体から零れ落ちたもので、消えずに残っていた。ただ、色合いもそこまで綺麗な物ではなく、魔力を溜め込んでいるという点において価値がある。リアムはそう評していた。
「リアムっち、彫金とか宝石関係に詳しいもんねー。オリビアに渡した婚約指輪。自分で作ったとか言ってたし」
「はい。すっごく綺麗にカットされていて、輝きも目が眩んでしまう程で、私にはもったいないというか……」
オリビアは杖を擦りながら、ゴーレムを倒し終わった時以上の笑みを咲かせる。
どうもリアムは口は悪いが、オリビアには真摯に接しているらしい。その分だけ、レイラに強く当たって勝負を挑もうとすることに疑問を覚える。
「カズキン。もしかして、リアムっちの態度に疑問を感じてる?」
「あぁ、その通りだ。レイラに喧嘩を売るのにも、理由があることは分かったけど。それがどういったものか、さっぱりだ」
「うーん。その辺りは個人の話だから、あたしからは何とも言えないけど……。オリビアが話してくれるかもねー」
流石に他人の家の事情をそう簡単には言えないというエミリー。
明るい性格の彼女でも顔を曇らせている辺り、よほど深刻な事情があるのだろう。
「とりあえず、魔術師ギルドに査定に出して、どこかご飯を食べに行かない? 携帯食料を摘まむよりは、空いてるお店に入って打ち上げとか」
「おっ、いいねー。じゃあ、早く査定と換金に行こー!」
レイラの呼びかけにエミリーが走り出す。慌てて、一輝たちもその後を追い始めた。
***
数十分後、メインストリート沿いにある店に入った一輝たちは、気分が高揚していた。
魔術師ギルドに出したルビーの買い取り額は中々の物で、金貨四枚分になった。日本円にして四十万円という高額に、一輝はもちろん、エミリーもテンションが上がっている。
「でも、驚いたわ。一カラットで、色も薄い。辛うじて罅とかがないランクに収まってたけど、ルビーゴーレムからの産出品ってだけで、ここまで値段が上がるのね」
「魔術師ギルドのお姉さんも言ってたじゃないですか。『魔力を溜める宝石は、それだけで価値が高い』って。あと数カラット大きくなるだけで、場合によっては桁が二つ上がるって言われた時には、私も気絶しそうになりましたけど」
「いやいや、あなた気絶してたわよ。私が背中を支えなかったら、そのまま床に落ちてたかも」
「え、本当ですか? その、ごめんなさい……」
驚いていたのはオリビアだけではない。何せ、査定をしていた職員ですら、驚いて先輩を呼びに走るというものだ。
今後、一輝たちが見つけたルビーは、魔術師ギルドが研究に使い、学園ダンジョンやルビーゴーレムの解明に役立てるという。
「さて、飲み物も届いたし、今回の想定以上の成果とオリビアの功績を祝わないとね。エミリー、出番よ」
「えー、では、みなさん。グラスをお持ちください。今回はルビーゴーレムという予想外の敵と出会うことになりましたが――細かいことはいいから、笑顔でご飯食べよう。かんぱーい!」
エミリーの景気のいい声を合図に、一輝たちの声が重なって響く。店の中にいた他の客が、一瞬だけ一輝たちの方へと注目するが、すぐに自分たちの食事へと戻って行った。
各々が頼んだ冷たい果実水に口をつけ、幸せそうに息を吐く。
「そう言えば、結局、二人はどういう関係なんですか? 昨日の話を聞くと、同じ部屋で寝泊まりしていたって話は本当だって認めてたとか」
「隠し階層ダンジョンで奇襲を受けたところを助けられたの。それで、この街にいる親戚を探してるってことだったんだけど、路銀が尽きたみたいでね。それを私が部屋に招いただけの話。命の恩人を路上に捨ておいたなんて、流石に人聞きが悪いでしょう?」
「あー、レイラさん。変なところで律義ですからね……。お金を貸すっていう選択肢、最初からなかったですよね?」
「当然。それはそれ、これはこれ。カズキにも、そのことはしっかりと伝えたわ。そして、あのソファが、あなたたち以外にも役に立ったということでもあるわよ。その点に関しては、カズキは感謝しておいた方がいいかもしれないわね」
カズキは何のことか理解できず、目を丸くしてレイラを見る。
そこでやっと、ソファを勝手に部屋へと持ち込んだ友人と言うのが、目の前の二人であることに気が付いた。
「その節はお世話になりました。おかげで床に寝ずに済みました」
両手をテーブルに置き、額が着くくらいまで深々と頭を一輝は下げる。
「ちょ、か、顔を上げてください。私は何もしてなくて、エミリーさんが……」
