天使との戦い
神。それは、人知を越えた尊い存在。あるいは、天地を支配する強大な力を持つもの。私の前世ではそう捉えられていたはずだ。
だが今は違う。神、それは我々人類種が抗い、撲滅せねばならない存在———そのために、今私は操縦桿を強く握りしめ、轟音と共に大空を翔けているのだ。
私の名前はセルゲイ・イワンコフ、この世界ではこう呼ばれている。かつては中森光という名だったが、不運にも命を落とし、このなんとも珍妙不可思議な世界で二度目の生を受けることになった。……なぜか、前世の記憶を有したままだが。
この世界は何とも不思議な場所だ。人類種以外に意思疎通を行える種族が居り、彼らの多くは魔法や超怪力、精霊の加護といった特殊な能力を扱えるのだ。
では我々人類種は?そう、何も能力を持たないのである。故に彼らからは雑種やら肥料などといった蔑称で蔑まれ、実際に奴隷以下の扱いを受けてきたらしい。
なら何故私は操縦桿を握っているのか?なぜ空を飛んでいるのか?ここまで来れば自ずと見えてくる話だ。
機関砲の音が空に響く。それも、一門や二門と言った数ではなく、無数の音が、だ。すると瞬く間に人の形をした何かが重力に引かれて墜ちてゆく。背中の白い羽をもぎ取られた白衣の者たちは、一斉に空から消えた。
「各機よくやった、だがまだ目標は残ってる。天使共の箱舟を地獄に叩き落すぞ、Давай!Давай!」
操縦桿を思い切り倒す。主翼端のエルロンが可動し、機体の姿勢が180度回転する。そして操縦桿を引き、一気に高度を落とす。味方機もこれに追随し、眼下の飛行船へ照準を合わせる。
再び一斉に機関砲が放たれる。弾薬庫か何かにでも引火したのだろうか、箱舟は激しい炎を噴き出しながら地へと墜ちていった。
一瞬、舟から放り出された天使たちが見えた。だがその次の瞬間起こった大爆発の後、彼らの姿は文字通り消滅した。
「Хорошо!……各機、一旦帰投して補給を行う。」
機首を飛行場の方へ向ける。編隊各機が無事に付いて来ているのを見て、どことなく安心感が訪れた。
ふと地上を見下ろす。綺麗な青い川と緑の草原が生い茂っていたこの地は、鉄と火薬によってすっかり黒く染められていた。
我々が戦っているのは天使、神。そしてこれは、全種族に対する人類種の逆襲を意味する。神界勢が大打撃を被ったことが世界に知れ渡れば、いずれオーク種やゴブリン種、エルフ種、ドワーフ種までもを相手取らねばならない。
だからこそ———我々人類種は、何としてでも神界で驕り高ぶっている連中を蹂躙しなければならない。
これは、種の存続と威信を賭けた戦争だからだ。
「イワンコフ隊が帰って来たぞ!」
機体を地面に降ろすと、飛行場にいた兵士たちの歓声が聞こえてきた。
エンジンの音が響き渡る。どうやら、丁度他の部隊が離陸しようとしているようだ。
「戦況の方は?」
「前線司令部からだが、予定よりもかなり好調のようだ。早ければ今夜にでも、神域へ突入可能らしい。」
「なるほど……相当な速さだな。」
幾つもの砲声が響く空は、すっかり黒くなっていた。純白の羽を持った天使様は残らず地面に叩き落され、かつて人間に行ってきた様なことを受けているらしい。
「どうかしたのか?」
「……いや、なんでも。」
そう言って私は宿舎へと向かった。