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喫茶『亜空間』へようこそ。  作者: 遠藤世作
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《1.亜空間との出会い》

 有馬雄介は、人と関わるのが苦手である。


 ──小学生の頃、人に趣味を笑われた。周りの同級生達が好きな「ヒーロー」の格好良さを言い合い盛り上がっていたので、同じように自分の好きな「妖怪」を語っただけなのに。彼らからしたら奇異に映ったのだろう。彼らは自分を囲むようにして一斉に笑い、(けな)した。自分には彼らがなぜ笑うのか分からなかった。自分にとっての「ヒーロー」を、ただ、語っただけなのに。この時、人と関わるのが少し苦手になった。

 中学に上がって、好きな人が出来た。キラキラとした都会的な女性で、彼女の周りには常に人がいた。別に告白なんて大それた事をする気はなかったが、彼女と席が近いとか目線が合ったとか、それだけで幸せを感じていた。自分のことを認識してくれてるだけで充分だった。

 ある日、街の本屋での買い物帰りに彼女を見つけ、挨拶くらいは許されるだろうと声をかけた。返ってきたのは怪訝(けげん)な顔と「は?誰?」という冷たい言葉だった。自分は認識すらされていなかった。それでもなんとか会話を取り持とうと、自分が同じクラスであること、今は買い物帰りで、つい挨拶してしまったことを必死に説明した。彼女はチラリと、買った妖怪図鑑を見て、「その本、気持ち悪いね」と吐き捨てた。自分の好きだった彼女が何故自分の「好き」を貶すのか、頭は理解を拒んだ。

 翌日学校に行くと、同級生から「妖怪くん」と揶揄(からか)い混じりに呼ばれた。身体の芯が冷えていくのを感じた。話したことのない彼らが、自分の趣味を何故知っているのか。彼女が言いふらしたと理解するのに、さほど時間はかからなかった。この時、人との関わりがさらに苦手になった。

 そして高校生になり、人との関わりをなるべく避けるようになった。妖怪なんてものに関わるから笑われるのだと、憧れも捨てた。今までの失敗から、そうすれば気が楽だと学んだのだ。

 自分の印象はクラスメイトや教師、自己評価としても「根暗なやつ」である。親からは「もっと明るく」なんて言われるけれど、とてもそんなことはできない。今では人というもの自体が怖くなっている。


 そうして人嫌いになった自分が、大学生活なんかに耐えられるのだろうか──有馬は「進路調査票」と書かれた机上の紙切れ一枚相手に、かれこれ1時間弱は頭を悩まされていた。提出日は明日。まだまだ何日かあるから大丈夫と、先回しにしてたツケがきたのだ。ずっと頭をこねくり回しているが、大学に行く決心も就職する決意も、どちらも生まれて来ない。

 答えが出ない閉塞感に疲弊し、有馬はいつもの気晴らしを行うため松大まつひろ駅へと向かった。そしてこれが、事の始まりなのであった。


 松大駅は県内で一・二を争う活発な駅だ。今日も無数の人々が改札口に飲み込まれ、吐き出されていく。

 有馬は本来こういった雑踏を好まない。けれど気分転換をする時に限っては、この雑踏は絶好の場所となる。


 「(今日もたくさん人がいるな。よし)」


 行き交う人々は有馬を気にも留めず通りすぎていく。それでいい、それがいい。駅に着くと彼は、駅前ロータリーに何本か生えた街灯の内、人通りが良く見えるお気に入りの一本へと背をもたれた。周りに何人かいる、恐らく待ち合わせでもしているだろう人々を尻目に携帯をいじって、取るに足らない道端の小石へと擬態する。


 「(あっちのウェーブがかかったロン毛の男は天狗だな。あそこの女性は目が細いし化け狐かな…。あの男の子は座敷童子だったり?)」


 小石になった有馬はその実、人々を観察し外見が何の妖怪に似ているか見立て始めた。

 「妖怪探し」とでも呼ぼうこの行為こそ、彼の気分転換方法そのものなのである。


 ──昔はこんな事を思っていた。世界には沢山の人間がいるのだから、もしかして一人くらいは、本当に妖怪がいるかもしれない。もしいるのなら、自分で探す方が出会う確率は上がるはずだ、と。馬鹿らしい、今になってはそう思う。だって、妖怪なんて存在しないのだから。


 妖怪が実際にいるかはともかく、幼き頃の彼は本気で妖怪を探していた。しかし今では妖怪探しの形だけが残り、中身は妖怪に似た容姿を探し笑うという邪悪な遊びへと変貌して、過去の自分は嘲笑の対象へと成り果てた。

 そんな名ばかりの妖怪探しを続けていると、頭頂部だけが綺麗に丸く光った、小太りの中年男性が通りがかった。その禿げ上がり方のなんと美しいことか。コレはまさに()懸かり的な!と、ある妖怪の名前が頭に浮かんだ瞬間石のはずだった彼の口は、不自然にも動いてしまったのである。


