古代魔法
――ゴール手前の山の本道
そこは本道のため、少々開けた場所。両側には鬱蒼とした木々が立ち並ぶ。
雨が降り落ちて地面が泥に変わる中、ネティアは魔導杖を手にして三人の取り巻きを守るように立っていた。
三人娘は傷つき、道の端にある木の袂でぐったりしている。
ネティアもまた疲れに息を切らしているが、確かな意思の宿る深紅の瞳で、熊の巨体を持ち狼の顔を三つ持つ合成獣を睨みつけていた。
「はぁはぁ、明らかにおかしいですわね。とてもテスト用とは思えません。ゴール地点からも剣戟が聞こえていますし。これはトラブル……悪意を持つ何者かが介入してきたということ?」
「ネティア様! お逃げ下さい!」
「馬鹿を言いなさい。あなたたちを置いて逃げられるわけないでしょう」
「ネティア様……」
「それに、私は由緒あるシャンプレイン家の長女! 前に立つ者。守るべき者たちを見捨てて背中を見せるなどあり得ません!!」
ネティアは黄金の魔法石を冠した魔導の杖を握り締め、魔力を籠めて、雷撃の呪文を放つ。
「雷轟!」
「がぁぁ!!」
巨雷は合成獣の体を貫き、皮膚が弾け飛び、土色の地面を朱に染める。
だが――
「がぁあぁああぁぁ!」
咆哮――すると、弾け飛んだはずの皮膚が瞬く間に再生していく。
「まったく、なんて再生力ですの。これでは埒が明きませんわね」
ちらりと、後方へ目をやる。
傷つき動けない三人の友。
一人戦い続ける自分。体力は底を突き、肩が大きく上下する。
だけど、逃げるわけにはいかない。
友を守るため、そして貴族としての矜持を守るため、魔力底つくまでネティア=ミア=シャンプレインは戦い続ける覚悟を示し、更なる魔力を魔導杖へ籠めようとした。
そこに、彼女がぜ~~~~~~~~ったいに聞きたくない声が響く。
「にゃ~はっはっはっは!! ネティア~、助けに来ましたよ~!」
「へ?」
ミコンの声が鼓膜を穢す。
同時に、レンとエルマが合成獣へ刃を浴びせた。
「やぁ!!」
「はぁぁ、でりゃ!!」
二人は合成獣を切りつけ、そのまま横を駆け抜けてネティアの前に立つ。
傷を負い、巨躯を揺らす合成獣の脇をすり抜けて、ラナがぐったりしている三人娘の傍に駆け寄り、泥水をも厭わず彼女たちの前で片膝をつき、淡い緑光を両手に纏い回復魔法を唱える。
「待ってんも、すぐに治す!」
「あんたは……」
「ラナ……」
「だけど、私たちあなたに……」
「黙って! 集中できない!」
三人娘はラナの大切なリボンを、母が贈ってくれたリボンを穢した。
絶対に許せない行為――だけど、彼女はそれを飲み込み、三人娘の怪我を癒す。
三人娘はか細く、声を漏らす。
「あ、あの、ごめん」
「あんなことしたのに……」
「えと、その、ありがとう」
「なんもなんも」
ラナは小さく声を返して、癒しの魔法に意識を集める。
一方、レンは合成獣へ剣先を向けながら、背後に立つネティアへ声を掛ける。
「ネティア、戦えるか?」
「ええ、何とか? ですが、あなたたちどこから?」
「にゃはははは! それはですね! 私たちがとっくの昔にゴールしていたからですよ!!」
合成獣を挟んで相対する場所いるミコンが高笑いを上げる。
これに顔を顰めながらも、ネティアは彼女に問いかける。
「ゴールって、いつの間に私たちを追い越して?」
「山を越えました」
「は?」
「直線コースを取り、山を越えて、最短距離で目的地に向かったんですよ」
ネティアは目の前に立つレンへ視線を移す。
「本当……なの?」
「うん、まぁね」
