和葉・その8
まぁ、結論から言うと。
拍子抜けするくらいにあっさりと、利津の両親はわたしたちの結婚を――子供が産めないわたしのことを、許してくれた。
今時子供のいない夫婦など珍しくないし、もし将来子供が欲しいと思った時には、里子制度や代理出産などいくらでも手はあるのだから、と。
『利津のことを、選んでくれてありがとう。幸せの形なんて人それぞれだよ。これからあなたたちなりの幸せを見つけて、二人で仲良く生きていけますように。それだけが親である私たちの願いです』
利津のことは大事だけど、恋愛感情があるわけじゃない。
けれど、彼の両親からそう言ってもらえた時。
『言ったでしょ? 大丈夫だって』
隣に座っていた利津に、そう柔らかく微笑まれた時。
わたしはようやく認めてもらえたような気がして。生まれてきてよかったんだと、存在しててよかったんだと、心から思えて。
色んな思いがこみ上げて、彼とその両親の前で泣いてしまった。
それで全てが丸く収まったというわけでももちろんなくて、その後がなかなかに忙しく。
利津と予定を合わせて今度はうちの両親に挨拶へ行き、こちらもかなりあっさりと結婚の了承を頂いたので――むしろ利津は「和葉を貰ってくれてありがとう」なんて涙ながらに感謝されてしまっていた――入籍および結婚式の準備が幕を開けた。
あまり着飾るのが好きじゃないので、わたしとしては結婚式なんて別になくてもいいくらいなのだが、両家とも結婚式はやろう、という意向になったのでまぁそれはそれで……わたしなんかが主役になるのは気が引けるけれど、周りに祝福してもらえるのなら悪くない。
式場を押さえ、プランナーさんと相談しながらどういう内容にするかを決めていく。式場の収容人数に合わせて誰を招待するかも決めないといけないので、考えることが多くて大変だ。
そんなに大きな式にする予定はなかったので、わたしも利津も家族の他には友人と仕事仲間を数名ずつくらいにして、合計で五十人くらいの招待を予定することにした。
そうと決まったら、苗字が変わる手続きも含めて会社に知らせないといけない。入籍も結婚式当日にしようと思うので、まだ先のことだけれど。
「市役所での手続きだけでも大変なのに……会社への申請もあるってなるとめちゃめちゃ大変ですよね」
中主任に聞いたら、少し考えるそぶりをして
「俺は住所の変更と扶養家族の申請だけで済んだけど、女の方は苗字変わったりするしなおのこと大変かもな。……ちなみにうちの嫁は結婚を機に退職したから、退職届以外は何も申請取ってないよ」
と言っていた。……うーん、参考にならない。
結婚式と入籍は来年の五月にすると決めて、婚約者となったわたしたちは先立って一緒に暮らす部屋を探すことになった。
わたしは結婚してからも仕事を辞める予定はなく、利津の勤める市役所はわたしが住んでいるところの隣町だったが、幸いどこに住むかで揉めることはなかった。お互いの職場に近いところで、二人で住むのにちょうどいいアパートが見つかったのだ。
二人の予定に合わせて、来月入居することになって。
環境を含めて何もかもがガラッと変わる、利津を伴ったわたしの新生活が、ゆっくりと幕を開けようとしていた。
◆◆◆
中主任の奥さんが二人目の子供を出産したことは、多分わたしが誰よりも――それこそ、扶養家族の手続きをする部署の人よりも、先に知っていたことだと思う。
有休を取った日の前日、中主任は珍しくそんなに残業をしなかった。
帰るよ、と言われていつもより急ぐようにオフィスを出た後、施錠した中主任はおもむろに、わたしに会社の鍵を渡してきた。
「明日俺、有給取ってて会社にいないから。お前が管理して」
「……わかり、ました」
中主任以外に鍵を持っていない人がいないわけではなかったけれど、一番最初に会社に来るのも最後に会社を閉めるのも中主任だから、これはかなり珍しいことだった。
わたしは知っていた。中主任の奥さんが二人目の子供を欲しがっており、週に一度くらいのペースで中主任が奥さんの相手をしていたことを。そして、その待望の二人目が、ようやく彼女のお腹に宿ったことを。
「二人目、生まれるんですね」
「まぁな」
本当は明日が予定日だったんだけど、と面倒そうに呟く。
「よかったじゃないですか。おめでとうございます」
「……あぁ」
「男の子ですか、女の子ですか」
「嫁が今回はどっちか聞かないって言うから、まだわからないんだよ。……でも、どうせ次は女の子なんじゃないか」
そんな迷信信じてないけど、と投げやりに言い捨てた中主任は「じゃあ、お疲れ」とそそくさと帰っていった。
去っていく中主任の背中を眺めながら、
『こないだ友人に聞いたんですけど、激しいセックスをした時にできた子は男ので、淡白なセックスをした時にできた子は女の子なんですって。……本当なんですかねぇ?』
『初めて聞いたなぁ。迷信だろ、そんなの』
『ですよねぇ』
『俺と高峰だとどうなるのかな』
『できるわけないでしょ。そもそも、作っちゃダメだし』
『確かに』
いつかの行為後、そんな話をしたことを思いだした。
覚えていたんだなぁ、と小さく笑う。
「だとしたら、利津とわたしの子も、きっと女の子になるんだろうな……まぁ、できないけど」
呟きは誰もいない夜に溶けて、その響きになんだか悲しくなった。