 「あっ、河童だ」


 「えっ?」


 「あっ」


 ──やばい。心の声が漏れ出た。しかもあろうことか本人に丸聞こえらしい。最悪だ。

 呟いた瞬間と男が目の前を歩く刹那が不幸にも重なり、男は有馬の方を向いてピタリと止まっている。

 自分だけの世界はガラガラと音を立てて崩れ、見知らぬ男性に河童と名付けたことの罪悪感と、そうした自分への恥ずかしさが、有馬の心をゆっくりと押し潰していく。が、後悔をする前にこの状況をなんとか打開しなければならない。

 言い間違いにすれば、どうにか切り抜けられるか。


 「か、合羽が必要かな?これから雨降りそうだしな。うん」


 「いや、すっごく晴れてますよ」


 言ったはいいが、男にツッコミを入れられた。それもそのはず、今日は雲一つない晴天である。家から出る前に、「降水確率0%、快晴です!」と、テレビから天気予報士がハッキリと伝えていた。出来れば言う前に思い出したかった。そもそもこんな不自然な独り言などあるものか。

 言い間違いで通すのは無理だ。なら、素直に弁明するべきか。


 「(違うんです、見た目が河童に似てたのでつい!)」


 駄目だ、弁明も無理だ。


 「あのー」


 男が痺れを切らしたのか話しかけてきた。どうしよう、どうしようどうしよう──。


 「…ゴメンナサイ!」


 結局有馬は謝罪の言葉を早口で投げつけて、脱兎の如くその場から離れた。気分転換に来たはずが、心は転換どころか束縛され、罪の重力が顔を深く沈める。脳内は己を責め立てる声が反響して、しばらくはまともに歩くことも出来なかった。


 浮ついた心持ちの時ほど慎重に行動すべき、というのはよく聞く教訓ではあるが実践するのは中々難しい。有馬もこの言葉を今一度倣っていたら、後の運命も変わっていたであろう。


 「あれ、ここは」


 自分の失態と男のどちらか、あるいはどちらともから逃げようとして、顔も上げずにふらふらと駅から歩いた。

 ようやく心が落ち着き周りを見渡すと、見知らぬ一本道に立っている。

 しかしこの道、変だ。車道もない一本道の両脇には、隙間なくぴっちりと窓が無いビルが並んでいて、その全てにシャッターが降りている。道の先には霧が立ち込め、あまり遠くは見えない。ふと空を見上げると快晴だった空はいつの間にか雲がかかっていて、霧の発生はそのせいにも思える。後ろに戻ろうにも前方と同じ光景が続いていて、通りの始まりも終わりも分からない。さらに不気味なのはどこからか視線を感じるのだが、振り返っても目を凝らしても、人の気配が全くないのである。


 「そもそも松広駅の近くにこんな通りあったっけ?まあ、スマホで見ればわかるか。…えっ?」

 

 ポケットから出したスマホを覗くと14時30分と時刻表示された画面の右上に、見慣れない「圏外」の漢字二文字が存在していた。いくら後悔の念で歩いてきたと言っても10分やそこらの話であって、その程度で松広駅から圏外になる場所へ行き着くなどありえない。ましてやここは森や山の中でもないのにどういうことなのか。

 やはり、何かがおかしい。しかしそれよりも──

 

 「それよりも、喉が渇いたな」


 人嫌いの利点とでも言おうか、一般人ならおおよそ不気味に思うシチュエーションも、有馬にとっては静かで居心地の良い場所と思えた。それ故彼にとって場所への疑問よりかは、喉の渇きの方が重大な問題であった。

 ──見える範囲は閉まっているが、自販機や開いてる建物が一つもないわけはないだろう。なんなら歩けば、割とすぐに大通りに出られるかもしれない。

 希望的推測で有馬は足を動かし始めた。一歩、十歩、百歩、千歩。だが進めど進めど景色に変化はない。


 「誰かいませんか!」


 何度かシャッターを叩き、中に誰か居ないかと叫んでもみたが反応は全くなかった。シャッター自体を開けようにもびくともしない。建物自体を登ろうかと思案もしたが、突起もないビルを登るのはあまりに無茶だとすぐに気づいて諦めた。

 ここまで苦労しても、相変わらず助けにくる人も、人の気配自体もない。そのくせ視線は途切れる事なく感じるのだから、段々と気味の悪さは増幅していく。


 「もしかしたら、道が自分と同じ速度で動いているのかもしれないな」


 目に入る情報は、これからも永遠に変わらないのか。気が狂いそうになる。一体いつまで歩けばこの渇きは潤せるのか。


 「もうダメかも知れない。こんなわけの分からぬ場所で干からびるのか?あぁこんなことなら河童男から逃げるんじゃなかった。やり残したことが沢山ある。課題もそうだし家の本も読みかけだ。まだクリアしていないゲームだってあるのに!」