「あ、オリビア。私と一緒に持って行く時に結構ノリノリだったじゃんかー。この裏切り者めー」
ほんの少しの会話で一輝は、二人がどのようにしてレイラの部屋にソファを置きに行ったのかが想像できてしまった。
恐らく、エミリーの思い付きにオリビアが巻き込まれ、止める間もなく即行動。その日の内にレイラの部屋へと届けに行ったに違いない。
陽気な性格で行動力があるが、友人思いだからか文句を言いにくい。それでレイラもソファをそのまま置き続けているのだろう。
「えっと、じゃあ、俺も聞きたいんだけど、みんなはどうやって仲良くなったんだ?」
いきなりリアムの話を聞くのは、ハードルが高い。そこで一輝は三人の馴れ初めから聞いてみることにした。
「あたしたち? 最初の実習で一緒のグループになったから、かな?」
エミリーは自信無さそうにしながら、他の二人の顔色を窺う。
それがあまりにもおかしかったのだろう。レイラとオリビアは一瞬、顔を見合わせた後、笑い出す。
「もう、エミリー。私たちが仲良くなるきっかけ何て、あの時以外に何があるって言うのよ」
「そうですよ。逆にあれ以外って答えると思いますか?」
一輝だけが話においていかれながらも、それぞれの表情を観察する。
エミリーは照れ隠しのような笑いを浮かべ、残った二人はさらにそれが面白かったようで、より大きな声を上げて笑う。そこまで笑うということは、よほど面白い経験を共有したのだろうと、一輝は三人が落ち着くのを待つ。
「あぁ、ごめんなさいね。話が何も分からなかったでしょう?」
「わかってくれたようで何より。説明を所望する」
わざとらしい口調で腕を組むと、まずはレイラが口を開いた。
「リアムと戦った場所とは別のところにある魔法の鍛錬場があるの。そこで各グループで魔法を撃つ練習をすることになったのが、私たちの出会いよ」
「はい。特に先生が割り振ったわけでもなく、偶然、その場所に三人で固まってたんですよね。それで、エミリーさんが『この三人でいいじゃーん』と言い出し始めまして」
意外と出会いに衝撃的なものはなく、至って普通の学園生活であることがわかる。
「そう。で、魔法はある程度、あたしたちみんな使えたから、課題をすぐクリアしちゃって。そしたら、先生が魔法加工を施した金属鎧を出してきてね? それを破壊できるならやってみろとか言い出すから、やるっきゃねーってなったんだよね」
「うん? だんだん雲行きが怪しくなってきたな……」
まず金属鎧という時点で壊しにくいのは明らかだ。さらに魔法加工とエミリーが言っていることを考えるに、魔法に対して抵抗をもつコーティングがされているはずだ。
一輝はそれを学園に入りたての生徒に時間が余ったからと与えた教師のいい加減さに驚く。そして、学年のトップ陣である彼女たちがどうしたのかが気になり、思わず前のめりになっていた。
「……私たちも最初の魔法を使う授業で張り切っていた、というのもあるんだけどね。張り切りすぎちゃったのよ」
「まさか、鍛錬場ごと吹っ飛ばしたとかじゃないよな?」
「流石にしないわ。そんなこと。私たちを何だと思ってるのかしら」
レイラが拳を握りしめて微笑む。
本気で怒っているわけではなさそうだが、それでも掌が白くなっているところを見ると、それなりに力を入れているように一輝には見えた。せっかくの祝勝会を嫌な気分にもしたくない。一輝はひとまず軽く謝罪をして、話を続けるように促した。
「まぁ、後に起こったことに関しては、とても簡単よ。三人でひたすら魔法を撃ち込んだのよ」
「……普通、だな」
教師の挑発に対し、やってやろうという根性はレイラとエミリーなら、何となくありそうだと感じる。反面、オリビアはそういったようには見えないので意外でもある。
そんな一輝の視線に気付いたのか、オリビアが両手を振りながら顔も横に振る。あまりにも早いせいで、風切り音が聞こえてきそうだ。
「ち、違うんですよ。まず、私は二人の勢いに巻き込まれて止めるに止められなかったんです」
「なるほどね。その方がオリビアさんらしいや。でも、授業中なんだからやること自体は不思議でも何でもないし、良いことなんじゃないの?」
「そ、それがですね。レイラとエミリーは夢中になるあまり、授業が終わったことにも気付かずに魔力が無くなるまで撃ち続けたんですよ!」
「……この学園、一つの授業って何分?」
「五十分です!」
一般的に魔力を回復させるポーション無しに魔法を撃ち続けるのは、多くても三十分が限界とされる。これを超えるレベルになると、いわゆる一般人からは上の領域だ。
