4.決心
「よく来たわね、美咲」
長い銀髪がそよ風に揺れている。アルフに似た容姿の美しい女性だ。
「あなたは……」
「私はシルフィア。アルフの姉よ」
シルフィアと名乗った女性は、優しく微笑んだ。その笑顔に、少し緊張が解ける。
(アルフもシルフィアも、なぜ私のことを知っているのだろう)
「今朝のことは、よくやったわ」
「あの、翼竜は一体……」
「両世界のバランスが崩れた結果よ。これからも、同じようなことが起こるかもしれない。あなたには手伝ってもらうわよ?」
シルフィアの言葉に、美咲は息を呑んだ。
「私に、本当にそんなことができるの?」
「ええ、あなたには特別な力がある。でも……」
彼女は一瞬、言葉を濁した。
「でも?」
「その力を使えば使うほど、あなたも〝向こう側〟に引き寄せられていくわ」
その言葉に、背筋が凍るのを感じた。
「〝向こう側〟? どこなのか分からないけど、つまり、私はこの世界からいなくなってしまうの?」
シルフィアはゆっくりと首を横に振った。
「そうではないわ。ただ、あなたの中の〝異界の血〟が目覚めていくの。それは時に、危険を伴うかもしれない」
美咲は黙って杖を握りしめた。今朝、気づかないうちにカバンに入れていたのだ。
「美咲、怖いの?」
シルフィアの問いかけに、美咲は正直に答えた。
「うん、怖い。でも……」
言葉を探していると、チャイムが鳴った。
「あっ! もう授業の時間だ」
慌てて立ち上がる美咲に、シルフィアは優しく微笑んだ。
「また会いましょう。そして覚えておいて。あなたは一人じゃない」
そう言って、彼女は風のように消えていった。
美咲は深呼吸をして、ゆっくりと屋上を後にした。階段を降りながら、彼女の頭の中では様々な思いが渦巻いていた。
(私には特別な力がある……? でも、それを使えば使うほど、〝異界の血〟のせいで、自分が変わっていく……)
不安と期待が入り混じる複雑な感情。しかし、一つだけ確かなことがあった。もう、昨日までの日常には戻れない。
教室のドアに手をかけたとき、美咲は小さくつぶやいた。
「よし、やってみよう」
そして、ドアを開けた。教室の中は、いつもと変わらない風景。でも、美咲の目には、わずかに異なって見えた。黒板の隅にきらめく小さな光。窓際で揺れる見えない風。そして、クラスメイトたちの周りにほのかに漂う、カラフルなオーラ。
いつの間にか『異世界フィルター』なしで見えるようになっていた。
美咲は自分の席に向かいながら、密かに決意を固める。この新しい世界を、自分の目で確かめてみよう。そして、自分にできることを精一杯やってみよう。
窓の外では、誰にも見えない虹色の鳥が、美咲に向かって優しくさえずっていた。