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8.神隠しの森


 雅の体験入学期間が終わった。

 制服を返却しようとしたら貰えることになったと喜んでいた雅。なぜかと尋ねたら、「その制服は記念に持っていきなさい。またいつでもおいで」と、校長含む教師陣に言われたそうだ。初日以降授業には出ていなかった雅だが、みんな涙目で別れを惜しんでくれたらしい。「可哀想な雅くん」効果は健在だった。

 本当に優しく素晴らしい人達だと思うが、チョロいと思ってしまうのは仕方ないだろう。


 一週間の間、雅は猛スピードであらゆる知識を吸収した。

 雅から異世界のあれこれを聞いた翠さんは、異世界に役立てられそうな、優先度と必要性の高い情報を選んで教えてくれたようだ。そんな翠さんの手腕もあり、雅の勉強は恐ろしい速さで進んだ。


 僕と田中はこの一週間、森の探索をして回った。たまに雅の勉強会に顔を出しただけなので、ほとんど学校には行っていない。

 広大な森は地図と異なる点も多少あったが、多くの知識と外れない勘を持つ執事さんが一緒にいてくれたので迷うことはなかった。僕と田中に何かあっても対処できるように、と執事さんを付けてくれた翠さんに感謝だ。

 より正確な地図もでき、一週間で森の全容をあらかた把握することができた。何より、幻獣界の入口だと言われれば納得できないこともない怪しい場所を見つけた。


 そして今、僕達は森の入口に立っている。

 もともと森に来る人は少ないが、早朝のため人の気配は全くない。


 「一週間、本当にありがとうございました」

 「翠ちゃんも執事さんもありがとう!」


 いろいろ助けてくれた翠さんと執事さんに礼を述べる。

 この一週間、雅の勉強や森の探索を手伝うだけでなく、僕達の衣食住も賄ってくれた翠さんと執事さん。本当に驚くほどお世話になった。


 「とても楽しかったわ。もし今日幻獣界に行けなかったら、すぐに戻って報告してちょうだいね。もし向こうへ行くことができたら……どうか無事で」

 「私めも、坊ちゃま方のご無事を心から祈っております。何卒、健やかに過ごされますよう」


 雅も改まった態度で、翠さんに感謝と別れを告げる。


 「先生からは本当に多くのものをいただいたように思います。もし今日という日が今生の別れになろうとも、先生へのご恩は死ぬまで忘れないでしょう。ありがとうございました」

 「雅くんなら、わたしの教えた全ての情報を上手く使えるはずです。応援しています」


 雅は次に執事さんと向き合った。


 「其方も出会ってから今までよく働いてくれた。素晴らしい仕事ぶりであったぞ。私が知る限り、其方は世界で二番目に優れた側近だ」

 「異世界の皇太子で在らせられる雅様からお褒めの言葉をいただけるとは、身に余る光栄でございます。……一番は、雅様の側近ですかな?」

 「私の側近は世界一なのだ」


 雅と執事さんは笑い合った。

 雅の態度は、年上に対し偉そうに喋る若者……には見えないから不思議だ。人の上に立つ者が、下の者と語らっている。自然とそう理解させるオーラを雅は纏っている。

 執事さんは、きっと僕よりも敏感に雅のオーラを感じているだろう。執事さんは出会った時から、雅を「坊ちゃま」ではなく「雅様」と呼んでいたから。


 別れの挨拶は済んだ。


 「では、行ってきます」


 僕、雅、田中の三人は、とある場所を目指して森を歩き始めた。


 「翠ちゃん、途中まで一緒に来たがってたのに残念だったな」

 「仕方ないよ。執事さんが心配してたからね。異世界人の雅が一緒にいると何かが起きるかも知れないって」

 「私がいたところで何も起きない可能性もあるがな」


 僕は田中と執事さんと共に何度も森へ来たが、何も不思議なことは起こらなかった。

 雅が森に足を踏み入れるのは今日が初めてだ。異世界人である雅には何が起こるか分からないと警戒した結果だった。

 何も起こらない可能性はもちろんあるが、なぜだろう、今日の僕はきっと何かが起こると感じていた。雅もそんな予感をひしひしと感じているようで、どこか落ち着きがないように見える。


 「着いた……」


 しばらく森を歩き続けて、ようやく辿り着いた目的地。なぜここを目的地にしたかといえば、ただただ怪しいからだ。

 唐突に現れる広場のような開けたスペース。そこにそびえ立つのは大きな白い鳥居。しかし、その奥にあるのは木造の古びた小さな祠。鳥居の大きさから考えると、あまりにも質素で小さいその祠は不自然だ。いや、鳥居の大きさがおかしいのかも知れないが、どちらにしても同じことだ。人の来ない森の奥にひっそりと佇んでいるそれらは、十分すぎるほど怪しい。森の中にはこの他に怪しいものは何もなかった。雅なら、ここで何かを起こしてくれそうな気がする。


 「ふむ、これは……」


 雅は驚いた顔で鳥居を眺めてその前に立った。考える仕草を見せた後、腕だけを鳥居にくぐらせる。何かを確認するように頷くと、今度は歩いて鳥居を通り抜けてこちらを振り返った。


 「雅殿、何か分かったのか?」


 田中の質問に、雅は首を傾げて困った顔をする。


 「この鳥居は、私の国にある幻獣界への入口と同じもののように見える。幻獣界の香りもここに来て強まった。だが……鳥居に流れているはずの神力が全くない。結界も機能しておらぬ。これは、入口としての力を失っているのではないか?」


 雅の国にあるという鳥居は、神力(魔力のようなもの)が満ちているそうだ。けれど、ここにある鳥居は神力が全くない状態らしい。エネルギー枯渇で機能していないということだろうか。


