呪物専門の遺物探索師 ~田舎から出てきた新米解呪師は、道端で倒れていた呪物コレクターの幼女と手を組むことになりました~
今から10年ほど前に発見された迷宮都市は、町全体がダンジョンとも言うべき広大な遺跡です。それ故に未だ多くの「遺物」が眠っており、世界中から毎日のように探索者が訪れます。
私もそのうちの一人です。私は魔物と戦ったりするような力はありませんが、代わりに人体や物に掛けられた呪いを解く「解呪」の力を持っています。
遺物には厄介な呪いが掛けられている場合が結構あります。ちょっと頭痛がする程度ならいいですが、中には死に直結するような危険な呪いもあるでしょう。私はそういった危険な呪いに苦しむ探索者を救うべく、田舎を飛び出して迷宮都市にやってきたのです。決して解呪がピーキーすぎて人の少ない田舎だと仕事がなかったわけではありません。そう、決して。
……まあ確かにちょーっとだけお金に困っていたのは事実ですが、本命は人助けなのです。そこは勘違いしないでくださいね。
「うーん。迷宮都市に着いたはいいものの、さっそく道に迷ってしまいましたね……」
迷宮都市はその名の通り、迷路のように道が複雑に入り組んでいます。ここへ着いたら探索者ギルドを目指せ、というのが一般的なセオリーではありますが、初めて来た人間には道を覚えるのも至難の業でしょう。現に私がそうです。こうなるんだったら少し高額でも地図を買っておくべきでした。
余所者だからって足元見やがって、と静かに憤った数時間前の私を殴りにいきたいくらいです。上手い商売を思いついたものだな、と素直に認めるべきでした。
「ぐ……ああ……がぁ……!」
と、その時でした。
脇にそれた小道から、突然苦しそうな人の声が聞こえてきましたではありませんか。
声の感じからして女性、それも小さな子供でしょうか。明らかな異常事態です。早く助けなければ、と私は脇道へと駆け込みました。
そこにいたのは、やはり一人の女の子でした。
歳は10歳にも達していないように見えます。極めて整った容姿をしていますが、その顔色は酷く悪いです。
それもそのはずで、彼女の首周りにはおどろおどろしい雰囲気の赤黒い首輪が巻かれていたのです。一目で明らかに、何らかの呪いが掛けられた遺物であると分かる代物でした。
真っ赤な顔色から察するに、首輪がだんだん締まってきているのです。
「だ、大丈夫……じゃないですよね!? けど安心してください、私が解呪してあげますから!」
さっそく自分の出番がやってきたなどと不謹慎なことを思い浮かべる暇はありません。私は急いで女の子に駆け寄り、解呪の魔法を掛けました。すると女の子の顔色はだんだんよくなり、やがて苦しそうな声をあげることもなくなりました。
一先ずは安心です。そう思って女の子の様子を窺うと……なんと女の子は血相を変えて私を怒鳴ってきたのです。
「おいねーちゃん! 何余計なことしてくれてんだ!」
「えっ!? す、すみません……!」
あまりの剣幕に思わず謝ってしまいました。別に感謝を求めていたわけではありませんが、さすがに怒鳴られるのは想定外でした。都会ってこういう人たちしかいないのでしょうか。怖いです。
「ねーちゃんねーちゃんねーちゃんよぉ。自分が何したか胸に手ェ当てて考えてみい?!」
幼い女の子から発せられたとはとても思えない、やけにドスの利いた声でした。ここで返答を間違えたら、殺されてしまう気がしてきました。
「えーっと……あなたがとても苦しんでいる様子でしたので、解呪の魔法を掛けただけです。何かまずいことをしてしまったのでしょうか……」
「それが余計だっつってんの! アタシはなぁ、呪われてる遺物を集めるのが趣味なんだよ!」
「集めてる……? 集めて、いったい何に使うんですか?」