 心寂しさを紛らわせようと無駄に大きな声を出すが、無論誰も、何も返答しない。

 ──分からない、どうして自分はこんな目に遭っているのか。悪事を働いたのなら分かる。何か裁きを受けなければならない身なら分かる。しかし自分に心当たりなど…いや、ある。妖怪遊びか。あれのせいで自分は此処に幽閉されたに違いない。なんて愚かな事をしてしまったのか。

 この異様な状況下では誰でもそうなるのだろうが、元々明るいとは言えない有馬の脳内は、いつにも増してネガティブな方向へと進んでいった。


 「ところでこのままここで死んだらどうなるのだろう。地縛霊にでもなるのか。それは嫌だ、シャッターだらけで面白味のない道を永遠と見なければならないなんてつまらなさすぎる。人もほとんど通らなさそうだ。もし地縛霊になるのなら、もっと賑やかな場所がいい。でも、賑やかすぎても性格に合わないか。どこなら地縛霊として死にやすいだろう」




 絶望感から一人死に場所問答を始めたが、しかしついに道に変化が出てきた。一本道に変わりはないが、霧で見えなかった道の先が突き当たりとなって、右へ直角に曲がっている。

 突き当たりが見えて安堵し涙ぐんだ自分がいる。となれば、まだ自分は生きたいらしい。

 通りから生きたさを認識するなど妙な話だが、とにかく有馬は道から己を知り、更なる変化を願い求め道を曲がったのだった。




 「──喫茶、店?」


 曲がった先、地面に置かれたスタンド式の看板が一番に目に飛び込んだ。そこには「喫茶亜空間」の文字と矢印があるではないか。急いで矢印の先に目を移す。するとあの忌々しきシャッターなぞ無い、小屋の形をした木造の建築物が組み込まれたパズルのように、ビルとビルの間に存在していた。さらにそのドアには「営業中」のプレートがしっかりとかかっている。

 ここに迷い込んだばかりにあった余裕など、もはやあろうはずもない。有馬は食い入るようにドアへと駆け寄り、震える手でノブを捻った。


 「すみません、誰か、いませんか?」

  

 チリンチリンと、ドア鈴が鳴る。


 「はーい、いますよ〜…って、えぇ!?人だ!ロクさんっ、人がきたよ!」


 「えー?人ぉ?純恋ぇ、目ぇ覚ましなよ。ここに人がくるわけ…うおっホントに人だよ」


 軋むドアを開けきるとテーブルを拭いていたポニーテールの女性店員がまず振り向き、彼女の言葉に反応してカウンター奥の薄く顎髭を生やしたボサボサ頭の男が、顔を伸ばしてこちらを見つめた。

 二人の反応を見るに歩いてひしひしと感じた人気の無さは、どうやら常日頃かららしい。そのことを差し引いてもおおよそ客に対して取ってはいけないレベルの失礼な驚き方をされているが、有馬にとってはそんな反応すらも喜ばしいものだった。


 「あの、ここってどこですか?僕は松大駅前にいたんですけど、歩いてたらいつの間にかここにいて、誰も人が居なくて、最初は良かったんですけど段々不安になって…しまって…」


 今までの疑問が抑えられず口から溢れ出したが、最後のあたりの言葉はしわがれ声になってしまった。想定外の長旅で忘れかけていたが、有馬の喉は渇きが限界に近いのだ。


 「おーおー、落ち着け青年」

 

 「でも」


 「喫茶店に入ったんだし、まずは座りんしゃい。喉が渇いているようだね?お冷と──他に一杯奢ってあげるから、それを飲んで一度リラックスしてくれ。それから説明にしよう。純恋、おしぼりとお冷を彼に」


 男はゆったりとした落ち着いた口調で、有馬に着席を促す。しかしてその声は反論を許さない、雄大な力を持っていた。


 「はいっ、お客さん、お好きな席にお座りください!」


 「は、はぁ…」


 どうにも流された感は拭えなかったが、有馬は適当に目についた店内の四人掛けテーブルのソファ側へ座った。すると、フカフカと柔らかいクッションが包み込むように自重を受け止め、耳触りの良い店内BGMと共に、今まで張りっぱなしだった心の糸を解きほぐしてきた。

 ──まずい、これは眠くなる。自分の居所すら判別できていないのに、安全かどうかも知らない見知らぬ店で眠るのは非常にまずい。

 どうにか目を覚ますためにも、店内観察に脳の容量を割く。それにしてもこの店は、あの物々しい道にあるとは思えぬほど店内が洒落ているではないか。そこまで広くない店内には六つのテーブル席とカウンター席がいくつかあり、ソファも椅子も革張りで高級感が溢れている。床はフローリング、テーブルはアンティーク調で壁はレンガ調。インテリアはライトブラウンで統一されていて、落ち着きと明るさの両方の雰囲気を醸し出している。店の奥のカウンターでは店員の二人がカチャカチャと何かを用意していて、背後の棚には茶葉とコーヒー豆がずらりと並べられている。店内を照らす灯りは各テーブルの上に吊り下げられたシェードランプと、壁に設置されたブラケットライトから発されていて、オレンジがかった、自然と安心できる暖かな光だった。

