【第2話】
「それでは、第一回カレンちゃん……もとい新見花連ちゃんお茶会お誘い大作戦の作戦会議を始めたいと思います」
放課後、白兎さんを我が家の自室にお招きして如何に自然にカレンちゃんをお茶会に誘うかの話し合いを行うことになりました。
「椎良嬢はこれまでに花連嬢と接したことは?」
「えっと……その、ご存知かと思われますが幼等部の頃から同じ学校に通ってはおりましたが一度も同じクラスになったことはなく……部活動も花連ちゃんはずっと新体操部でわたくしは華道部もしくは声楽部に在籍しておりましたので何の接点もなく……あ! ですが一度だけハンカチを落としてしまった時に拾っていただいたことがございますの!」
少々お待ちください、と白兎さんにお伝えして白いキャビネットの奥に閉まってある華やかな装飾の施された宝石箱を取り出す。
「これですわ」
白兎さんの前まで持って行くと宝石箱を開く。
中には誕生日や祝い事で両親や親族からいただいた宝石やアクセサリーの数々。その奥底にフリーザーバックに入れられた品の良いハンカチが一枚入っていた。
「わたくしの宝物です」
頬を染めうっとりと呟いてから、さすがにこれは引かれるのではないかと我に返る。
「……あ、あの」
恐る恐る確認するように見上げると穏やかに微笑んでいる白兎さんが。
「大事にされているんですね」
「そ、そうなんですの! あの花連ちゃんに拾っていただいたんですもの! 『落としたよ』。ってそれはそれは大変可愛らしい笑顔でわたくしに渡してくださったのです! 本当に夢のようで……目が合ったのも会話をしたのもあれが初めてでした」
嬉し過ぎてこのまま死んでしまうのではないかと思うくらいに幸せな出来事。
「そんな大事なものを見せてくれてありがとう」
白兎さんをの言葉に胸が震えてしまう。なんて優しくて温かい方なのだろう。
「……わたくし、世界に花連ちゃんがいらっしゃらなければ白兎さん推しになっていたと思いますわ」
こんなにも見目が良く紳士的で普通なら引いてもおかしくないようなことも優しく受け止めてくださるような方が他にいらっしゃるでしょうか?
今なら前世で彼に憧れを抱いていた女性たちの気持ちが多いに理解できます。
「それは、ご遠慮願いたいですね」
「えっっ」
まさかの言葉に固まってしまう。やはり、わたくし気味が悪かったのでしょうか……。
ショックを受け項垂れていると白兎さんの指先が伸びてくる。
「――貴女にとって『推し』とはただ見守り、愛で続けて、いつかは自分のことを見てもらいたいと願うだけの淡いもの。そんなつまらないものに僕はなりたくないかな」
「つ、つまらない!?」
「僕にとっては、ですよ」
伸ばされた指先がわたくしの指先に触れるとそのまま、手を絡め取られる。
「……え?」
これは……この手の繋ぎ方は世のお付き合いをされている皆さま方がされているあれではないでしょうか?
と言いますか、わたくし殿方とこのような手の繋ぎ方をしたことございません。
いえ、それ以前に殿方とまともに触れ合ったことがありません。
思考が追い付かないわたくしの手を白兎さんは更にぎゅっと握りこまれて、ようやくじわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。
「――は、白兎さん? あの、この状況はいったい……?」
「嫌ですか?」
「い、嫌とかでは……」
「では、このまま作戦会議を続けましょう」
「は? え?」
「僕の考えとしては……」
なにも あたまに はいってこない。
突然のことに緊張して手から汗が出てまいりました……大丈夫でしょうか。気持ち悪くないでしょうか。
恥ずかしくなって指を動かし逃げようとするが追いかけてくる。
どういった意図でこのようなことを? わたくし何かしてしまったのでしょうか? 仮にそうだったとしても手を繋ぐ意味がわかりません。
ぐるぐると思考を巡らせながら、ちらりと白兎さんを見上げる。
さらりと流れるきらめく金色の髪。少し伏せられた菫色の目を縁取る長い睫毛。形の良い口許の下には艶やかなホクロがある。
前世でメイドさん達が白兎さんのホクロのことをとても色気があるとおっしゃっておりました。身長も百六十センチのわたくしよりも二十センチ近く高かったと記憶しております。手足が長く、お顔が小さくて。本当に驚くほど美しい男性です。
これほど整った見目をしていて性格も素晴らしいのに浮いた話を聞いたことがないことに気付く。
白兎さんはどなたか想われている方はいらっしゃらないのでしょうか? とてもおモテになるのに誰かとお付き合いをされているとか聞いたことがございません。
それとも、わたくしが存じ上げないだけで懸想しているお相手がいらっしゃるとか?