「どうもせんわ。さっき言ったろ、ただ集めてんだよ。だがお前が解呪してくれたお陰で、ただの首輪に成り下がっちまった。いやそれだけじゃねえ、装備品としての品質もガタ落ちだ」
そう言うと女の子は、探索者カードというものを取り出しました。探索者ギルドにて発行しているものらしく、遺物にかざすと詳しい情報が分かる便利な代物のようです。
先ほどの首輪にかざしてみると、カードの表面に色々な文字が浮かび上がり始めました。
アイテム名:ただの首輪
遺物ランク:F
ステータス:防御力+1
特殊な効果:なし
不思議なことに遺物というものは、数値によってその効果や品質が分かるようになっているそうです。これは迷宮都市で発見された物にしか現れない特性で、普通の剣や鎧にカードをかざしても何も起こらない女の子は言ってました。
ちなみに解呪前は「ただの首輪」という名前ではなく「カースドチョーカー」というハイカラな名前だったそうです。
防御力の数値もだいぶ高かったそうで、ランクも最低のFではなくCはあったとのことです。
「で、でも! 死んじゃうよりは全然いいじゃないですか! だいたい呪われているならいくら性能が高くても意味ないはずです!」
「ふん、これだから素人はダメなんだ。首が締まる程度の呪いならいくらでも対策はできる。たとえばほれ、こいつを下敷きに巻けば首は締められねえ」
そう言って女の子が私に手渡したのは、自作の鉄製チョーカーでした。確かにこれの上に先ほどの「カースドチョーカー」を巻けば、首が締まることはなさそうです。
「でもこれ、結構重たいですよ。いくら取り外し可能とはいえ、これを巻いて動くとすぐ疲れてしまいそうです」
「そ、それは……要改良案件ってやつだ」
女の子は私から視線を逸らしました。もしかして想定していなかったのでしょうか。そうに違いありません。
「あと、なんで首輪をはめる必要があったのですか? カードをかざせば呪われてることも、どういう呪いかも分かるはずでは?」
「ふん、これだから素人はダメなんだ」
「それはさっきも聞きました」
「アタシはなぁ、そこらのコレクターとは違うんだ。アタシは筋金入りの呪物コレクターだ。その名を自称するなら、呪いの効果も自分の身体で確かめなきゃならねえんだ!」
女の子は胸を張って言いました。言っていることはめちゃくちゃですが、その尊大なる姿勢のおかげでまともに聞こえてしまいます。
「つーかおめえ、勝手に人のモンをおじゃんにしといてタダで済むと思ってんのか?」
「……! それは、本当に申し訳ないことをしたと思ってます」
確かに女の子の言う通りです。呪われていたとはいえ、許可なく解呪するのは良くなかったかもしれません。
「ふーん。本当にそう思ってるなら、行動で示してもらおうじゃないの」
「こ、行動とは、具体的にどういうことですか……?」
「お前、アタシと組め。ちょうど解呪師を探してたんだ」
「え? 呪い、解いちゃっていいんですか?」
「万が一のためだ。アタシは自殺志願者でもマゾヒストでもねえ。生きて、一つでも多くの呪物をかき集めるんだ」
「そうだったんですか? てっきり――」
少し意外です。確かに自殺志願者ではないのかもしれませんが、マゾヒストの気質は絶対にあると思います。おそらく自分では気づいていない、あるいはマゾヒストである自分を認めたくないだけでしょう。
でも言葉に出すと何をされるか分からないので、ギリギリのところで口をつぐみました。
「あ? てっきりなんだよ」
「すみません、なんでもありません」
「で、どうすんだ? アタシと手、組むのか?」
「もちろん協力させていただきます。元はと言えば私が原因ですからね」
「物分かりがよくて助かるねー。そういえば名前もまだ言ってなかったな。アタシはネル。あんたは?」
「私は、ケイトと申します」
「おう、よろしくなケイト」
「こちらこそよろしくお願いします、ネルさん」
……あれ? 私が年上ってことでいいんですよね?