 

 「おしぼりとお冷、それとメニューですっ。注文が決まったらお呼びください」


 「あ、どうも…」


 カウンターから出てきた女性店員が、目の前にコップとメニューを置いた。ようやくありつけた水で喉の渇きを潤し、冷たさで目をこじ開ける。

 さて──続いてテーブルの上を確認する。真っ黒な装丁のメニュー表がテーブル中央に置かれ、壁側には角砂糖の入った小さな白い壺、十数枚がまとめて木の容器に入れられた紙ナプキンがある。その並びで1番目を引いたのは、透明なガラス容器に何個か入れられた、三角形の小さな袋詰めの菓子だった。

 何の菓子だろうか。容器から取り出すと、パッケージにデフォルメされた鬼の絵が描かれている。気になってひとつ剥くと、粉が塗された豆がコロコロと六個出てきた。この豆は見覚えがある、大豆だ。一つ口に入れるとほんのり甘く味付けされている。これはやはりお茶請けと認識してよさそうだ。

 一通りテーブルの上を確認し終わり、有馬はメニュー表を開いた。するとそこにはこの店で見た物では一番不可解な、有馬の頭を悩ませるものが存在していたのであった。


 「えっこれは」


 白地と黒文字で構成されたシンプルなメニュー表にはたった2つしかメニューが無かった。「コーヒー」と「紅茶」の2つだ。シンプルにも程がある。しかもその2つには扱いに大きな差があった。

 「コーヒー」は見開きの左側に大きく書かれていて、文字の周りには「おすすめ!」や「激ウマ!」「美味」などの売り文句が、まるでスーパーの広告のように何個も散りばめられている。店側の自信をひしひしと感じるが、あまりにも過剰すぎて胡散臭くもある。

 「紅茶」は見開きの右側に「コーヒー」よりも小さめに書かれている。左側とは対照的に自信満々な売り文句はない。そのかわり「紅茶」の左上に一言、「まあまあ」の文字だけが置かれていた。


 「(これはどう判断するべきなんだろう)」


 額面通りに受け取れば「コーヒー」一択だ。けれどもそれが果たしてそれが正しいのか?疑念を抱かずにはいられない。


 「(そもそもこんな変な場所にある喫茶店の変なメニューだ。裏をかいてくるのも十分にありえる。店員に聞こうか。いや、ここまでメニューに差をつけるんだから、コーヒーを薦めてくるのは目に見えている。なによりそれを信用するかどうかは別だ。ここは自分の直感でいくべきか。……よし、決めた。)」


 意を決し、有馬は手を天に高く上げた。


 「すみません」


 「はいっお決まりですか?」


 メニュー表が置かれた時と同じ、あどけない顔をした女性店員が、カウンターからやってくる。


 「…紅茶を、お願いします」

 

 有馬は直感で「まあまあ」の紅茶を選んだ。直感なので特に深い理由は無いが、強いて言えばこの男は、苦いものが得意ではなかった。

 果たして結果は──


 「えっ紅茶ですか?」


 メニューを聴いた店員が驚き、


 「えっ紅茶なの?」


 彼女の声を聞いたカウンター奥の男が驚き、


 「えっ?」


 二人の声を聞いた有馬が驚く。まさかの、店内の3人全員に疑問符がつくことになってしまった。


 「あの、紅茶頼むのはまずかったですか?」


 「い、いえいえ!そんなことないですっ!美味しいっていうか、正解っていうか…」


 モゴモゴと濁すように否定をされた。何なのだろうかこの喫茶店は、やっぱり謎が多い。


 「なんで?なんで、コーヒーが売れないんだ!

?」


 カウンターからは男の嘆く声が聞こえるが、ともかく注文は通った。あとはジタバタしてもしょうがない。鬼が出るか蛇が出るかは、出てきて飲むまで分からないのだから。

 

 (純恋ぇ〜、なんであんなにアピールしてるのに、こんなにもコーヒーが売れないんだろう?)


 (アピールしすぎなんですよ!あと1番は、やっぱりロクさんの淹れるコーヒーがあんまり美味しく…)


 (ははは、面白い冗談だね?)


