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【第3話】

「椎良嬢。お迎えに上がりました」


 本日の授業が終り帰りの支度をしていると白兎さんが教室に現れ声を掛けられました。


「白兎さん。そう言えば、お迎えに来てくださるとおっしゃって……」


 言葉の途中であらゆる所から賑やかな声が響き渡る。


「きゃー! 鳴海先輩!?」

「えっうそうそ! なんで!?」

「うわー! 顔がいいー!!」

「なんか、有栖川さんに用があるみたいだよ」

「有栖川さん? なんで?」

「さあ? 幼馴染みだって聞いたことあるけど」

「へぇ~」


 皆さまの視線が一斉にこちらに向けられました。

 う……わたくしは前世でもそうでしたが今世でも、あまり人様と関わりになることなく過ごしてまいりました。

 わたくしは、どうにも浮いているらしく恥ずかしながら、ご学友の皆さまと上手くお付き合いができておりません。

 仲良くしたい気持ちはあるのですが、どうにも空回ってしまい入学して数日経った今でも一人で居ることがほとんどだったりします。

 そんな、わたくしに人気者の白兎さんが会いに来るだなんて当然ながら良い気分にはなりませんよね。

 申し訳なさを感じながら席を立ち白兎さんの元へ向かう。


「申し訳ございません。お待たせいたしました」

「いえ。むしろ急かしてしまいましたね。椎良嬢、お手をどうぞ」


 白兎さんから差し出された手に自分の手を重ねた瞬間、辺りに悲鳴が上がる。


「きゃあああああ!」

「ちょっ! なにあれ!?」

「うそでしょ!?」

「いや、でも、有栖川さん可愛しお似合いじゃない?」

「しかも超お嬢様だって聞いたよ」

「すごーい! 私たちじゃ太刀打ちできないやつだね」

 

「…………るさない」

 

 

 皆さんの反応の大きさに驚き手を離そうとしましたが、その手を捕まれてしまう。


「気にしなくていいですよ。さ、行きましょう」

「で、ですが!」


 視線がとんでもなく痛いです。

 人の負の感情がこんなにも痛いものだったなんて知りませんでした。

 少し苦しくなって胸を抑える。


「椎良嬢、如何されました?」

「……すみません。大丈夫です」


 心配をかけないように笑顔を作って答えるが、そんなわたくしを見て白兎さんが眉を顰める。


「大丈夫なわけないでしょう」


 白兎さんがわたくしの肩を支え膝に手を掛けるとそのまま持ち上げられる。

 こ、これは、いわゆるお姫さま抱っこというものでは!?


「は、白兎さん!!」

「お静かに。あと、落ちないように首に手をまわして」

「は、はい!」


 先程とは比べ物にならないくらいの悲鳴が響き渡っておりますが白兎さんは一切気に掛けることなくわたくしを抱きかかえたまま廊下を突っ切ると生徒会室まで運ばれて行きました。

 生徒会室の奥にある別室まで連れて行かれると置いてある簡易のベッドの上に丁寧に降ろされる。


「ここなら誰も来ませんし保健室より寛げるかと思いまして。……お加減はいかがですか?」


 前髪にそっと触れると顔色を窺うように覗きこまれる。


「だ、大丈夫です! その、本当に」

「……そうですか。良かった」


 白兎さんは安堵の息を漏らす。

 前世のことがあるからでしょうか。白兎さんはわたくしが少しでも体調をくずしたりしますと両親以上に心配してくださいます。


「ありがとうございます。ご心配をおかけしてしまって申し訳ございません」

「いえ。貴女に何もなくて良かった」


 白兎さんが柔和に微笑むと、ここで待っているようにと言われ何処かへ行ってしまわれました。

 

