適性距離
「本当にありがとうございましたー!」
検査官の人たちに見送られ、一輝とレイラは魔術師ギルドを後にした。
「いやぁ、まさか、これだけ稼げるとはな……」
最終的に一輝の懐に入ったのは大銀貨四十枚。日本円にして四十万円だ。
約二時間で稼いだ額と考えれば、相当な収入と見て良いだろう。何だったら、明日も来て欲しいと声を掛けられている。少なくとも、これで当分の生活費に困ることはない。しかし、そんな一輝の顔はどこか暗かった。
「どうしたのよ。それだけの大金、元手も何もない人間が一日で手に入れるような額じゃないのに」
「いや、それは良いんだけど、少し気になることがあってな」
「……最後のニコイチ魔法のこと?」
「あぁ、そうだ。一応、ニコイチ魔法は頑張って鍛錬してきたつもりだったけど、まだまだ未熟だってことを痛感したよ」
一輝は先程のニコイチ魔法の失敗を思い出す。
***
煮詰めて作成するポーションが出来上がるまでの間に、次々に運ばれてくる在庫をニコイチ魔法でランクアップ。
一輝の出番は一瞬で、職員たちはポーションを移し替えるのに忙しなく動き回る。傍から見ている一輝としては、待機したままでいいのかと落ち着かない気持ちでいっぱいだった。ただ、移し替える作業は全て杖による魔法で行われている。下手に手を出すと逆に迷惑になるということで、後ろからシャツをレイアに引っ張られたまま一輝は大人しくしていた。
「よし、これで最後の釜だ。今日のノルマどころか、明日の分もオーバーして作り終えたぞ!」
「カズキさん、お願いします!」
お呼びがかかるとレイラの手が離される。
母猫に加えられる子猫じゃああるまいし、と思いながら一輝はニコイチ魔法で品質を上げる。ここに至るまでに、ついでにとばかりに下級ポーションの最高品質も二回ほど作成したおかげで、一輝の懐にかなりの余裕ができていた。
そんな中、ある職員の一言が周囲をざわつかせた。
「あの、もしかして、最高品質同士だと、中級ポーションになったり――しませんか?」
一輝は顎に手を当てて悩む。
木刀のように単純に「強度が上がる」だけならば、いけるだろう。しかし、彼らの言う中級ポーションは回復量や速度が上昇するだけでなく、一部の状態異常の治癒という効果が付随するという。
(今までの俺のニコイチ魔法と同じようにランクアップができるか?)
失敗したところで、素材が消えたり劣化したりすることはない。一輝の魔力が無駄に消費されるくらいなので、やることには一輝も乗り気ではあった。ただ、レイラが後で何を言ってくるかだけが心配で、視線を向ける。
そんなレイラの目は特に怒りも何もなく、やりたければどうぞ、という雰囲気であった。
「じゃあ、ちょうど今できた最高品質同士でやってみますね? ニコイチ発動――」
手から伝わる感覚的にはいけそうな気がしていた。しかし、いざ魔法を発動しようとした矢先、軽く手が押し戻される感覚と共に魔力が消失してしまう。
「ど、どうでしたか?」
「……いや、流石に下級から中級は無理でしたね」
「そうですか。いや、ここまでやっていただいたおかげで、かなり楽になりました。ありがとうございます」
職員たちにお礼を言われながらも、一輝は両手を握ったり開いたりを繰り返す。今までになかった感触に、疑問が寄せては返す波のように次々と脳裏に浮かび上がった。
***
「なるほどね。でも、そう簡単に出来たら、いろいろな意味で大変だったかもしれないわ」
「え、どういう意味で?」
「考えてみて。さっきは大釜でやったけど、瓶のレベルならたくさん用意できるでしょう? ポーションの段階は全部で十あるとされていて、未だにその最高峰のポーションはおろか、その材料である薬草が見つかったのはたったの一度のみ。それをあなたが難なく作ってしまったら、大騒ぎでしょうね」
単純に考えれば、五百十二個の同じポーションで作れてしまう。当然、価格崩壊が起きるし、目を付けられる。
「え、もしかして、俺、危ない綱渡りしてる?」
「だから、『魔術師ギルド長に諸々の保証をしてくれるのか』って確認を検査官の人にしたの。恩を仇で返す様なことをしたら、その地位を追われるだけじゃ済まないから、その点は安心して良いと思うわ。それでもやらかす人が現れたら、その人は世界中のどこに居ても命が狙われることになるから」
