分水嶺~運命の分かれ目
王家のナイフが父親の形見と言ってからの、参謀と隊長の動きは早かった。
参謀が近くの衛兵を集めると、一人に何か耳打ちをしてどこかへ走り出し、残りは僕を取り囲んだ。
隊長も、部下二人に耳打ちをした後、若い方がこちらもどこかへ走っていった。
そして僕は、隊長とそのゴツイ部下の人に両脇からがっしりと拘束されたまま、奥の小部屋に連れて行かれる。
あの気さくな隊長が一言も発することは無かった。
城内は石床と石壁だったのが、その部屋だけは四方と木の壁でできていた。あと、入ってきた扉の向かいにも扉があり、待合室?にしては簡素だ。なにか仕掛けがある部屋なんだろう。
椅子に勧められて座ったが、ずっとゴツイ人が僕の後ろから肩を抑えていて身動きが取れない。後ろで顔が見えないので、表情もわからない。
そして、あの豪快な笑い声は聞こえない。
この部屋には窓もなく、どれ位時間がかかったのかわからない。
その部屋でどれ位待っただろう。
向かいの扉から足音が聞こえてきた。
扉が開くと、衛兵と共に入ってきたのは高齢の女性だった。
僕と向い合せになるよう、その女性は側仕えらしき人が椅子を引いて座った。
向かい合わせに座った女性を見ると、白髪で年齢を感じるが、目は鋭く生気にあふれ動きも澱みない。
衛兵が緊張している様子や、椅子を引くための側仕えがいるということは、この人はかなりの地位なんだろう。
「ぼうや、あたしとお話しようか」
言葉に力がある。普通に話しているようだけど、有無を言わせない力を感じる。
僕は頷いた。
「そう硬くなることもない。あたしが聞きたいのは、あの紋章をどういう者が持ってたのか興味があってねぇ?」
一層眼光が鋭くなる。僕が嘘でも吐こうものなら、即刻首を刎ねると言わんばかりだ。
威圧感だけで顔が引きつってしまった。
一旦顔を振って天井を見上げ、大きく息を吐いたあと、相手に向き合った。
何度目かの意を決する。
「あの短剣は亡き父様の形見として、母様が亡くなる際に譲り受けました。母様の名前はマルテ。そして父様の名前は・・・」
相手は腰を上げて身を乗り出してくる。
母様の名前だけだと決定打ではない。問題は父様の名前だ。
「父の名は、ドルフィネス。ドルフィネス・ホーンベルクと聞いてます」
もう腹を決めた僕には、全て解っていることを語るしかない。
父様の家名は、この国の名と同じものだ。それが意味することは、ただ一つしかない。
「あのドルフのクソガキが亡くなったのはいつだい?」
「僕が生まれて間もなく、と聞いてます。なので僕は、父様の顔も覚えてはいません」
相手は大きくため息をついた。なにか父様に思う所があるのだろうか。父様をクソガキと呼ぶこの人は、父様に近しい人なのだろう。
「そうかい。それでマルテの方は?」
「母様が亡くなったのは4年前です。僕と、側仕えをしてくれていたカルロが看取りました。穏やかに逝きました」
「ほうカルロか?懐かしい名前だ。あ奴は元気にしてるのかい?」
カルロの名前に反応するのか。やはりこの人は父様の母親、もしくはそれに近い関係なのかもしれない。そうなると、僕の祖母になるのか?
「はい。僕が旅立った一月前までは元気にしてましたよ。ただ、足を悪くしていて、僕について王都に行けないのを悔しがってました」
「フッ、そうかい、あの石頭はまだ生きているのかい。で、あんたはどこで暮らしてたんだ?今もカルロはその場所にいるのかい?」
相手の表情が崩れているので、僕もちょっと言葉が軽くなった。
「ニラガ村という田舎です、周りは森ばかりの。王都にくるまでに一月近くかかりましたよ」
どうもニラガ村という名前に心当たりが無いようで、側仕えの方を向いたが、その側仕えも首を振った。
やはり、王都の人には名前も知られていない土地らしい。
「クレイの町は分かりますか?」
相手と側仕えの人も頷いた。
「そのクレイの町から年に一度の交易馬車で送ってもらって10日程行った所です。ちなみに村にいた時は、村の外から来る人はその交易商だけでした」
側仕えの人が相手に耳打ちをする。
「クレイの町は北西の辺境都市です。そこから先は、国の統治が及んでおりません」
「クッ、ハッハッハ、そんな所に行ったのかい。普段散々さぼってた割には、最後に根性見せたんだねあのクソガキは」
相手が笑う。ひとしきり笑ったあと、真顔に、あの鋭い眼光が戻って僕の方に向き合った。
「で、ぼうやは何をしにこの王都に来たのかい?」
最初の威圧感が戻った、いやそれ以上の圧を感じる。
そうだ、僕が何の目的で王都に来たのか。はたまた親の仇うちか、それとも国の転覆か、そう思ってるんだろう。だからこその、今の物々しい状況だ。
僕は下を向いた。
「最初、母やカルロからは、父様が本当の王で、国は不当に奪われた。それを、僕に取り返しなさい、と遺言を残しました」
さらに圧が強くなる。
「フッ、あのクソガキが言いそうなことだ、で?」
目線をそらして正解だ。もし目を合わせていたら、恐らく何も話せなくなっていただろう。
「しかし、この王都に来るまでに、平穏な町々を通ってきました。盗賊に襲われること無く、子供だからと宿や食堂でボッたくられることもありませんでした。国の統治が行き届いて、治安が安定している証拠です」
ほう、と相手から声が漏れた。
僕はここで顔を上げ、相手と目を合わせる。
ここから、僕の命は発する言葉と眼差しに懸かっている。
「そして、僕はここに来るまでに、父様がこの国で行った兇状の一部を耳にしました。そして、国王を排して国を乗っ取ろうとしたのが父様の方だということも」
相手からの圧力は変わらない。
でも、目線はそらせない。
ここが正念場だ。
文字通り、命が懸かっている。
「今僕が思っていることは、父様が行ったことがどれ程のことか、まだ解っていません。全てを知っていないので。僕がまずしなければいけないと思っていることは、父様がどのようなことをしたのか、知ることです。そしてその後に、父様の子としてそのことにどう向き合うのか考えます」
僕は両手を軽く広げて、おちゃらけた風で、でも覚悟を持って言う。
「もっとも、今の僕には何もありません。わずかな路銀と、後はこの命だけです。今ここで償えと言うのであれば、この首を落として貰うしかありません。この通り、身動きできませんしね」
僕を睨みつける目は動かない。
僕もここで目線は外せない。命懸けで真実を語っていると示さなければならない。
しばらくにらみ合いが続いた。
相手がふと息を吐いたと思った瞬間に、僕の首の前に剣が付きつけられていた。
白髪になった女性の動きとは思えない、というか人間に可能な動きなのか?
僕を拘束している手にも力が入るのが解る。
それでも、僕は冷や汗すら出してはいけない。
ただ相手の目をじっと見つめ続けていた。
読んでいただいてありがとうございました。
主人公の旅もクライマックスです。
この祖母?の正体は次回明かされますが、この物語の最強格の一人になります。
今のところ出てきた女性キャラが、子持ち不倫と食堂の女将さんとこの祖母?とちょっと偏ってるのはすみません。もう少ししたら色々な女性キャラが出て来ますので。
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反応がないと凹みます。