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2.浸食する異界

 朝、目覚ましのアラームで目を覚ますと、部屋の中が薄暗い。カーテンを開けようと立ち上がった瞬間、違和感に気づいた。窓の外に壁に蔦が絡みついている。スマホ越しに見ているわけではない。それは、昨夜アプリで見た光景そのままだった。


「な、何これ……?」


 慌ててスマホを手に取り、『異世界フィルター』を起動させる。すると、画面の中の世界は、普段の美咲の部屋が映し出されていた。でも、画面の外の現実の部屋は、依然としてファンタジーの要素に彩られたままだ。


 頭が混乱する。これは夢? それとも現実? それとも、アプリの不具合?


「美咲、朝ごはんよー」


 母の声で現実に引き戻される。とにかく、今は普通に行動しなければ。深呼吸をして、制服に着替え、階段を降りる。


 食卓に着くと、母特製の朝食が並んでいた。ホッとする間もなく、味噌汁を一口すすった瞬間、また違和感を覚えた。


「おかあさん、今日の味噌汁、なんか違うね」


「えっ? いつもと同じよ?」


 母は不思議そうな顔をする。美咲は首を傾げながらもう一口すすってみた。すると、唇に熱を感じた。


「きゃっ!」


 思わず声を上げる美咲に、両親は心配そうな顔を向ける。


「どうしたの、美咲? 顔色悪いわよ」


 母が心配そうに訊ねてくる。父も新聞から顔を上げ、美咲を見つめている。


「あー、いや……なんでもないっ! ちょっと寝不足かな」


 慌てて取り繕ったが、動揺は隠せない。両親に気づかれないように、こっそりスマホを取り出す。『異世界フィルター』を起動させると、食卓の上に小さな炎――火の精がかわいく踊っていた。味噌汁から立ち上る湯気に乗って、優雅に舞う姿が見える。


(現実世界に影響が出てる? これ、アプリのバグなの? それとも……)


 頭の中で様々な可能性が駆け巡る。でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「ごちそうさま。行ってきます!」


 急いで食事を済ませ、家を飛び出す。道路を歩きながら、美咲は周囲を慎重に観察した。一見すると何も変わっていない。でも、スマホのカメラを通して見ると、世界は一変する。


 電柱は巨大な樹木に、道路は(きら)めく川に変わる。そして、空には……。


「わっ!」


 思わず声が出る。巨大な翼竜(よくりゅう)が大空を悠々と飛んでいた。その姿は荘厳で美しく、まるで太古の時代にタイムスリップしたかのよう。翼竜の鱗は朝日に照らされて虹色に輝き、その翼から落ちる光の粒が、まるで星屑のように美咲の周りを舞う。


(これ、本当にARなの?)


 リアルすぎて困惑しながらも、美咲は学校へと足を進めた。今日という一日が、どんな展開を見せるのか、まったく想像がつかない。


 そんな中、ふと背後から声をかけられた。


「よく来たね、美咲」


 振り返ると、昨夜の夢で見た銀髪の少年が立っていた。


「ぴゃっ!」


 変な声を上げ、思わず後ずさりした美咲は、通りがかりの人とぶつかりそうになる。


「おっと、危ない」


 銀髪の少年が美咲の腕を掴み、支えてくれた。その手の感触は確かに実在するもので、ARでも幻覚でもないと物語っていた。少年の手から、ほのかな温もりと、かすかな草花の香りを感じた。


(まただ……)


 美咲はすでにスマホの画面から目を離しているのにもかかわらず、周囲の風景はファンタジーの世界に変貌していた。


 けれど……周りを歩く学校の生徒たちに、周囲をおおいつくす蔦も、銀髪の少年も見えていない。誰も振り返らず、ただ無関心に通り過ぎていく。


 混乱しながら声を絞り出す。


「あ、あなたは……」

「僕はアルフ。君のことをずっと待っていたんだ、美咲」


 アルフと名乗った少年は、穏やかな笑顔を浮かべている。その姿は、まるで異世界から来た王子様。翡翠(ひすい)色の瞳が、真剣なまなざしで美咲を見つめていた。


「待っていた……って、どういうこと?」


 美咲の問いかけに、アルフは少し困ったような表情を浮かべた。


「それはね、君に……」


 その時、突然大きな轟音が鳴り響いた。空を見上げると、さっきまで悠々と飛んでいた翼竜(よくりゅう)が、街に降りて激しく暴れ始めていた。

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