欠けた魔法剣
淡い光に照らされた洞窟の中、赤いポニーテールをたなびかせて疾走する少女がいた。
「くっ、こんなことになるなんて……」
少女は肩越しに後ろを振り返る。十数メートル後ろには、誰が見ても普通の人間には見えない生物たちが追いかけてきていた。
緑色の肌をした棍棒を振りかざすゴブリン、巨大な豚人間であるオーク。一体ずつならば、手に握った剣で倒す自信があった少女だが、流石にその数が十や二十どころではなく三桁に届かんとしていれば、多勢に無勢といったところか。
追い付いて来た個体を剣で薙ぎ、少しずつ処理をしていく。
「体力が尽きるのが先か、あいつらがいなくなるのが先か……。いや、しっかりしなさいレイラ。私ならこれくらい切り抜けられるでしょう!」
表情を歪ませたレイラは、正面へと視線を戻す。
「――え?」
「なっ!?」
交差した道の角から出て来た少年が、大きな鞄を背負ったまま不思議そうな目でレイラを見ていた。そんな二人の距離は、約一メートル。全力ではないとはいえ、背後から追って来る魔物たちから逃げていたレイラの速度では、到底止まることができずに衝突してしまう。
咄嗟にレイラが少年を抱え込む。そのまま、地面を何回転かするとやっと勢いが止まった。
「んん゛っ!?」
「うむっ!?」
二人の戸惑いと驚愕のくぐもった声が漏れ出る。なぜ、くぐもっているかと問われれば、その答えは単純明快。二人の唇が見事に重なり合ってしまっていたからだ。
互いに目を見開くも、すぐにレイラが立ち上がって、少年の腕を引っ張り上げる。
「き、急に何を――!?」
「そんなことはいい。私について来て!」
驚愕した少年が引っ張り上げられると、先程までいた場所に勢いよく棍棒が振り下ろされた。
「な、何だよ!? こいつらは……」
レイラに引っ張られるがままに走る中、少年が戸惑いの声を上げる。
「私はレイラ。あなたの名前は?」
「お、俺? 俺は一輝って言うんだけど……」
「いい、カズキ。今、あなたもわかっていると思うけど、私たちはダンジョンの隠しエリアにいる。言い換えると、今まで誰も討伐して来なかった魔物が溜まりに溜まっている状況。一刻も早く、ここを抜け出さないと――」
「あの化け物共にやられるって?」
「そういうこと!」
レイラは一輝を引っ張りながら、視線を巡らせる。頭の中に洞窟内の地図を描きながら進んで来たつもりだったが、枝分かれが多い上に、一輝と衝突して忘れてしまっていた。
おぼろげな記憶を頼りに三叉路を右へと曲がったレイラは、しまった、と舌打ちする。数十メートル先には、ヒカリゴケに照らされている行き止まりの壁がかすかに見えた。そこに至るまでの道には、どこにも横に抜けられる穴は見ることができない――行き止まりだった。
戻ろうと速度を緩めたレイラだったが、振り返った先にいるのは、既に追い付いてきている魔物たちの群れ。
「あなたは下がって。見たところ、その木剣くらいしか装備がないみたいだし、ここは私が何とかする。幸い、道幅が狭まってきているから、後ろに下がりながら戦えると思うわ」
レイラは覚悟を決めて剣を構える。
それはただの剣ではない。こことは異なるダンジョンでレイラが手に入れた魔法剣だった。魔力を籠めれば切れ味がよくなり、魔法の発動体にもなる。詠唱した魔法を刀身に宿し、別の能力を発動させることもできるなど、ダンジョンの宝箱の中から出るアイテムの中では、レア中のレアな逸品だった。
魔力を剣に送り込みつつ、風の魔法で目の前から迫る敵を可能な限り一層しようと息を吸う。
その時、レイラの耳に重い物が落ちる音が聞こえた。次いで、自身の隣に一輝が並ぶ。
「女の子一人に戦わせて、引っ込んでいることなんてできないんでね。悪いけど、俺もこいつで戦わせてもらう」