今のやり取りで私は混乱してしまいました。この錯覚の原因はやはり、ネルさんの全身から迸る大物オーラによるものでしょう。
ネルさんは普通の女の子ではありません。
言うなれば、女の子の着ぐるみを着たおじさんです。
もしかして元々はおじさんだけど、呪いで女の子の姿になっている……わけありませんよね。私はおぞましい想像をしてしまったことを早々に後悔するのでした。
その後、私たちはとあるお屋敷の前までやってきました。お屋敷と言っても人の住んでいない廃屋ですが。ネルさんは、このお屋敷の中にお宝があると言うのです。
そこで私はふと疑問に思いました。
いくら探索の進んでいない迷宮都市といえど、こんなに立派なお屋敷ならば真っ先に探索されて、めぼしい物など残っているはずがありません。
10年経っているのですよ、10年。とても長い時間です。
でも、よく考えてみればネルさんにとってのお宝は呪物を差すのでした。
呪物がめぼしいもののはずないので、確実に残っているでしょう。
それを踏まえると呪物コレクターというご趣味がとても理想的で効率的に思えてきました。なにせ目当てのものを先取りされている心配がありませんからね。取り放題です。
「よし、乗り込むぞ」
「はい」
私たちは勇んでお屋敷に足を踏み入れました。まずは近くのお部屋から探索します。
何もありません。
次に隣のお部屋。
これまた何もありません。
やはり目立つ大きなお屋敷だけあって、探索はし尽くされているのでしょう。
驚くことに呪物すらも見つかりませんでした。まあ、さすがにポンポン呪物が見つかっては大変ですからね。もしかしたら骨の折れる作業になるかもしれません。
「ここが最後の部屋だな」
私たちはとうとう、屋敷の中で一番大きな部屋へ足を踏み入れました。豪華できらびやかな装飾が施されています。天蓋付きのベッドが置かれているので、元は寝室だったのでしょうか。
ベッドの他にも立派なテーブルや椅子、タンスやクローゼットも見受けられます。
「おお、かなり広いな。仕方ねえ、手分けして探すぞ」
「えっ。分かれて探すんですか?」
「別にいいだろ、同じ部屋にいるんだから。何かあったら大声で知らせろ。すぐに駆けつけてやる」
「は、はい」
……なんて頼もしいお言葉なのでしょう。
ネルさんはそのへんの物を手当たり次第に漁り始めました。私も一応それっぽいものを漁ってはいますが、さすがにめぼしい物は見つかりません。
それでも諦めずに探していたら、唐突に腕を掴まれました。
「どうしました? 何かあったのです……か……」
最初はネルさんが近づいてきたのだと思っていました。でも振り向いてみるとビックリ。なんとそこにいたのは、アンデッドの姿に成れ果てた探索者の男性だったのです。生気のない瞳でこちらをじっと見つめながら、ズルズルと私の腕を引きずってきます。
「アア……女だ……可愛いなァ、お嫁さんにしたいくらいだなァァ……」
「ひっ」
情けないことに私は悲鳴すらも上げられませんでした。アンデッドはそんな私の腕を掴んだまま、指に何かをはめてきました。
指にはめるものと言えば一つしかありませんね。そう、指輪です。しかも左手の薬指にでした。これが意味するものもまた、一つしかないでしょう。よく見るとアンデッドの左手薬指にも、同じような指輪がはめてありました。
「でへへ……これでオレダチは夫婦だァァ……」
「た、助けてください、ネルさーーーん!!」
ようやく私は先ほどのネルさんの言葉を思い出し、必死に叫びました。するとその直後でした。
「グエーッ!?」
アンデッドの頭に、何かが振り下ろされたのです。
「オイゴルァ! うちのケイトに何してくれとんじゃい!」
やったのはネルさんでした。その手には鉄パイプがしかと握られています。私の声を聞いてすぐ駆けつけ、勢いよくジャンプしてアンデッドの頭をガツンと殴ったのです。
おかげで私の腕はアンデッドから解放されました。急いで距離を取り、ネルさんの傍に駆け寄ります。
「ありがとうございます、ネルさん!」
「礼なんかいい。それよりさっさとトドメをさすぞ」
そう言うなりネルさんは鉄パイプに聖水をふりかけ、アンデッドが起き上がる前に滅多打ちにしました。妙に手慣れています。でもアンデッドは不死身。頭部を粉砕されても、しばらくの間は動き回っていたのです。やがて完全に動かなくなりましたけど、念には念を入れてと今度は聖水に浸した布で全身を拭い始めました。
