佳苗・その7
二人目の子供ができたことを知ったのは、ショッピングモールで高峰さんとその彼氏さん――そうらしい、と後で悠真から聞いた――と鉢合わせたあの日から、およそ一ヶ月から二ヶ月近く経ったぐらいの頃だろうか。
あれ以来わたしはなんとなく腰が重かったり微熱が続いたりと、体調を崩し始めていた。最近高峰さんのことを考えてモヤっとすることがちょこちょこあったし、無意識に積み重なったストレスだろうかと初めは思ったのだが、普通ならそろそろ来るはずの生理が、予定を二週間以上過ぎても来なかった――そのことで、確信を得た。
だってこの流れには、覚えがあった。尚哉を身ごもった時と、全く同じ状況だったから。
これはもしかして、という喜びのような驚きのような、ごちゃまぜの感情で胸がいっぱいになって。
そうして逸る気持ちを抑えながら行った産婦人科で、わたしは待望の懐妊を告げられたのだった。
――ふたりめ、できたの。
悠真がいつもより少し早めに帰ってきた日、尚哉が寝静まった寝室で静かに告げた。暗がりだったから、その瞬間彼がどんな表情をしていたか、そこまでは分からなかった。
「……そっか」
よかったな、と悠真はわたしの頭をそっと撫でた。
「ずっと、二人目欲しがってたもんな」
その優しげで、いつもより気づかわしげだった声色からして、彼はおそらく微笑んでいたのだと思う。
相変わらずわたしは悠真の感情を読み取るのが得意じゃないけれど、これまでも何となくわたしを心配してくれていたのは伝わっていたから、嬉しかった。
もしもう少し経っても子供が出来なかったら、産婦人科に相談して、場合によっては不妊治療をすることだって検討していたから。
でもやっぱり授かりものとはいえ、自然にできる方が嬉しいというもので。
「大事に、育てなくちゃ」
まだ種ほどの大きさしかないだろう、新しい命が宿るお腹をそっと擦って、わたしは覚悟を込めて呟いた。
十月十日、とはよく言ったもので、その時間はいつも何事もなく過ごしている日常よりも、じれったいほどゆっくりと流れていくように感じる。
きっとお腹が膨らんでいくのも少しずつなのだろうけれど、最初のうちは二回目とはいえやはり実感が持てなくて、つい意識せずいつもと同じ調子で動こうとしてしまう。
定期検診は仕事でなかなか付き添ってくれない悠真の代わりに、実家の母親に付き添ってもらっていた。
「大事にしなさいよ」
口酸っぱいほど何度も注意され、じわじわと実感し始める。
「あんた一人の身体じゃないんだから」
自分を生んでくれた母親にそう言われると、誰か別の人に言われるよりも現実味がすごくて、思わず笑ってしまった。
相変わらず悠真は仕事が忙しく、夜遅く帰ってくるけれど。
妊娠が分かってからお腹の子のことを毎日毎日、飽きもせず語るわたしに、ただ何も言わず優しく微笑んでくれる。
休みの日にはホットミルクを作ってくれたり、身体を冷やさないようにとブランケットを買ってくれたり。時々わたしの身体を後ろから包み込むように抱きしめて、一緒にお腹を撫でてくれたりもした。
二人目が欲しいと言った日から――いや、そもそも付き合うようになってから、と言った方が正しいかもしれない。悠真は今でも変わらず、わたしの気持ちを汲み取り、尊重してくれる。
大事にされているのだと、実感できる。それが何より、嬉しかった。
だからこそわたしは、できるだけ高峰さんやその他のことを考えないようにしていた。考え込んでしまうとやっぱりストレスになってしまうし、何より胎教によくないというのもあるし。
できるだけリラックスできるように、月並みだけどクラシックやジャズなどの静かな音楽を掛けて。ソファに座って雑誌でも読んでくつろぎながら、ハーブティーを口にする。
そのハーブティーだって、妊娠中口にしていいものや駄目なものを丹念に調べた結果の産物だ。
シナモンやリコリスなどはNGで、マテはそもそもカフェインが入っているから論外。ローズヒップやラズベリーリーフ、ルイボスやペパーミントはOK。母親が実家近くにある行きつけの紅茶専門店で誂えてくれたものを、少しずつ飲んでいる。
時々、いい匂いと安らいだ空気に誘われるのか尚哉が興味津々でこちらにやって来ることがあるので、絵本を読み聞かせながら
「お兄ちゃんになるんだよ、尚哉」
そう言って笑いかけると、自身ももうすぐ四歳になる尚哉は、大きな目をくるくるさせて嬉しそうに、わたしのお腹へ手を伸ばしてくる。
「ぼくの弟か妹が、ママのおなかの中にいるんだよね!」
幼心ながらに、丁重に扱わなければならないことは分かっているみたいで、さすさすと優しい手つきでわたしのお腹を撫でる。
「おなかの子、動かない?」
「まだちょっと、早いかな……もう少ししたら、尚哉の呼びかけに答えてくれるかもしれないね」
「たのしみ!」
無邪気に笑う尚哉の頭を撫でて、それから自分のお腹を撫でて。
「早く生まれてこないかなぁ」
少し気が早いかもしれない願いを、ぽろりと口にする。
そんな日々を、ゆっくりと刻んでいた。