――白兎さんは、どのような方を好きになられるのでしょうか。
「……と言うことで如何ですか?」
「は!? え? えっと、はい、それで構いませんわ!」
思わず返事をしてしまう。
「じゃあ、明日の放課後に生徒会室まで来てもらえますか」
「……は、はい?」
「ああ、いえ。やはり椎良嬢の教室までお迎えにあがりますね」
「あ、あの……」
「教室で待っていてください。では、今日はそろそろお暇しますね」
言葉と共にするりと指が解かれ安堵するが、消えてしまった温もりに僅かな寂しさも感じてしまう。
立ちあがり部屋を出て行こうとする白兎さんに急いで声を掛ける。
「お送りいたします」
部屋を出て階段を降りるとエントランスに帰宅したばかりの両親がおりました。
「まぁ! 白兎くん来てくれてたの?」
「やぁ。いつも娘が世話になっているね」
「お久しぶりです」
「あらぁ。もしかしてもう帰っちゃうの?」
「そうなのかい? よければ皆で一緒に夕食でもどうかな?」
「お誘いありがとうございます。ですが、このあと所用がありますので」
「えーそうなのぉ? 残念だわぁ……ねぇ椎良?」
「え!? そ、そうですわね」
突然、話を振られて動揺してしまいました。その様子を見て白兎さんの口角が僅かに上がるのが目に入る。
「お疲れのところ、足を止めてしまってすみません。失礼いたします」
「また遊びに来てねぇ」
「気を付けて帰るんだよ」
「――わたくし、外までお送りしてきます」
去ろうとする白兎さんを追いかけて外に出ると庭の東屋が視界に入る。
もうすぐ薔薇が見頃になるはずだ。もしカレンちゃんとお茶会ができることになったとしたら場所はここが良いだろうかと考えるが彼女とのお茶会は日の当たるサンルームで中庭を眺めながら……というのが理想だったりする。
では、もし白兎さんとなら? ふと考える。
彼と二人でのお茶をするのなら……。
「白兎さん」
「椎良嬢?」
「門までお送りしますわ」
白兎さんが目を細めて笑う。
「椎良嬢は律儀だね。まだ寒い時期なんだから外に出てまで送ってくれなくてもいいんだよ」
手を取られると優しく包み込まれる。
「ほら。もうこんなに冷えてしまって……早く家の中に戻りなさい」
「――あの、白兎さん。 もうすぐお庭の薔薇が見頃になりますの」
「うん?」
「咲き誇る薔薇たちを眺めながらのお茶は格別でして……わたくし、とても楽しみにしておりますの。よろしければ今度ご一緒にいかがでしょうか?」
白兎さんは僅かに瞠目したあと柔和に頬笑む。
「ふふ。もしかして花連嬢を誘うための予行演習なのかな?」
想像していなかった言葉に目を丸くしてしまう。
「い、いえ! そんなつもりはございませんわ! わたくし、本当に白兎さんとご一緒出来たらと思いまして……ですが、わたくしの言葉足らずでそんな風に思わせてしまったのでしたら申し訳ございません……」
わたくしの思考や行動のほとんどは花連ちゃんで埋め尽くされています。
大好きで大切なわたくしの推し。
ですが、そのせいでこんな風に誤解を生むことがあるなんて考えもしませんでした。
恥ずかしさのあまり俯いてしまう。
「……家に戻りますね。本日はありがとうございました。お気を付けてご帰宅くださいませ」
お辞儀をして踵を返す。
部屋に戻って反省しましょう。嫌な思いをさせてしまったはず。誰かの練習台にされたなんて思わせてしまうような言動と態度をとっていた自分を振り替えるべきだ。
「椎良嬢!」
「ひゃ!?」
背後から腕をつかまれたことに驚き、そのまま後ろにいらっしゃる白兎さんの胸へと倒れ込んでしまう。
「――っ申し訳ございません白兎さん! 大丈夫ですか!?」
すぐに離れようとしたが止められる。
「は、白兎さん?」
「すみません。暫くこのままで……あと、振り返らないでいただけますか」
「……は、はい」
言われた通りおとなしくしていると、白兎さんが大きくため息を吐く。
「……まさか、本当に僕のことを誘ってくれているとは思わなくて」
「すみません。ご迷惑でしたでしょうか」
「……逆です。貴女にとってお茶会というのは特別なものだと……ですから、その」
言葉を続けようとする白兎さんに手を取られると、そのままくるりと半回転させられ正面から 向き合う形になる。
「お誘い喜んでお受けします」
見上げた白兎さんの頬にはほんのりと赤みが差しておりました。