「大丈夫かなぁ?」
途端に不安になる一輝だったが、レイラの言葉をとりあえず信じておくことにした。
そんな話をしながら、一輝たちはメインストリート沿いのある店に入る。中にはびっしりと色とりどりの服が並べられていた。魔術師ギルドを出る際に、どうせなら、そのまま一輝が欲しがっていた服を買いに行ってしまおうということになったからだ。
「こっちの服にも何か魔法が掛かってたりする?」
「商品次第よ。戦闘に来ていくインナーなら多いし、私服用なら少なくなるわ。あと、この店は隣と繋がってて、防具や武器も扱ってるの。私は、そっちを見てみたいから、別行動で大丈夫?」
「あぁ、もんだいない。多分、こっちが先に終わると思うから。そしたら、俺もそっちに行っていろいろ見ると思う」
「わかったわ。それじゃあ、後で――えっ!?」
隣の部屋へと向かっていたレイラだったが、唐突にポニーテールを引っ張られたかのように動きが止まった。そのまま、ゆっくりと首だけ振り返ったレイラは、まさか、という顔で一輝を見る。
そして、一輝もまた、背中から誰かに押されるような感覚があったことに愕然としていた。
「もしかして、比翼の呪縛?」
「この距離って、十メートルちょっとしかないじゃないか……」
思わず一輝は唖然とした。状況次第で伸びもすれば縮みもするという比翼の呪縛が許す二人の距離。それを視覚的に理解して、あまりにも短いことに衝撃を受ける。
硬直していた二人だが、レイラは踵を返すと困惑した表情のまま一輝の後ろに立った。
「まずは、あなたの買い物が優先でしょ? 私のは終わった後でいいわ」
「そ、その、本当にごめん」
「良いのよ。元々はあなたの為の買い物なんだから」
一輝は申し訳なさから、さっさと服選びを終わらせなければと焦ってレイラの方を見ながら、適当に手を伸ばしてしまった。
「ちょっ、カズキ。あなた、私をからかってるの!?」
「え、何が――」
レイラが急に声を荒らげたので、驚いてしまう。何か怒らせるようなことをしたのかと、レイラの顔を窺ってみる。すると彼女の視線は一輝の顔と右手を行ったり来たりしていた。
その視線を追って右手を見た瞬間、一輝の顔から血の気が引いた。それはもう滝のように。
そこにあったのは女性用の下着。それはもう言い逃れの出来ないくらいレースのついた豪華で――よりにもよって、レイラの髪と同じくらい真っ赤なもの。己の右手に感じた柔らかく滑らかな肌触りが一輝にとっては初めてとなる感触であったが、感想を抱くことなく右手を引き抜いた。
「ち、ちちち、違う! 誤解だ!」
「まぁ、いいわ。どうせ、その行動を見続けなければいけないわけでも、私がそれを穿かなければいけないわけでもないのだから。どうぞ、ご自由に。あなたのセンスを心の中で辛口採点していてあげるから、続けなさいよ」
これは何を言っても無駄だ、と一輝は判断し、もう一度謝罪をした後、目的の服を探し始める。もちろん、両脇をしっかりしめて手が間違えて衣服へと伸びないように。
変な汗が体中から噴き出る中、何とか下着を数点とシャツやズボンなどを数点選ぶことに成功する。会計を済ませ、レイラの方を振り返ると、一輝とは全然違う方を向いていた。
「あの、お待たせ」
「――っ!?」
近づいてもなかなか気付かないので、一輝が声をかけると肩を震わせてレイラが振り返る。どこか慌てた様子に一輝が怪訝な顔をすると、さらにレイラは表情を強張らせた。
「なにか、買いたい物でもあった?」
「い、いや、そんなことはないわ。ほら、早く隣の武器と防具を見に行きましょう、ね!」
一輝の背中に回ったレイアによって、半ば強引に隣のフロアへ移動させられる。
気温よりも遥かに温かい二つの手に押され、辿り着いたコーナーは鎧が立ち並んでいた。
「とりあえず、私は今の剣の代わりになる物がないか探して来る。あなたは、その服でも大丈夫かもしれないけれど、変に目立ちそうだからレザーアーマーくらいは用意するのをお勧めするわ」
「ご、ご親切にどうも……」
一輝は銀色の金属鎧たちの奥。茶色や黒色のレザーアーマーを見に、レイラとは一度別れる。