「ですが、大量のトラップに険しい崖があったのでは?」
「トラップはラナが索敵をして、解除及び破壊はミコンと私とエルマが。崖はみんなでぴょんぴょんと」
「ぴょんぴょんって……なんて、非常識な」
ネティアはあり得ない返しに眉を曇らす。
そんな彼女へミコンが腹の底から愉快そうに声を出す。
「さてさ~って、ピンチのようですね。でも! 大丈夫! このミコン=ペルシャが助けに来ましたから、もう安心です! 庶民のミコン=ペルシャが! 大貴族のネティア=ミア=シャンプレインを助けに来たんですから!!」
「この~、なんて嫌味を~」
「にゃ~、嫌味じゃありませんよ~。事実で~す」
「ぐぬぬ」
「まぁ、からかうのはここまでにして、戦えるんですよね、ネティア?」
「もちろんです!」
「私の手を借りるのに抵抗は?」
「あるに決まってるでしょう! ですが!」
彼女は傷ついた三人娘を深紅の瞳に映す。
「事を為し得るためには、時に恥を忍ぶこともあります。助太刀に感謝を」
礼を述べて、彼女は魔導杖を握り締める。
それにミコンは小さな笑みを浮かべて、両手を前に出し、拳を作り、構える。
「ネティア、敵の情報を」
「見かけによらず素早い。また、力も強く、まともに攻撃を貰えば全身の骨が砕かれます。さらに信じられないほどタフな上、強力な再生力を持っていますわよ」
「なるほど、生半可な攻撃では意味がないということですか。現状況は挟み撃ち。絶対有利。この状況を崩さずレンちゃんとエルマと私で攻撃を仕掛けます。ネティアは援護を」
「ええ……って、あなた魔法は?」
「今回はちゃんと使いますよっ」
ミコンは視線を一瞬空に上げて、すぐに降ろし、合成獣を睨みつける。
「せっかくの雨。水はたっぷり。媒介には申し分なし。敵はタフ。なら、あの方法が使えます。レンちゃん、エルマ。無理をせず、距離を保ち、攻撃を。とどめは私に任せてください!」
「何か良い方法があるんだね。わかった、任せたよ」
「へへ、じゃ、いっちょやりますか!」
レンとエルマが剣と槍を持ち、合成獣の正面から突貫。
ミコンは背後から拳で襲い掛かる。
合成獣は巨大な拳を風切る速さで振り回すが、三人の素早さはそれを上回り、拳は虚しく風を起こすのみ。
レンは剣で胸を切り裂き、エルマはわき腹を穿ち、ミコンは背に数発の拳をお見舞いする。
これにより、ひるんだ合成獣へ雷撃を落とすネティア。
しかし――
「がぁぁあぁぁあぁあぁ!」
合成獣は聞く者の身体を痺れさせる咆哮を上げて、全身より白い靄を上げる。
靄は傷から漏れ出ており、その傷をみるみるうちに再生していく。
靄が収まると、そこには傷など始めからなかったかのように、逞しくも恐ろしい盛り上がる肉があるのみ……。
レンは息を漏らす。
「ふ~、これは手強い。相当切り刻まないと駄目なようだ。ミコン、この再生力を打ち破る方法は?」
「もう、終えてます。戦いながら下準備をしましたから」
ミコンは大気を満たす水分に、魔力の源レスルを媒介にアクセスして、全てのことを終えていた。
(水の分子H2Oを水素と酸素に分離。水素濃度を20%以上にレスルで増加調整。さらにレスルを分子と融合させて威力を増し増し。それらを合成獣の上半身に集める。そして、空間を隔離)
「さぁ、吹き飛べ! 支炎!」
現代魔法の火を司る魔法。
ミコンはその基本となる魔法である支炎を合成獣へ飛ばした。
揺らめく小さな灯は濃密な水素へ近づいていくが――
――ジュッ!――
ちっちゃな炎は雨に負けて消されてしまった!!