勇ましいセリフにレイラは、一瞬、胸が高鳴るが、すぐに血の気が引いた。一輝が握っていたのは木刀。一人くらいならば撲殺することも可能かもしれないが、それも十体を超える集団に一斉に襲い掛かられては一溜りも無いだろう。
「あなた、そんなので戦えると思ってるの!?」
「人は見た目によらないし、武器も同じだ。外見に惑わされる奴は痛い目を見るってな」
そう告げた一輝は、襲い掛かって来たゴブリンを一刀両断にした。
***
夥しい血を地面にぶちまけながら倒れたゴブリンとやらを見て、一輝は顔をしかめた。
魔物と言う存在は話に聞いていたが、出会うのは初めてだ。問答無用で人を襲う化け物だと知らなければ、攻撃することに躊躇してやられていたに違いない。
「な、なんで木の剣で斬れるのよ……!?」
「まぁ、それはここを生き延びたらってことで。そっちも良い剣持ってそうだしさ。何か作戦ある?」
一輝が問いかけると、レイラはわずかに戸惑いの様子を見せるが、すぐに頷いた。
「魔法を詠唱する時間を稼いでちょうだい。合図したら私が前に出るわ!」
「了解!」
一輝は、それを聞くと同時に陸上選手ですら出せない加速でゴブリンたちへと突っ込んだ。
やられた仲間を見て足を止めていたゴブリンたちの首が、数体まとめて空中を飛ぶ。血が首から噴き出るよりも先に一輝の蹴りが、首のない胴体に叩き込まれ、後ろにいたゴブリンたちを薙ぎ倒した。
「さて、次は――デカいのが相手か」
地面に倒れたゴブリンを気にすることなく、進み出て来たのは二メートルを超える豚顔の巨人オーク。二の腕の太さだけで一輝の胴体くらい余裕で越えていそうだ。
流石にこの体格差には、一輝も頬を引き攣らせる。
「さて、どんな攻撃をしてくるんだ――って、危なっ!?」
てっきりパンチか何かを繰り出してくると思っていた一輝だったが、オークはそのままの勢いで掴みかかるように一輝へと倒れ込んで来た。避けながら指の数本を切り飛ばし、距離を取る。倒れたオークは指を抑えて、聞くに堪えない悲鳴を上げていた。
他の魔物たちはオークが邪魔で中々進めないらしく、何とか隙間を縫って向かってきている。
「よし、デカいのにも俺の攻撃が効くことが分かったんだ。後はミスせずに倒すだけだな」
「カズキ、下がって!」
木刀を構えようとしたところに、レイラの声がかかる。振り返ると、彼女の剣はほのかに緑色の光を纏っていた。
一輝はレイラが魔法を放つ準備ができたのだと判断し、背後にいた彼女に向かってダッシュする。レイラの横を通り過ぎる際に、視線が交錯した。
互いに言葉を交わすことなく頷くだけだったが、それで気持ちは充分伝わった。
「私の魔法、とくと味わいなさい!」
大振りの横一閃。しかも、その剣はゴブリンから遠く離れた場所で空を切る。その間にもオークは立ち上がり、ゴブリンたちが押し寄せてきていた。
「ギッ――!?」
何匹かのゴブリンたちが醜い表情をさらに歪めた。次の瞬間、その胴体が真っ二つに切り裂かれ、地面へと倒れ伏す。それは立ち上がろうとしていたオークも例外ではない。手首と太腿が断ち切られ、再び地面へと転がった。その際にオークの体の下を潜り抜けようとしていたゴブリンが下敷きになる。
「魔法の発動体、というだけじゃないな? その剣」
「えぇ、魔法の効果を増幅して発動させることができる優れもの。ダンジョンの宝箱から偶然見つけることができた魔道具よ」
「そりゃ、頼もしい。ぜひ、残りの奴らも倒して欲しいね」
「ごめんなさい。これ、連発はできないの」
なるほど、と一輝は木刀を肩に乗せて、迫りくる魔物の群れに視線を向ける。