これが真のトドメになったのでしょう。アンデッドは身に着けていた服や指輪だけを残し、灰となって崩れ落ちました。
「どう考えても呪物はこの指輪だよな。ちょっと見てみるか」
「うっ! ああ……っ!」
「おい、どうした?」
「体が……突然、熱くなってきて……!」
アンデッドが灰になった瞬間、私の体に異変が起こりました。まるで体の中で火山が噴火しているかのような、激しい熱さを感じたのです。
その熱さに耐えかねて、私は思わず指輪を外そうとしました。
しかし呪われている装備や装飾品は外したくても外れないのが定番です。この指輪も御多分に漏れませんでした。解呪を行おうとしても、熱さのせいで思考がかき乱され、上手く魔法が発動しません。
「私は……死んでしまうのでしょうか……」
「諦めんじゃねえ! 呪いってのは必ず抜け道があんだよ! 何かねえか……何かねえのか……!? チッ、仕方ねえ。こうするしかなさそうだな!」
そう言うとネルさんは、なんとアンデッドがはめていた指輪を、自分の指にはめてしまったのです。
「な、何をしてるんですか!?」
私は驚きのあまり叫んでしまいました。が、ネルさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべるばかりでした。
「どうだ。楽になったんじゃねえのか?」
「え? ……あ、確かに体が熱くなくなりました。でも、解呪もしてないのにどうして……」
「この指輪は二つでワンセットなのさ」
要するにエンゲージリングですか、と尋ねると、ネルさんは静かに頷きました。
「おそらくパートナーが死んだあと、すぐに後を追えるように粋な計らいをしてくれてんのさ」
「へぇ、ロマンチックで……いやいや全然ロマンチックじゃないです! 結局呪いで死んじゃうってことじゃないですか!」
危うく騙されるところでしたが、妙に納得できそうな呪いの効果です。
二つの指輪が二人の人間に装着されている時は何も起こらず、片方でも外れてしまうともう片方の人間に呪いが降りかかる。こんな所でしょうか。
それならネルさんが指輪を付けた瞬間に、私の体が楽になったことへの説明もつきます。
しかしながら、私を助けるために呪われた指輪を躊躇なく付けるなんて、とても他の人では出来ないでしょう。さすがは筋金入りの呪物コレクターを自称するだけあります。
「あの、本当にありがとうございました」
「おおー! すげー! この指輪、遺物ランクAじゃん! こいつぁ掘り出しもんだぁ!」
ネルさんは私の言葉に耳を傾けることなく、探索者カードに記された情報に食い入っていました。この様子だとしばらく夢中になっていることでしょう。
「もう、いつまでそうしてるつもりですか。こんな所にいつまでもいたくないので、私は先に帰りますからね?」
アンデッドを倒した後でも、やはりお屋敷の中は不気味なままです。また新たなアンデッドが現れても困るので、私は踵を返そうとしました。
「いたっ」
ですが数歩歩いたその瞬間、私は透明な壁のようなものにぶつかったのです。別に「いたっ」と声を上げるほど痛いものではありませんでしたが、突然のことでパニックになったのです。
どういうことなのか聞こうと後ろへ振り向くと、ネルさんは不気味な笑みを浮かべていました。
「言ったろ。こいつはエンゲージリングだ。夫婦は一生一緒にいるもの……らしいからな」
そんなネルさんは私に、探索者カードの一面を見せてきました。なにやら指輪のデータが事細かに記されています。中でも目を引いたのが、特殊な効果という欄です。
なんとそこには「病める時も健やかなる時も一生一緒の呪い」という記述があったのです。
「え、まさか一生一緒って、物理的な意味で一生一緒ってことですか?」
「どうやらそうみたいだな」
「そんなまさか!?」
いえ、その効果は私が身をもって証明したはずです。「そんなまさか」と喚いたところで真実が捻じ曲がることはありません。現にネルさんから離れようとしても、透明な壁が邪魔し、それ以上の距離を取れないのです。
「ま、そういうわけだ。今後ともよろしく頼むぜ、ケイト」
「うぅ……こんなはずじゃないのに……」
何が起こるか分からない、というのが迷宮都市の常識です。私はたった一日にして迷宮都市の恐ろしさと神髄を味わってしまった気がします。
こうして田舎から出てきた新米解呪師の私は、道端で倒れていた呪物コレクターの幼女と物理的な意味で手を組むことになったのでした。