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短編集

一文無しの遊び

作者: 海蒼柊

 草壁と名乗るその男は得体の知れない奴で、普段から虚空を見つめてぼー……っとしている事が多い。上司との中は良好なようだが、知り合いと話す時は口数が少なく、飯にも飲みにも誘ったって全く来る気配がない。

 僕は彼がそうやって虚空を見つめている時、何も考えてないのかと思って時折話しかけてみるのだが、その度に、

「話しかけないでくれ」

 と、淡々とした口調で怒られる。


 なんとも不憫な事だとは思わないか。僕は彼を不思議に思っている。僕は彼に興味があるのだ。なぜそんなに虚空を見つめることが好きなのか。何を考えているのか、何も考えていないのか。それを聞きたいのに、なぜ話しかけないでくれと言うのか。


 ……さすがに気持ち悪いか。

 とにかく、僕は彼が空間をじっと見つめているのを不思議に思うから、今日も懲りずに話しかけてみた。


 昼休みの屋上で、彼は決まってそのボケーっとをやる。同僚の中でも彼は一際端正な顔立ちをしており、そんな男が屋上で柵にもたれながら、缶コーヒーのブラックなボスを片手に物思いにふけっているのである。それが何故か、青い空であろうが曇天であろうが映えるのである。

 大抵、同僚の女性が三人で束をなして遠目に彼を見ている。気持ちはわからなくもない。


「うっわー……今日も草壁さんかっこいいね」

「もったいないなぁ、私たちと同じ職場なんて」

「絶対学生時代に読モやってたクチよ」

 なんで学生時代読モの人間がごくごく普通のこんな企業にいるんだよ、と心の中でツッコミを入れる。


「そうねぇ……望み薄ね」

「そもそも望みを持つことすらおこがましいわ。あーてぇてぇ」

「それに比べて隣の冴えない男と来たら……ダッサいネクタイね」

 聞こえてんぞク○アマ。いや、読者の皆様は聞かなかったことにしていただきたい。


「職場一の最強のイケメンと冴えないポンコツダサ男か……あーてぇてぇなぁ……」

「え?」

「え?」

 え?


 とりあえずク……彼女らを意識の外に置いて、僕は彼に話しかける。

「草壁、どこを見てるんだ?」

「……話しかけないでくれ」

 ほら出た。そうすると後ろの彼女らが騒ぎ出す。

「キャー出ました!」

「『話しかけないでくれ』頂きました!」

「一本取られました!」

 別に武道じゃねぇよ。ガヤがうるせぇな。


「あんま冷たくしないでくれよ。」

「……」

「あのー、ほら、いつも休みになったら同じ方向を見てボケーッとして、休み終わる五分前になったら律儀に仕事に戻るだろ?」

「毎日見てたのか」

 気になるんだから仕方ないだろ!


「まぁ、そうだけど……だからそのなんだ、」

「追っかけか?」

「違う」

「男の追っかけが付いたのは初めてだ……」

 話を聞けぇー!


「うっそ急展開。てぇてぇよぉ……」

「え?」

「え?」

 え?


「女の追っかけならいくらでも付くんだがな」

「羨ましいな」

「正直、女は嫌だ」

 後ろのガヤがシーンと静まり返った。


「……てことは男ならいいのか!あー……てぇてぇ……しんどいよぉ〜……」

「え?」

「え?」

 お前もう黙ってろ!!


「とにかくだな、何を見てるのか気になって」

「何も見てない」


「じゃあ何してんだ」

「考え事だ」

「何を」

「うるさいな、全く。そもそも何見てるのか気になるなら自分で見ればよかったろうに。」

「……! 確かに……」

 僕は彼の横に立って眼下を見下ろしてみる。


 見えるのは、向かいの雑居ビル郡にかかっているおびただしい数の看板に、毎朝僕が渡って出社する七方向に伸びる交差点に、そこの交通整理を行う複雑怪奇な形をした信号機。

 それから平日の真昼間のくせに砂糖に集ったアリのように雑然としている人並と、それに囲まれてパフォーマンスする異様にストリートダンスのうまい白い仮面の男だった。


「……どれを見てるんだ?」

「どれも見てない。考え事をしていると言っただろう」

「……そうだった!」

「お前、もしかしてバカか?」

 呆れた顔をされてしまった


「一応四年制大学現役卒で入社しました。漢検三級持ってます」

「学力を聞いてるわけじゃない」

 冷たい目を向けられてしまった。


「ちなみに俺は準一級だ」

「おもむろに自慢かよ。……えっ漢検準一級ってお前凄いな」

「訳あってな」

 その訳も詳しく聞きたい気もするが、今は彼が何を考えているのかだ。


「で、結局考え事ってなんなんだ?」

 彼はその質問に眉をひそめて、ううんと唸った。

「まぁ、なんだ……」

 僕はちょっとカマをかけてみる事にした。


「なんだ、悩み事か。そうか、恋煩い? あーなるほど、僕に話してみろよその悩み。ほらほらー」

「いや違う、そういうんじゃない。そもそも女は……苦手だとさっき言った」

 ちょっと表現をオブラートに包んだな今?

