【第4話】
「――ここですわ」
三階の端の空き教室。
中はカーテンが閉められているのか真っ暗な様子だ。
今日からここがお茶会部の部室になる。
大きく深呼吸をしてから昨日、白兎さんからお借りした鍵を取り出し鍵穴に差し込む。
カチリと音がしたのを確認するとそっと扉を開ける。
「……お邪魔いたします」
教室の中へと一歩踏み出すと途端に埃が舞い上がる。
「――っ!? こほっ! けほっ!」
制服のポケットの中に仕舞っていたハンカチを取り出し口許にあてると急いで窓の側まで行き、ゆっくりとカーテンを開け窓を全開にする。
そして、明るくなった室内を見てわたくしは絶句いたしました。
天井は埃の塊が垂れ下がっており、クモの巣があちらこちらに。カーテンは日焼けしていてボロボロ。放置されていた書籍類は見るも無惨な状態で窓も机も椅子も床も何処もかしこもが埃で真っ白でした。
「……まぁ。有名校と言えど空き教室はこんな悲惨な事になっておりますのね」
呆然と呟いてしまう。
けれど、そんなことに気をやっている場合ではない。
花連ちゃんとのお茶会が待っているのだ。一刻も早く楽しいお茶会を開ける状態にしなくては!
頬を軽くぱしんと叩いて気合いを入れる。
「まずは掃除道具を借りてこなくては!」
用務員さんにお願いしてマスクと軍手と掃除用のエプロンをお借りしました。
他にも箒にバケツに雑巾に叩きにモップにゴミ袋など一通りの道具が揃ったことを確認してから、まずは要らない物を処分して行く。
ボロボロのカーテンを外し使い物にならなそうな黒板消しやチョーク、書籍類をゴミ袋の中へと放り込む。
これだけで既にゴミ袋を四つも消費してしまった。
「……ふぅ。とりあえず先にゴミ袋を捨てて来ましょうか」
汗を拭っていると扉がノックされる。
「お疲れ様です。精がでますね」
「まぁ白兎さん!」
マスクを取り、ごきげんようと挨拶を交わす。
「ゴミ、捨ててきましょうか」
「大丈夫ですわ。お忙しいでしょうし、わたくし一人で行ってまいります」
「僕もお茶会部の部員なんですから遠慮しないでください」
「わたくし、これまで白兎さんに頼りっきりでしたでしょう? ですから、部室の片付けや飾り付けくらいは一人でさせてくださいませ」
「ですが、一人では大変でしょう? 無理はなさらないでください」
麗しいお顔に翳りを見せ、心からわたくしのことを心配してくださっている言葉。
――しかし、これだけは譲れません!
これ以上、お忙しい白兎さんに手間をかけさせるわけにはいかないのです。
「無理などしておりませんわ。わたくし一人で大丈夫です。頑張らせてはいただけませんか?」
「……椎良嬢がそこまで言うのでしたら」
渋々といった感じではありますが頷いてくださる。
「ふふっ。ありがとうございます。……ところで、他の部員の方はいつお越しくださるのでしょうか?」
「ああ。彼らは名前を借りただけの幽霊部員ですから部活動には参加されませんよ」
「え!? そ、そうなのですか……」
もしかしたら、お茶会が好きな方々とお友達になれるかもなんて思っていたのですが……とても残念です。
「花連嬢とのお茶会を目的としたものでしたので余計な人間はいない方が良いと考えてのことだったのですが……いらない気を回してしまいましたね」
「そんな! 白兎さんはいつだってわたくしのことを考えて気遣ってくださいますもの。感謝しかございませんわ」
白兎さんは少し困ったように笑ったあとゴミ袋を一つ手に取る。
「お詫びにせめて一緒に捨てに行かせてください」
「いえ、それは……」
「ダメですか?」
「うぅ……では、一袋だけお願いしてもよろしいですか?」
「勿論です」
私もゴミ袋を一つ手に取り二人で捨てに行く。
道中、白兎さんと談笑していると何やら視線を感じました。
「……ない……ゆるさ……な……ゆ……ない……」
ぞくりと寒気がする。
今日はそれほど寒くないはずなのですが……。
「どうかされましたか?」
「い、いえ! なんでもございませんわ」
ごみ捨てを終え白兎さんと別れて部室に帰る途中、渡り廊下の隅に人がいらっしゃるのが見えました。
レオタード姿の女子生徒と体操着姿の男子生徒……もしかして、あの愛らしい撫子色のお髪は花連ちゃん!? では、男子生徒の方はカイくん……現在の名前は泉沢海くん。
……彼でしょうか?
この場所からですと確認しづらいですが、明るい飴色のお髪は海くんで間違いないかと。
――こんな所でお二人で何をなさっているのでしょうか?
そう考えてから、ふと我に返る。
これでは覗きと何ら違いがないのでは?
確かに日頃から花連ちゃんのことを、ひっそりこっそりと見つめてはおりますが、お二人の逢瀬を覗き見するなんて最低な行為ですわ。
推しの花連ちゃんを見ていたい気持ちは山々ですが、その気持ちを押し殺して早く部室に戻ろうと一歩踏み出した瞬間、動揺していたせいか軽く躓いてしまう。
「――っ! い、たた……」
痛みのある場所を確認すると幸いにもタイツは破れておらず、軽く擦りむいた程度のようだ。
立ち上がって土埃を払い顔を上げると二人が視界に入る。
――花連ちゃんと海くんは眩い夕陽を背景に口付けを交わしておりました。
思わず呆然と見つめしまう。
ほんの数秒の出来事でしたが、わたくしにとっては何十時間にも感じられました。
「(……あ……部室……戻らなくては……)」
呆然としたままよろよろと部室へ足を進める。
推し……花連ちゃん……夕陽……放課後の渡り廊下……口付け……頭がぐちゃぐちゃです……どんな気持ちで受け入れれば良いのでしょうか……?
しかも、こんな覗き見のような形で見てしまいました……。
……はぁ。
思わずため息が漏れる。
暫しぼんやりと考え込んだ後、ふと思う。
ん? あら? ちょっとお待ちください。
渡り廊下の隅でキスだなんてロマンチックではありますが誰が見ているかもわかりませんのに無防備すぎではないでしょうか?
カレンちゃんの貴重なキス顔を誰かに見られでもしたらどうするのですか? わたくしのように!
海くんに一言申し上げたい……!
無防備すぎると!!
うぅ……悔しいです。わたくしに、そのような権利などございませんし仮にそんなことを口走ってしまった際にはどんな目で見られてしまうか……。きっと気味悪がられて距離を置かれてしまいますわ。
けれども! それでも!
「うぅ……わたくしにもっと力があれば……。推しの……花連ちゃんのキス顔一つすら守ることができないなんて……情けないです……」
嘆きながら天井の埃を丁寧に取って行く。
この複雑な感情をバネに部室の使用時間限界まで片付けに専念いたしました。