 …彼らの会話を基に推理すると、どうやら最悪の選択は免れたようではあるが。




 紅茶が出来上がるまでの間、頭の中にはどうしても疑問が湧き上がってくる。ここはどこなのか出口はどこなのか、そもそもこの場所はなんなのか、なぜこんな場所に喫茶店があるのか、働いている二人は何者なのか、他に人はいるのか、どうして自分が迷い込んだのか──。

 

 「お待たせしました、紅茶です!」


 「あっ、ありがとうございます」


 ──張り巡りつつあった思考の糸が、元気な声でプツンと切れた。そうだ、無駄に考えてもしょうがない。どうせコレを飲んだら答えが分かるのだ。それにせっかく無料ただなのだし、余計なことは気にせず味わっていただこう。

 

 「いただきます」


 手を合わせティーカップを口に運ぶ。色は鮮やかな小麦色で、甘すぎない、爽やかな柑橘系の香りがする。ここまでは良い、あとは味だ。カップを傾け液体を口内に流しこむ。少し冷ませばよかった。熱い。けど、


 「…美味しい」


 無意識にぽつりと口から言葉が出た。口当たりはまろやかで飲みやすく、茶葉本来の甘味が舌を楽しませる。それでいて奥底に存在する微かな渋みが全体の味を引き締めて、飲み込むとより濃くなった、芳醇でフルーティーな香りが鼻から抜けてゆく。

 コレのどこが「まあまあ」なのか。ここまで全てが調和した、素晴らしい紅茶は飲んだことがない。コレこそが紅茶であるのは、今まで飲んできた紅茶はただの茶色の液体だったと言っていい、それほどに美味い。有馬は十七年の人生で初めて、飲み物で感動を覚えた。


 「気に入ってくれたようで何よりだよ」


 持ちあげたティーカップへ、驚愕の視線を送り硬直していると、頭の上から声が降り注いだ。見上げると、これまでカウンターから出てこなかった男が目の前に立っている。


 「えーと、お名前は…」


 「ロクって呼んでくれ、この店で店長(マスター)をしてる。君は?」

 

 男は名乗りながらゆったりとした動きで、テーブル向かいの椅子をガタガタと引いて座る。


 「有馬です、有馬雄介」


 「有馬!有馬雄介か…あぁ、失礼。同じ苗字の知り合いが昔いたものでね、気にしないでくれ。じゃあ雄介、今から君の質問に答えていくけど、どんな話だったとしてもそれが真実であり事実なんだ。だからなるべく、疑うとか驚くとかしないで欲しいんだけど…いいかい?」


 つまらぬ願いだ。有馬は心中、鼻で笑った。来るまでに不思議な目に合っているのだから、並大抵の事では疑問など持たない筈である、と。


 「場合によりますけど分かりました。じゃあまず、ここはどこなんですか?」


 「そうさなぁ、さしづめ亜空間と言ったところかな」


 ──亜空間。この店の名前にもなっている言葉で存在しないはずの空間、空想上の空間といった意味を持つ。SFなどで用いられる言葉ではあるけども、あくまでもフィクション上での言葉であるはずだ。


 「亜空間?ここが?」


 有馬は早速疑いをかけた。


 「おぉ、いきなり疑うね。ま、しょうがないか…」


 ロクはやれやれとため息を吐き、一拍置いてから話を続ける。


 「どう信じてもらおうかな…例えばここまで歩いている時、道が永遠に続くような気がしなかったかい?」


 心当たりは存分にある。いつまで歩いても終わらないシャッターの曼荼羅(まんだら)地獄。が、しかし。


 「ありましたけど、アレは見てる風景が変わらないせいで錯覚に陥っただけじゃないですか?」


 それだけでは根拠が余りにも弱すぎる。


 「やっぱそうなるよねぇ…。あー、じゃあコレはどうかな、携帯持ってる?」


 「持ってます」


 「時間がここに迷い込んでから進んでないでしょ」


 携帯の時刻を確認する。驚くことに時計は14時30分を示していた。携帯が圏外であると確認したあの時から1分も経たずに喫茶店に着いた、と考えるのは流石に現実的では無い。


 「…時間、進んでませんね」


 「でしょ?」


 「でも、もしかしたら携帯が壊れただけかもしれないじゃないですか。ここは圏外だし電波が悪いだけの可能性もある。何かもっと、決定的な証拠はないんですか?」


 「君ぃ、結構疑り深いね。決定的な証拠かぁ…うーむ」


 ロクは顎に手を当て髭をなぞるように撫でながら、一度ゆっくりと瞼を閉じ、数秒してからやはりゆっくりと瞼を開け、有馬へと言葉を発した。


 「雄介、おそらく君がしようとしている、他の質問の答えに繋がってくるんだけどね」


 「はい」


 「この亜空間にくるお客さんってのは普通、君みたい人間じゃないんだ。来るのはいわゆる──」


 わざと声が落とされ、言葉が続く。


 「いわゆる、妖怪ってやつなんだ」


 妖怪──その単語に胸が熱くなる。自分にとって、憧れの対象だったもの。が、一瞬で熱は冷めた。確かに妖怪は好きだった。好き「だった」のだ。十七年生きて嫌になるくらい分かった。所詮、妖怪なんて架空の存在だ。架空だからこそ探そうとして、架空だからこそ見つからなかった。馬鹿みたいに信じたせいで、実際に馬鹿も見た。だからもう憧れるのも、信じるのも、っくのうにやめた。なのにそれをこの人は──