今のレイラの攻撃で、かなりの魔物が吹き飛んだが、オークが数体とゴブリンが二十体ほど残っていた。
「増幅できなくても、魔法は撃てるんだよな? だったら、オークの方を足止めしてくれないか? その間にゴブリンは俺がやる」
「いいわよ。任せて頂戴」
一輝はレイラが頷いたのを見て、前へと進み出る。破れかぶれの突撃か、ゴブリンたちは一斉に棍棒を振りかぶって走って来る。その様子を見て、一輝は木刀を右手だけで持って切っ先を下げた。
「まぁ、数に物を言わせるのは大正解だけどさ。飛び道具って言うのは、魔法だけじゃないんだよ!」
地面に当たるように一輝が木刀を振るうと、砕け散った石が散弾となってゴブリンたちへと襲い掛かった。体は勿論、顔や腕に当たった者は痛みに呻いて動きを止める。すかさず一輝は、その集団の先頭に向かって飛びこんだ。
「ふっ!」
一息で数体を薙ぎ払ったかと思えば、次の瞬間にはゴブリンの腕が飛び、血が溢れ出す。ものの二十秒もしない内にゴブリンたちは絶命するか、生きていたとしても四肢を切り飛ばされ、抵抗できない状態だった。
そんな中、レイラは火属性の魔法を詠唱し、オークへと攻撃を加える。
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝等、何者も寄せ付けぬ八条の閃光なり』」
騎馬隊の指揮官が突撃を命令するかのように、レイラは魔法剣を正面に振りかざす。すると、彼女の周囲に出現した火の玉が緩やかな弧を描き飛んでいく――と思った時には、オークに着弾し、爆発していた。
火球の残像に目を奪われながら、一輝は残ったオークを見てレイラに問いかける。
「どうする? 俺がやるか? それとも魔法で?」
「たまには魔法剣の切れ味も試したいと思ってたところなのよね。一緒にやる?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
一輝とレイラは横に並ぶと、一瞬だけ互いの顔を見る。どちらからともなく微笑むと、正面にいる最後の敵に向かって駆け出した。
「グオオオオッ!」
オークも雄叫びを上げて迫る。握りしめた拳を大きく振りかぶり、地面ごと打ち砕かんと放つ。
それをレイラは軽やかに躱して懐に入る。すれ違いざまに魔法剣をオークの足へと斬りつけた。同時に一輝も同様に反対側の足を切り裂いていく。
両側の太ももの前半分と側面までを走る一撃。その痛みに耐えきれず、オークは膝をついた。
「見た目と違って筋肉の塊っぽいけど、それでもこの程度か」
「普通なら、そうね、って聞き流すところだけど、その木剣でどうしたら、そんなことができるのか本当に不思議。あとで教えてくれる?」
「まぁ、別にいいけどさ。とりあえず、目の前のこいつを片付けて安全な所まで行かないか?」
「それ、良い考えね」
足元を血で染めながらも、片手をつき、一輝たちへと振り返って手を伸ばすオーク。その動きは一輝たちにとって、あまりにも緩慢過ぎた。
「寝てろ!」
「邪魔よ!」
二人の攻撃は両側から吸い込まれるようにオークの首へと迫り――
――ガキッ!
オークの首の骨に当たったにしては、やたら硬い感触と振動が手に伝わって来た。
その場を飛び退り、二人は訝しげな顔をする。
「あ、あぁ……」
すると、先程まで凛とした姿で立っていたレイラの口から、弱々しい声が漏れ出た。
何かあったかと一輝が振り返ると、レイラは魔法剣の刀身部分を指で触りながら震えている。一輝が近寄って、その部分を覗き込むと――
「――わ、私の剣が欠けてる!?」
ちょうど切先から数センチ手前の部分に、切れ込みと罅が入っていた。
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