どういう染色をしているのか、少ないながらも、赤や青など色鮮やかなものもあり、一輝はそちらに思わず視線を向けた。
「うっ、普通のよりも高い……」
一般的な値段の約二倍の値札がつけられており、説明を書いた小さな看板には一言だけ「対魔法コーティング済み」と書かれている。
一輝はその説明で悩んでしまった。自身の装備は純粋に強度が上がることがわかっているが、こちらの世界における一般的な魔法に対する抵抗力と比べたことがない。少しばかり高くても良しとするか、それとも自分の受け継いだ魔法とそれを掛けた服を信用するか。非常に悩ましいところがあった。
「……もっと、稼いでからでもいいか。別にすぐに売り切れるわけでもなさそうだし。レイラの言葉からすると、服装を誤魔化せればいいっぽいしな」
余裕ができれば、こちらの衣服をニコイチで強化するのも良いかもしれない。そんなことを考えながら、自分の体に合いそうな大きさの物を選んでいく。
実際に着てみないと良いかどうかがわからないので、試着できるかを聞こうか悩んでいると、近くにいた二人組の客の声が聞こえて来た。
「なぁ、最近、ダンジョン内で装備を奪われた死体が見つかってるって話を聞いたか?」
「いや、知らないな。どこ情報だ?」
「昨日帰って来た冒険者たちに聞いたんだよ。最近、人気だろ? 隠し階層のダンジョン」
隠し階層のダンジョン。
それは一輝がレイラと出会ったダンジョンの通称名だ。未発見のエリアが多く、また下の階層に降りるための階段が複数あるということで、一部の冒険者に人気になっている。その理由の一つが、未発見のエリアにはレアなアイテムが入っている宝箱が存在することが多いからだ。
(そういえば、レイアも腕試しがてら、魔法剣以外の装備を狙ってたって言ってたな)
ダンジョンから王都に来るまでの間の会話を思い出していた一輝だが、死体という物騒なワードには、流石に耳をそばだてずにはいられない。
「――剣や槍みたいな武器だけなら、ゴブリンたちが奪っていくこともある。だけどな、防具ってのは、あいつらの体には大きすぎる。つまり、意図的に持って行く奴がいるってことだ。そもそも、武器や防具丸ごと全部無くなってて、インナーしかないってよ」
「恐ろしいこともあるもんだな。正式な手順を踏まずに脱がせたら爆発する魔法とか開発して、やりやがった奴に一矢報いれるようにしておかないとな」
「安心しろ。お前のしょぼい鎧なんざ、誰も狙わんからよ」
「何だとー?」
鎧を挟んで反対側の列から聞こえる声が、冗談を言い合いながら遠ざかって行く。
ダンジョンの中の危険は魔物だけではなく、一部の人間も含まれていることにショックを受ける反面、これが異世界なのだと割り切ろうと一輝は言い聞かせる。
「どうしたの、腕を組んで唸って。何か悩むところでもあった?」
「早かったな。もう見つけたのか?」
「えぇ、魔法剣に出来る限り似た形状や重心の物を選んだの。ほんの少しだけど魔法の発動媒体の資質もある剣だから、魔力消費さえ気にしなければ十分に戦えるわ。ここの品ぞろえは良いから、すぐに見つかるのが良いところよ」
そう告げたレイラの両手に、一振りの細身のロングソードが収まっていた。無骨な鞘で、レイラが現在装備している物に比べて華やかさに欠ける。
「それでカズキの方はどうするの?」
「いや、着方とか色々分からないからさ。試着もどうしようかと思ってたんだけど、それなら、このままでもいいかなって」
下手に動きにくい方が、活動には支障が出そうだった。
「そう。なら、私の剣だけ買って戻りましょう」
特に一輝を責めることもなく、レイラはカウンターに一直線に進んでいく。
その先に待っているのは、スキンヘッドのちょび髭を生やしたおじさんだった。剣や鎧を一人で並べたりしているせいか、二の腕の筋肉が半端なく大きい。
「なんだ、レイラの嬢ちゃんか。男連れで来るのは構わないが、ここじゃあデートには相応しくないぞ」
「ち、違います! 魔法剣以外でも鍛錬用に剣が欲しくなっただけです」
「何だ。俺っちはてっきり嬢ちゃんが貢がされているのかと思っちまったぜ。命拾いしたな、少年。このままだったら、危うく殴り掛かってたぞ」