 「…本気で言ってます?」


 言葉には怒りがこもっていた。見つけたかったものが見つかるとそう言われているのに、妖怪と口にした目の前の男へ何故怒りを覚えているのか。有馬自身に理由は分からなかった。


 「残念ながら、本気なんだよね」


 「いい加減にしてください。さっきから亜空間だの妖怪だの、現実味がないです。もしかして、おちょくってるんですか!?」


 怒るつもりもないのに、抑えようとしても、段々と語気が強くなっていく。


 「待って待って、そっちが言ったでしょ?決定的な証拠を見せろって。この話をしてからじゃないと、脈絡がなくなっちゃうから先に説明しただけだよ。決定的な証拠を今から見せる。純恋、ちょっとこっちきて」


 「はい!なんですか?」


 名前を呼ばれ、カウンターで洗い物をしていた、入店してから何度も見た女性店員がてこてこと歩いてきた。


 「この人がなんだって言うんです?」


 「そうカリカリしないで。純恋、彼に自己紹介してあげて、後藤と一緒に。」


 「えぇ!?ゴトちゃんと一緒にですか!?しかもこのお客さん…」


 「有馬雄介くんだよ」


 「有馬さんに!?失礼ですけど、普通の人ですよね…?」


 普通の人と言われたのは面白くないが、それよりも彼女は何を自己紹介だけでここまで狼狽しているのか。

 

 「普通の人だからこそ大丈夫だよ。道から出ればどうせ忘れるし。」


 「そ、そうですか…じゃあ失礼して」


 ロクの返答もどこか変わっているが、二階堂はその言葉で納得したようで縛っていたヘアゴムを外した。ポニーテールが崩れ少し大人びた雰囲気へ変化したが、しかし何故自己紹介するのに何故ヘアゴムを解く必要があるのか。疑問は、すぐに解けることになる。


 「わたしは二階堂純恋、二口女です」


 言葉を発して彼女はくるりと背中を向けた。すると──


 「…ふぅっ、バイトの時に毎度毎度ヘアゴムで縛って息苦しいのよ純恋!で、一般ピーポーのあんたっ、アタシが後藤よ!ヨロシク!」


 後頭部からも、自己紹介が始まった。


 「ごめんねゴトちゃん、今度からもうちょっと緩めに縛るね!」


 「純恋、アンタ前もそう言ってキツく縛ってたからね!今度はちゃんと緩くしなさいよ!」


 「…は?…………えっ?…ん?えっ?」


 有馬はまず自分の目を疑いしばらく固まって、また困惑した。意味不明だ。「髪」が、しゃべっている。いや違う「後頭部」が喋っている。後頭部にある「口」が喋っている。あの部分は頭蓋骨で、()()()()()なら口などあるわけがない。


 「ほ、本当に…?」


 「本当だよ」


 震え声の有馬を観て、ニヤつきながらロクが答える。


 「純恋、有馬に後藤を触らせてやってもいい?」


 「えー…いいですけど、優しく触ってくださいね?」


 「純恋じゃなくてアタシに聞きなさいよバカ店長!てか純恋も、何勝手に許可してんのよ!アタシにもプライバシーってもんがあるのよ!」


 「有馬さんに信じてもらうためだから、お願いっ!ゴトちゃんっ!」


 何だ、この人達は。この状況がさも普通だと言わんばかりに、スラスラと会話を行なっている。自分がおかしいのか、いやそんなはずはない。


 「…チッ、しょーがないわね…。ほら、小僧、早く触りなさい」


 「えっ、えーっと、あの」


 「ほーら雄介、早く触っちゃいな。後藤に触れる機会なんてなかなか無いよ?」


 「じゃ、じゃあ…失礼します…。」


 突拍子もない出来事の連続で、頭が追いつかない。が、触らなければそれが現実なのかどうかの判断は出来る。有馬は覚悟を決め、恐る恐る髪の中に手を伸ばした。

 ──口だ、本当に口だ。唇があって、歯があって、舌があって…


 「どこ触ってんのよ!」


 「痛っ、うぉ!?」


 「あっ、大丈夫ですか有馬さん!?」


 指を噛まれ、さらには髪の毛が触手の様に動いて、有馬の体を突き飛ばした。噛まれた痛みも、突き飛ばされた衝撃も本物だ。もう疑いようが無い。彼女は本当の本当に二口女なのだ。