三人交代で撃っていたとしても、相当な魔力を消費していることは一輝にも容易に想像がついた。だからこそ、一輝の口から真っ先に漏れた言葉は、当然と言えば当然のものであった。
「言っちゃ悪いけど……おバカなのかな?」
「その言葉は――甘んじて受け入れるわ」
「あ、自覚はあるのか」
「もちろんよ。あれ如きで夢中になるなんて……その、ねぇ?」
同意を求めるような視線がエミリーへと向けられる。
「にゃはは、お互い負けず嫌いなところが出ちゃっただけってことで!」
「そうね。それならば聞こえはいいわ。だからカズキ、そういうことにしておいて」
「あぁ、わかったよ。そう言うことにしておく。そもそも、授業が終わっても止めない教師も何なんだ……」
一輝はツッコミどころが多すぎるので、それ以上は何も言わないことにする。
因みに、教師は後ろでニヤニヤしながら、他の生徒を帰して三人を観察していたらしい。
「ちなみに、その時のリアムは?」
「とっくに帰ってたと思うわ。あの時には、もうオリビアとは婚約者の関係だったけど、今日みたいに追いかけてくるような感じではなかったわね」
むしろ、その行動の方が一輝的には、想像通りのリアムだ。誰であろうと見下す冷たい人間――典型的な性悪貴族。或いは貴族の親の立場を笠に着た放蕩息子か。
「その……リアム様は入学前にリトロー伯爵を継承することが決まりまして、それで大変だった時期かと」
「リアムっち、あの時はなーんにも喋らないで、いつも本を読んでばっかりだったもんねー。内容も領地経営とか、お硬いのばっかしで……」
想像以上にリアムが真面目系男子であったことに一輝は驚きを隠しきれなかった。
「リアム様のお兄様は、自分で貴族の地位を確立されています。それはそれで重圧もあったのでしょうね」
父親の爵位を継がずに貴族の地位を得る。それは、若くして大きな功績を挙げたからこそできることだろう。
「いいな。そういう自分の力で成り上がる感じ」
「なになにー? カズキンも貴族とか憧れちゃうタイプ?」
「それもあるし、知り合いを探すには、そういう立場だからこそわかるものとか、探しやすいとかありそうだからさ」
一輝は自身が曽祖父に近い親戚を探して、この王都に来たことを告げる。しかし、曾祖父の「理合」という名は日本式に変えたものでわかるはずがなく、ニコイチ魔法に関しても、エミリーとオリビアは知らないようだった。
「そういえば、薬草採取の時にニコイチ魔法を発動できるかで、同じ物かどうかを認識できるってレイラから聞きました。この国にもそれと似たようなことをしている人がいるんですよ。宮廷魔術師なんですけど」
「宮廷魔術師か……国でトップクラスの魔法使いってことだよなぁ……」
「はい。偽金貨が出回っていないかどうかを調査するお仕事の担当をしているらしく、さまざまな店に出没して抜き打ち検査をしているらしいんです。片手には国が保有する金貨を持ち、もう片方の手は杖を使うことなく、手で触れるだけで偽物かどうかを判別するとか……」
一輝も宮廷魔術師も、両手に触れている物が同一かどうかという判断をしている。まさか、という気持ちが一輝の中に生まれるが、すぐに顔を横に振った。
「いや、それはないかな。お兄さんは宮廷魔術師を目指していたらしいけど、ニコイチ魔法を覚えていなかったみたいだから」
将来の夢は宮廷魔術師になること。その為には、基礎の魔法を徹底的に磨き上げ、新しい魔法や技術を見つけたり、どんな敵も薙ぎ払うだけの強大な魔法が放てたりすることが必要になる。それ故に、曾祖父の兄は家に伝わっていた魔法を覚えることを諦め、弟である曾祖父にそれを託したのだとか。
「当時は、性質が上がることもわかってなかったから仕方ないけどさ」
「でも、ある意味では幸せだったかもしれないわね。下手をすれば、その魔法でお爺様が先に宮廷魔術師になっていた可能性があったってことでしょう? そうなったら兄弟とはいえ、大変なことになっていたはずよ」
「あぁ、貴族とかだと跡取りとかの問題があるもんな……」
一輝は目の前の料理を口に運びつつ、かつての曾祖父を思い出す。
レイラの言ったようなことが起きたとしても、何か問題を起こす前に自ら身を引く。そんな人間だと一輝は思っていた。彼の兄やこの世界を想って遠い目をしていた表情が、今でも脳裏から離れない。
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