ひゅっ、と喉から変な音が漏れ、一輝は体を震わせた。
いくら自分の能力に自信があろうが、見た目というのはそれだけで威圧する力をもつ。一瞬とはいえ、店員の剛腕に殴られる姿を一輝は幻視してしまった。
引き攣った表情の一輝を見て、店員は大笑いしながら謝罪の言葉を口にする。
「悪いな。嬢ちゃんの親父さんには昔世話になったんだ。変な虫がつかないように心配しちまうってもんだ」
「もう、変な気は使わないでって言ってるのに!」
レイラが受付に両手を置いて身を乗り出すが、店員は全く動じた様子がない。まるで久しぶりに会った親戚の子供をからかうおじさんのようだ。
「――っと、そうだ。心配と言えばなんだが、スカベンジャーの話を聞いたか?」
「死体漁り? そんな話聞いたことないけど」
「俺が知っているだけで四人やられてる。しかも、そいつらはみんなダンジョンから出た武器や防具持ちだったらしいぞ――この店に来ていた常連も一人やられた」
苦々しい表情で店員は拳を握りしめた。
「嬢ちゃんも魔法剣を持ってから有名になっただろう? だから、狙われる可能性があるから気を付けてな。相手はソロの冒険者だろうが、二人組だろうが選んでないみたいだからよ」
「ありがとう、気を付けるわ。これ、お代ね」
「毎度あり。また来てくれよな」
剣を受け取ったレイラは、笑顔で別れを告げる。しかし、振り返った彼女の顔は神妙な物へと変わっていた。
「さっき、俺も二人組の客の話を聞いた。装備を全部持ってかれてたってさ」
「盗賊にしては少し手際が鮮やか過ぎね。四人もやられていたら、各ギルドも警戒しているはず。普通はそれを売り払って、足が着いてお縄になるのだけど……」
一輝が開けたドアを潜りながらレイラは呟く。
ダンジョン産の装備を持っている冒険者は、基本的に中堅者以上が多い。それを相手に立ちまわれている時点で相当な強者の可能性もある、と。
「俺たちが出会ったダンジョン。隠し階層って言うんだっけ? あそこで襲われてたって言ってたから、もしかすると未発見エリアで魔物に襲われたところを狙ってやった可能性もあるな」
「魔物に襲われたように見せかけて? なるほどね、当たらずとも遠からずかもしれないわ。それなら、学園の中のダンジョンとかは安全かもね」
「え、学園の中にダンジョンが?」
一輝は驚きの声を上げると、呆れたようにレイナは告げる。
「私の魔法剣は、学園のダンジョンで手に入れたって話。もう忘れたの? あそこは基本的に出入りが常に記録されているから、変な真似はできないわ。それに致命傷を負う攻撃を受ける寸前に、転移魔法で外に強制排出されるから」
「面白そうだな。俺も行ってみたいな」
「学園のダンジョンに? 構わないわよ。比翼の呪縛のせいで、離れて行動できないみたいだし」
「何だ。明日、ダンジョンに行く予定があったのか?」
一輝は目を丸くしていると、レイラは小さく頷いた。
魔法学園の生徒は、ある期間までに特定階層までクリアをすることが、学園の正式な試験として設定されているという。
「ただ、元々は友達といく予定だったから覚悟してね? 女ばかりの中に男が一人混ざるって、結構辛いって聞くから」
「でも、俺に会う前にあった予定なんだから仕方がないだろ。まぁ、俺が邪魔にならないように大人しくしてればいいだけの話だ」
「それがねぇ……いろいろと面倒なのよ。あなたがリアムを倒しちゃったせいでさ」
ここに来て想定外の名前がレイラの口から零れ出て、一輝は表情が凍り付く。
(まさか、リアムとダンジョンに行く予定――いや、あんなに険悪な雰囲気を漂わせていた相手と友達とは思えないし、何でリアムと関係があるんだ?)
脳内で様々な憶測を積み上げては崩すが、納得できるものは何一つとして出てこない。
百面相をしながら困り果てている一輝に向かって、ため息交じりにレイラは答えを口にする。
「友人の一人にオリビアって子がいるんだけどね。リアムの婚約者なのよ」
「――こっ!?」
同じ年頃の間では聞くことのない珍しい単語に、一輝は言葉を失ってしまった。
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