 「ダメでしょゴトちゃん、お客さん噛んで突き飛ばしちゃ!」


 「コイツが乙女のデリケートなところを無造作に触るのがいけないのよ!セクハラよ!」


 「違います!ただちょっと気になっちゃって舌とかを触っちゃって…」


 未だ混乱する頭で、セクハラという言葉に反応だけして反論する。が、よくよく考えれば、見知らぬ人の舌を触るのは確かに相当な変態行為である。彼女が「人」に当てはまるかどうかは別だが。


 「ゴトちゃんの舌触ったんですか!?セクハラですよ!!」


 「くくっ…それはいかんね、訴えられても仕方ないな」


 「ご、ごめんなさい!」


 二階堂が頭を手で隠して後退り、ロクは有馬の様子をずっと楽しそうに観ている。


 「ふふっ、冗談です。でも注意してくださいね、ゴトちゃんも女の子なんですから」


 「アタシは本気だったんですけど!?」


 「フフフ、まぁともかく、信じてくれたかな?」


 信じられない事だが、実物にこうまでされたら信じるしかない。二階堂純恋は後藤という意志を持ったもう一つの「口」を持つ、紛れもない二口女だ。

 

 「…はい、正直亜空間に関してはよく理解出来てないですけど、妖怪の話は疑いようがないです。ところで…」


 落ち着かない心臓の鼓動を抑えるため、有馬は一度紅茶を飲んで落ち着いた。二階堂もロクも、妖怪という物を初めて見た人間は大抵怯えるか、少なくとも会話のトーンが下がることを知っていた。しかし、鎮まるかと思われていた有馬の口は二人の考えとは真逆に、モーターエンジンのように回りはじめたのであった。


 「ところで後藤さんの部分から食べ物って食べられるんですか?その場合は二階堂さんにも味覚が共通してたりするのでしょうか?満腹感も?歯磨きとかはどうしてますか?他にも思考は黙ってても共有できたりするんですか?そのほかにも…」


 「え!?え、えっと…有馬さん?」


 「なんか急に質問責めし出したわよコイツ…」


 「あーこれはアレだね、彼はおそらく…」


 一通り質問し終わって正気に戻ったのか、有馬はテーブルの上で顔を覆って動かなくなってしまった。二階堂と後藤は呆気に取られて、しばしの静寂が訪れる。そしてその静寂を破ったのは、小刻みに震えながらも、消え入りそうに声を絞り出した有馬自身だった。


 「…違うんです、コレはその」


 「別に隠さなくてもいいよ。君、妖怪好き──今だと妖怪オタクと言うのかな?それだろ?」


 言い訳をするより先に、喋るのを待っていましたと言わんばかりに、ロクが憎らしいほど的確な説明をぶつけた。


 「………」


 「なるほど、妖怪オタクなんですね!」


 「てことはさっきのはオタク特有の早口ってやつかしらね」

 

 もう誰にも明かすつもりもなかった有馬の秘密が、出会って幾分もしない彼らに完全にバレたのである。

 ──しょうがないじゃないか!目の前にずっと憧れていた存在が急に現れたら、自分を抑えられるか?いいや抑えられない。誰でもそうなるはずだ。くそう、顔から火が出そうだ。今日は厄日だ。河童男に口を滑らせ、亜空間に迷い込み、己の恥を晒した。


 「ちくしょう…なんてことだ…」


 「おいおいそんな半泣きになることないじゃないか。別に悪くないと思うよ?妖怪オタク。それに記憶はどうせ消えるんだし」


 「そ、そうです!妖怪好きって言われて私嬉しいですもん!」


 「女々しい男ねぇ〜、好きなものは胸張って好きって言いなさいよ」


 「ゴトちゃん!もうちょっと優しく言ってあげて!」


 気遣いが痛いが、しかしそれとは別に、一つ聞き逃せない発言がロクから出ている。


 「記憶、消えるんですか?」


 「うん、消える。原理は俺にもよく分からないけど、人間がこの道から出ると、ここでの記憶を無くすんだよ。」


 「そうですか…」


 「残念?」


 「正直に言えばちょっと…」


 「そうか、正直でよろしい」


 ロクと二階堂が嬉しそうに微笑んでいるのを見て、有馬は再び恥ずかしさに悶えた。

 ──やっぱり自分は、妖怪と関わると碌なことがない。今までの人生を振り返れ、忘れたのか。コイツらのせいで今までどれだけの被害を被ったかを。ここからすぐにでも離れよう。関わりを断とう。その方が、絶対に良いはずなのだ。

 有馬の心はいつかと同じように、この場から逃れたい気持ち一心に染まっていた。


 「出口を、教えて下さい」


 「もう帰るのかい?何なら妖怪をもうちょっと堪能してっても…」


 「いえ、いいんです。自分の恥は、関わりを断てば済むので」


 「そんな恥なんて!何かを好きって気持ちは別に恥じゃ…」


 二階堂が有馬の言葉を否定しようとしたが、ロクが手を横に出して発言を遮り、心を見透かすような黒い瞳を有馬に向けて確認を取った。


 「本当にいいんだね?」


 「……はい」


 ロクの真っ直ぐな眼差しは、有馬の心に痛いほど刺さった。それは確固たる意志に基づいて即答できるはずだった「はい」というたった一言の返事が揺らぐほどであった。けれども、有馬はそんな視線なんぞに負けるものかと、ある種の反骨精神で返事を返したのである。


