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終幕~勇気をだして

 ***


「和国への船が出発するぞ~!」


 澄み渡る青空の下、天御門星は和国へ出立する船へと乗り込んでいた。

 星は庸国を離れ、和国へと帰るのだ。


 優の敵である鬼を、雷烈と共に倒した星。

 雷烈は倒れた星を抱きしめ、口づけして霊力を流し込むことで、星の命を救った。


「オレは星が好きだ」


 雷烈は確かに星に愛を告げた。星もまた自分の思いを告白した。


「雷烈様、思い出をありがとうございます。私は和国へ帰ります……」


 星は悩み苦しんだ末に、雷烈から離れる道を選んだ。

 目的であった兄の敵も討てたことも大きい。


「雷烈様は大国を統べる皇帝陛下。私は和国出身の陰陽師。身分も立場も国も。何もかも違いすぎるもの」


 雷烈の器の大きさと、皇帝としての才覚を知るたび、星は雷烈に強く惹かれていった。

 だが同時に、自分とあまりに違いすぎることに戸惑いを感じていた。

 鬼の力を封印するため、封印術を操る星を雷烈が必要としているのはわかっている。それは女としてではなく、あくまで陰陽師としてということも。

 雷烈のことを好きになればなるほど、自分の中にある女のしての恥じらいや戸惑い、かすかな嫉妬心が星を苦しめる。

 鬼に憑りつかれていた栄貴妃は、自らの罪を償うため髪を切り落とし、神に仕える身となった。

 彼女もまた、皇帝である雷烈に振り向いてもらえないことで嫉妬と不安に苦しみ、闇に堕ちてしまったのだ。憑かれた鬼のせいとはいえ、他の妃を苦しめたことは許されることではない。

 雷烈も栄貴妃の苦しみを理解したので、自ら罪を償う道を選ばせてやった。

 しかし後宮には、他にも妃がいる。大国の皇帝として、それは当然のことであることを星もよくわかっていた。後宮の婚姻は政略結婚も多く、皇帝であってもすべてを拒否することはできないからだ。


「私は陰陽師だもの。お妃様になんてなれない……」


 陰陽師として、雷烈をずっと支えたいと思う。けれど、星は妃ではない。大好きな人が他の女性の元へ行くのを黙って見ていなくてはいけない。


「鬼の力を封印する霊符をたくさん作って置いていきました。どうかそれでご容赦くださいね」


 星は雷烈に心の中で別れを告げながら、船の中へと入っていこうとした。


「星、どこだ!? どこにいる!」


 その声を聞いた瞬間、星の心はどくんと跳ねた。誰なのかと聞かずとも、すぐにわかる。

 星の帰国を察知した雷烈が、馬に乗って駆けつけたのだ。


「星、オレの傍にいろと言ったはずだ」


 星は何も答えなかった。静かに気配を消す。


「星、どこにも行くな。オレはおまえを愛している!」


 船の近くで突然始まった求愛騒動に、船に乗った者たちもざわつき始めている。


「星を一目見た瞬間、おまえがオレの運命の相手だと気づいたよ。一目惚れだったのだ」


 愛の告白を聞いた船上の者たちが、ぴゅうと口笛を鳴らしたり、顔を赤くしたりして、様子を見守っている。


「星が何者でもかまわない。オレのところへ戻ってこい。必ず星を守るから。星がいなくなったら、もはやオレは生きられぬ」


 気づけば星の目から、とめどなく涙が流れていた。それは歓喜の涙だった。

 雷烈のそばにいられないと勝手に決めた意気地なしの星に対し、雷烈はまっすぐに自分の思いを星にぶつけてくる。

 だれが見ていようとかまわず、愛の言葉を告げる雷烈の姿に、星はどうしようもなく惹かれてしまう。


「雷烈様、でも、わたし……」


 彼の元へ行きたい。けれど私はこんなにも弱虫だ。

 声を殺して泣く星の髪を撫でる、優しい手があった。

 驚いて顔をあげると、明るい陽射しの中に、双子の兄である優の姿があった。優しく微笑みながら、星を見つめている。


「優、どうして……」


 陽光に透き通る優の体は、彼がこの世のものではないことを星に伝えている。それでも妹のために、ここに来てくれた。


『星、君は強い子だと言ったろう。僕はいつまでも星を守ってあげられない。さぁ、勇気をだすんだ』


 いつだって星の幸せを願ってくれた兄の思い。膝を抱えて泣いていても、何も変えられないことを星はよくわかっている。


「優、わたし、幸せになってもいいの? 幸せを願ってもいいの?」

『もちろん。誰だって幸せになっていいんだよ。さぁ、立ち上がって彼の元へ行け』


 ゆっくり立ち上がると、雷烈の姿が見える場所へと歩いていく。

 すると優に背中を押された気がした。


『星、幸せにおなり。大好きな僕の妹……』


 優の体は陽の光の中に煌めくように消えていき、やがて天へと昇って行った。


「優、ありがとう。私、勇気をだすよ。精一杯頑張ってみるね」


 大好きだった兄と今度こそ本当のお別れになった痛みを胸に抱えながら、星は雷烈に向かって駆け出した。


「雷烈様!」

「星っ!」


 船上から雷烈の姿を見た星は、あふれる思いを抑えきれず、ひらりと船を飛び降りた。

 天空に舞う白い鳥のように、雷烈の腕の中へと飛び込んでいく。

 舞い落ちる星をしっかりと抱き止めた雷烈は、豪快に笑った。


「船から飛び降りるとは、さすがは星だ」

「だって。雷烈様が私を呼ぶから」

「ああ、そうだ。オレが呼んだのだ。おまえを迎えにきたのだから」

「雷烈様、あなたの傍にいてもいいですか? 共に生きても」


 そこまで言ったところで、雷烈は人差し指を星の唇に押しあて、星の言葉を止めた。


「そこから先はオレに言わせてくれ。星よ、共に生きてほしい。苦難があっても必ず星を守ると誓うから。オレは星が好きだ。この世の誰よりも」

「私も雷烈様が好き……。私も誓います。何があっても雷烈様と共に生きると」


 二人の間にもう言葉はいらなかった。もう二度と離れるものかと、しかと抱き合う。

 星が乗っていた船上からは、若い二人の門出を祝うように歓声と拍手の音が響き渡る。小柄な少女を抱いている男が、庸国の皇帝だと気づく者はこの場にはいない。

 人々の歓声に応えるように、雷烈が笑顔で手を振っている。


「雷烈様、ちょっと恥ずかしいです……」

「いいではないか。この日を忘れないように生きていこう」

「はい……!」



 和国より海を渡りて陰陽師来たり。

 兄の姿を借り男となるが、皇帝に愛され女人の姿に戻りて、愛妃となる。その者、常に皇帝の傍に侍り、賢帝雷烈の偉業を支えた。

 大国として長く繁栄した庸国に語り継がれる、古き伝説である。




 了



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