 「このような状態の入口は初めて見た。鳥居の神力が枯れることなどあるのだろうか?」


 僕達に聞かれてもわかるわけがない。

 なぜなのだ、と呟きながら考え始める雅。一人で思考の世界へ入ってしまったようだ。

 僕と田中は辺りにあった丁度いい岩に腰掛けると、悶々とする雅を眺めながら話す。


 「ここが幻獣界への入口なのは間違いないけど、機能してないからどうしよう、って話だよな?」

 「たぶんそうだね」

 「どうすればいいんだ?」

 「さぁ……。神力があれば機能するのなら、どこかから神力を持って来られたらいいのにね」


 僕の呟きが聞こえたらしい雅がハッとした様子で顔を上げた。何度か自分の手を開いたり閉じたりと繰り返している。僕達が黙って見ていると、雅は開いた手をじっと眺めながら言った。


 「雪兎、田中殿、見ていてくれ」


 雅の手のひらが光を発し始め、僕と田中は目を見張った。


 「やはりできた……できたぞ、二人共!」


 喜んでいるところ悪いが、先に説明を求めた。

 雅の話を要約すると、さっきの僕の言葉を聞いて「自分の持つ神力で鳥居を満たせれば」と考えたらしいが、この世界に来てからの雅は神力を使えない状態だった。神力を動かせなければ意味がないと思ったが、なんだか今なら神力が使える気がした。神力を試しに動かしてみたらできた。これで鳥居に神力を流せる。……ということだそうだ。


 「力が戻って良かったね」

 「うむ。だが、今までは本当に神力が使えず、動かすこともできなかったのだ。なぜ今使えるようになったのだろうか」

 「この森が特別だから、とかじゃないか? 幻獣界への入口なんてものがあるくらいだしな」


 答えは分からないが、田中の言葉にとりあえず納得した。


 「雅の神力って、鳥居を満たせるくらいあるの? 神力を使いすぎて倒れたりしないよね?」


 魔力が枯渇すると死ぬ、という設定の物語をよく見かけるので怖くなった。しかし雅の顔に不安は一切見えない。


 「たしかに、神力を極限まで使用すると死ぬ恐れもある。しかし、私は皇太子だからな」


 久々にその台詞を聞いた。

 皇太子だから何なんだと思ったが、身分が高い者ほど神力が多い、と以前雅から聞いたような気がする。


 「一度で無理な場合は時間をかけて神力を溜めていけば問題ないだろう。とりあえず、全神力の半分ほどを使ってみよう」


 無理でも時間をかければ大丈夫だと聞いて安心した。

 雅は鳥居の柱に触れると目を閉じた。雅が集中しているのが分かる。僕と田中は、少しの緊張と、少しのワクワクを感じながら見守る。


 「……うわぁ、すごいな」


 田中の言葉に頷きながらも、僕は眼前の光景に見惚れていた。

 雅の手が触れている場所から、どんどん鳥居が光り始める。その光はゆっくりと鳥居の隅々まで広がった。雅の手が離れてもなお輝き続ける白い鳥居の神々しさは、僕の心を魅了した。


 「鳥居全体が光ってるけど、神力が満ちたわけじゃないの?」


 不思議そうに鳥居を眺める雅に声をかけた。


 「いや、途中から神力が通らなくなった。十分に神力が満ちたと思うのだが……」


 全神力の半分未満で鳥居を満たしてみせるとはさすが皇太子。……実際あまりすごさは分からないが、たぶんすごいことをしていると思う。

 白い鳥居は眩いほどに美しく輝いているが、それ以上の変化が見えないので雅は不満そうだ。鳥居の向こうに幻獣界が見えるようなこともなく、雅が腕をくぐらせても、歩いて通り抜けても何も起こらない。

 これ以上何をするべきなのか。全員がそう考えていたその時だった。

 突然、ぼふんっという鈍い音が辺りに響き、それと同時に、鳥居の奥の祠が煙に包まれて見えなくなってしまった。


 「うわぁあ!」

 「何事か!」


 田中と雅が大きな声を上げた。

 煙は祠を中心に広がり続け、しばらく辺りが見えない状況に陥った。

 ようやく煙が晴れてきたかと思えば、祠が謎の変貌を遂げているのが見えた。

 祠が大きくなっている。いや、すでに外見が大幅に変わっているため社と呼ぶ方が相応しいだろう。社の全てが鳥居と同じ白色だ。祠は木造で全体的に茶色だったのだが、色まで変わってしまった。


 「なんだなんだ?」

 「何事か……」


 困惑する僕達がひたすら真っ白な社を見つめていると、社の扉がゆっくりと開き、着物姿の女の子が現れた。外見は僕達と変わらない年頃に見える。黒地に大きな椿の花が描かれている着物は膝丈で、少女のすらりとした脚と赤い鼻緒の洒落た草履がよく見える。顎の辺りで真っ直ぐ切り揃えられた髪は真っ赤だった。

 赤髪の少女は大きな瞳で僕達を見据えると笑った。


「にゃははは!」


 田中の体がびくっと揺れた。

 異世界関係者な気はするが、とりあえず雅の知り合いではないようだ。


 「何者だ?」


 雅が問いかける。

 少女は跳ねるように軽快な身のこなしで雅に近付き頭を下げる。赤い髪がさらりと揺れた。


 「にゃはは。ありがとう。助かりました。お礼に願いを叶えてしんぜよーう!」


 そう言いながら頭を上げた少女は雅に笑いかけた。


 「願い?」

 「幻獣界に行きたいのでしょう? 元の世界に帰りたいのでしょう? ではでは、このミチが案内してあげます」


 ミチと名乗った少女が胸を張って答えた。


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