 気が回っていいじゃないか。


「じゃあ毎日のように話してるあの上司がウザくてたまらねぇって悩みか? なんだ一人でかかえこ」

「だからそういうんじゃないって。悩みじゃなくて展開を考えてるんだ」

 展開?……まさか。


「あぁー……てことは、お前マジで真面目なサラリーマンか? この会社の子会社の展開を、休みの間もずーっと考えてるってことか。だから上司とも仲がいいみたいな。意外とお前、社交力でのし上がっていこうとする、そのいわゆる策士タイプのひらしゃ」

「違う違う違う、物語」

「ものが……物語?」

 僕にはちょっと理解が出来なかった。

 彼はしまった……という顔をした。


「はぁ、しつこいな。別に話す必要もなかったのに」

「どういう事だよ?」

 彼は渋々といった感じで言った。

「……俺の趣味だよ。短い小説を書いてる」

「短編小説?」

「いや、もっと短い。一万字超えたらいい方の、つまんない小説」

「へぇー!」


「オシャレな趣味持ってるのね」

「私知ってる。純文学みたいなのを書くそうよ」

「オシャレだけど……自分に酔ってそういうの書いてるって考えたらちょっとキモくない?」

 ガヤが復活した途端、彼は振り返って怒鳴った。


「だから女は嫌いだと言った!」


 ガヤはそれに首をすくめて社内に逃げ混んだ。僕もうるさいのがいなくなってせいせいした。


「まぁだから、そのストーリーを考えてるんだ」

「……お前、結構いい趣味してんな」

 彼はため息とともに言葉を吐き出した。

「そういうのは大抵馬鹿にしてる奴の言い方だ」

「違う違う、本心だ」

 僕は手をヒラヒラさせながら言った。訝しむ彼の顔から逃げるために、別の質問をぶつけることにした。


「で、どんなの書いてるんだ?」

「そうだな……ファンタジーを書いたこともあるし、シリアスなやつも書いたことがある」

「今考えてるのは?」

「サラリーマンのくだらない一日を書いただけの、つまんない日常ものだよ」

「へぇ。それで上司と話してるのか?」

「いや違う。あの人は……読者だ」

 え……?

「俺の書いた小説を、時たま読んでもらってる。昔からよく知ってる人なんだ。」

「だから、よく話してるのか」

「仕事の話の時もあるさ。でも小説の話をする時もある」


 でもなんで、小説を書くのが趣味なんだろう?

「元々小説は好きだったよ。だが、一番の理由はそれじゃない」

「というと?」

「金がかからんからだ」


 …………え?


「金がかからんからだ」


 二回言わなくても分かる。否、分からん。


「金がかからんからだ!!」

「でかい声で言わなくても通じてるわ!」

「お前とコントをやってる訳じゃない!」

 ……すいませんでした。


「ゴルフとか、釣りとか、それ以外にもダーツとか、絵とか。金がかかるだろう。道具を買ったり、ちゃんとした場所に行ったり。でも小説を書くのは、元々パソコンに入ってるワープロを使えばそれでいい。場所も自分の家でいい。仕事で使うものだから、実質タダだ。一文無しの遊びだよ」

 僕は本気でその趣味を持っている事をいい事だと感心した。それに、草壁がこういうやつだとは知らなかった。だからそういう側面を知れて、とても嬉しかったし、面白かった。一つ、草壁と仲が深まったような気がする。

 僕はこれ以上に会社の昼休みが有意義だったことを知らない。


「やっぱ、凄いな」

「やっぱ、馬鹿にしてるのか」

「おい、それ以上馬鹿にすると僕だって怒るぞ。……ていうか、今度読ませてくれよ。小説」

 彼は片眉を上げた。そしてフッと笑った。

「……わかった、読者二人目だ。今考えてるやつを読んでもらうことにするよ」


「そういえば、なんで漢検準二級なんて持ってるんだ?」

「準一級だ」

「ああすまんすまん。なんで準一級……あ、小説を書く時に沢山漢字使うから」

「いや、大学進学に有利だっていうから取った」

 はぇ〜……思ってたより理由が普通……。

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