「お前に首輪を付けてやる!」
物騒な標題で驚いただろうが、私も驚いた。今回、一番私がビビった一言がこれなのだ。
「お前はほっとくと、ふらふらとどこかに消えかねない」
(否定できない)
「夏休みシーズンで、人がめっちゃいる。一人だけはぐれると、ネットも使えない、電話もかけられなくて言葉もわからない場所だ」
おしくらまんじゅう状態を覚悟しろと言う人もいた。そんな状態ではぐれない自信は、私にはない。
「俺とはぐれて誘拐される、ぼったくりに捕まる、当り屋にぶつかられる、ひったくりに荷物をとられる、スリにパスポートを盗まれる、アクセサリーなんかつけたらバイクに乗った泥棒に引きちぎられたり引きずられる、他に……」
「全部嫌だー!!」
「嫌だろ。だから気を付けろよ」
四人家族(の、うちの二人)には、とにかく真面目に祖国の治安について警告された。なお、あとの二人は「そこまでじゃないけど?」とのほほんとしている。職場にいる同国人たちに聞いてみると「そこまで危なくないよー☆」と笑われた。どっちなんだ。私は言われたこと信じるんだぞ。どっちなんだ。
「お前のスマホはしっかり抱えておくか、カバンにしまえ。引ったくられるぞ! バイクですれ違いざまに持っていかれるから追いかけても無駄だ」
しかし、写真くらいは撮りたい。
「日本より気温が高くてジメジメしてるぞ」
今の日本ですらエアコンにすがる夏なのにもっと暑い場所へ行くと……!?
「カバンは必ずチャックやボタンで蓋ができて、中身が見えない物にする」
手を突っ込まれて物をスられる、という被害の防止策だ。
そういえば日本で見かける旅行者らしき外国人たちって、物々しい感じのするバッグを抱えてるような。やたらとゴツいのでかえって目立つのだ。
「あと、カバンは体の後ろに回すな。横もダメだ。体の前で抱えておけ!」
(そこまでしないと盗まれるの!?)
本当にそんな危険地帯なんだろうかとさすがに疑問に思った私であった。
「あとは、GPSのこれを買って、はぐれたときの位置情報が見られるようにするぞ」
「あー、カバンとかキャリーケースに入れておかないとね」
「それと、お前の首につける」
「……くび?」
「はぐれたとき用に、お前に首輪をつけてやる!」
どれほど私は迷子になると思われているのだろうか……。
なお実際に首輪がつけられることはなかった。
というのも、これらは、私に気を付けながら行動してほしいという思いから出た脅しだったのだ!
とはいえ、これらは実際に起きていたことでもあり、警戒する必要が全くないということでもなかった。
彼らは彼らなりに、この旅行でのトラブルが少なく済んでほしいと思っていたのである。
そして、ついに旅行当日――
我が同行者は、昼過ぎに空港へと出発、明るいうちにご飯などを食べ、夜に飛行機で飛び立ち、飛行機で眠り、まだ夜中のうちに飛行機を降りる、という予定を立てていた。
しかし、キャリーケースに詰め込みたいものを次から次へと持ってくる父同行者によって、予定は最初からつまづくこととなる。父同行者は前日まで仕事だったのもあって、荷造りが終わっておらず、親戚へのお土産を詰め込むだけ詰め込みたいらしく、私が前日まであれこれとしていたキャリーケースにまだ物が入りそうだとわかると、どんどん荷物を増やしていった。
そうして、我が同行者が望んでいた出発時間から二時間遅れて、やっと旅立ちとなった。
しかし、だ。この時点では飛行機が飛び立つまで六時間もある。空港に着いても四時間はあるだろう。
ではそんなにも急いで空港に着いて、慌てて何かをするのかというと。
到着すぐにキャリーケースを預けて身軽になれるのか?
と思ったら、今回は出発時間の一時間半前からの受付だった。
早めにご飯を食べるのか?
と思ったが、そんなつもりではなく、空港を散歩したいだけだったらしい。私にとっては初めての場所なので歩き回ることはそこそこ楽しかったのだが――
いや、そんな自由時間が、あと二時間も欲しかったからと出発を急かして、電車ではイライラされていたのだろうか、この息子殿は。私は腹が立ってきた。
ただ一つ、我が同行者が真っ先に済ませに行ったのは海外旅行用のワイファイのレンタルだ。一人一台はお金がかかるから嫌だと言い、三人で一台を使うと言う。まあ、なくすのも怖い。そこまではいいのだが。
私は事前に、一台を三人も使うなら、利用できる容量を無制限コースで借りろと言ったのだが。ちゃんと警告したし、「うちの父親はいつもスマホ触ってるんだよなあ」などと言っていたのにも関わらず、このバカ息子殿はこれをケチった。なぜだ。
あとから聞くと、使える容量は一日に1ギガもなかった。どう聞いても一人用だ。大人数で一人用コースを借りる。当然ながらそこに平和はない。
このあと、我々の間で仁義なきワイファイ合戦が繰り広げられ、父同行者が脱落し、あまりワイファイへの負担が少ないらしい「小説家になろう」サイトを満喫する私が勝者となったことをここに宣言する。他の二人がネットを使えないと困っていても、なぜか表示される「小説家になろう」サイト。文字は偉大だ。
なお一人で出歩かせてはもらえない。
迷うから……