 「そっか。じゃ、純恋送ってあげて」


 しかし意外にもあっけなく、ロクは有馬の願いを聞き入れた。


 「でもっ」


 「雄介は本気で帰りたがってるよ。そんな彼を無理矢理引き止めるなんて、お客様に対して失礼だと思わないかい?」


 「そ、そうですけど」


 「だろ?なら帰してあげなくちゃ。喫茶亜空間は迷い込んだ人間を帰すのも仕事の内だ。『来るもの拒まず去るもの追わず』だよ」


 ロクの声のトーンや大きさは初めから変わっていない。けれども二階堂に説いた今の言葉は、今までで最も強く、最も静かで、最も理知的な、不思議な力を感じさせる声であった。


 「これに関してはバカ店長に同意よ純恋、コイツが妖怪好きを恥と思ってるのにモヤつくのも分かるけど、帰りたいって言ってるやつを無理矢理止めるのは感心しないわね」


 「バカは余計だぞ後藤〜」


 「……分かりました。有馬さん、ついてきてください。亜空間の出口までご案内します」


 二階堂はヘアゴムをし直し、店のドアを開けて有馬に帰りを促した。扉が影になって、彼女の表情は見えない。


 「はい…ありがとうございます。あ、あとロクさん」


 「何だい?」


 「紅茶、本当に美味しかったです。ご馳走様でした。それと、色々教えてくださって本当にありがとうございました。」


 「はは、律儀だねぇ君。もしも次ここに来たら、紅茶じゃなくコーヒー頼んでみてね。でも次は奢りじゃなくて自腹だよ?」


 いつまでも悪戯っぽく笑うロクの姿と、出会った不思議な喫茶店を脳裏に刻みつけ、有馬は「喫茶亜空間」を後にした。




 ──客が帰ると店には静寂が訪れる。何度も経験しているが、この物悲しさは慣れないものだ。

 ロクはカウンターの中から、誰もいなくなった店内を見渡し、それから静けさを楽しむかのように、目を(つむ)った。


 「それにしても人間が来たのは何年振りだろうか。十年?二十年?もしかして、百年は経っていないだろうが…そもそも時間が無いこの空間で年数を数えるなんて、愚かな行為だったか…」


 「俺の心に勝手にナレーションをつけないでくれるかな、尾賀濤おがとう?」


 眉を(ひそ)めながら目を開けると肩まで伸びた白髪で片目を隠した、男とも女ともつかない若々しい人物が、まるで煙のように音も無く入店している。


 「仕入れの話?そうじゃないなら今眠いから帰ってくれないかな」


 「そんなつれない態度取るなよロクぅ。今回の私は客として紅茶を飲もうと、お茶請けにあたりめ買ってきたんだぞー」


 そう言って尾賀濤がコンビニのレジ袋から取り出したのはあたりめである。


 「紅茶のお茶請けにスルメイカを買うな。店臭くなるだろ。それにうちは食べ物の持ち込み禁止でしょうが。あと店に入る時はちゃんとドア使って入って来て。そして俺のことを思うんなら紅茶じゃなくてコーヒーを注文して。」


 「いちいち細かいこと気にすんなよ〜」

 

 尾賀濤咲おがとうさきは軽口を叩いてカウンター席に座り、「紅茶一杯!」と大声で注文した。

 彼(彼女?)はこの店の仕入れ担当で、豆や茶葉がなくなりそうになると何処からともなく現れ補充していく。しかし今は豆も茶葉も十分に備蓄がある。こういう時は大抵──


 「はい、紅茶」


 「お、ありがとー。では早速」


 「あたりめは外で食べて」


 「えぇー、ケチ!」


 「ケチじゃない。で、本当は何の用できたの?」


 あたりめを尾賀濤の手から取り上げて本題に入る。こういう時は大抵、何かしらの問題が発生した時なのだ。


 「よく分かってるね〜ロク!…あのね、今回の用件は他でもない、さっきの子の事なんだ」


 一瞬にして彼から軽薄さは消え、真面目な顔つきへと変わる。


 「さっきの子?」


 「さっき店に来た人間の子だよ。確か有馬──」


 「あぁ、雄介か。でも彼はもう帰ったよ」


 「そうそう、有馬雄介。」

 

 紅茶を啜り、会話を区切ってから出た尾賀濤の言葉は、滅多に動じないロクの心を、()てつかせるものであった。



 「彼さ、死んだかもしれないよ」

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