 一人残され手持無沙汰になり辺りを見回してみる。

 今、座っているベッドの他には小さなテーブルと本棚があるだけの簡素な部屋。

 生徒会の皆さまがお休みされるための場所なのだろうかと考えていると白兎さんが帰っていらっしゃいました。


「――お待たせいたしました。こんなものしか用意出来ませんでしたが、よろしければ」


 そう言って目の前で蓋を開けながらペットボトルの紅茶を手渡してくださいました。


「ありがとうございます。ペットボトルの飲料、わたくし初めてです」


 口を付けると優しい香りと仄かな甘味が口の中いっぱいに広がる。


「わぁ。想像よりもずっと美味しいですわ」


 ふふっと笑うと白兎さんも微笑み返してくれる。


「お口に合って良かったです。それと、これを」


 ペットボトルをテーブルの上に置いてから白兎さんが差し出してくださった一枚の紙とペンを受けとる。

 紙に書かれている内容を確認すると部活動新設の申請書でした。


「……これは?」

「新たに部活動を新設してはと思いまして。そうだな……お茶会部とかどうですか?」

「お茶会部?」

「ええ。もちろん僕も加入させていただきます。部としては五人必要なので残りの三人もこちらで用意しておきます。顧問も話をつけておきましたので問題ありません」

「……い、至れり尽くせりすぎますわ」

「それで、部として花連嬢をお茶会に誘ってみてはどうかと思いまして。普通に誘うよりも随分とお誘いしやすいのでは?」

「! 確かにそうかもしれません!」


 出来れば家にお招きしてサンルームでお茶会を開きたかったのですが、それですとハードルが高いですものね。ですが、部活動としてなら気兼ねなくお誘いできます。


「三階に空教室がありますので、そこが部室になります」

「わかりましたわ!」


 聞きながら申請書を書き進める。

 ここまでお膳立ていただいたのですから後はちゃんと自分で頑張らなくては。


「こちら、よろしくお願いいたします!」


 書き終えた申請書を白兎さんにお渡しする。


「はい。お預かりします。では、これをどうぞ」

「これは?」

「部室の鍵です。本当は申請が通ってからじゃないとダメなんだけどね」


 ナイショだよ、と白兎さんが口許に指を当てて囁く。


「明日から好きに使って構いませんよ」

「まぁ! ありがとうございます!」


 お茶会部。明日から部室を使える。白兎さんも一緒。

 花連ちゃんをお誘いできる第一歩。

 とても楽しみです!


「うふふ。わたくし、わくわくしてきました。部室をどのように飾り付けましょうか茶器や茶葉はどんなものが良いか……考えるだけでとっても楽しいですわ」


 白兎さんのお陰ですと笑顔で伝える。


「役に立てたようで幸いです。さて、今日はもう帰りましょうか。家までお送りいたします」

「いつも、ありがとうございます」


 手を差し出されて取ろうとした瞬間、先程の教室での出来事を思い出して戸惑ってしまう。

 その様子を見た白兎さんが、わたくしの手を取り立ち上がらせてくださる。


「外の声に気をやらないでください。誰にも貴女の言葉や行動を制限する権利はないのだから」

「……ありがとうございます」


 取られた手をぎゅっと握り返す。


「すみません。わたくし白兎さんに甘えてばかりで自分でちゃんと動いて行かないといけませんわね」

「僕としては、もっと甘えてくださって構わないのですが」

「ふふっ。そんなことおっしゃって。きっとこれ以上甘えてしまったら嫌になってしまわれますわ。自重しないといけませんわね」


 そう、わたくしは白兎さんのご厚意に甘えすぎています。控えて行きませんと本当に嫌われてしまうかもしれません。

 ――ちくりと胸が痛む。

 白兎さんに嫌われてしまうかもしれない。

 考えただけで胸は痛いし足は震えそうになるし寒気がしますし頭がくらくらします。

 完全なる体調不良です。恐ろしいですわ。

 わたくしは一体全体どれほど白兎さんに甘えて依存していたのでしょうか?


「本当にそう思いますか?」

「え?」

「これ以上甘えると僕が貴女を嫌うと?」

「は、はい……。それは、当然のことかと」

「でしたら試してみませんか? 本当に僕が貴女を嫌うかどうか。今以上に甘えて縋って僕なしでは生きていけないくらい執着してみてはどうでしょうか」


 真っ直ぐな視線に捕らわれて逸らすことができない。

 思わず、それもいいのかもしれないと考えてしまいそうになる。

 

 ――けれど。


「……嫌ですわ」


 白兎さんの菫色の目が大きく開く。


「だって、そんなことをして本当に嫌われてしまったら、わたくし悲しくて生きているのが辛くなってしまいますもの。せっかく今世では健康で元気な毎日を過ごせておりますのに、そんなのあんまりです。推し活もきっと楽しくなくなってしまいますわ。ですから、絶対に嫌です」


 今度は白兎さんの目が丸くなってしまいました。

 

「そっか。シーラ姫は僕にきらわれるのがお嫌なんですね」

「勿論ですわ!」

「悲しくなってしまうくらい?」

「とても悲しくなります」

「怖くなってしまうくらい?」

「すごく怖いですわ」


 ふふっと笑う白兎さんの目がとろりと甘くなる。

 呼び方がシーラ姫になっていること伝えようと思ったのに言い損ねてしまう。


「そんなこと絶対にありえないのにね?」


 絶対……なんてことありえるのでしょうか? 人は重いものや面倒なものは、なるべく背負いたくないものです。軽くありたいと思うのが人の性なのだとわたくしは思っていたのですが。

 白兎さんを見て不思議な気持ちになる。

 この方は本当に何処までもわたくしのことを嫌うことはないのではないかと。


「話が過ぎてしまいましたね。帰りましょうか」

「……はい」


 繋がれたままの手を放すべきか暫し考える。

 

 ――わたくしが、どうしたいか。


 白兎さんと目を合わせ微笑むと手を繋いだまま生徒会室を後にした。



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