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1.見えない世界との遭遇

 夕暮れ時の教室に、オレンジ色の光が差し込んでいた。閑散とした空間に、カタカタと鉛筆を走らせる音だけが響く。机に向かっていたのは、星野(ほしの)美咲(みさき)。彼女は大学受験を控えた高校3年生だった。


「美咲、まだ帰らないの?」


 親友の佐々木(ささき)由香(ゆか)が声をかけてきた。美咲は顔を上げ、疲れた表情で微笑んだ。


「あと少し。この問題を解き終わったら帰るわ」


 由香は軽くため息をつき、美咲の隣に腰掛けた。


「もう、いつも勉強ばっかり。たまには息抜きも必要よ」


 そう言って、由香はスマートフォンを取り出した。画面には、色とりどりの光の粒が舞っている。


「ねえねえ、この『異世界フィルター』ってアプリ、知ってる? 今、みんな夢中なんだって」


 美咲は首を傾げた。


「異世界……フィルター?」


「そう! カメラを通して見る世界に、ファンタジーの要素を重ねるAR(拡張現実)アプリなの。ほら、見て!」


 由香はスマホを美咲に向けた。画面越しに見える教室には、きらきらと光る小さな妖精たちが舞っていた。美咲は目を見張る。


「わぁ、すごい……」


 思わず息を呑んでしまう。普段見慣れた教室が、幻想的な空間に変わっていた。窓際には蔦が絡み、黒板の上には不思議な模様が浮かび上がっている。


「でしょ? 電車の中でこっそり使ってみたら、つり革にゴブリンがぶら下がってたの。笑いそうになっちゃった」


 由香は楽しそうに話す。美咲はスマホを覗き込みながら、不思議な感覚に包まれていた。所詮はゲームのはずなのに、どこか現実味を帯びて見える。


「面白そう。でも、私、最近ゲームにあんまりはまってないんだよね」


 美咲はそう言いながら、スマホを由香に返した。


「もう、美咲ったら。たまにはこういうのも楽しんでみたら? 毎日勉強ばっかりじゃ、人生つまんないわよ」


 由香は軽くため息をつきながら、美咲の肩を叩いた。


 *


 その夜、美咲は布団の中でスマホを握りしめていた。由香の言葉が頭から離れない。確かに最近は、大学受験を意識して勉強漬けの日々だった。少しぐらい息抜きがあってもいいかもしれない。


「インストールするだけなら……」


 そう呟きながら、アプリをダウンロードする。起動すると、まず使用規約が表示された。長々とした文章の中に、妙に気になる一文があった。


『本アプリは、使用者の潜在的な能力を活性化させる可能性があります。予期せぬ現象が起きた場合は、直ちに使用を中止し、サポートまでご連絡ください』


 変な注意書きだな、と思いつつも同意ボタンを押す。すると、画面全体が光に包まれ、目の前の風景が一瞬歪んだように見えた。


「わっ!」


 思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえる。両親が起きてきたら困る。深呼吸をして落ち着くと、画面の中の世界が少しずつ変化していくのが分かった。


 天井には星々が瞬き、壁には蔦が絡みつき始める。そして、本棚の上に小さな妖精が腰かけている。


「すごい……」


 思わずため息が漏れる。由香の言う通り、確かに面白い。でも、どこか違和感がある。まるで、この光景が本当に存在しているような……。


 しばらくアプリで遊んだ後、美咲はスマホを枕元に置いて目を閉じた。明日からまた現実の日々が始まる。こんなファンタジーを見ている場合じゃない。そう自分に言い聞かせながら、彼女は眠りについた。


 しかし、その夜、美咲は奇妙な夢を見た。銀髪の少年が彼女に手を差し伸べ、何かを伝えようとしている。その声が聞こえそうで聞こえないもどかしい夢だった。

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