7.狭間で揺れ動く
朝食を取りながら、美咲は両親の顔をじっと見つめた。彼らには、自分の中で起きている変化は見えないのだろうか。
「どうしたの、美咲? 私の顔に何かついてる?」
母の言葉に、美咲は慌てて首を振る。
「ううん、なんでもない」
そう言いながら、美咲は唇を噛んだ。このまま、普通の高校生として生きていけるのだろうか。それとも、いずれは選択を迫られるのだろうか。
すぐに答えが出るはずもなかった。
*
通学路を歩きながら、美咲はスマホを取り出した。『異世界フィルター』のアイコンが、いつもより明るく輝いて見える。
(全ては、このアプリから始まったんだ)
そう思った瞬間、スマホの画面が歪んだ。そこには、見知らぬ文字が浮かび上がっていた。
『次なる扉が開かれる時、君の真の姿が明らかとなる』
美咲は息を呑んだ。これは、予言なのか、それとも警告なのか。
そのとき、後ろから声がした。
「おはよう、美咲!」
振り返ると、由香が駆けてきた。いつもの笑顔。いつもの挨拶。でも、今の美咲には、全てが新鮮に感じられた。
「おはよう、由香」
美咲は微笑んで答えた。心の中では、様々な思いが交錯している。未知の力、二つの世界、迫り来る選択。全てが、あまりにも突然だった。
でも、きっとこれが自分の運命なのだと、美咲は感じていた。そして、その運命に立ち向かう覚悟も、少しずつ芽生え始めていた。
空を見上げると、そこには普通の青空が広がっていた。でも、美咲には見えた。その青の向こうに広がる、もうひとつの世界を。
これからの日々は、きっと今までとは違うものになるだろう。そう思いながら、美咲は由香と並んで歩き始めた。
「ねえ、美咲。最近、なんだか変わったね」
突然、由香が言った。美咲は一瞬、心臓が止まりそうになった。
「え? そ、そう?」
「うん。なんていうか……輝いてるっていうか、神秘的っていうか」
由香は首を傾げながら、美咲をじっと見つめる。その眼差しに、美咲は居心地の悪さを感じた。
「気のせいじゃない? 私、相変わらずだよ」
そう言いながら、美咲は空を見上げた。そこには、薄い雲がゆっくりと流れている。でも、その雲の形が、どこか異界の生き物に似ているように見えた。
*
学校に着くと、美咲はいつも通りに行動しようと心がけた。でも、教室の隅に咲いている花が、異界で見た花に見えたり、黒板の文字が一瞬だけ異界の文字に変わったように見えたりと、違和感は拭えなかった。
授業中、美咲は窓の外を見ていた。すると、一瞬だけ風景が歪み、異界の森が見えたような気がした。驚いて目をこすると、いつもの校庭の風景に戻っている。
(私の目が、おかしくなってるのかな)
そう思った瞬間、教科書の文字が浮き上がって見えた。
『二つの世界の狭間で揺れ動く心は、やがて新たな力となる』
美咲は息を呑んだ。これは、自分にだけ見えているメッセージなのか。それとも、単なる錯覚なのか。
「星野さん、問題を解いてください」
先生の声に、美咲ははっとして我に返った。
「は、はい」
黒板に向かいながら、美咲は深呼吸をした。集中しなければ。でも、チョークを持った瞬間、手から淡い光が漏れ出した。
(まずい!)
慌てて、もう片方の手でそれを隠す。幸い、誰も気づいた様子はない。
問題を解き終え、席に戻る美咲。その足取りは、少し不安定だった。
*
昼休み、美咲は一人で屋上に向かった。周りの喧騒から離れ、少し落ち着きたかったのだ。
扉を開けると、そこにはアルフが立っていた。
「よく来たね、美咲」
「アルフ! どうしてここに?」
「君が呼んだんだよ。無意識にね」
アルフは優しく微笑んだ。その姿は、陽炎のようにゆらめいて見える。
「アルフ、私……どうなっていくの? このまま、普通の高校生でいられるのかな」
美咲の問いかけに、アルフは真剣な表情を浮かべた。
「それは、君次第だよ。でも、もう後戻りはできない。君の中の力は、どんどん目覚めていく」
「でも、私にはまだよくわからない。この力の使い方も、自分が何者なのかも」
美咲は俯いた。すると、アルフが彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫。一人じゃないよ。僕たちが、ずっとそばにいる」
その言葉に、美咲は少し安心した。しかし、同時に新たな疑問が湧いてきた。
「アルフ、私の家族は……両親は、この事実を知ってるの?」
アルフは少し困ったような表情を見せた。
「それは……まだ話せる時期じゃないんだ。でも、いずれわかる日が来る」
その瞬間、チャイムが鳴った。
「あ、もう授業の時間だ」
慌てて立ち上がる美咲。振り返ると、アルフの姿はもう消えていた。