「え、え、ええええええ! うっそ、火が消えちゃった!?」
彼女の悲鳴にレンたちは脱力する。
その中で一層脱力しているネティアが魔導杖を振るい、声を飛ばす。
「もう、何をやっているんですの!? ともかく火が必要みたいですね。豪炎!!」
ネティアはミコンの代わりに人の背丈はある巨大な炎の塊を合成獣へ放った!
その業火を見たミコンは声を弾ける!
「皆さん、衝撃が来ます! 耐防姿勢!」
この声に応え、レンとエルマは剣と槍を前にして魔力を高め、ネティアは結界を張り、ラナもまた結界を生んで自分と三人娘を包み込んだ。
業火がぶつかる――同時に響き渡る衝撃音。
炎は水素を爆発へと導き、合成獣の上半身を吹き飛ばした!!
臓腑が空を舞い、雨と共に降り注いでくる。
それらをレンは剣で弾き、エルマは必死に避けて、ラナは結界に張り付く臓腑に青い顔を見せて、三人娘は悲鳴を上げる。
阿鼻叫喚の渦の中、落ちてくる臓腑を避けずに佇むミコンとネティアが言葉を掛け合う。
「さすがにこれなら、再生も無理でしょう」
「いきなりの爆発……何をやったんですの?」
「水から水素を分離し、増加して集めて、レスルと融合させただけです。そこに火を投じれば、ご覧の通り」
「よくわかりませんが、これが古代魔法ですのね。ですが……」
「なんですか?」
「点火のための炎を雨に消されるなんてお粗末すぎるでしょう」
「う、うるさいですね。ちょっと魔力を籠め損ねたんです」
「まったく、初歩中の初歩魔法を使えないなんて、本当に魔導生ですか?」
「だから、うるさいって言ってますよね?」
「フフフ、ま、今ので貸し借り無しということにしてあげますわ」
「は?」
ネティアはフイっとミコンを指差し、次に自分をピッと指差す。
「あなたは私を助けに来た。でも、あなたは必殺技を失敗して、止めを刺したのは私」
「なんですか、それ!? ずっこいですよ!!」
「ずっこい? どんな意味で?」
「標準語でずるいって意味です!」
「ずるい?」
「その言葉はわかるでしょ!」
血と臓腑が混じる雨に打たれながら、それを避けようともせずに口喧嘩を始めるミコンとネティア。
エルマは呆れを声に乗せて、それにレンが答える
「二人とも、血塗れだけど平気なのかよ?」
「合成獣の血は合成血液で病気の心配もなく危険なものじゃないから大丈夫だよ。二人ともそれがわかってるから平気なんだと思う」
「そこじゃないんだけど……何気にレンもズレてるよな」
「ん?」
「いや、何でもないっす。はぁ、憧れだった人のイメージが僅か三時間で書き換えられるなんて、心の整理が……おまけに崖登りに蜂の子に勉強にこれと、今日は疲れた」
「残念だけど、まだ仕事が残ってるよ。他の生徒に試験の中止を伝えないと」
「ああ~、そうだった! でも、先生の方は大丈夫かなぁ?」
ゴール地点からはまだ戦闘の爆音が響いている。
エルマはそれを心配しているようだが、レンはにこやかにこう答える。
「ふふ、大丈夫だよ。私たちでも十分処理できるレベルの敵。いくら数があろうと、先生方が後れを取る要素はかいむ――何者だ!?」
言葉の途中、レンの全身に寒気が駆け巡った。
彼女は茂みに剣先を向けて睨みつける。
すると、茂みの前の空間が揺らぎ、そこから真っ青なスーツと黒のネクタイを身に纏い、七色の髪を持つ不可思議な存在が現れた。
「あははは、なかなか勘がいいねぇ。さすがはバスカ家のご息女」
にこやかな笑みを見せながら、レンへ話しかける存在。
背はレンより少し高く170cm程度。
顔はとても整っており、女性とも男性ともわからぬ中性的な美しさを持つ。
彼とも彼女とも言える存在は黒の瞳にここに居る者すべてを映し、とても柔らかく己の名を唱える。
「初めまして、皆さん。僕は『図書館』の『司書』の一人、ササメ。お見知りおきを」




