6.選択
「助けて!」
声のする方を見ると、小さな妖精が巨大な黒い影に追われていた。
「行こう!」
アルフの声に、美咲は無意識に頷いていた。二人は声のする方へ駆け出した。
森の奥に進むにつれ、周囲の景色が徐々に歪んでいく。木々が捻じれ、地面が波打つ。まるで、現実と非現実が混ざり合っているかのようだ。
やがて、二人は小さな空き地に辿り着いた。そこでは、黒い影が幾つもの妖精たちを追い詰めていた。影は不定形で、触手のようなものを伸ばしている。
「あれは現実世界の負の感情が具現化したもの」
アルフが説明する。
「もし、あれが現実世界に漏れ出したら……」
言葉を濁すアルフの表情に、事態の深刻さを感じ取った美咲は、杖を強く握りしめた。
「私に、何ができるの?」
「君の中にある光で、影を包み込むんだ」
美咲は深呼吸をし、目を閉じる。すると、体の中心から温かいエネルギーが湧き上がってくるのを感じた。それは、まるで体の中に小さな太陽があるかのよう。
杖を掲げると、その先端から眩い光が放たれた。光は影に向かって伸びていき、それを包み込んでいく。
影はもがき、抵抗する。その動きに合わせて、美咲の体の中の世界もゆらめいた。現実と非現実、光と闇、人間と異界の者。相反するものが、激しくぶつかり合う。
(私は、誰――何なの?)
疑問が頭をよぎる。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。目の前の脅威を、何としても退けなければ。
「美咲、君ならできる!」
アルフの声が、混沌とした意識の中に差し込んでくる。
「私は……守りたいの。この世界も、あの世界も。そして、大切な人たちも!」
叫びとともに、美咲の体から大きな光の波動が広がった。それは影を覆い尽くし、徐々に消し去っていく。
光が収まると、そこにはもう影の姿はなかった。代わりに、地面に小さな花が咲き始めていた。
「…………」
呆然と立ち尽くす美咲に、アルフが駆け寄ってきた。
「すごいよ、美咲! 君は想像以上の力を持っているみたいだ」
解放された妖精たちが、美咲の周りを飛び回り始めた。その姿を見て、美咲は安堵の笑みを浮かべる。しかし、その表情はすぐに曇った。
「でも、これからどうなるの? 私はどんどん変わっていってしまうの?」
アルフは真剣な表情で美咲を見つめた。
「それは君次第だよ。力の使い方を学び、両世界のバランスを保つことができれば、君は橋渡し役になれる。でも、それには大きな責任が伴う」
美咲は黙って頷いた。責任の重さを感じつつも、どこか心が落ち着いているのを感じた。
そのとき、遠くでベルの音が鳴り響いた。
「あ、もうこんな時間!」
「そろそろ戻らないとね。朝のチャイムが鳴るころには、現実世界に戻っているはずだよ」
アルフの言葉に、美咲は慌てて頷いた。しかし、その瞬間、不思議な感覚に襲われる。体が軽くなり、まるで霧のように薄くなっていくような感覚。
「ア、アルフ! 私の体が……」
「大丈夫。これが異界から現実世界への移動なんだ。目を閉じて、深呼吸して」
美咲は言われた通りにする。すると、周りの空気が変わり、懐かしい香りが鼻をくすぐった。
目を開けると、そこは自分の部屋だった。朝日が窓から差し込み、目覚まし時計がいつもの時間を指している。
「夢……だったの?」
そう思った瞬間、枕元に小さな花が一輪、咲いているのに気がついた。異界で見た、あの花だ。
美咲は花を手に取り、その真っ白な花びらを見つめた。現実と夢の境界線が、今までより少しだけ曖昧になったように感じる。
「私、きっと変わっていくんだ」
そうつぶやきながら、美咲は制服に着替え始めた。鏡に映る自分は、いつもと変わらない姿。でも、目の奥に小さな光が宿っているような気がした。